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第1話 王女の災難に巻き込まれる

 エクール王国の王女エレノア・エクールを囲んで、少女たちが噂話に花を咲かせている。ルカ・シュバルツはその輪の中で、とにかく会話を盛り下げないようにと注意しながら、曖昧な笑顔を浮かべまったく興味のない噂話に適当な相槌を打ち続けた。

 今年16歳になるエレノアは金髪に大きな青い瞳の美しい少女だ。ルカより2歳年下ではあるが、王女らしく常に威圧的に上から物を言う。幼い頃から我がまま三昧で、周囲は無理な要求を突き付けられていつも振り回されている。


「エレノア様ももう16歳ですもの、そろそろご結婚の話が出るのでは?」

「そうですわ。気になる殿方はいらっしゃいませんの?」

「皆、気が早いわ。それにわたくしに見合う殿方は国内にはいないかも」


 エレノアの両脇に陣取っている女性たちに言われてエレノアは楽しげに笑う。


「まぁ! そうですわね。エレノア様よりも地位の高い殿方などこの国にはいませんもの。やはりどこかの国の王子様に嫁がれるのかしら」

「きっとそうなるわ。隣国のメルサ王国にはちょうど良い年齢の王太子様がいるし、その内良いお話が来るはずよ」


 メルサ王国の王太子妃をエレノアは狙っているのかとルカは驚いた。確かに王女ならば他国の王子に嫁ぐのはありふれた話だが、王女は勉強が嫌いで今までまともに教授の授業を受けたためしがない。そんな王女が他国の王太子妃になり、いずれは王妃になるなど随分大それた話だ。


「ルカ、なによその顔」

「え!? あ、ご結婚なんてまだまだ先のお話だと思っていたので、驚いてしまって」


 慌てて取り繕うと、エレノアは納得したのか不機嫌な表情を元に戻す。


「なにを言ってるのよ、ルカ。地味なあなたと違ってエレノア様はその美しさが他国にまで伝わっているのよ。引く手あまたに決まってるじゃない」


 派手な化粧の女性の言葉にルカは何も言い返せない。ルカの容姿は確かにエレノアに比べればだいぶ地味だと言わざるを得ない。淡い茶色の髪に緑の瞳はエクール王国では大多数がこの色で、目鼻立ちも平凡で特徴的なものは何一つない。背も低い方なので、舞踏会などでは完全に周囲に埋もれてしまう存在だ。


「わたくしのことより、ルカは自分のことが心配なのよね。もう18歳でしょ? お父様が男爵では良いお話もあまりないのではなくて?」


 エレノアがいかにも馬鹿にした様子で言ってくる。周囲の女性たちもクスクスと笑うが、ルカはこれ以上この話題は広げたくないと口を噤む。いつもならここで黙り込めばすぐに他の話題に移るのだが、今回はそう上手くはいかなかった。


「あら、ルカはついに婚約できたのよね」

「え!? 嘘でしょ!?」


 明らかにエレノアに告げ口するタイミングを計っていた女性が意地悪な顔で言い放った。エレノアの驚いた表情を見ながら、ルカは内心ひやひやとしたが、無理に笑顔を作って頷く。


