狂乱者と阻格者 6
『阻格者』の温度センサーからもオルパニルの反応が消滅していた。
炎がそれを証明するように、燃えていた。
この光景の中を生き延びられる生物など居ない。
だが、大火の広がり続ける表面積状に、霞む影が見えた。
動く物などある筈がない状況で、確かに動く影があった。
その影は『阻格者』の、大火を隔てて反対側へ移動し、炎の外へと姿を現した。
俺はシールドで全身を保護しながら、燃え盛る火炎から奪取した。
(このっ…手加減無しか!)
ついでに悪態も吐いた。
俺が無事だったのは何故か。確かに、手を叩く暇など無かった。
答えは、俺が握る、日本刀。
通常、今の自分が能力を発揮するには両手を叩かなくてはならない。それは何の理論もない、いわば集中の為の自己暗示という理由だった。俺も自ら“呪い”と分類している。
証明はそれと同様である。ある行動や態勢を条件に、能力を発揮する。俺は二つの条件を決意している。
一つに、両手を平同士で叩くこと。
一つに、両手が刀を握っていること。
どちらかの条件が満たされた場合、自信に暗示をかけて集中しているのだ。
(握っていなかったら死んでいた…)
あの兵器は、本来は大型の標的か大量の標的に対して使用される兵器だ。俺のような小型の標的一つに対して向ける戦術は取らないはずだった。どうやら兵器の限界制御だけでなく戦術マトリックスまで改変されているようだ。
最も離れた方へ態々(わざわざ)炎から脱出したのは、追撃を免れる為だった。『阻格者』に搭載されている感知センサーは恐らく、音、温度、二酸化炭素、水蒸気の関係だと推測する。この程度揃ってあれば動物か駆動する無機物を判別できる。レーダーは正確な大きさや種別が判別できず、相手にステルス機能があると無意味化するので、需要度は下がりつつある。
故に、高熱と轟音と酸化が過剰に起きている大火の陰に隠れていればセンサーに関知されないと予想したのだ。
だが『阻格者』は推測を超えた。
感知センサーの中に、音波レーダーが搭載されていた。それは、正確にオルパニルの位置を表示させていた。誤差を修正し、地球の自転による移動も計算に入れて、砲撃した。
(早く撃破しないとミサイルが来てし)
「うあっ!」
レーザー弾がシールドに着弾した。
(これでも駄目か)
何もかもが突然である。心臓に悪い。
俺は仕方なく火の陰から離れ、人間の肉眼では見失ってしまう程の速度で疾走し始めた。
行動を起こした事が誘発し、『阻格者』が自分に砲撃を始めた。着弾に因ってまた地面が抉られる結果になるが、もう迷惑だの何だのと配慮している余裕は無い(まず、こんなのが居て砲弾を乱発している方が迷惑だ)。
この辺り一帯が何もない平野である地理が幸いした。今は『阻格者』の周囲を衛星のように旋回している。これならレーザーは命中しないし、距離も変わらない。半径を縮めていけばかなり接近も出来る。
(しかし、この戦況では防戦一方だ。そろそろ仕掛けなければ)
時間も迫っている。大人しくやられているばかりではいけない。
俺は先ず、『阻格者』に向かって炎弾を砲撃してみた。勿論手加減無しだ。高速で跳んだ炎は外装に着弾し、その面を焼き焦がす…筈なのだが、炎が収まってから観察すると、外殻には多少の焦熱の痕跡はあるものの、有効なダメージを与えたように見えなかった。
時間を惜しむように(というか惜しんでいる)立て続けに、水圧弾、空圧弾、雷撃弾を放ったが、結果は同様だった。途中で水の電気分解によって発生した水素と酸素が引火して爆発を起こしたが、今までの衝撃と比較すれば赤子のような威力だった。空中に巨大な溶岩を具象化して飛ばしてみるが、着弾するまでの間に弾雨を受け続けて質量を減らされ、結果的には分散して有効なダメージにならなかった。『漣哭』で直接斬りつけたい気分だが、接近できないので断念する。
どうやら単純な攻撃で破壊するのは無理のように思えた。
