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【10.初恋】

初めてこの城の奉公に召し上げられた時、あまりの大きさと荘厳さに口を開けたまましばらく見上げてしまって村の長に小突かれた。

若い奉公人が十数名はいた。

当時の東の当主ルクシスト様にご挨拶で、広間に全員ひれ伏していた。

「よく勤めよ」

と声が掛り、顔を上げるのを許された時、当主様の姿に惚けた。

遠くは同じ種族の出ということをよく村長が自慢にしていたが、そんな似通った風貌ではない。座っていても上背があり、煌びやかな装飾品に溢れた衣装に負けない風貌。

たかだか使用人の謁見の服装なのだから、これが部屋着レベルかと思うと、その権威の強さが測れるものであった。

そしてイカウはそのルクシストの隣に立つ青年に更に惚けた。

「息子のアルビナスだ。次期東の主を狙っている。うまくいくかは知れんがな」

あっけらかんと宣うルクシストに、顔色も変えないアルビナス。

そう。

魔界に世襲はナンセンス。

東の当主になるには、東で一番の魔力知力統率力を持つ以外の要素は鑑みられない。

いっそ現当主の息子という要素はない方がいいくらいだ。

遺伝的に現当主に近いものを備えている可能性が高く、小さい芽のうちに摘み取られることもしばしばあるからだ。

がんばろう。

イカウは真面目に奉公に取り組んだ。

それが功を奏したのか、大抜擢でアルビナスの側近の侍女になった。

周りも騒いだが、自分でも密かに夜伽もあるかもと期待があった。

結局、今までそんな事はないままだ。信頼は確かに得ているのに。

侍女としては一番に気に入られているのに、女としては魅力を感じてもらえない寂しさ。

仕方ない。貴族でもない、使用人の自分だもの。

そう諦めて、それでもずっとアルビナスの背を見つめてきたイカウだった。


ラフィンはようやく目を覚ました。

部屋の様子が違う。また部屋を移されていた。

いつも自分が気づかないうちに事が運ばれる。

この自分の意見を無視されたような気持ち、置いてけぼりを食らったような気持ちを、きっと魔界に住む者誰もが理解していないだろう。人間というだけで軽んじられ、でも実際に力もなく、好き勝手にされてしまうのに甘んじるしかない悔しさ。

いつか何とか自分で自由に行動できるようになって、逃げる計画を立てよう。

ラフィンはケルンを握って自分に誓う。

「さすが権力者、ということよね。いくつ部屋があるの?」

寝かされているベッドが今までの倍以上ある。

辺りを見回し、何もかもが変わっているのに驚いた。少し華やぎも増えたように思う。

身を起こそうとして、ほとんど裸のままなのに気づく。

ラフィンは昨夜のアルビナスの行為を思い返して赤面した。

抵抗していたのは最初の方だけだった自分。

快感をしつこく重ねられ、すっかり開ききってしまった自分を知っている。

だから悔しかった。

一線は越えていないが、ほとんど明け渡したと言っていい。

-遊びではない-

そう言われたが、その言葉通りの意図で使っているのか疑わしい。

圧倒的な力の差を前に、結局はいいように弄ばれているだけなのだから。

でも。

昨夜ももうこれで彼に穢されるのだろうと思った。

しかしアルビナスは結局、ラフィンの拒絶を聞き入れ、犯すことなく出て行った。

でも。

彼の要求をいつまで拒否できるのか。

なんだかんだで自分を保護しているのは彼。助けてほしくて助けてもらったことはないが、彼の力なくして、自分が無事ではいられなかったと思う。

実際、心惹かれる部分もある。

ため息をつき、すぐ横に用意された着替えを手にした。


部屋の窓に歩み寄る。

覗いてみて息を呑んだ。

恐ろしく高い塔にいるらしい。

今までに経験した事のない高さから見下ろす形だ。

途中に薄もやがかかっている。

しかし一箇所やけにはっきり見える木があった。

「王妃の木!」

ラフィンが思わず乗り出すところで、襟首を掴まれた。

アルビナスが背後にいる。

「落ちるぞ。飛べぬ人間が」

「!」

思わず体を避けて本当に窓の外に落ちそうになるラフィンをアルビナスが引き寄せた。

ラフィンはもがく。

窓に身を乗り出す。そこから逃げようとするように。

「触らないで」

しかし、バサッと目の前を黒い翼で覆われた。

「あがくな。飛び降りて死んで本望か?」

「本望よ」

アルビナスはラフィンを自分に向かせる。

「悪魔に身を穢されそうだから?随分と軟弱だな。見捨てたコワ村の様子は知りたくはないか?たかが噂の娘の為だけに村を襲った魔物に復讐心はないのか?自分が逃がしたダンはさて、どうなった?もう放ったらかしか?こんな奴にいい様にされて我が身を嘆くだけで満足か?ここまででおしまいか?」

