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真実の代言者 8

 “彼”は事の真実を明かしてくれた。

「コルド・キンベスターは軍事兵器開発会社を裏で経営している人間だ。何かで一儲けしようと謀り、前々から策略を実行していた。それが、イギリスとアイルランドの戦争だ。アイルランド市民がコルド・キンベスターの指導によって領土区域に関して起訴し始めたのと同時に、コルド・キンベスターは様々な悪行をし始めていた。窃盗、放火、強盗、拉致、殺人、その他。奴の表の肩書きは警察庁幹部だから、情報操作は容易い。そして、最後に起こしたのが『狂乱者(レイジャー)』の悪用だった。断言できる理由は、仲間に因ると、ハッキングされた軍事基地から逆探知に成功したら、侵入者はアイルランドからだと判明したからだ。更に三十年以上も前に窃盗された『阻格者(チェッカー)』も利用していた。…もっと早く逮捕できれば良かったんだが、奴はここ以外にも開発所を経営している。また、開発所以外にもコネを持っていて、時には一般企業に隠遁していたこともあった。逃げ足が早くて見つけるのが困難だった」

「だから…私を、利用したんですか?」

「解釈の仕方に因るが、少なくとも俺はそのつもりはなかった。俺と関係すること自体が危険を招くから、公園から尾行されていたのに気付き、お前に万一のことがあっても迅速に救助に急行できるように、そういう手段に出ただけだ。コルド・キンベスターの居場所を突き止められたのは、全くの僥倖だ」

 じゃあ、もとから“彼”はそのつもりだった? 本当なら、“彼”が約束してくれた言葉も繋がるけど…。

 でも、まだ疑問は残ってる。

「でも、危険だからって、勝手に重要な人を襲ったりなんかしたら、大変な問題になります!」

「そうならないように、|国際刑事警察機構(ICPO)から生け捕りにすることを条件に逮捕許可状を申請してきた」

 そう答えて、“彼”はジャケットの懐から一枚の紙を取り出した。

「これが証拠の逮捕状だ。偽造ではない」

 そんな…。じゃあ、私は、私は…。

 自分が犯した愚かな過ちに気付いて、どうしようもない気持ちになってきた。

“彼”は長い説明を終えて息を吸ったあと、こう繋いだ。

「お前と別れる前、必ず戻ると約束した。約束したからには、守るつもりだった」

 “彼”が急に右手を伸ばしてきたのでびっくりして、受けるか避けるか迷っているうちに、自分の左の頬に触れた。その手は、思っていた以上に、温かかった。

 すると、淡い光が発せられて、腫れてしまっていた頬を治していく。

「無事で良かった」

 その言葉が心に響いてしまって、もう我慢できなかった。嬉しさと、自己嫌悪感と、感謝と、後悔と。いろんな思いが次々と溢れてきて、涙が止まらなかった。自分で抑えることができず、声を上げて泣いた。泣かないと、耐えられなかった。

 どうしてこんなことになってしまったのだろうか。“彼”は…オルパニルは初めから自分を助けようとしてくれていた。危険を顧みずに、私の所まで来てくれた。オルパニルには何かやらなければならないことがあるのに、それよりも私を優先的に行動してくれた。

 なのに、私はなんと言った?

 来ないでと、拒絶してしまった。

 コルドの言葉に騙されて、オルパニルを敵視してしまった。

 なんでコルドの嘘を信じてしまったんだろう。なんでオルパニルを信じなかったんだろう。信じていれば、コルドの言葉なんかまともに受けずに、彼を待っていれば良かったのだ。そんな話は嘘だと、きっぱり耳を貸さなければ良かったのだ。なのに、私はコルドの言葉を信じてしまった。オルパニルとの時間をきっぱり投げ捨てたのだ。でも、オルパニルは私との約束通りに来てくれた。約束を守ってくれた。

 裏切ったのは、私のほうだ!

 もしあの時オルパニルが殺されてしまっていたら、私はどうなっていたのか。いや、私だけじゃない。私の家族や友達、クラスメイト、もっと大きく見れば、私の国の人達、そのみんなも巻き込まれていたかもしれなかった。コルドに本当に利用されて、自分の街や国にとても迷惑をかけていたかもしれない。いや、迷惑なんかじゃ絶対に済まなかった! 両親や友達を危険に晒すことになったかもしれなかった! コルドの思い通りに、悪い方向だけに進んでいたら、取り返しのつかないことになっていたんだ! そんな悪い可能性があった道を、私は自分で選択したんだ! 自分から邪悪の道に荷担したんだ! 後先など何も考えずに、ただコルドの言葉を鵜呑みにして、母国を危険に晒すところだったんだ! 悪いのは自分だ! 自分が! 全部! 全部自分のせいで