突破口を見つけようと必死になっている間にも、時間は刻々と過ぎてゆく。
(エネルギー配給は兎も角、先ず奴を地面から引き離す)
無限に思えるエネルギーの謎はこの際無視し、次の戦略に移る準備を始めた。
俺は誓約通りに刀を両手で握り、刀身を円の内側に水平に構えた。能力を発揮し、自分の思念を具現化する。刀身が白い光に包まれると、刀身が通った空気に純白の光が残留した。それは砲弾が通過しても砂塵に煽られても消えず、輝きを失わずに在り続けている。
数十秒後、俺は漸く一周し終えた。
光は今、『阻格者』を取り囲んでいた。
俺は走り続けながら、
「―――捕らえろ」
刀を片手で真横に薙いだ。
すると、光の輪が半径を縮め始めた。その速度はあまりにも速い。光の輪は着実に半径を縮め、中心に向かっていく。
光が『阻格者』と衝突した。外殻に接触した光は照明したり熱したりするなどの本来の働きをせず、寧ろ生みの親から伝承したかのように、一種の刃と化していた。
光はその速度を落とすことなく、外殻を削り、電線・配線を切断し、砲弾も何発か粗大塵化した。
やがて光は『阻格者』の内部で一点に集束し、その役目を終えて、消滅した。
暫く様子を見ていたが、最下層の砲台列以外は通常通り機能している。
このまま放って様子を見たいが、そんな悠長な事を言っていられない。
体内時計が正確なら、あと五十八秒だ。
一朝一夕だから、迷うことも躊躇う事も余裕が無い。
俺は円の軌道から外れて、今度は真っ直ぐ『阻格者』へ向かった。
地上からではなく、跳んで空中からだ。
俺に掛かる万有引力の作用を改竄し、重力の影響を極端まで減少させた。重力の影響が少なくなれば、常人程度の脚力でも高く跳躍できる。
砲弾が有効な範囲では接近すら儘にならない。先程の戦法なら可能かもしれないが、もう時間がない。
砲撃されない、砲弾が届かない範囲は、
(此処しか思い当たらない)
真上。
砲身はかなり広範囲に首が回っていたが、構造から推測するに、直角からそれ以上の鈍角までは曲がらないと予想した。ただでさえ大がかりな兵器をあそこまで所狭しと搭載していては、本来なら左右九十度まで曲がれば優秀なのだ。真上の内の、砲身が搭載されていない頂上の真上なら一斉掃射は受けない筈なのだ。
近代兵器としてあるまじき欠陥のように思えるが、重火器を搭載する迎撃特化の兵器はこのような欠点が付属している事が多い。
何故ならば、第一に稼働域が広すぎると自身を誤射して自滅する可能性があるからだ。誤射しないような設計をするよりも、稼働域そのものを誤射しない範囲までしか設計しないでおけば、開発上の手間が省けるという理由もある。
第二に、真上から接近する物体という存在が理論上考えられないからだ。地球は自転している為、飛行物体が対象物に接近する場合、たとえ大陸間弾道弾であっても地面から垂直の軌道に沿って接近する事は不可能である。
これらの理由から、真上の攻撃手段が配備されていなくても事足りるのである。
その欠陥を利用として大きく跳躍した俺は風を利用して位置を調節し、予定通り『阻格者』の真上に到着した。
だが、まだ問題は残っている。
真下に健在している、銀色に鈍く光る、主砲が見えた。
それは、既に真上を向いていた。俊敏な対応に感心する。
主砲に狙われる事は予想できていた。ここに来れば、対抗できる兵器はそれだけになる。慌てる必要は無用が、緊張が高まる。
一発そのものの威力は恐ろしいが、連射が利かない。一発さえ防げれば、こちらの反撃…いや、攻撃だ。
砲身の先端にエネルギーが蓄積されていく。粒子が荷電され、限りなく一点に集束され、地球から見た太陽よりも輝きを誇示する。
到来する瞬間が迫る。柄を握る手に力が籠もった。
(………来い!)
充分に蓄積されたエネルギーが、
強烈に迸った光と共に、
自分に向けて発射された。
(我が島の魂は…)
俺は刀を振り被った。
(何にも屈しはしない!)
