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【11.立場】

中年以降の魔物たちはイカウに優しい。イカウは働き者で息子の嫁にしたいタイプなのだ。

イカウの立場を妬んで忌み嫌っているのは同年代の女の魔物たち。おしゃべりも相談も受け付けずにイカウを独りぼっちにして楽しんでいる時がある。

一方でアルビナスの近況情報を仕入れるのはイカウからが一番信頼できるもの。

場合場合によって、イカウとの付き合い方を変えてくる。

イカウを悉く冷遇するのは専ら直属の上司。

アルビナスの事に関してはイカウの意見が最優先されて、上司は形だけの状態になる。イカウはアルビナスの事には特に妥協がないので、時には口うるさいこだわりも見せる。その態度は、上司を不機嫌にする。その腹いせに、アルビナスに直結しない仕事でイカウに無理難題の指示を出してくるのだ。

一回り大柄な魔物がドアを開ける。イカウの上司だ。

「何をさぼってる!」

洗濯を皆が慌てて続きを始める。

「イカウは?」

「あ、今、ちょっと」

「サボリかい。少し当主様に目をかけていただいてるからってつけ上がって」


「本当に適当な部屋はない?」

「自分で探したんでしょ」

「うん、まぁ」

ラフィンがイカウの後ろを歩く。彼女はトントンと軽く階段を上がっていく。

足に鳥のような蹴爪がある。

しかしそれ以外は人間の様な後姿だ。

「イカウは、アルビナスと同じ種族?」

イカウに睨み返される。

「あ、様と。ほら、角とか耳のとんがり具合似てるから」

イカウが前を向く。

「遡れば同じ源流だけど、アルビナス様と私の出の一族では全然違うの」

「そうなの?」

「そうよ」

-こちらは使用人。生まれついての身分の大きな差-

ドアに辿り着く。


部屋の中にアルビナスがいる。

「いいご身分だな。イカウに道案内させたのか」

「ちょっとよ」

「イカウの仕事の邪魔をしておいてよく言う」

「!ごめん。洗濯の途中だったわね」

「今更いいです」

ラフィンがイカウと目を合わそうとするのを避けられる。

「まあいい。私から用を言いつけよう。こいつの面倒も仕事のうちだ」

アルビナスが手元の上着を投げた。

「解れを直しておいてくれ」

僅かな解れを指す。

「かしこまりました。アルビナス様」

イカウが頭を下げて下がる。

ラフィンが心配げに見送った。

「悪い事したわ」

「あいつは俺に異例の大抜擢されててな。」

「そうなの?」

「初めは夜伽相手と思われたくらいの若さだったからな」

「夜伽」

たじろぐラフィンに、アルビナスがすいっと近づき、顔を覗き込んだ。

「嫉妬か?」

「!してない!」

アルビナスが腰を引き寄せてラフィンを捕まえる。

「女には困っておらん。外にアテがある。イカウには専ら衣食住の世話だけだ」

「モテるのね」

「ああ」

ラフィンの顎を引き上げた。

「この魔界において、東の領地を統べる当主。東の伯爵だ、俺は」

「すごいの?」

「東西南北。伯爵4人。その上にはサタン様。それだけだ」

「それって」

魔界においてずば抜けたトップクラスではないか。

「魔界の全ては魔帝王サタン様のものだ。実質支配が我ら4大伯爵。支配地になっておらんのはセントラルと、天界、冥界、人間界との境界付近も支配地とは呼べない場所になる。昔は公爵家、侯爵家があったとかいうが現実おらん」

