六話「間違えてばかりのわたしたち」
ギリギリになりましたけど、間に合ったのでセーフです!
◇糸依◇
空金さんが頼んだブラックコーヒーを求めて自販機を渡り歩き、三つ目。校舎から少し離れた体育館の近くにある自販機で、ようやくお使いを終えたわたしは、小走りで教室に帰っていた。待たせちゃ悪いな、とか、喉乾いてるだろうし、とかいくつか理由はあったけど、それ以上に嫌な予感がしたのだ。
わたしのものではない火傷跡が熱くて、手の甲の紋章がジンジンと痛む。虫の知らせにしては現実味があって、余計に胸騒ぎが酷くなる。
二人とも悪い子じゃない。
教室で喧嘩になることなんてないだろうが、万が一は起こりうる。叶うなら、空金さんと鈴ちゃんには仲良くなって欲しい。感情がどうこうとか、納得のいく理由じゃないけど、魂が叫んでいる気がしたから。このままじゃ、また繰り返してしまうと、寂しそうな声が聞こえたから。
だけど、わたしが着いた頃にはもう無理だったみたいで、空金さんの机に荷物はなく、彼女の姿もなかった。鈴ちゃんが言うには、体調が悪くなったから早退すると言って帰ったらしい。
嘘か本当か、なんて判断はわたしにはできなくて。
ただ、鈴ちゃんが零した「大丈夫かな?」、という言葉が、何故かすごく薄っぺらく思えた。
いつもなら違う。
心から思ってるんだなって、そう感じられるのに。
今まで無条件で信じていた彼女はどこかに消えてしまって、目の前に座っている鈴ちゃんが、初めて会う他の誰かかと錯覚する。
何年も一緒にいたはずなのに、わたしの知らない幼馴染みが、そこにいた。
◇璃々◇
わかっている。知識として理解している──つもりだった。魔女で在る以上、避けては通れない異端審問官という殺戮者達。耳にたこができるほど聞かされたお祖母様の昔話の中で、彼らは話の通じない狂人であり、悪魔とも比喩される者達。賢者を気どる、理性のない獣。
けれど、所詮は昔の話。
過去は誇張されるものであり、話に尾ひれがついてしまう。侮っていた。私が消えれば済むなんてことは、ありえない。美波鈴は、私を殺したあと夢川さんに癒えない傷を残す。最悪の場合、一緒に殺されてしまってもおかしくない。
「伝えるべき、よね」
何人を手にかけたのか、それすらわからない人間が美波鈴だ。魔女を駆逐するためならなんでもする。魔女に穢された人間は死を持って浄化しなければいけない、なんて考えを植え付けられた少女。
異端審問官の家に生まれた不幸な子とも言えなくはないが、誰かの命を奪っている時点で彼女はもう普通ではない。
どれだけ夢川さんの隣に居ても満たされないだろうに。
「!!」
「……心配しなくてもいいわ、クマタロウ。それより、開かずの部屋に使えそうな資料はあった?」
「……………………」
「そう。まぁ、時間がかかるのは仕方ないわ。引き続きお願い。私の問題は、勝手にどうにかするから」
「!!!」
無理しないで、と語りかける彼の頭をソファに溺れたまま撫でる。お祖母様を除けば、誰よりも傍に居た兄のような弟のような存在。本当に心があれば良かったのに。そう思ったことも少なくない。
私が死んでも、彼は──彼らは生き続ける。
主のいないこの家で、何年も何十年も。生きられなかったとしたら、それは夢川さんが私の言いつけ通りここを燃やしたか、あの異端審問官の一家に切り刻まれるかの違い。
現状を変えなければ未来は決まってしまう。だけど、変えられる材料がない。材料がなければ、転換点は作れない。いっそのこと、残せるだけ食料を残してあの子を幽閉でもしてしまおうか、とも考えるがそれではダメだとかぶりを振る。
もしもが、起こったら夢川さんは元に戻らなければいけない。本来なら、私とも美波鈴とも相容れない、極々普通の彼女の人生を壊すわけにはいかない。
でも、なら、私がやろうとしてる行為は彼女を死に追いやるだけのものになってしまう。魔女を教えて、呪いを教えて、異端審問官を教えて、無理矢理手伝わせて、夢川さんに一体なんのメリットがある。
底の見えない穴に心中しようとするなんて、正気じゃない。
どんどんと生まれていく矛盾が私を殺していく。
なんで、手伝わせたの?
──時間が惜しかった、他の人の手が欲しかった。
なんで、悲願にこだわるの?
──私にはそれしかなかったから、空っぽになるのが怖かったから。
なんで、夢川糸依を特別扱いするの?