「・・・」

ラフィンはアルビナスを見つめた。

「気が狂わないだけでもマシな方だが、所詮人間だな」

「そうよ!私は人間だわ」

ラフィンはアルビナスを睨み返した。

「さぞ面白いんでしょう。自分の手の平で好きに転がせて」

「まあな」

ラフィンが手を上げる。

それをアルビナスが掴む。

「昨夜もなかなか良かった」

ラフィンの顔が真っ赤になる。

「感じやすくていい味だ。是非最後までお供頂きたいものだな」

ラフィンはもう一度手を振り上げた。

今度はアルビナスの頬を打つのに成功する。

肩で息を切らすラフィン。

アルビナスは何も言わずそのままラフィンを窓の梁に座らせた。

「城で一番高い南の塔の最上階だ。これ以上投身自殺にいい場所はない。まぁ、地面に激突するまでにお前の身は喰い尽されるだろうがな」

「そうなの?」

「浮遊する連中がそこかしこにいる。俺以上の陵辱を好む下種も多いだろう」

ラフィンは改めて覗く。もやの中を時々何かが確かに掠めて飛んでいる。

「こんな所にいつまで生かしておくの?」

「飽きるまで、でどうだ?」

ラフィンがアルビナスに向き直った。

「人間に興味を持った自分が不思議でな。少し付き合え」

「ふざけないで」

アルビナスが笑う。

「ふざけてはおらん。悪趣味だがな」

ラフィンはその笑みに見惚れた。

「お前は俺を殺すチャンスでも伺っていればいい。それ位の交換条件は飲んでやろう」

「真実の名に縛られて、圧倒的な力の差があって、一体どうしろっていうの?」

「それは知恵を絞るんだな」

「・・・」

アルビナスがすっと離れた。

「お前の好きにしろ」

ラフィンはそのまま腰掛けている。

窓の外と中を見比べた。

しばらく見比べていたが、とんと部屋の中に足をついた。

「しばらくここにいる」

「そうか」

ラフィンは窓に振り返った。

「いつでも飛び降りてしまえるもの。人間の命は一つしかないから大切にしないと」

「そうだな」

アルビナスが先程までラフィンが眠っていたベッドに身を横たえた。

「ちょっと!そこは!」

アルビナスが目を瞑ったまま呟く。

「ここは俺の部屋だ。前の所がめちゃめちゃになったからな」

「私はどこにいたらいいの?」

「ここにいろ」

「嫌よ」

ラフィンはアルビナスに近づいた。

「一緒の部屋は嫌よ。どういう神経してるの。私はあなたの恋人じゃないわ」

「ああ、どうやら俺の方が嫌われているんだよな?」

「・・・そうよ」

ラフィンは一瞬答えに詰まった。

アルビナスが意味深に目を開ける。

その瞳にラフィンの方がどきりとして目を逸らした。

「まあいい、少し城の探検でもしてろ」

アルビナスが小指のリングを引き抜いた。

ラフィンにポンと投げてよこす。

「レイテラウ」

アルビナスは寝転んだまま言う。

「この部屋より出る時は必ずそれを嵌めよ。その手で開くドアはどこまで開けても構わぬ」

「はい」

ラフィンは比較的楽に従った。

アルビナスは思いついた様にケルンも投げて遣した。

「この部屋以外でお気に召す部屋があったら好きに使わせよう」

「・・・」

ラフィンはアルビナスを一瞥すると部屋から出て行った。

出て行くとアルビナスは手のひらを窓にかざす。

先程の窓にバシっと分厚そうな結界が張られた。

「一つしかないか。か弱いな、人間は」

風に揺れてい燭台の火が落ち着いた。


「で、どんな獲物なんだい?その人間ってさ」

「見てみたいねぇ。生きた丸のままの人間なんてお目にかかった事がないよ」

イカウが洗濯場で他の賄い魔物といる。

彼女らに攻撃性はあまりなく、人間界に行くことはまずない。

人間との接点は薄い一方、人間とよく似た姿である。実は寿命も似たようなもの。

魔界とはいえ、多少の魔力がある程度の大多数は、その多少の魔力分くらいしか、人間に勝っているところはない。

ラフィンの持つケルンなどで一叩きされれば絶命する程度だ。

このタイプが派生して人間界に馴染んだ者、小型の連中は妖精とも呼ばれている。

「昔、人間界の狩りに爺様がついていったことがあったんだけど、狩場までの道中が遠いのなんのってぼやいてたねぇ」

「狩り自体は簡単だっていうじゃないか」

「旦那様連中はお力が強くていらっしゃるから。爺様は矢傷を受けてきたよ。反撃されたんだって。人間界にも武器あるらしくって。怖い怖い」

「女一人くらいは何とかなるんだろ、ほら、マトケんとこの次男坊が嫁にって」

