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願う者 1

勝手で申し訳ないのですが、この章だけ第三者目線での描写になります。

シュチュエーションの関係で、こちらのほうがいいかと思い、一時的に変更した次第です。

わけがわからないでしょうけどご理解いただき、引き続き楽しんでいただけると幸いです。

なお、この章には残酷な描写を多々取り入れる予定です。苦手な方は、次章の更新まで待っていただくか、相当な覚悟を決めてお読みください。

 第六章 願う者



 夜が白み始めたばかりの空を背負い、暁光でその身を現した野草達が、静かに、確かに、その場に群生していた。所々に樹木や池と共存しながら、野は地平線の向こうまで大地を覆っている。

 珍しく凪いだ草原に、空から光の粒子が流れてきた。その粒子は地面付近まで辿り着くと螺旋を描き、何かを形成そうと収束していく。

 粒子の挙動が制止すると、そこには少年が降り立っていた。

 報告を受けていた地点に予定通り到着したことを確認したオルパニルは、まだ混乱状態に陥っていない事に安堵し、同時に拍子抜けした。報告では、緊急発令が敷かれてもう大分経つらしく、始まっていることを前提に構えていたからだ。

 だが彼には、今は視認できる範囲に居なくとも、いずれこの場所は渦中へと変貌する事が予想できていた。当然ながら、今から今後の対処を考えるのが自分の手段だ。しかし、彼はその予定を不可抗力により、今は置いておかざるを得なかった。

「やってくれる…」

 オルパニルは正直落胆したい気分に襲われながらも何とか堪えて、振り返った。

 そこには、オルパニルのジャケットを辛うじて掴んでいる少女の姿があった。先刻の移動手段は発現に至極の集中力を要求していたため、自分の体に触れていた彼女も範囲内として連れてきてしまったようだ。

 恐る恐る面を上げたソミアは、非難すらも覚悟を済ませたような顔色をしていた。

「どういうつもりだ?」

 オルパニルは飽くまで当然のことを尋ねた。

 彼にとっては、ソミアが無理をしてまで同伴を望む理由が思い当たらなかった。自分の非行を詫びたし、決別の言葉も伝えた。さらに理由を並べれば、これから先は安全が保障されているとはとても言えない現場であるので、どんな手を行使してでも連れて来たくはなかったのだ。なのに、何故この少女は追跡してくるのだろうか。

「だって…」

 ソミアは蚊の鳴くようなわずかな音量で答えた。

「あんな、急に別れるなんて…まだ、何も…嫌だったから…」

 オルパニルは心底呆れてしまった。何の為に自分が配慮したのだろうか。

 通常なら、説得するか力尽くでも元の場所に連れ戻すが、こうなってしまっては仕方がないので覚悟することにした。

 オルパニルは通信端末を取り出して、連絡した。

「もしもし。前言撤回だ。最奥の部屋で確保するのは大人三人だけでいい。以上」

 そう言い終えて、通信を切った。

「オルパニル…?」

「普段なら問答無用で帰らせるが、もうそんな暇は無い」

 オルパニルは真っ平らな口調でソミアに告げた。

「俺から離れたり、勝手な行動をしたら、死ぬと思え」

 彼のそんな忠告にソミアは疑問を持った。もう裏切ることは許さないということの言い換えだろうか。

 だが、逃げたとしても逃げ切れるわけがない。自分の耳には彼の言う発信機能を備えたイヤリングが付いているから、どこへ行こうとも居場所は知られている。そもそも、こんな広い平野から逃げようとしたってすぐに見つか…

 視界の片隅で、一条の光が光速で横切った。

 何かと思い、目を凝らすと………また横切った。

 オルパニルなら知っているかもしれないと思って訊こうとしたが、

「動くな」

 短い命令を発すると同時に、彼は右腕を横に薙いだ。

 直後、オルパニルとソミアの目と鼻の先で爆発が起こった。ソミアは途轍もなく驚愕したが、なぜか爆風は吹かず、爆音も聞こえなかった。

「い、今の…なんですか…!?」

「ただの攻撃だ。地平線を見ろ」

 従順に地平線を見ると、小さいが、緑色と茶色の平原には有り得ないような色や大きさを持つ物が沢山あった。よく見ると少しずつこっちへ近付いている。反対側を見ると、殆ど同じような光景を発見した。