「つ、つい最近に……」

「なぜ黙ってたの?」

「私のことなどエレノア様のお耳汚しになるかもと思って」

「相手はギルバート・オルグレン様よね。伯爵令息なんてあなたもやるじゃない」

「ギルバートですって!?」


 エレノアの機嫌が一気に悪くなるのが分かった。こうなると分かっていたから話さなかったのだ。

 エレノアには男女共に取り巻きが大勢いるが、その中にギルバートもいて、舞踏会でダンスのパートナーになっていた時期もあった。


「ギルバート様はエレノア様の信奉者でしたのに、まさかルカを選ぶなんて驚きですわ」

「いつの間にそんなことになったの!?」


 エレノアの怒りに満ちた低い声にルカは多少びくつきながら口を開く。


「お父様がオルグレン伯爵と知り合いだったらしく、父親同士で話がどんどん進んでしまって」


 決して自らギルバートを奪ったという訳ではないということを訴えるが、エレノアの表情はまったく変わらない。

 突き刺すような視線を向けられて、ルカはこれ以上どう言い訳をしようか考える。

 そこにノックの音が割り込んできた。


「姫様、国王陛下がお越しでございます」

「え?」


 扉を開けて声を掛けた侍女の言葉にエレノアはさすがに顔色を変えた。ルカたちも慌てて椅子から立ち上がる。

 すぐに部屋に入ってきた国王は険しい表情でずかずかと近付いてくる。


「お父様、こんな時間にわたくしの部屋に来るなんてどうなさいましたの?」

「お前たちは下がれ」

「あら、この子たちとこれからカードゲームをする予定なの。帰さないでちょうだい」


 深刻な表情の国王だが、エレノアがそう言うと渋々頷く。物々しい雰囲気に退出した方がいいとルカは思ったが、その前に国王が話し出した。


「先ほど晶国から使者が来た」

「ショウ国? どこの国です?」

「結界の中の、魔国だ」

「え!?」


 その場にいた全員が驚きの声を上げる。“魔国”とはエクールの領土の隣にある広い森の中にあると言われる国だ。森には結界があり人は入れない。その森の中には魔物たちと暮らす野蛮な魔族が住むという。

 伝説のような国なので、実際本当にあるかも疑わしいとルカは思っていた。


「その魔国がなぜ我が国に?」

「100年ごとに我らは晶国に人質を出さなくてはならん」

「人質? なんのお話です?」

「盟約だ。晶国の隣国五国は、500年前に晶国とそう盟約を結んだ。100年ごとに一人、王家の人間を人質に差し出すと。100年前はメルサ王国から王女が行った。そしてまた100年が経った」

「まさか……、お父様……」

「エレノア、お前が人質として晶国へ行くんだ」


 あまりの驚きに誰も声を発することができなかった。だがエレノアの復活は早かった。すぐに目を吊り上げると大声で叫んだ。


「嫌です!!」

「エレノア」

「なぜわたくしが人質などにならなければいけないのですか!! それも森に住む蛮族などに!!」

「これは結界の維持のため、五大国が守らねばならぬ盟約なのだ!」

「結界!?」

「森の結界です、エレノア様。魔の森には多くの強い魔物がいると言われています。500年前、その魔物を森から出さぬため結界が作られたといわれています」


 ルカは魔法を学ぶ時、この伝承を聞いた。この世界には魔物がいるが、エクールに存在する魔物など足元にも及ばない強い魔物が森には存在すると。

 だが実際に見た者はいないし、森に近付くことも許されてはいないため、伝承を信じていない者も多い。


「結界なんて知らないわよ!! とにかく嫌よ!! わたくしじゃなくたっていいじゃない!! 王家の人間なら他にいるでしょ!?」

「エレノア」

「従妹のイデアがいるわ! イデアを人質にしましょう!」

「イデアはまだ3歳だ。人質にするには幼すぎる」


 国王の言葉に勢いをそがれたエレノアは、両手で顔を覆い泣き始める。ルカは見たことのないエレノアの泣く姿に同情し、そっと背中を撫でおろした。他の女性たちもエレノアを囲み慰める。


「酷いわ……、たった一人の娘なのに……」

「エレノア、人質というが、どうやらお前は王妃として迎え入れられるらしい」


 国王の言葉にエレノアがピクリと反応した。泣き声が止まる。


「……王妃?」

「ああ、そうだ。晶国の国王は25歳という若さらしい。人質が王女ならば王妃として迎えると言ってきているんだ」


 ことの成り行きを見ていたルカは、ゆっくりと顔を上げたエレノアの目から悲しみが消えていることに気付いた。


(すごい……。王妃と言われてすぐに気持ちを持ち直したんだわ……)


 打算的なエレノアに感心してしまう。自分ではこうも素早く気持ちを切り替えることなんてできない。


「王妃というのは本当ですか?」

「ああ、本当だとも。エレノアは王妃になりたいと常々言っていただろう?」


 エレノアの機嫌を窺うような声を出す国王を見つめたエレノアは、どうするのかを考えているのかしばらく沈黙した。全員がエレノアの答えを固唾を飲んで待っていると、ふいにエレノアがルカの手首を握った。


「エレノア様?」

「分かりました。そのショウ国とやらに行きましょう。ですが、ルカも一緒に連れていきます」

「は!?」


 突然のエレノアの言葉は、予想していたものとはまったく違い、ルカは思わず間抜けな声を上げてしまった。

新連載です。よろしくお願いします!

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