八話「君に笑っていて欲しいんだ」
ハッピーエンドの解釈は人による。
バッドエンドも人の解釈による。
でも、そこに込められた願いだけは変わらない。
◇糸依◇
璃々ちゃんから渡された、もとい借りた呪いの本はあの家の歴史そのものだった。悲願にかける熱量、悲願に到達するために検討されたとてつもない数のプロセス、その一つ一つが零れることなく記されている。古いものは掠れて文章を読むことさえ覚束無いが、きちんと残っている。
丁寧に、丁寧に保管され、使われてきたことが伺うことができる──軌跡の証明書。
だからこそ、現実を受け止めるのは難しい。
ここ数日でわかった、自分の知らない世界の話。憎み合い、その家に生まれたがばかりに対立する運命から逃れられない、『魔女』と『異端審問官』の話。
「ずっと、隣に居たんだけどなぁ……」
握っていた手は、本当は血で赤くて。わたしはそれに気付きもしなかった。最初に手を伸ばしたわたしには責任があったはずなのに、支えてあげられていたと思っていたのに、無駄だった。
どこで間違えたのか何を間違えたのかもわからないまま、心がキュッと締め付けられる。
でも、このままじゃダメなことなんてわかってる。
現状維持はできない。何もしなかったら、わたしは大切な人を二人同時に失うことになる。それだけはあってはいけない、それだけは回避しなくちゃいけない。
「大丈夫……わたしががんばればきっと……だから大丈夫」
二人の間にいるからこそできることがあるはずだ。魔女も異端審問官も関係なく璃々ちゃんと鈴ちゃんが仲良くなれたら、肩書きや役割なんて必要なくなるから。傷付け合う未来にならないように、わたしがしっかりしないと。
なんとかなる、なんとか、したい。
◇
「……全然ダメだった」
二人が友達になるための仲良し作戦初日、結果は散々なものだった。鈴ちゃんは正体を隠しているけどあからさまに璃々ちゃんに対して敵意満々だし、璃々ちゃんに至っては初対面のこともあって食事どころか会話すら乗り気じゃなかった。
険しい道のりだと覚悟してはいたけど、ここまで酷いのは想定外過ぎる。仲を取り持つどころか、わたしが片方に寄れば角が立ってしまうから助け舟も出し辛い。
色々な感情があるのは、わかる。
璃々ちゃんにとって、鈴ちゃんは親の仇かもしれないし、そうじゃなかったとしても仲間や親族を傷付けた相手だ。進んで仲良くなりたいとは思えないだろう。
一方、鈴ちゃんにとっても、璃々ちゃんは審問する対象で、魔女という忌むべき存在として認識されている。今日から互いに手を取り合いましょうなんて綺麗事は通じない。
だけど、だとしても、話せばわかるはずなんだ。二人とも根は優しい子で、人を思いやれる心を持ってる。近しい人にしか向かない心の針を、少し違う方に傾けてあげればそれだけで──いや、これも綺麗事か。
一歩進めば三歩下がるように、前に歩いている気はしない。それどころか、底すら見えない崖の前まで後退している気がする。いくら夢を描いても現実が塗り潰して、救えない。
折角頼まれた、璃々ちゃんからの掃除の手伝いにも身が入らず、ぼーっとせっせこ働くぬいぐるみたちを眺めてしまう。心がない彼らは苦しむことなく今を生きていて、心があるわたしは息さえも苦しい今を生きている。
いっそ、人形になれてしまえば、苦しみから解放されるのかな。
「らしくないな。嫌なことばっかり、考えちゃう」
明るく優しく、誰かに依りそう糸であれ。両親がわたしに願ってくれた名前の意味。まだ、諦めるには早い。たった一日二日で変わる関係なんて中々ないんだから、地道にいくのが一番。
よし、そうと決まればお掃除だ。璃々ちゃんのお祖母様のお部屋だって言ってたし、この家にお邪魔してる身としてしっかりお礼をしなくては。
なんて、意気込んだのが悪かったのか。
