願う者 2
(前ページより)
※ ※ ※
「将軍!」
「どうした?」
「報告します! 国境地点の前線部隊が、何らかの原因によって全滅しました!」
「なん…だと!? 一体どういうことだ! あの兵力がなぜ全滅するのだ!? 向こうが新兵器でも投入したとでもいうのか!」
「いえ、お言葉ですが、全滅したのは我が軍だけではないのです」
「何…? どういう意味だ? 説明しろ」
「はい。前線の開戦から五十一分後、何らかの攻撃を受け、我々だけでなく敵国の陸・空軍も全滅したのです。わずか、三十六秒で」
「さん…!? 不審な点はないのか?」
「敵軍が特殊な兵器を使用した痕跡は感知しませんでした。ですが、問題時間の四分前に、現地のレーダーや探査衛星から、両軍のほぼ中間地点に二つの反応を捉えています。まだ分析の途中ですが、情報の欠片を掛け合わせると、どうやら人間ほどの大きさのようです」
「人間ほど? …分かった。引き続き分析を続けてくれ」
「作戦の変更は致しますか?」
「いや、必要あるまい。兵力が激減したのは我が軍だけではないのだから、作戦に変更なく、敵の本部を両側から挟み撃ちにする。工作部隊は派遣しているな?」
「はい。順調に侵入を成功し、既に行動を開始しています」
「なら、問題はないさ。あとはこちらで敵軍とのんびり交渉でもしていればいい」
「はっ。では、失礼します!」
「…。人間サイズの闖入者、か…。まさか奴らが来ているのか…? だとすると、少々話が読めなくなりそうだな…」
※ ※ ※
ソミアとオルパニルは目指していた目的地へ到着した。
ソミアが、怖くて閉じていた目を開けると、そこは高層ビルの屋上だった。見慣れない町並みなので、どこの街なのかだけでなく、どちらの国なのかも判別がつかなかった。
「ここは?」
「アイルランドの南部だ。ここで一騒動が起きた」
「…? それは何ですか?」
オルパニルがソミアのほうを向いて説明しようとした直前、オルパニルが何かに気がつき、ソミアの腰に腕を回し、
「ひ、ぇっ?」
左へ思い切り跳躍した。直後、そのビルが大きく揺れ、傾き、低い階から崩壊していった。
跳躍したらどこかに着地しなければならないのだが、オルパニルは別のビルの上ではなく、ビルの谷間に狙いを定めた。谷間の真上に到着すると、いきなり空中で停止し、そのまま降下した。
それは、アトラクションの絶叫マシーンが苦手なソミアにとっては災難だった。
「きゃああああああああ!」
ソミアは悲鳴を上げ、本能でオルパニルの首に腕を回してしがみついていた。羞恥よりも恐怖が勝っていた。
何秒か急降下して地表が近くなると、オルパニルは能力を発揮した。地震とソミアが受ける重力を反対に向け、空へ引かれるようにした。すると、今の二人にとって地面は上となり、下の空へ引かれて速度が遅くなった。オルパニルは微調整をしながら地面付近までその状態を維持し、地面が目前になると効果を解除し、無事に地表へ着地した。
通常なら食べた物が胃の中で上へ下へと動いて気分を害する方法だったが、幸いにも二人ともしばらくの時間何も食べていなかったので、最悪の影響は免れた。
足が着いていることにソミアは安堵し、冷静になると、自分がオルパニルに抱きつく格好になっていることに気がついた。
「わっ、ごめんなさい!」
ソミアは凄い勢いでオルパニルから手を解いた。
今いる場所は、建物と建物の間にある隙間の通路、路地と呼べる場所だった。ここは何もないが、耳を澄ますと、大通りのほうから悲鳴や爆発音が聞こえた。僅かな隙間から覗く外の景色には、市民が逃げる光景が見て取れた。
やはりここは状況を知っていると思うオルパニルに訊こうとした。だが、オルパニルはソミアの背後を向いて、ソミアを庇うように刀を構えた。すると、オルパニルが展開した防壁に数発の銃弾が衝突した。