村育ちのラフィンに、爵位について知識はない。

きょとんとした顔に苦笑のアルビナス。

「村長より上だ。俺が」

「その私の村を襲ったのも伯爵?」

「南のベルゼゼ。赤き月の娘の情報による殺戮だな」

「その赤き月の娘、それが私かもって」

「そういう口実での」

ラフィンの肢体の際どいラインを撫でるアルビナス。

「やめて」

言いながらラフィンは育ての両親の話を思い出していた。

ハザマの森で拾われた話、その時の状況はきちんと説明を受けていた。

「正直怖かったよ。あの夜は本当に」

「月が出ていたから夜道は明るい方だったんだが、その月が気味の悪い月で」

「あの日に限って、見たことない赤い月だった。血が滴って落ちてきそうな真っ赤な」

ふと眩暈を起こしそうな気配のラフィンをアルビナスが支えた。

「怖い」

ラフィンは独り言を呟いた。

育ての両親は言葉にはしなかった。が心の声が聞こえていた。

ラフィンは、この子はもしかして魔物なのではないか。

拾われた当初、本気で村中がそのことを心配に思っていた。だからこその巫女だ。

万が一そういった要素がラフィンにあっても、その穢れが浄化されるように、司祭様が真実の名付けをし、早々に洗礼を受けさせ、将来は巫女にという決定をした。

両親は実の子のようにかわいがって育ててくれた。

不満に思ったことも、寂しい思いもしたこともない。

だが、自分でも不思議なくらい、ハザマの森に愛着があった。

皆が怖がる理由がラフィンにはピンとこない。

むしろ村の空気より、ハザマの空気の方が楽に感じる時もあったのだ。

でも自分自身のこの感覚を、ラフィンはひた隠しにしていた。

やはり。

と思われてしまう。みんなも、自分も。

ラフィンはアルビナスの腕から逃れた。

「変わり者なのよ。私は」

「結構」

アルビナスも自分の椅子に座った。

「人間である自覚は忘れるな。俺の所有物のお前に手出しをする使用人はおらんだろうが、人間は食い物でもある。ダンが外れた以上、イカウを使いたいだろうが、俺の許可を取れ。あいつはあいつで仕事がある」

「顔見知り、いなくて」

「おらんだろうな」

「・・・」

大人しくなったラフィンを眺めた。

アルビナスが与えた指輪が右手の中指になんとか引っ掛かって嵌められている。

アルビナスはその威厳に負ける様子がないラフィンを一瞥した。

宝物に当たる指輪なのだ。

人間が嵌めれば指輪に支配され、自我が保てるか多少心配したが、案の定杞憂だった。

ラフィンには通常の人間では考えられない魔界への順応性がある。

「イカウは出世を追い抜かれた古参の連中から敵視されている。若い女の使用人たちにもだ。俺につきっきりでいられるからな。その腹いせに人の倍ほどの仕事を押し付けられていたり、一人孤立で奮闘している時がある」