「ああ、でもうまくいかなかったって」

「人間、弱っちまうからねぇ。魔界に馴染まないよ」

話が場を賑やかにしているがイカウは黙ったまま。

「まぁ、なんていうか」

イカウ以外がイカウを気遣う。

「ポルボルに見張りさせてたの見たってよ。美味そうな感じだったって」

イカウは機嫌が悪いまま、怒るように洗濯を叩く。

「しかし意外だよ。人間の女なんてさぁ、ゴロツキ連中が囲い込んでる粗末なもんだし、みんなボーっとして今にも死にそうなのばかりでさぁ。当主様、目が肥えすぎちまったんじゃないのかい?ほら、珍味っていう感じ」

「美味そうだったって」

「食うつもりでかい?必要に思えないけど。アルビナス様の御力はけた違いだよ?」

「だってお相手はないだろ?」

全員が頷く。

「そりゃない」

「醜さを面白がってるんだよ、きっと」

-醜い。そう、人間なのだから醜くいてよ-

イカウの整えた部屋に、アルビナスがラフィンを運んできた。

眠る彼女を抱き下ろし、本人アルビナスより先にそのベッドに寝かしつけてしまった。

憎らしいほどの滑らかな肌。憎らしいほどに輝く黄金の髪。

「ねぇイカウ。どんな様子か教えてよ」

「美味そうな人間ってどんな」

言いかけた魔物の口と手が止まった。

ドアからラフィンが首を出していたのだ。

「あ」

イカウとラフィンの目が合った。

しかしイカウに無視される。

ラフィンは唯一の顔見知りにドアから更に中に踏み込んできた。

「イカウよね?」

ラフィンが近づくとイカウ以外がザっと身を引いて離れる。

腰のケルン、そして指のリングを畏れたのだ。

「何の用でしょう?」

イカウがやっと声を出した。

「あのね、部屋を探してるの。アルビナスの部屋は嫌なのよ。別の所を」

周囲の魔物が当主の名を呼び捨てにする人間に動揺してざわめく。

「様つけなさいよ!つけてください!」

アルビナスの指輪の威厳に口調が丁寧にならざるを得ない。

「あ、ごめんなさい。癖で」

イカウが大仰に息をつく。

「あの部屋に文句つける気ですか?」

「しつらえなんか気にしないわ。普通の部屋でいいの。あんなに立派でなくていいの」

ラフィンはリングの許す部屋の殆どを回っていた。

しかしどこも魔気の気配が強いし、既に居住者がいる所も多く、ちらと覗いては断念するを繰り返していた。

どんどん下に降りてきて、とうとう厨房や洗い場まで来たのだ。

「ねぇ前の部屋は?」

「西の奥殿は閉めました。これから当主様は南方を使われるのだから、あんた様だけ西というわけにはいかないの。何様のつもりよ、というお話でございます」

丁寧語が中途半端に入り混じって変な話し方になる。

イカウは苦々しい思いで答えた。

「困ってるの。自分の部屋が欲しいだけなの」

「アルビナス様の部屋に戻ってください。そんなものブラブラ付けてこんな所に来ないでください。みんなが怖がってるの、わからないですか?」

ラフィンはケルンを腰から懐の奥に押し入れた。

アルビナスは気にしないが、他の魔物は一様にケルンを警戒する。

「ごめんなさい。でも身を護る必要もあるの」

「でしょうね。だから大人しくお部屋にいればいいのです」

「アルビナス、様が出歩いていいと。好きに探してこいって」

「でしょうね」

イカウはラフィンのリングを一瞥した。

これは東の主のもの、という目印だ。鎖でもありエンブレムでもある。

二人から他の魔者たちが距離をとったまま、口をあんぐり開けて眺めている。

「どうせ帰り道わかんないんでしょ、こっちでございます」

イカウは構わずラフィンを促した。

イカウとラフィンがその場からいなくなって魔物たちがどよめいた。

「なんて人間」

「人間かい?ありゃ天界人なんじゃないのかね」

「金の髪初めて見た」

「綺麗な顔と体だ。いい匂いがしてた。美味そうな、いや、色っぽいのか」

「人間だろうさ。けど」

「当主様を呼び捨てなんて。姫様くらいだったのに」

「けどさ」

魔物が額を寄せた。

「負けないくらい美しかった。別嬪さんだ」

「ああ、震え上がったよ。これは上玉だ。まったく、うちの当主様はどうも目が肥えていらっしゃる」

「いい子なんだけどねぇ、イカウ。でもああいう美しさは、ねぇ」

「姫様もお綺麗でいらした。人間でもあの美しさ。かわいそうに。イカウは人間にも負けてしまって、お世話しなければならないなんて」


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