 頭の後ろを押されて、オルパニルの胸に引き寄せられた(?)。

 突然のことに反応できず、困惑していた。バランスを崩して倒れてしまったのだろうか。いや、頭の後ろから押されているのを感じた。目の前には彼の胸板もあった。私はオルパニルに抱きしめられているようだった。わけがわからない。彼の考えがわからない。でも、彼に酷いことをした自分がそんなことをされる資格なんてないから、腕を突き出して離れようとした。

 でも、身じろいでも頭の後ろの手は添えられたままだった。それが彼なりの“許す”の代わりの行動だと思えた。

 彼の寛大さに安楽して、何よりも彼の体は温かくて、その温かさで自分を包んでくれている。

 それだけで充分だった。もうまともに考えることもできず、思いのままに、彼の胸に縋って泣き続けた。


 泣き続けている間もずっと、オルパニルは私の頭を撫でてくれていた。私はごめんなさいと言った。ごめんなさい。ごめんなさい。彼は私の頭を撫でてくれた。泣いて許してもらえるわけがない。私よりも、私に拒まれた彼のほうがつらいに決まっている。でも、彼はこんな私を抱き締めてくれていた。それが、どうしようもなく嬉しかった。

 どれくらい経ったのか分からないが、自分ではかなり長い時間が過ぎてから、ようやく涙が収まった。

 オルパニルの体から離れて、でも間近から、彼の顔を眺めた。

 そして、“それ”を見た。

 …どうして、なんで、でも、そんな。

「ソミア?」

 名前を呼ばれたようだが、聞こえないくらいに惹きつけられていた。

「…きれい」

「?」

 オルパニルが瞬きをした。そのせいで潤いが増したのか、より輝いて見えた。

「オルパニルの眼…すごくきれい…」

 私の感想に疑問を抱いたのか、オルパニルは壁に鏡のような反射率を与えて、自分の眼を見た。

 その右眼は、文字通り、輝いていた。茶褐色だった虹彩と黒だった瞳孔は今、半透明ないし不透明な、ガラス光沢を持つ黒に染まっていた。光を受けると、白・黄・紅・褐・緑・灰・青などの色が散る。

 まるで宝石みたいだ。

 今まで片目しか染まっていなかったのは、彼の精神状態が不安定だからと言っていた。今両目が染まっているということは、彼の心は微塵も揺らいでいないということなのだろう。そして、両目が染まると、能力を使う前に行う“(まじな)い”が必要なくなるんだ。

 オルパニルはその眼を確認すると、少しうんざりしたようにサングラスを外した。

 彼と向き直ると、二つの目の輝きが見て取れた。彼の素顔も、初めて見た。やっぱり、どこから見ても何百年も生きているとは思えないほど若く、だがしっかりした顔立ちだった。

「あの、いいんですか? 外しちゃって」

「露顕してしまったら、隠匿している意味が無い」

 本当に、彼は素っ気ないけど、潔かった。

 サングラスを仕舞うついでか、オルパニルはポケットから通信機を取り出した。

「無事に目標を確保したことを仲間に連絡しておく」

 “連絡”という言葉に、私は何かに引っかかった。混乱から醒めたばかりだが、必死で思い出そうとする。

 確か、そう、そんなに前じゃない、むしろ、ちょっと前くらい…。

 そうだ。

「オルパニル! 早くここから逃げないと! コルドが呼んだ応援部隊が来ちゃう!」

 思い出した。コルドはさっき、応援を呼んでいたことを言っていた。あれからどれくらい時間が経ったのか分からないが、応援が到着してもおかしくないくらいの時間は経っていると思う。

 心配顔のソミアとは対照的に、聞いたオルパニルはこれ以上ないと思えるくらい完璧に動じなかった。

 オルパニルは体をずらして、彼の後ろ、出入り口を指さした。出入り口という名のエレベーターの乗降口なのだが、さっきオルパニルが風で煙を追いやったせいか、奥がよく見えた。そこは…あれ? なに、あそこ? どうしてか、どこをどう見てもそこら中がボロボロだった。というか、エレベーターの箱自体がなかった。

 頭上にクエスチョンマークを満載させながら、答えを求めてオルパニルのほうを向いた。すると彼は答えてくれた。

「ここの施設は、一旦最下層まで降りてから、別にある特別なエレベーターで上に上がってこの部屋へ辿り着く。つまり、この部屋は最奥にして袋小路だ。先程エレベーターを完膚無きまで破壊し、周囲の装置も破壊した。後援が来るのは、恐らく一週間後だ」