 まだ状況が読めないソミアに、オルパニルは包み隠すことなく極力簡潔な言葉で説明した。

「ここは戦場だ」

 時間が経つにつれて、軍団は接近し、その規模が遠目ながらも見る事ができた。最前列には歩兵だと思われる小さな影が夥しい量を保ちながら行進している。まだ遠いので詳しくは掴めないが、その動きは統制されていて尚、動きも速い。歩兵軍団の後ろには、それらを援護するように巨大な戦車が続いていた。いずれも浮遊しているその姿形はいくつか分かれており、最も多い車両の中に一定間隔でより大きな車両が配置されている。小型のもの、大型のものそれぞれに機銃や主砲、特殊兵器の投下口などが共通して搭載されているが、大型のものは小型のものより数も大きさも勝っている。反対方向を見ると、ほとんど同じような黒い塊がこっちに向かっている様子が見て取れた。このあたりに知識のないソミアでも、遙か彼方から止まることなく進軍してくる黒い団体からさっきのようなものを感じ、恐怖が募った。

 大きな戦車は進軍の途中からでも砲撃している。発射されたレーザーはその威力を減衰させることなく空間を滑り、敵対する軍団の一部へと吸い込まれていき、着弾した場所で威力相応の爆発を起こす。だが相手はその夥しい数の勢力を怯ませることなく、なおも接近し、応戦する。

「今までは政治家同士が協力し、市民を押さえ込み、何とか小康状態を保持していた。だが『狂乱者(レイジャー)』の影響で市民だけでなく政治家までもが激昂した。コルド・キンベスターの策略通り、無事に国同士の戦争が開戦した」

 近くでまた爆発が起きたが、怪我も何もない。オルパニルは自分とソミアを包む程度の大きさの球体で覆い、光は除いて、空間の内側と外側を隔絶している。その結果、科学技術では到達困難な防壁を生み出すことができた。

「長引くと面倒だ。さっさと終戦させるつもりでいる」

 よく見ると、軍団の上の空にも影が見える。陸上だけでなく空軍部隊も出動しているらしい。戦闘機のようだがいくらか小型のものが既にオルパニル達の上空で交戦している。陸戦軍団のほぼ上空には小型のものよりも何倍もの巨体をもつ飛行戦艦が数機控えていた。相手の軍の小型戦闘機がその射程内に入って撃墜を試みているようだが、ことごとく返り討ちに遭っていた。

 一体どのくらいの兵力を投入しているのだろうかと、ソミアは数値的な相対的相性と単純な数量からくる兵器の驚異を考えていた。どちらもほとんど優劣のない質と量を備えており、どのようなきっかけで戦況が傾くかは予測が難しい。それらの兵力が全力で激突したら、このあたりの土地はどれほど荒廃してしまうかも予測できない。そして、身の安全を保証できない境地へ足を踏み入れ、自分はこんな所にくるべきじゃなかったのだと今更ながら自覚した。

「伏せていろ」

 オルパニルが指示し、ソミアは疑問を解き明かすよりも言われたようにするのがこの場にふさわしいと思い、身をしゃがめた。

 彼は、終戦させるつもりでいる、と言った。それはどういう意味なのか。終戦する条件は決まっていないが、相手国が降伏する、宣言や条約を受諾する、停戦・休戦状態から鎮火する、という処理が一般的だ。両国の首相に取り入って、終戦を求めるのだろうか。まさか両国の戦力とも全滅させるなんてことは考えてないことをソミアは切望した。