エネルギーの塊に、オルパニルは渾身の力を込めて、輝く刃を振り下ろす。
粒子が刀身と衝突した。
抵抗が伝わり、刀が弾かれそうになる。
兵器技術の結晶対人力。力負けしても可笑しくない。いや、普通は負ける。
完全に力の差が歴然としているが、俺は諦めない。
この任務が失敗したら、この街が廃墟に変わる。数えるのも苦痛になる程の人の命が奪われる。
あの子の命も…。
そんな事態は絶対に避けなければならない。させる訳にはいかない。
だから、負ける訳にはいかない。
「ぅおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」
オルパニルの思念が『漣哭』に伝播する。
思いが、力に変わる。
刀身が輝き、粒子の塊に刃が食い込む。そのまま刃が通って、塊を二つに分断される。
大気に光の筋が通過し、消え去った。
残ったのは、人間が一人。重力に従って降下している。
宵闇に身を潜ませつつも、月光によって映える剣を一振構えたその姿は、勝利を導く者のようだった。
俺は刀身を縦に振り下ろして両断し、続いて台座との連結部に横一閃を繰り出した。そして機能機関と固定性を失った砲身を蹴り飛ばした。
もう邪魔される事は無い。刀を逆手に構え、真下に突き刺すように振り下ろす。
切っ先が『阻格者』に触れると、俺が発動した能力が発現した。『阻格者』の全身が、その重量すら量れそうもない巨大な物体が、浮いた。地面から離れた『阻格者』は、まるで重力など作用していないように、そのまま加速しつつ高度を高めてゆく。
いや、表現し誤ったか。
『阻格者』は確かに重力の影響を受けているのだ。ただ、それがどう作用しているかが異なっている。
俺が『阻格者』に対して発動した能力の内容は“重力の作用を真逆にする”という修正だった。つまり、重力に引かれれば引かれるほど重力源から離されていくのだ。
俺は自分の足の裏に粘着作用を施し、足場を固定した。
残り…二十秒足らず。そろそろ目標を目視できると思い、遙か遠くの風景を眺めた。
予想通り、見えた。
今が夜のため、常人の肉眼では確認できないだろうが、自分の能力を駆使すれば視認できる。
それは、暗くも星たちで輝く夜空を割くような不気味な音を立てながら、確実に着実にこちらへ飛来している。
トマホークミサイル『狂乱者』が迫っていた。
音よりも遙かに速く、レーダーにも映らず、噴射熱も出さない為か、『阻格者』は反応する気配が無い。
このままなら『阻格者』の落下速度も充分に加速し、『狂乱者』が直撃する可能性は下がるだろうが、楽観できなかった。トマホークを始めとした巡航ミサイルは総じて高い誘導性能を常備している。縦しんば終端速度に近い速度で空に落下していようと、着弾しない保証は無い。
やれる下積みはやっておいた方が良い。慎重は怠惰よりも勝る。自動車でも“だろう”運転は危険である。そう自分に言い聞かせて、俺は予防策を施す事にした。
先程と同じように、刀を『阻格者』に突き刺し、能力を使用した。落下速度が急激に上がり、高度を上げていく。また、もう一つの効果も与えた。
続いて、夜空に視線を移し、『狂乱者』の位置を確認し、それの方に刀の切っ先を向ける。切っ先から光の軌道のような黄色い筋が光速で伸びていった。先端と自分とが可能な限り離れ、且つ可能な限り『狂乱者』に接近した間隔を見計らって、
「―――弾けろ」
更に能力を追加した。すると、先端から強烈な電流が迸り、一瞬だけ夜空に蜘蛛の巣の如き亀裂が走った。
空気中に放たれた不安定な電流は最も近い物質に誘導される。雷が発生した時に、高所から降りたり長身の物体から離れたりするよう勧告されているのはこの理由だ。
この場合、最も近くにあるのは、『狂乱者』だった。
電流は自然学の法則に従順し、直撃した。だが、流石は俺を困らせる問題児、外部からの電撃などものともしないようだ。
その結果に俺は喫驚することはない。何故なら、最初から電撃で攻撃しようとは思っていないからだ。電撃を当てたのは、帯電させることによって手段を確実に倍加させるためだった。
準備は揃った。
『狂乱者』も平凡的な視力で視認できる距離にある。
目測で、あと約六キロメートル。
最後の確認のつもりで、刀の柄を強く握ってその存在を再確認する。それは両手に従ってくれていた。
五キロ………四キロ………三キロ…。
早まる鼓動と呼吸を抑制するため、長い息をする。
二キロ…一キロ!
俺は備えておいた装置を発動した。
二つそれぞれに帯電させた電流によって発生させた“磁力”のプラス同士が、互いを強力に引き離させた。
ゼロ。
『狂乱者』は爆音と衝撃波を伴って、擦れ違った。
爆風と爆音という置き土産を残したが、直撃はしなかった。
通過した『狂乱者』はプログラムされたことを律儀に従い、大きく軌道を変えていた。また着弾するためにこっちに向かってくるだろう。
だが磁力は消えていない。それは自分が望む限り存続する。つまり、しばらくは殉職する心配はしなくて済みそうだった。