ソミアが見ていた景色があるほうの、反対側の景色があるほうには、一人の兵士がいた。どうやら今撃ったのはこの兵士らしい。
「お前達住民は我々から逃げられん! 速やかに投降しろ! さもな」
オルパニルが兵士の目の前にいて、
「いと、ッ?」
刀で兵士の銃を斬った。
「なっ!?」
兵士の顔が驚愕の色に染まって動きが止まると、オルパニルはすかさず兵士の鳩尾へ渾身の蹴りを入れた。兵士は胃液を撒き散らしながら、本来考えられない速度で外の路上へ飛んでいった。路上の地面に着いても勢いは止まらず、転がり続け、その向こう側の建物にぶつかって、ようやく止まった。
その光景を怯みながら眺めていると、背後で物音がした。振り返ると、さっきソミアが見ていた景色のほうから何かが姿を現した。
兵士ではない。四足歩行するロボット兵だ。犬のような態勢だが体はそれより重厚で、体の至る所に凶器を仕込んでいる他、口内の舌がある部位にレーザーの銃身が仕込まれている。作業用ロボットやヘルパー用ロボットは人間の体型のほうが適しているが、機動性を要求される戦闘ロボットの場合は猛獣型のほうが適しているのだ。
ロボット兵は既に照準をソミアに合わせている。オルパニルに助けを呼ぼうにも、彼は今離れた場所にいる。
もう駄目だと、胸中で弱音を吐いた。
「心配するな」
ソミアの真後ろから声が聞こえ、肩に手が置かれた。いつの間にかオルパニルが背後にいて、よく見ると、ロボット兵との距離が遠のいている。風の音さえも起こらないほどの早業だとソミアは仰天した。
先程兵士と対面した時、オルパニルは自身の居場所を兵士の眼前に変更し、一瞬で移動したように見せた。今のソミアも同じで、オルパニルがソミアの所へ戻ったのではなく、ソミアがオルパニルの所へ居場所を変更されたのだ。
オルパニルはロボット兵が発射したレーザーを防壁で難なく防御すると、火の玉を発射してロボット兵の銃身を頭部もろとも破壊した。
爆炎が収まると、そこには頭部が丸々吹き飛ばされている四足歩行ロボット兵が残っていた。すると、オルパニルはすぐさまソミアを右腕で抱えて、刀を媒介に横の建物の壁を破砕して、室内に避難した。それは兵器に精通している者にしかできない判断だった。
歩兵型ロボットの概ねは、判断・処理などを司る核が胴体にある。身体の損傷によって戦闘能力が望まれないと判断された場合、自律回路を切断する。そして、周囲に味方歩兵か自律回路が切断されていない味方ロボットがいない場合に限り、残されたエネルギーで最後の手段を作動させる。
オルパニルとソミアが建物のできるだけ奥へ転がり込んだ直後に、ロボットが自爆し、路地を吹き飛ばした。ただの爆発ならばシールドによって防御できるが、爆炎から発生する燃焼済みの煙には有毒のものが多い。その場から離脱するのなら、最初から距離を空けたほうが危険が少ないのだ。
炎が燃え尽きたのを見計らって、オルパニルは室内に侵入した危険な爆煙を突風で室外へ追放した。
「無事か?」
「はぃい…なんとか…」
今更確認しているようなオルパニルに振り回されたソミアは、短時間の内に重複した絶叫体験に耐えられず目を回していた。
とはいえ、すぐにでも街全体の様子を確認したいオルパニルは、ソミアを休憩させる間に独自で行動することにした。幸いにも、ここは比較的安全地帯に値する場所だろう。
「街中の様子を見てくるから、ここで休憩していろ」
「は、ぃ………えっ? ま、待って! そんな急なこと言われても」
「心配ない。二分後に戻る」
「…わかりました」
承諾を確認して、オルパニルはソミアの周囲にシールドを展開させた。建物の外へ出て、直後に浮力を自身に与えて空へ飛翔した。
雲が漂泊する最低高度の地上千五百メートルよりやや低めの高度で滞空してから、改めて空から全体図を眺望すると、大まかな状況が読める。どうやら情報は正しかったようだ。