 オルパニルは左手に握る刀を右腕の横まで引いてから、体の捻りと回転を利用して真横に薙ぎ、刀身を一周させた。すると、刀身の通った道が純白に光ながら宙に留まっている。

「―――駆けろ」

 オルパニルが唱えながら右腕を払うと、光の輪が一斉に広がり、その半径を広めていく。光は最初に留まっていた高度を維持し、地形の段差や凹凸に対応してその身を湾曲させながら、着実に地を滑っていく。やがて部隊に接近し、突っ込むと、光に触れた兵の部分が切断された。歩兵は歩行能力を失い、底部を破壊された戦車は浮遊できなくなり、陸上部隊の進行は停滞した。

 オルパニルは光が部隊に衝突していない頃にも次の行動に移っていた。刀を天空に向かって掲げ、唱えた。

「―――迸れ」

 刀身から無数の光弾が生まれ、四方八方に弾けた。光弾はそのまま直進せず、まるで意志があるかのように一つ一つが自律し、無秩序に空へ向かっていく。向かう先は、先程の攻撃の効果範囲外だった空軍部隊だった。光弾は高性能ミサイルを凌ぐ速度で飛翔し、光弾に比べれば空に漂流しているようにしか思えない空軍兵に向かっていき、衝突した。空軍兵は回避などできず、その身を砕かれた。小型の戦闘機は瞬時に塵となるか蒸発し、一撃で撃沈しなかった機体は着弾し貫通してから往復してきた光弾に再度砕かれたり、複数の光弾の餌食になった。

 空軍兵を食らい尽くした光弾は標的を再確認し、まだ死に損なっている陸軍兵のいる地上へ向かっていった。両方、均等に分かれた光弾等は、二分していてもその数に弱体化の印象はなかった。雨のように降り注ぎ、ただの一つの影も残すことなく、完膚無きまでに殲滅した。

「起きて良い」

 オルパニルが言い、ソミアはやっとまともな態勢になれた。

 改めて眺めた眼前の光景に、彼女は言葉を失った。

 先程小さく見えていた鉄の軍団は今や一気も見当たらず、その代わりに大量の潰れた金属とそれらを原料に燃え盛る広い炎が見えた。

「ここの作業は終えた。仲間からの連絡を待つ為に、無期限で待機する」

「そんな! どうしてこんな酷いことをするんですかっ!」

 ソミアは本気で怒った。

 だが、オルパニルにはその怒りの理由が見つからなかった。

「なんで…! どうして! そんなふうに、何の躊躇いもなく人を殺せるんですか!? あなたには慈悲の心もないんですか!!」

 ソミアにとってはオルパニルの取った行動が許せなかった。さっきまで見えていた黒い軍団は、両国のどちらかに所属する兵隊だということは分かっていた。兵隊ということは、彼らは人間だ。戦車のような機械と違い、きちんと血の通った人間がいたはずだった。歩兵にしろ戦車の中にしろ、人がいたというのに、彼はそれを何の躊躇もなく薙ぎ払ったのだ!あれだけ人を殺すことに責任や後悔、そして極力それを避ける志を見せてくれていたのに、状況が異なるだけで簡単にその志を投げ捨てた。彼の行動には理解を拒む気持ちすら生まれていた。

 ソミアが非難すると、オルパニルはソミアの背後に回り込み、後頭部を鷲掴みにした。

「な…なんですか?」

 彼の行動について訳が分からないので、その手を振り払おうとした。だが、しっかりと握られているので離れなかったし、彼もその手を離そうとしなかった。

「よく見ろ」

 ソミアは渋々言う通りにして、大軍がいた場所を向いた。すると、視力が上がり、遠くまで鮮明に見えるようになった。オルパニルがソミアの視力を上げたのだ。

「何が見える?」

 視力が上がって先負まで見えるようになった光景で、ソミアはそれを見た。

 曖昧だったものが明瞭になったそれを、見た。

 黒煙を上げ、激しく燃え上がる炎の中に見えたのは、ガラクタになった、金属、金属、金属…

(あれ…?)

