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狂乱者と阻格者 7

(前ページより)


     ※   ※   ※


 巨大なピラミッドが空に向かって急上昇している頃。

 数キロ離れた場所で、その異常な光景を心配そうに眺めている少女がいた。

 警報はいまだに鳴り止まない。ついさっき、もの凄い轟音を響かせながら頭上を高速で通過していった物があったが、通過しても近くにあれば鳴りやむことはないらしい。人々に恐怖感を与える効果も持つその警報も、今の少女の耳には差ほど意味がなかった。

「…」

 どこにでもいるような少女ソミアは、自分が眺めている先で何が起きているのかを知る、数少ない人間だった。

 ほんの数時間前までは凡庸な十四歳の女子高校生であったはずなのに、今までの平和な光景が嘘であるような事実や真実と出会った。変わったのか、と訊かれてもノーと返答するだろうが、以前の見解や視点が変化しているのは確かだった。

「…。オルパニル…」

 そのきっかけを作ってくれたのが、オルパニルという名の人物。

 無愛想で、無表情で、話し方が少し堅いけど、自分の話を真剣に聞いてくれて、本当に小さなところだけれど気を遣ってくれて、危機を見つけたら真っ先に行動してくれる。

 彼には、何度言っても足りないくらい感謝している。今の事件だって、必ず解決してくれると信じている。

 別れる前に、最後に忠告された言葉は、自分を信じるよう含ませた言葉だったんだと思う。

 心配しないで。

 私はあなたを信じているから。

 必ず帰ってきてくれると信じているから。

 信じて、ずっと待っているから。

 だから…

「がんばって…」

 そして、生きて帰ってきて。

 私は、何もかも上手くいくと、誰よりも強い希望を抱いていた。

 だから、背後に人間が近づいていることに気づけなかった。

 その黒い服を着た人間は、そうっと近づき、音も立てずに懐から細長い物を取り出した。それは長さが十五センチほどの金属製の物で、ボールペンのように見える。

 それの先端を素早くソミアの首筋に突いた。

「っ!?…」

 指先が触れるくらいの弱い圧力が突然ふれて私は体を強張らせたが、それも一瞬だけだった。

(ん…なんか、目が重い…力が、入、ら、な…)

 突然注入された睡眠剤によって、すぐに意識が暗転した。

 倒れた拍子に、羽織っていた彼のジャケットが滑り落ちた。

 黒服は小型の麻酔注射器を懐に仕舞い、目前の足下に倒れて眠っているソミアを抱え上げた。鍛えているらしく、その動作は軽々しくて無駄がない。

 黒服は少女を運び、ある裏道に停車してあった車まで連れて行った。ソミアを後部座席に横たわらせる態勢で乗せ、自分は助手席に乗る。

 あらかじめ運転席に乗っていたもう一人の黒服がそれを確認し、車を発車させた。

「随分とあっさりだったな。抵抗されなかったのか」

「ああ、傍から見れば、願いをかける修道女だな。警戒心の欠片もない」

「そりゃ運が良かったな。…しっかし、何なんだろうな、あの殺人鬼は」

「だよなぁ。破壊神が少女一人に構うもんかな。…全く、何を考えてやがるんだか」


     ※   ※   ※


 これで十四回目か。

 『狂乱者(レイジャー)』が通過する時に間近で唸る爆音にも慣れてきた。

 速度はとっくに終端速度まで達していて、頂上で直立しているには空気抵抗が辛くなってきていた。そこは能力でシールドに効果を添加できるから良い。

 大変なのは高度だ。現在約一万二千メートル付近。とっくに圏界面に達している。酸素濃度と気温がかなり低いので、今では境遇的と環境的に苦悩している。身を乗り出して下界を眺めると、雲の平原の隙間から、やや東側に先程までいた土地が見えた。地球は時速一六六〇キロメートルほどで自転しているので、地面から離れていると地上との距離が生じてしまうのだ。

 役割以外で高々度(ここ)へ来るのも久し振りだった。

 『阻格者』が上昇し始めてから展開していた、空気抵抗と温度の対策にもしていたシールドに、オルパニルは紫外線防護作用を添加していた。もうオゾン層に到着している高度なのだ。地上付近ならオゾン層の御陰で紫外線による病気は最低限抑えられているが、その上では完全に直射する。浴び続ければ皮膚癌になる可能性も生まれる。発症するのは出来る限り避けなければならない。

 また、自分の周囲の空気のみ、強制的に高温に加熱させていた。『阻格者(チェッカー)』には超強力な磁力を発生させている。そのため、間近に接近している自分もその影響を受け、血液中の鉄分が異常な動きを見せ、本来の血行を妨げることになる。電磁気は高温で熱するとその磁気が狂い、結果として磁力を失う。従って、俺は最低限の範囲である自分の周囲の空間だけ、磁力を無効化している。

