狂乱者と阻格者 5
俺は胸中で悪態を吐きながら走っていた。
走る、とは言っても、脚力と骨密度と関節の柔軟性を強化し、両足の痛覚を遮断しているので、傍から見れば人造機械人間が走力の実践検証しているように思える。
高速により生じた突風が擦れ違う人々に迷惑を重ねているのは置いといて、自分の気分は晴れない。
それはこれから相手にする問題児が原因だった。
『狂乱者』。
トマホークミサイルの一つ。全長二十メートル。推定最高速度はマッハ三十四。およそ三時間半で地球を一周してしまう速度だ。
弾頭は純水爆弾。爆発すると、放射能は無いものの、強烈な熱と爆風と衝撃波が拡散し、半径二〇キロメートルは確実に壊滅する。
燃料は水素を使用した原子エネルギー。核融合により生じる莫大なエネルギーを科学技術で精巧に制御し、半永久的に供給する。つまり、故障や老朽でもしない限り飛翔し続ける。
飛行中は管制部から独立する為に、外部からの更新・撤回指令を交信することは出来ない。通常、中断が出来るように自爆機能が装備されているが、これには無い。ある程度のステルス機能が施されている故、送受信を利用した逆探知も当てにならない。噴射炎や噴射煙が限りなく減少されている為、一度見失うと探し出すのも苦労を強いられることになる。
破壊しようにも、高硬度装甲で覆われているため、ミサイルをぶつけても徹甲弾を打ち込んでも決定的な損害は与えられない。撹乱兵器のデコイ、チャフ、フレアーも受けつけず、信管破壊レーザーも通じない。それ以前に、当たらない。
化学兵器には必ず融解温度と凝固温度というものがあり、それ以上かそれ以下の温度になると無効化する性質がある。だが、レイジャーの装甲の下にはパラフィンワックスという物質が層を成して覆っている。その物質は、温度が上がると溶けて熱を吸収し、逆に温度が下がると固まって中の熱を放出する性質を保有する。つまり、内温度が変わりにくい。初めは、月面飛行の際に着用する宇宙服の素材の一つとして開発されたものだが、こんな物にまで利用されていることに険悪感を覚える。
これは、卑近なミサイルとは相違であり、発射したら着弾するまで止める方法が無いのだ。賞賛する表現を用いれば、必ず目標を撃破したい場合にはこれ以上相応なミサイルは無い。
オルパニルはこんなことを起こしやがった張本人に嫌気が差していた。
このミサイルはアメリカ陸軍が製造・保管していた代物だ。発射したのは管理司令部の誤操作らしい。
だがこのミサイルはそう簡単に発射されないよう、何重にもロックされている筈だった。軍外部の人間に侵入を許す訳が無い。
故に、内部から侵入されたと推測する。しかも、並大抵ではない技術を持ち、特別コードを知る事を許可されている程の階級が高い人物だ。
不幸中の幸いか、その犯人には心当たりがあった。
それは、俺が近頃追跡している人間だ。
これまではあの三人の男達のように地味かつ地道な手段でちまちまとやってきているが、今回のような大事になることは初めてだ。
その元凶たる組織の頭を捕らえられれば話が早くて望ましいが、気に食わないことに、逃げ足だけは早くて捕まえられないでいる。これまで何度も居場所を突き止めては急襲しているが、嘲笑されているように逃げられている。本当に頭に来る。
あの三人組に拷問を掛けてでもして無理矢理聞き出そうと思ったのだが、偶然に機会を活かしそびれてしまった。
偶然と形容する、ソミアという名の少女。
あの娘が居た為、予定が少し狂ってしまった。
あの場は少女の救助を優先することが最良と考えたため、男達への尋問はお預けになった。だいぶ怯えていたし、尋問する機会が完全に消失するでもない。再びあのような行動を起こすだろうから、また捕まえた時に尋問すれば良いのだ。従って、少女の救助を優先した。