「わかってるなら、もっと彼女を庇ってあげたらいいじゃない」

「一層ひいきにされていると反感を買うぞ?」

「あ、そっか。どうしたらいいのかしら」

「敵ばかりではないがな。真面目な働き者だ」

「それはわかるわ。だから意地悪されてるなんて理不尽よ。何か方法ないかしら」

ラフィンが真剣に考える。

「イカウがお気に入りか」

「ええ」

「見守るしかあるまい。必要以上に庇うなよ。その方がイカウが傷つく」

「そうね。同情は失礼ね。戦える子よ。卑怯な手段に負けたりしないわ」

「人間にそう言われてイカウが喜ぶとは思えんが、まあいい」

アルビナスはクっと笑う。

ついその笑顔に惚けるラフィン。

その笑みだけ見つめれば、惹きこまれる魅力を持った男だ。

「ところで今夜はどちらでお休みかな?」

「え?ねぇ、本当にあれだけしか部屋はないの?」

「一通りはな」

「・・・」

指のリングを弄る。

「それは俺の指輪だ。まずまずの部屋を見せているはずだが?」

「ここ、楽なのよね」

「魔気の話か?悪いが俺の寝室だからな」

「あなたが強い魔物なら、濃くなるものじゃないの?」

「濃いよ。但し不純物はない」

「不純物」

アルビナスが天井を仰ぐ。

「純度の高い物はどんな物でも澄んでいる。魔界の気でもな」

「それで」

「しかし妙な話だ。本来、人間には受けはよくない気のはずなのにお前は魔気に鼻が効く。肥えた魔の感性をしてる。ここがお気に召すとは。上質好みだよ」

ラフィンを見た。

「お前は魔界に馴染んでる。慣れてしまえるのだから。面白い」

「それは」

答えたくない。

もしかしたら自分の中に魔者の要素があるかもしれないなんて。

ラフィンは知らないのだ。

その魔物かどうかの気配について、魔界の者達の方が段違いに敏感で、ラフィンには魔物の気配は感じられないということを。

押し黙るラフィンにアルビナスが続ける。

「それは俺の血を取り入れたから?」

「・・・」

「それとも俺に抱かれたからと考えている?」

ラフィンがかっと頬を染める。

「まだなってないわ!誤解されるような言い方しないで!」

「誤解?そうだな。まだ先があるからな。抱かれそうになっただけ、だな。まだ」

アルビナスが立ち上がった。逃げ腰のラフィンを捕える。

「どちらも後付だ」

ラフィンをこちらに向かせる。

「魔物の血に耐えうる素質。俺に劣情を抱かせる素質。先にお前が備えていたものだ」

「それって、私はそもそも人間でなかったと言いたいの?」

「いや人間だ」

「人間」

「不思議そうに聞き返すな?」

「別に」

「だからわからぬ」

アルビナスを引き離そうとする腕の突っ張り。それにアルビナスが微笑む。

「手加減はしているが、それでもお前のような人間は知らぬ。俺と目を合わせただけで気が狂った人間を何人も見てきているからな」

ラフィンの腰を引き寄せる。

「一人前に抵抗もする。手応えがたまらん」

アルビナスをラフィンが見上げる。

ラフィンの瞳は、黄緑と黄金色に近い蜂蜜色の虹彩が混じって吸い込まれるように美しい。

魔界に落ちてから緑より黄緑、黄緑が更に黄色、黄金色に変化しているのを、アルビナスも本人も気づいていなかった。

「楽しんでるのね。見てらっしゃい。本当に命を狙うから。アルビナス、私を弄んだ事を後悔させてみせる。人間界に帰ってみせるわ」

「好きにしろ。俺も好きにする。ラフィン、俺を楽しませてくれよ」

「嫌よ」

アルビナスから逃れるラフィン。


ラフィンが広い部屋の隅に家具で囲いを作っている。

好きにさせていたアルビナスがベッドから眺めて声を掛ける。

「そこで寝る気か?」

「そうよ」

「夜は冷えるぞ」

「ここに昼とか夜があるの?ちっともわかんないわ」

「今、夜になろうとしている。ここではわかりづらいが、お前が降りた洗い場に行けばわかる。真っ暗闇に、昼間はいない連中が好き放題に遊んでいるはずだ」

「そう」

「迂闊に近づいていい昼間の魔物と違うぞ。俺に力があるから向かってこないが弱者とみれば襲ってくる連中だ」

「夜行性は危険種が多いってこと?私から見ればどんな時も危険な魔物だらけよ。違いなんかないわ」

「それ位昼と夜は世界が変わるという事だ。と言っても実感せねばわからんか」


ラフィンは身を縮めた。

歯がガチガチ鳴る程寒さが身を蝕む。

ベッドの中でこんな寒さは感じなかった。

確か薄手のシーツ一枚だったはず。これ程の気温の変化は感じられなかった。

今もベッドのアルビナスは腰の辺りにそのシーツをかけているだけで悠然と寝転ぶ。

アルビナスがこちらを向いた。

「眠るには寒いだろ」

「ちょっと・・・」

「ちょっとか・・・これから更に冷え込む。ガクガク落ちるぞ」

「嘘、これ以上?」

「こっちに来る気になったか?」

「それは嫌」

「凍え死ぬより俺に身を任せた方がよくないか?温めてやるぞ?」

「イジワルしてるの!?ここだけこんなに寒いなんて変よ!」

「ここだけ温かいんだよ」

アルビナスがベッドを指す。

「眠る為の家具だ。そういう呪がかかっている。このシーツにもガウンにもな」

アルビナスがガウンを投げる。

受け取るラフィン。肩にそれをかけるとホワっと温かさが包み込んでくる。

ラフィンが目を瞑り開けた。

「これ貸してね」

「図々しいな。自分で結界が張れれば気の調整は簡単だぞ?」

「張れるわけないでしょ。だからこそ図太くないとやってけないわ。利用していいんでしょ?アルビナス」