勢い良く踏み出した一歩目で、ぬいぐるみの一匹が持っていたちりとりに躓き、顔面から床へダイブ。幸いにも、他のぬいぐるみたちが身を呈して守ってくれたお陰で怪我はしなかったが、衝撃は殺し切れずに机から写真立てが落下。顔を上げた時にはもう間に合わない、そんなギリギリの所でまたしてもぬいぐるみの一匹が決死のダイビングキャッチ。
事故に事故が重なってからの奇跡のセーブは、たった数秒の出来事である。
「……痛た、ごめんねぇ、みんな。あとで解れてないか見てあげるから、ちょっと待っててね」
『!!』
間一髪で自分を守ってくれたぬいぐるみたちを撫でたあと、写真立てを受け取り、机に戻す。危なげに見えたが、傷はついていないらしい。飾ってあったということは、きっと中身も大切なものなんだろう。
良かった、と一人安心していると、写真に写る二人の姿が目に入る。
一人は、璃々ちゃんのお祖母様だろうか。一言では言い表し辛いが、魔女のイメージにピッタリなお婆さんだ。怖さと不思議さが混ざっていて近付き難いのに、引き込まれる人。そして、そんなお祖母様の隣に立つ璃々ちゃんは──どこか微笑んでいるようにも見えた。
いつもと変わらず、色のない表情なのに。大切な人が隣にいるだけで、こんなにも変わって見える。
「こんな風に、璃々ちゃんも鈴ちゃんも笑い合えたら……ううん、違う。わたしが、やらないと。二人がしがらみを忘れて、笑えるように」
一つ、叶えたい願いが生まれた。
脆くて傲慢な理想だとしても、諦めたくない願いが。
◇璃々◇
休憩に誘おうとした、ただそれだけ。雑用を頼んでるのだからそれくらい普通で、別に不自然なことじゃない。けれど、ドアの向こうから聞こえた彼女の独り言が、私の全てを止めた。
『こんな風に、璃々ちゃんも鈴ちゃんも笑い合えたら……ううん、違う。わたしがやらないと。二人がしがらみを忘れて、笑えるように』
聞き間違い、なわけない。
夢川糸依という少女は良くも悪くも純粋で、叶わない理想を描く。そう、叶わない理想だ。
笑い合う?
私と、美波鈴が?
不可能に決まっている。そもそも、私たちは相容れない魔女と異端審問官だ。無理無茶無謀、三拍子揃っている。だと言うのに、彼女の優しさを無下にするなと魂が叫ぶ。うるさいくらいに、叫び続ける。
うるさい、うるさいうるさいうるさい!
私だってできるならそうしてる!
私だって好きで嫌われ役になりたくなんてない!
ただ、もう無理なんだ。
許す許さないではなく、あなたを守るために。私は美波鈴とは仲良くはなれない。したくない。彼女はとうに狂っている。踏み込んだら最後、私共々殺されるか、生きる屍に成り果てるのがオチだ。
「……ごめんなさい、糸依。あなたのお願いでも、それだけは聞けないの」
優先するべきものがある。
命にかえても守るべき人が、いる。
仕方ないんだ。私は魔女だから。狡賢く、強かに生きる魔女だから。優しさじゃ、誰も救えない。優しさじゃ、誰も救われない。
本当にどうしようもなくなったら嘘で塗り固めて、対等も何もなくして、糸依を生かす。普通に生きられた彼女を、元の道に戻す。
呪いは使い勝手が良い。
代償さえ支払えば、記憶すらも書き換えることができる。
出会いなんてなかった。
運命なんてなかった。
歪んだ絆も、友情も、優しさも無かったことにする。
全部ゼロに戻して、終わり。
例えそれが彼女にとって最悪なバッドエンドだとしても、私にとってはハッピーエンドだ。
私と違う彼女なら、きっと生きる中で他の幸せを見つけて、また笑うことができる。その瞳の先に私がいないのは寂しいけれど、しょうがないんだ。
ああ、本当に、糸依が言う通りしがらみもなにもなかったら、普通にあなたと友達になって、そして──ただ普通に生きたい。
お祖母様、私、やっぱり魔女には向いてなかったのかも。
だって、叶わない願いを持ってしまっているもの。
次回もお楽しみに!
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