少女が居なければあの時、全部の指の爪を剥がして両肩に極太の釘を刺して磔にし骨という骨を完璧に砕いて両手足を炭化寸前まで焼き落として死ぬ寸前まで殴打して宙吊りにしながら水槽に沈めて洗いざらい吐かせて最後には高圧電流で焼き殺している算段だった。
本当に実行していたら、あの路地は地獄絵図に化していただろうから止めておいた。ただの健全な少女の面前で実演する処罰ではない。
兎に角、もう過ぎた事だ。居場所の詮索はまたの機会にすれば良い。
今は、ミサイルだ。
オルパニルはソミアの居る位置から数十秒で目的地に着いた。
円柱型の、巨大な図書館。
今が夜の時刻だったのが幸いして、建物の中には誰も居ない。玄関の電気も消されている。もし居たとしても、先の警報で避難しているだろう。
俺は通信機の向こうで待機する人物に話しかけた。
「こちらオルパニル。目標に到着した」
『了ー解っ。あと十四分だ、気楽にやれよ』
通信機の向こうから、緊張感の抜けた声が返ってきた。
「まだ安心は出来ない。遂行するまでは楽観も出来ない」
『別にいいけどよ、その堅っ苦しい口調どうにかなんねぇか? せっかくテンション上げてやってんのに』
「それはお前の軽い口調にも言えるだろう、パトラズ。改善不可能なことを今更言うな」
『仰る通りで。んじゃ、思う存分無理なくやってくれい。以上』
「了解。今から目標を粉砕する」
これが俺の阻止作戦だった。
『狂乱者』は発射したら目標に着弾するまで止める方法が無い。
なら、その目標が無くなった場合、どうなるか。
目標を失い、残った機械だけで駆動する、超高速で惰性的に飛翔する物体へと成り果てる筈だ。
そうなったら、どうにかして軌道を逸らし、大気圏外に放り出せば良い。
だから、これは重要な第一段階だ。
俺は図書館の外壁に近寄り、手を叩いた。右手を白い壁に押しつけ、能力を発揮した。
右手を初めに、外壁に白い波紋が幾つか伝う。水面に起こる波紋の様に建物を伝わっていく。白い筋は外壁だけでなく、内部まで伝い、床、壁、天井、電線、本棚、机、椅子、全てに及んでいく。そして建物の中を通り、オルパニルが触れた部分から点対称に、反対側の一点に白い筋が集束した。
触れている手を離さずに態勢を変え、後ろに体重を掛ける。
「―――散れ」
紐を引っ張るように、右手を握って思いっきり引いた。
直後、
図書館全体が一斉に崩れ始めた。図書館は亀裂も入ることなく、いきなり瓦礫の塊になった。
俺は巻き込まれる前に素早く退避した。
巨大な建築物を迅速かつ粉々に破壊する方法に、物質の組織間の連結に干渉し、比喩的に引っ張って組織結合を倒壊させる荒技を取った。さほど大きくない瓦礫の塊になった図書館は、轟音を立てながら形を無くしてゆく。瓦礫の隙間から、内部を構成していた物らしい瓦礫も見えた。が、すぐに見えなくなった。
あれほど巨大な、地震でも起きない限り倒れないとも思えた建物が、こうも簡単に破壊された。
ゲイブディパーソーズの者は全員異常な能力を所持している。建造物の破壊であれば、メンバー毎の得意とする方法で容易に破壊できるだろう。また、この力を発揮するか否かは、今のところたった七人に委ねられているのだ。
図書館は完全に破壊され、瓦礫の山と砂塵に変わった。
それを確認した後、俺は通信機の向こう側に報告した。
「粉砕完了。あと何分だ?」
この後は直進飛行するようになった『狂乱者』を大気圏外に送るだけだ。予想よりも早く済みそうだった。
だが返事の内容は意表を突いた。
『何言ってやがる。まだ照準は消えてねぇぞ』
「何? 確かに破壊したが」
『んなこと言われても計器は作動しっぱなしだっつの。…間違ってねぇか? 目標』
確かにその可能性は有る。だが他に候補が挙がるとは考えられない。この辺りの地理に詳しいソミアに訊いて、ここだと証言のだ。間違いだとは思えない。
では、何故だ?