挟撃作戦という仲間からの連絡を受け、急遽駆けつける展開になった。この作戦が功を奏した場合、力関係の均衡が崩壊する戦況になる。この戦争はコルド・キンベスターによって勃発した物であるから、是か非で求める義務が彼にはあった。
侵入している兵力は約一個中隊程度。街の規模から計算して、もう少々兵力がいると仮定しておく。予想よりも少ない規模だが、機械兵というグッドスタッフに因って作業効率の落ち度を帳消しに出来ているようだ。連絡を受けてから急行したから、まだ侵攻は広くはない。だが、武器を持たない住民に抵抗力があるとは思えないので、四時間余りもあればこの街は完全に制圧されるだろう。
オルパニルは偵察を終え、戻ることにした。
ソミアが休憩している建物へ戻ると、部屋の外に閃光が漏れているのが見えた。破裂音も聞こえる。
オルパニルが部屋へ帰還すると、呼んだ覚えのない客が来ていた。
兵士が三人。ロボットではなく、人間の兵士だ。
彼らは自分たちを目撃し、任務遂行上で邪魔なソミアを始末しようと、シールド目がけて銃を乱射している。おそらく、彼らのようなチームが先ほど建物を倒壊させたのだろう。
人工の兵器くらいでオルパニルのシールドが打ち破れるはずはないし、中にいるソミアは視覚しか情報を拾えない境遇だから、安全は心配無用だ。だが、それでも兵士達は懲りずに無駄弾を乱射しているし、ソミアは自分の身体を抱いているほど怯えている。見物している暇があるのならさっさと救助することが正当だと、オルパニルは判断した。
「騒々しい。近所迷惑だ」
オルパニルが文句を言うと、兵士達は振り向いた。その時にはオルパニルはもう刀を地面に突いていた。
「―――束ねろ」
兵士達の足下の地面が液体になり、彼らを取り込んだ。肩まで完全に漬かると、今度は三人が一箇所に引き寄せられ、液化した地面がくっつき合って一つになると、地面が正常な固体に戻り、果たして人間ロールケーキが一本出来上がった。
「はっ、離せぇ! くそぉ、動けねぇ!」
「うーん、こりゃどうしようもないね。しばらくこのままかな」
「ふざけるな! 俺達には大事な使命があるんだぞ! 何もできずにいられるかっ!」
「あらぁ、僕は構わないですよ。先輩達とずっとこうしているのも、なんだか夢のようで…」
「やかましい! ゲイは黙ってろ!」
呼吸ができるように首から上は拘束から避けておいたのだが口が残ると今度は耳障りな会話が聞こえてきたので、オルパニルはいっそのこと全面的に塞いでおけばよかったと後悔した。
ソミアの元へ行くと、彼女がオルパニルの視線と自分の視線を重ねた。その表情は青ざめていて、いつからかは知れないが彼女なりに不安だったようだ。
オルパニルはソミアを包囲しているシールドの直径を伸長させ、自分をその中に入れた。
「オルパニル!」
同じ空間になって音が通じるようになると、ソミアが開口一番に彼の名を呼んだ。
「宣言より遅れて済まない。愚問だと思うが、大丈夫か?」
「愚問なんかじゃないですよ。心配してくれてありがとう。私は大丈夫です!」
「…。ならいい」
そう言って、オルパニルは外の見える壁(に開いた穴)のほうに視線を逸らした。
そんな彼の仕草に、ソミアは違和感を持った。いつもなら次の行動に移り始めたり、現在に相応な話題に触れたりする。だが、今は特に何かをしようとはせず、意味無く外を見ているだけだ。厳重に警戒して外の様子を察しようとしてるのかも知れないが、どこか雰囲気が違ったように感じた。
(返事をする前に、なんだか絶句したような…。気のせいかな?)
ソミアは怪訝を隠せないが、当のオルパニルは相変わらずの無表情だ。人間を見る目が養われている自信がないソミアには、オルパニルの内心を窺い知ることは不可能だった。
やがて、オルパニルが視線を戻してソミアと向き直った。
「上階に移動する。此処よりは発見されにくい筈だ」
オルパニルが提案した。これがいつもの彼だとソミアは再認識し、彼の提案に賛成した。