「大した人間だ」

温かさでラフィンの顔が緩む。


寝入ったラフィンを抱き上げるアルビナス。

アルビナスのガウンに包まって眠っているが、ガウンの表面に霜が降りている。

ギリギリまでガウンで顔も包んでいるが、はみ出ている髪やまつ毛が凍っていた。

大振りなサイズのガウンでも他に剥き出しになっている所もある。そこも凍っているのに。

「すっかり安心して熟睡か。手の焼けるのか焼けないのか」

ベッドに運んで抱き下ろす。

「魔力の欠片もないくせに。こいつの気は何かの守りがあるか。平然として」

いくらガウンがあるとは言え、熟睡してしまえるのだから。

楽観的な性格だけかもしれないが、何かアルビナスの知り得ない力がそこにあった。

ベッドの呪にガウンの霜が消え、柔らかさを取り戻す。

それを脱がせて自分も横になった。

「凍死するものか試してみたいが、試す気にならん」

ほんのり冷たいラフィンの頬に触れた。

「惜しいと思わせるか。なんて人間だ」

自分の鍵爪がラフィンを傷つけないようにそっと指の腹で撫でた。

これは昨晩も徹底した事だ。

ラフィンの滑るような肌には一切傷をつけないように振舞っていた。


ラフィンは柔らかいベッドで目覚めた。

咄嗟に自分の身なりを確認したが、ガウンが脱がされている以外何も変化はなかった。

既にアルビナスはいない。

「・・・」

久し振りの熟睡だった。

少しだけ、微かに記憶がある。

ラフィンは自分の髪を撫でた。

アルビナスに寄り添って眠っていた。

自分を撫でてくれていた指。

ベッドに寝かされて暖かくなったのも手伝ったが、その撫でる指に安心して眠れた。

「私、どうなるの」


昨日の窓が目についた。

飛び降りる気にはなったわけではない。

やはりあの王妃の木が気になった。

どうにも心に引っ掛る。

それに。

魔界で口にしたもので身になったと思える唯一の実だった。

不思議とそう感じた。

そっと窓から下を覗く。

薄もやの中にはっきりと木が見えた。

何だか近くなった気すらする。

「もう一度、食べたいな」

言ってから手を伸ばして透明の膜に気がついた。

「これ」

そう言えば風を感じなくなっている。

「これが結界?」

触ると頼りないが破れる感じが全くなかった。

不意に背後に気配を感じた。

振り向くとそこに古びて錆びてしまった六角鏡の額があった。

さっきまでなかったはずだ。

「あなた、六角の鏡でしょう?」

鏡の内側がほんのり光った。

しばらく光る内にコロンと王妃の木の実が転がり出る。

「あ」

ラフィンは実を拾い上げた。

「ありがとう。でも、どうして?どうやってここまで来たの?」

額は何も答えない。

ラフィンは実をかじった。

すうっと身に染み渡る。

「美味しいわ、やっぱり」

ラフィンの髪が窓の光に仄かに輝く。

「鏡さん、すごいわね。本当に私は貴方のご主人様になったのかしら?そうだわ。ダンも助けてくれたわね。お礼を言ってなかった。ありがとう、アルビナスもすぐに追えない所へ逃がしてくれたらしいわね」

鏡面のない鏡だが、実を転がし出すだけの何か面のような物がまだあった。

「出来ればダンの様子が知りたいの。深手を負ったままだったから。映せる?」

鏡の内側がしばらく揺れていたが、何も映さず動きを止めた。

「無理なのね。いいわ、ありがとう。こんなボロボロにされて。きっとアルビナスがやったんでしょ?あの時怒ってたし」

自分で言い出して自分で赤くなるラフィン。

あの夜の感覚が体によぎった。

「バカね、私。遊ばれてるだけなのに」

ラフィンが額に触れると細かく振動を始めた。

震える内にどんどん小さくなっていく。

そしてブレスレット程の大きさになった。

錆びてボロボロだった額は小さくなった分つるんと光り、模様も精巧になって輝く。

ラフィンはそれを拾い上げた。

しかし右手の中指に入ったままだったアルビナスの指輪が弾く。

別の所にいたアルビナスが顔を上げた。

「今の気配は」


アルビナスがふと部屋に現れた。

ラフィンが振り返る。

「六角鏡、まだ魔力を残していたか」

ラフィンの手の平のブレスレットを見つけた。

「ほう?随分小さくなったな。が、俺の指輪とは気が合わぬらしい」

ラフィンの手から取り上げようとしたのをラフィンがかわした。

「ラフィン。それを渡せ」

「嫌よ。一つ位私にも武器をちょうだい」

「ケルンがあるだろう?」

「ケルンだけよ。この鏡だった子は私について来たがってる」

「お前を主とした様だからな。だが気に入らぬ。お前だけでは済まぬ、第三者への通り道を開けてしまいそうな気がする。そいつ、お前に懐いて見せてるだけのスパイかもしれん」

「そんな事わからないじゃない」

「少なくとも俺の指輪は警戒している。そいつは古株でね。勘が鋭い」

「・・・」

ラフィンはブレスレットを見つめた。

「側に置いておくだけならいい?身につけないから」

「食い下がるな」

「だって、この子の体を通ってここへ来たんだもの。手放したくない」

アルビナスは手を上げた。

「好きにしろ。その代わりこちらの誘いも断らせんぞ」

「何?」

「まずは湯浴みに行って来い。イカウに用意させている」

「湯浴み?」

「さっさと行って来るんだな。トロトロしてると覗きに行くぞ」

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