──わからない。わからない。わからない。なんで、なんでなんでなんでなんでなんで……私は彼女をそこまで思うのか。いつだって見捨てられる、切り捨てられるトカゲの尻尾じゃなかった。
関われば関わるほど、魂に刷り込まれた感覚が鮮明になって、大切に思っていく。今なら、間に合うのだろうか。
紋章を消して、関係もリセットして、夢川さんが元いた日常に戻れば、美波鈴も意識して迫ってくる必要がなくなるかもしれない。
「簡単じゃない、そんなの」
一瞬だ。私が強く念じれば、いつだって終わらせられる。呪いで作った紛い物の縁は脆く、呆気ないくらい容易く切れる。だから、だから……早くやれればいいのに、最後の一歩が踏み出せない。
切ったら、終わらせたら、私は独りだ。クマタロウが居ても感じられない人の温もりを、私は自分から手放さければいけない。
やろうとして、やめて。やろうとして、やめて。苦しくなって、息が詰まりそうになる。
ごめんなさい、ごめんなさい、お祖母様。
私はまだ、立派な魔女になれそうにないです。
◇糸依◇
放課後、わたしは昨日と同じ道を通り、あの花畑を抜けて空金さんの家を訪ねた。何度かノックをしても反応がなかったからドアノブに手をかけると、扉は鍵がかかってなかったのかすぐに開き、近くでお掃除をしていたであろうぬいぐるみが近寄ってくる。
「!!」
「……着いて来い、ってこと?」
足元に群れてきた彼らは、わたしを導くようにリビングまで押していくと、そこにはソファで静かに寝息を立てている空金さんがいた。心配して急いで来たが、見たところ顔色も悪くないし、きっと、体調もそこまで悪くないだろう。
それにしても、なんというか、眠っている時の彼女からは少し幼い印象を受ける。身長もあって、顔立ちも大人っぽいから、普段なら感じないけど……可愛いらしいと思った。
「わたしたち、何が違うのかな」
魔女だから、異端審問官だから、違うのかな。
知らない世界に踏み込んだら、わたしの知ってる人はもうわたしの知らない人になっていて、全てがひっくり返ってしまった。何も変わらないなんて無理だとしても、普通の友達になれたはずなのに。
代償があるなんて、誰も教えてくれなかった。
たった一度の選択で、人生がこんなにも大きく舵を切ることになるなんて知らなかった。だから、未だに実感が湧かなくて、ふわふわしている自分がいる。
ずっと隣に居たあの子が人を殺してたかもしれなくて、離れた所にいたこの子がそれを嘆いていたかもしれなくて。勘違いだったら良いな、って楽観的に考えることすらできない。
「──空金さん、起きて。話したいことがあるの」
「…………ぁ、夢川さん。ごめんなさい、昼食の時、急に帰ってしまって」
「良いよ良いよ。ジュース奢ってもらっちゃったし。はい、お財布」
「ありがとう」
お財布を受け取りお礼を言い終わると、空金さんは初めて来た時と同じくわたしを椅子に座らせて、キッチンの奥からクマタロウと一緒にコーヒーとクッキーを持ってくる。
気を遣ってくれてるのかな……やっぱり、優しい。
「……それじゃあ、屋上の続きを始めましょうか。あなたが言ってた聞きたいことって?」
「これは、聞きたいって言うより話しておきたいことなんだけど……夢を見たの」
「夢?」
「うん。夢。魔女狩りの夢」
「……続けて」
「夢の中でわたしは──」
まるで、過去の記憶であるかのような夢。そんな夢を、空金さんは疑うことなく、真剣に聞いてくれた。これが、今後のわたしたちの動きにどう関係するかはわからなかったけど、大事だと思ったから話した。
夢の中で見た景色は、何故か今でもはっきり覚えている。人形を見たその日の夢。こじつけにも思えるけど、無関係とは考え辛い。
そうして、ところところで頷きつつ、夢の内容のメモをとる彼女にペースを合わせていると、何かあったのかペンの動きがピタッと止まった。
「……空金さん? どうかした?」
「もし、もしもの話よ。私が今この場で、あなたの紋章を消しても良いと言ったら、どうする?」
「いきなりなにを──」
「答えて。お願いだから」
下を向いたままの声は少し震えていて、良く見れば、肩も小さく揺れている。怖いことでもあったのだろうか。それとも、この先を不安に思っているのだろうか。
わからない。
付き合いなんてたかが数日の仲だ、わかるなんて思わない。でも、どうしてだろう、今しなきゃいけないことは良くわかる。
だからこそ、椅子を立ち、空金さんの──璃々ちゃんの隣に行って、ギュッと抱きしめた。心音が聞こえる胸の位置に、頭が来るように。
初めて、泣いている鈴ちゃんを抱きしめた時も、こんな感じだったっけ。もう、戻れないのかな。
ううん。きっと大丈夫。大丈夫、だよね。
「最初は呪いのせいかもしれないけど、わたしは自分で選んでここに居るよ。わたしは、わたしの意思でここに居たいと思ってる。だから、そんなもしもは閉まっておいて」
「…………そう。変な子ね、あなた」
「あはは……かもね」
無謀だと思う。
みんなで輪になる大円団なんて、難しいと思う。
けど、誰かが除け者になってしまうくらいなら、
わたしは死んだ方がマシだ。
次回もお楽しみに!
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