 自分の身は兎も角、苦悩する部分はまだ有る。

 自分の身は幾らでも防御できるから良いとして、『狂乱者』と『阻格者』はどう処理すれば最善なのか。

 熱圏付近まで上昇したら、どうにかしてこいつらを同時に破壊するか。

 または、このまま上昇し続けて大気圏外にまで飛ばし、方向転換できなくなった双方を宇宙空間へと追放するか。

 考えれば幾つでも発想が浮かびそうだが、多分どれも似たような案になるだろう。『狂乱者』も『阻格者』も、破壊した際の破片が地上に拡散してしまうため、成層圏内で破壊するのを避けるべきであることは共通している。

 無難なのは、後者だ。呼吸なら一分程止めれば問題無い。一時的に宇宙空間に出る為、紫外線や宇宙線、気温などに対して生命維持対策を施しておく必要があるだろう。また、帰還する時には大気圏を突入する形になる。摩擦熱が心配だ。日焼け止めが欲しい。

 そこまで計画していた俺は、通信機の電源を切っていた事を思い出し、電源を入れた。

 すると直ぐに接続された。

「何だ?」

 応答するが、相手は無言だった。

「…? おい、応答しろ」

『“何だ”じゃねえ!!』

 応答した直後に、先程と同じ相手から罵倒された。

『いきなり通信切りやがって! お前ぇは歴史的に見ても勝手過ぎんだよ! こっちは様子見るために衛星に不法侵入するほど心配したんだかんな!』

「…それは、悪かった。だが、共犯になるつもりは無い」

『こんなのバレなきゃいいんだよ、バレなきゃ』

監視していたからには、地下室から現在までに何があって何をして何がどうなったのかは承知済みなのだろう。

『それよりよ、お前ぇ今どこにいんだ? まさか、北大西洋とか言うなよ?』

「半分のみ正解だ。高度が違う」

 『阻格者』は真上に進んでいるため、自転の影響を受けず、現在は海の上となっている。

『…問題児どもを引き連れてぶっ飛んでんのか?』

「満点だ。これからこいつらを大気圏外へ捨てに行く」

 高度一万五千メートルに達した。気温は既に氷点下である。

「まぁ、構わねぇけどよ。どうせ今んとこ邪魔する物はいねぇし。いるとしたら対空ブラスター砲くらいだな。…けど、油断すんなよ? 何度か言ってっけど」

「無論だ。これから安全圏まで上昇したら、高々度で『阻格者』を破壊し、『狂乱者』の軌道を修正して追放する予定だ」

『おーう、わざわざ報告あんがとさん。…けどよ」

 大人しく聞き流すと思っていた相手は、器具の雰囲気を含めながら突き詰めてきた。

『予定通りに行きゃあ文句も無ぇが、少し考慮する範囲を広げといたほうが良くねぇか。ここまで手の込んだことをしやがる暇人野郎だ。目標が消滅した瞬間に、何か別の機能が作動する可能性もある。目先の物に照準を切り換えるかもしれねぇし、照準の履歴を利用して街に戻るかしれねぇ。最寄りのステーションに向かって飛んでく可能性だって考えられるんだ。よりによっては、同時に破壊する必要があるかもしれねぇ。軽率な行動は控えたほうがいいんじゃねぇか?』

「何時にも増して慎重か」

仕方(しゃあ)ねぇだろうよ、こんな問題児突っ込ませるバカがいるんだから。予定通りに行かなかったらどうするつもりだ?』

「臨機応変に破壊する」

『そう簡単にいきゃあいいがな。『阻格者』なんか、製造されてから半世紀くらい経ってるし、どこをどう弄くり回されてんのか検討もつかねぇんだからよ』

「そうだとしたら、どこまでも徹底しているらしい。そんなに混乱させたいのか」

『だろうな。んでもって逃げ足は早ぇんだから、ムカツく野郎だよ』

「ああ…」

 俺が同感したと同時に、足元から事務的な警報が聞こえてきた。

『異常事態発生、異常事態発生。残量エネルギーによって、自爆装置起動。…爆発まで、あと十秒』

「…は?」

 思わず耳を疑った。

『十………九………』

 足下から聞こえる無機質な音声は、刻々と数を数える。

「通信を切るっ」

『おい、また―――』

『八………』

 最悪だ。こいつ、自分から消滅しようとしている。こんな機能を追加しているとは予想外だった。

 破壊する手間は省けそうだが、さっきの並べた憶測も無視できない。

 本当に、同時に破壊するしかないようだ。

『七………』

 もう迷っている場合ではない。最悪中の最善となる策を取らなくてはならない。

 シールドには爆発に耐えられるほど防御力が無かったら心中するかもしれないが、危急存亡に構ってなどなどいられない。そして爆発の効果範囲を超えるため、少しでも高度を取らなくてはならない。