 …あ、だから、オルパニルが現れる直前に部屋が揺れるくらいの大きな音がしたんだ。

 なんだか、そんな無茶さも慣れてきてしまったのか、深く考えずに納得してしまった。心の中で自分に拍手。

 オルパニルは立ち上がり、私から離れながらポケットから通信機を取り出した。誰かに電話をするのだろうかと予想したが、通信機を使う前に、彼が私のほうを向いた。

「…ああ、ついでだが、一つ忠告しておく」

「?」

「女の子が“殺す”や“消す”の様な、殺生の意味合いを持つ言葉を安易に使うな。物騒だ」

 そう言い置いて、オルパニルは通信を始めた。

 …うん。ごめんなさい。

 言えない分の謝礼は胸中で自然に漏らしていた。

 オルパニルは、見た目は愛想が悪いかもしれないけど、根はいい人なんだと思う。そうじゃなければ、仲間への重要な連絡を後回しにしてまで私に説明したりしない。でも、それは彼と充分に親しくならないと分からない部分だ。この世界から恨みを買ってしまうのは、彼が人との交流に消極的なだけじゃなくて、普段からの態度が素っ気なかったり無表情でいたりするから、誤解を招くんじゃないかと思った。私たちは普通、表情なくして人と交流することなんてない。顔だけじゃなくて、声だって変わる。嬉しかったら笑って声が高くなるし、悲しかったら曇って声も低くなる。そんなふうの変化を彼は持たないから、その様子に大抵の人は驚いて近づきづらくなるんじゃないか。彼だけでなく、私たちも互いに近づこうとしないから、当然の結果として彼は孤独になっているんじゃないか。

 仲間へ連絡する背中を見ていると、不意にそう思えるのだ。

「…もしもし、俺だ。ッ! ………。お前は報告しなかったら文句を言うだろう。………………。多忙なのは想像できるが、俺の報告を優先してくれ。代わりに現場には俺が出撃する。………。ああ。―――報告、約一時間前に目標のコルド・キンベスターを確保。状態は、ん? ………。遅れた理由は必要無い。状態は急性脳神経ショック。生命に別状はない。個人的には放置的な自己覚醒を希望。他、男女数十名と、最奥の部屋の男性二名が重傷。こちらも生命に別状はないと思われるが、連行の際には医師の同伴を希望する。可能ならば、ロッククライマー数名の同伴も希望。前例のない難儀な救助活動が予想される。以上だ。質問は? ………。だから回答拒否」

 そのような報告を伝えて、オルパニルは通信機を切ろうとした。だが、寸前で何かに気付いたように慌てて付け加えた。

「一つ言い忘れた。最奥の部屋で、報告した三名の他に少女が一人居る。救助隊の方で保護するよう依頼してほしい。以上だ。通信終了」

 今、何て…?

 この部屋には今のところ“少女”に該当する人物は自分しかいない。救助なら、オルパニルがしてくれたのではないのだろうか。なぜ自分の身柄を救助隊に委任する必要があるのだろう。

 彼の一言が、自分と彼との間に壁を作り始めているような気がして、予告もしないで彼がどこかへ行ってしまうような気がして…。

「オ、オルパニルっ!」

 不安になって、自然に彼の名前を呼んでいた。

 通信機を仕舞ったオルパニルは、半分だけ私のほうに身体を捻って、頭だけで私を見た。

 …どうして、戻ってきてくれないんですか?

「お前はもう大丈夫だ。直に救助隊が到着して、保護される。自宅に護送されて、明日には元の生活に戻れるだろう」

 オルパニルは刀を抜いた。

「そして、俺の事情で危険な目に遭うことも二度と無くなる」

 私は彼が次に言う言葉を予想した。

「色々と、危険な目に遭わせて申し訳なく思う」

 同時に言わないでほしいと願った。

「ソミアに、人間並みの幸福が降り注ぐことを祈っている」

 しかし、願いは届かないと悟った。

「さようなら」

 オルパニルは刀を垂直に構えた。

 嫌だ…。

 私、まだお礼も満足に言えてない。

 私、いろんなことをしてもらったのに、私からは何にもしてあげられてないのに。

 彼にひどい思いをさせただけで、このままだなんて…。

 こんなところで別れるなんて、絶対に嫌だっ!

 オルパニルが能力を発揮し、刀から視界を奪われるほどの強烈な光が発した。そして、弾けるように光が霧散すると、そこに少年の姿はなかった。




お気づきになりましたか?

今までのソミアの心理描写が、すべて伏線だったということを。

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