 その光景には、何かが足りなかった。

 足りなかったものは、さっき自分が彼に咎めたものだと、発覚した。

「人が…いない…?」

 ソミアは自分が嫌悪していた結果とは裏腹の現場を見せられ、訳が分からなくなった。

「頻繁に誤解が生まれているとの風聞を耳にするから、この際に覚えろ。ここは戦場の前線で、どちらの軍も最前線部隊だ。前線部隊はその役割故、犠牲が最も出る。犠牲の多発が予期できる場所に人間を投入するのは非人道的だという考えから、前線部隊には人間を含ませずに、遠距離から操作するのが主流だ。編成される兵隊は全て戦闘用の機動ロボットや戦術AIを搭載した現場指揮役の兵器となっている。戦争に人道も非人道も無いかも知れないが、もう一度言う。人間は居ない」

 オルパニルが手を離すと、ソミアの視力が元に戻った。

「前線部隊は、一見犠牲のような役割だが、自分の国と敵対する国の境目で戦う為、責任は重大だ。兵をここに集中すれば圧倒的に侵攻できるが、人間が居る本部が手薄になる。かと言って、本部の周囲に兵を集中させると、前線部隊の兵力が減少し、相手に突破される。だから、前線部隊は極めて重要な配置の一つでもある。その重要な配置を双方とも同時に全滅させると、軍の司令塔は予想外の事に動揺し、戦況は混乱する。勿論、前線部隊に役割の重要性を軽薄化させているなら作戦の続行は可能だが、一先ずこの部隊から監視を離れさせるという意味では両国相互に利得でもあり損害でもある。戦略に多大な影響を(もたら)したのは間違い無い。休戦するも良し。終戦するも良し。どう転ぶかは、奴等次第だ」

 オルパニルは全てを知っていた。知っていたからこそ、戦場で奇抜な行動をした。はっきりとは言っていないが、彼はこの戦争を止めようとしている。それは彼の言動からも察することができた。

 人間の心理を読み、あえて有り得るはずがない現象を起こして混乱させた。戦場で最も重要な点を正確に突き、戦争の理論を利用して根本から崩壊させた。そうすることによって、戦争の渋滞を促進させた。

 そして最も驚くべきことは、オルパニルの能力の本領発揮だった。今まで街の中で発揮するために加減されていた効力に一切の容赦が除外され、二個大隊を瞬滅させるほどの力を目の当たりにした。

 連絡が入って通信に出ているオルパニルを眺めて、ソミアは心中では卒倒していた。

 通信を終え、オルパニルが振り返ると、即座に言った。

「用事が出来た。次の場所へ移る」

 オルパニルは刀を構えて瞬間移動の準備を始めた。しかし構えたまま、しばらく硬直していた。どうしたのだろうとソミアは思って待っていると、彼がまた言った。

「早く俺に捕まれ。捨て置かれたいのか?」

 オルパニルに指摘されて、やっと理解した。ここへ来るのと同様の方法で移動しようとしていたのに、ソミアはオルパニルに手段を任せてしまい、直立不動を決め込んでいた。それを彼は指摘したのだ。

「あっ、す、すみませんっ」

「しっかり捕まれ」

 ソミアは赤恥を感じながら、オルパニルに捕まろうとした。

 だが、この期に及んで、悩みが生じた。

(どこに捕まればいいんだろう?)

 ここへ来た時と同様に、オルパニルの服に捕まればそれでいいのだが、彼の今の台詞が頭の中で無視できなくなっていた。

 しっかり捕まれ、と言ったのだ。

(服じゃ心配だし…。首に捕まったら怒られるに決まってるし…。体なら掴みやすいけど、それじゃ抱きつく形になっちゃうし…。刀はやらなくても結果は見えてるし…)

 ならば、多分そこしかなかった。

 ソミアは赤恥を覚悟して、この前のように、オルパニルの左腕に捕まった。かなり恥ずかしいが、この際そんなことは言ってられない。

 オルパニルはソミアが固定していることを確認して、集中力を高めた。能力を発揮すると、刀身が光るのを合図に、二人の体を粒子レベルにまで分解していった。発生する熱エネルギーを利用して、発散させる反動によって飛翔する。粒子によってトンネル効果を持ったことも活かし、オルパニルはソミアを連れて目的地へと向かった。




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