『六………』

 俺は大空の中にいる筈の『狂乱者』を探した。

 さっき十七…いや、十八回か? ああもうどうでもいい、兎に角何十回目かの擦れ違いを終えた筈だ。

 炎と煙を消せても、音は消せない。それを頼りに探す。

『五………四………』

 いた。今方向転換を終えて、真っ直ぐこっちへ向かってくるところだ。

 人生でそう何度もないくらい運が良かったと思う。

 もし少しでも遅かったら、時間内に手の届く範囲まで戻ってこれなかっただろうから。

『三………』

 『狂乱者』が接近してくるが、少し瞬間が合致しなさそうだった。まだ距離があり、あと三秒で戻って来られそうもない。

 同時に破壊しなければならないから片方だけを残すわけにはいかない。更に、もう限界に近い。

 無駄なことは一切切り捨てなければ、全ての命運に関わる。

『二………』

 俺は『漣哭』を鞘に収めた。

 能力を繰り出す速度は低下するが、これから行おうとしている行動は複雑ではないので、両手を自由にする状態が出来そうだった。

両手を叩き、用意した。

『一………』

 素早く両手を足場、もとい『阻格者』に押しつけ、能力を使用した。

 今迄プラスだった磁力をマイナスに変更する。

 磁力は極が同じだと、反発しあって離れてしまう。だがプラスとマイナスのように異なる場合は、引き寄せ合う。

 俺の狙い通り、『狂乱者』は磁力に引かれて速度を増し、更に引き寄せられて真っ直ぐ『阻格者』に向かっていく。

『ゼ―――』

 ロ、と数え終わる寸前に、『狂乱者』が『阻格者』に着弾した。


 二十二時三十一分、高度二万二〇八四メートル。

 『狂乱者』は、目標の『阻格者』を破壊した。




 街の警報が鳴り止んだ。

 それはミサイルが消滅したしたことと符合する証拠で、人々は混乱することをやめた。

 その代わり、街の人間は奇妙なものを見上げていた。

 雲の隙間から見える空の高い場所に、一点の光が見えた。その光は直径を膨張し続け、大きくなっていく。目を凝らすと、光の中に赤い球体がちらちらと見える。

 光と球体は止まることなく膨張し、次第にその正体について目を疑えるほどになり、邪魔していた雲がそれを避けるように掻き消えて、ついに全貌が確認できた。

 それは、炎。

 『狂乱者』の水素爆弾と『阻格者』の自爆原料であるTNT爆弾が重なり、生み出された強烈な爆炎。

 炎は拡大し続け、まばゆい光を発光していた。それは一見、夜の星空に出現した太陽にも思える。

 だが、その太陽は悪質だった。

 推定範囲は二十キロメートル。実際に爆発したのはそれよりもっと高い場所だ。推定通りなら、炎は地上にまで届かないはずである。

 しかし、炎以外は範囲を軽々と超えた。

 空を眺める人々がいる地上におぞましいほどの低い音が轟き、空の火が無害でないことを人々に教えた。

 ある者は動揺し、ある者は泣き喚く。

 不可解な状況に晒されて混乱し始めた街に、第二波が訪れた。炎から生まれた熱風が街を煽り、高温地帯へと変える。温度は更に上昇し、ほとんどの人に皮膚が赤くなる火傷の症状が現れた。路上で販売していたアイスクリームは瞬く間に溶け落ち、外壁に貼られていたポスターが燃え上がった。

 正しく理解できた者など数えるほどしかいないだろう。正しく理解できても、状況を改善することには役立たない。ほとんどの人間が、何がどうなっているのかさえもまともに考えられなかった。

 事実はなおも続き、最後に祈る時間さえも与えずに、非情の第三派を振り下ろそうとしている。

 爆発によって生まれた衝撃波が町全体に降りかかった。庇の下にて片手で顔を扇いでいる者、火傷に悲鳴を上げる者、車の中で冷房を効かしてくつろいでいる者、路上にいる全ての人間が、いきなり吹き飛んだ。突然で圧倒的な力が、無慈悲で平等に襲った。人は吹き飛ばされ、車は吹き飛ばされ、街灯や建物の外壁に叩きつけられる。建物のガラスや至る所の電球は一枚残らず砕け散る。建物は地震が起きたように揺らされる。地面に固定されている樹木やビルや街灯は同じ方向に傾く。地面に罅が入る。敷かれたコンクリートは抉られ、引っ剥がされる。


 平和だったはずの街は、一瞬で地獄絵図と化した。




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