俺は念のため確認することにした。
「おい、本当にこの国か?」
『なんだ、いきなり疑ってんのか? 俺を誰だと思ってんだ? 人間不信か?』
「五月蝿い。お前も、発射から三十分も気付かないのはどうなんだ?」
『うっせぇ! こっちは情報の津波に襲われてんだよ! 止められねぇのに緊急発進なんかしやがったバカタレ空軍もいやがるし! あの異常一ッコ見っけるだけでもすんげぇ苦労したっつの! ネットサーフィンを右往に左往だっつの!』
「…悪い、意味が分からない」
『けっ、俺の苦労が分かってたまるか! 過労死したら真っ先にお前ぇを呪ってやる! 便所の時でも憑きまとってやらあ!』
「それは迷惑だから他の呪いにしてくれ。便秘にだけはなりたくないから」
時間が無いのに口喧嘩するほど呑気でいられないのだが。
「それより、返事は?」
『…ああ、間違いねぇよ。アイルランドの可能性も考えられたが、軌道からの計算で除外したんだ。間違えるはずがねぇ』
「それで、この街のどこかである?」
『管理部のデータによるとな。確認するつもりで発射口と情報のやりとりをしてた衛星の照準履歴を見たら、その街を捉えてたんだ』
「方角は東北東で合っている?」
『計算上だが、誤差はあってもその街以内だぞ』
「ならば、本当に間違えたのか?」
意図せず恐ろしい一理を洩らした。
『また探す時間は無ぇぞ。あと十一分だ。こうなったら総動員して食い止めるか?』
「ああ、最悪そうするしか―――」
自分にとってはあまり採りたくない手段だが、この際仕方がない、と諦めかけた時だった。
地面が揺れ始めた。
だが地震ではない。地震大国で生まれ育った俺だからこそ確信する。
何か、地面の下から重く響いてくる感覚だ。
地響きが次第に大きくなり、自分の予想が確信に変わった。
様子を見ていると、元図書館の瓦礫の山が段々と盛り上がっていった。
山は高さを上げていく。
よく観察すると、瓦礫だけでなく、綺麗に整備されたコンクリートまで盛り上がってくる。
ある程度盛り上がると、瓦礫が摩擦に耐えられなくなったのか、崩れていき、その犯人の姿が露わになる。
まず見えたのが、白銀に光る正四角錐の尖塔。だがそこで止まらずに、まだ迫り上がってくる。これでもか、これでもかと現れて、底面積も大きくなってくる。もう瓦礫を押しのける状態にまで巨大な白銀の外壁。いや、装甲と言うべきか。月光を澄明に反射し、夜でもその全貌が確認出来る。
漸く振動が収まると、俺の眼前には巨大な物体が聳えていた。
公共施設区域を荒らしてまで姿を現した、巨大な物体。高さは二五メートルかそれ以上。底辺一辺の長さは七十メートルは有る。一見見事な、傷一つ無い滑らかな装甲だが、それ故並の防御力ではないと推測出来る。表面は横向きの長方形に象った溝が掘られている。
それは、エジプトの世界遺産、ピラミッドに酷似していた。
違うのは、鑑賞も解明も不要ということだ。
(選りに選って“これ”に照準しているのか…)
場所も方角も合っている。だが見つからなかった。
ならば、どこかに隠匿されていたのも考えられる。地表に顔を出さなくても、ある程度の深度ならセンサーが通用する。送受信からの逆探知を使っても割り出せる。
元からこいつに照準していたのなら、図書館を破壊しても駆動していた計器や探しても見つからない理由に説明がつく。
それに、非常事態だとばかりに出てきた対処行動が、自分から白状しているような物だ。
俺は通信機の向こうに話しかけた。
「おい、あと何分だ?」
『ん? あー…っと、十分だ。どうかしたか?』
「ああ、謎が解けた。皆は召集しなくていい。スクランブルの連中も撤退させろ。俺一人で片付ける」
『? はーいよ。以上』
オルパニルの宣言を相手は了承し、会話を終了した。
こいつを破壊すれば、『レイジャー』も止められる。
なら、遠慮する必要は無い。
叩き潰す。
俺はさっき同じように破壊するため、物体に向かって跳躍した。このままでは何をし始めるか予測出来ないから、先手必勝、電光石火に越したことはないのだ。
近付いた瞬間、物体に動きがあった。横長方形に区分けされた部分一つがハッチのように開いた。遮蔽を除外したということは、何かを出す兆候だ。
出てきたのは、
砲身。
「ッ!」
甲高い轟音が轟き、高エネルギーを集束させて放つ強力なレーザーが発射された。レーザーは正確にオルパニルへ光速で飛んでいく。かなり接近している、回避できる筈がない。
レーザーは自分の僅か一メートル前で弾かれた。
俺の目前には球体の障壁が出現して、自分を守っていた。
(くっ…あ、ぶない!)
俺はハッチが開いた直後に危険を感じ、一定範囲の次元を外側からの干渉から断絶・隔絶する障壁を作っておいた。勘は正しかったようだ。
だが物体の攻撃は止まらない。表面に見える全ての遮蔽蓋が開き、それぞれから砲身が姿を見せた。それら全ての銃口が自分に向けられた。
(!!)
舌打ちをしたのを合図のように、全砲身が一斉掃射した。レーザーが、雨に匹敵するかのような数で襲いかかる。
俺は思いっ切り跳び退いた。その直後に、〇,一秒前まで自分が居た場所にレーザーが着弾した。能力で生成した障壁が粒子の塊に破られる事は無いが、俺は現在精神的に不安定な部分があるので、強度に斑があるのだ。永続的に耐え切る自信が無かった。
レーザーは辛うじて躱したが、丁度近くを通った一台の車が一瞬で原形を失い、悲惨な犠牲となった。外れたレーザーは綺麗に整備されたコンクリートの地面を軽々と削っていく。爆炎を上げ、地を砕き、砂を舞い上がらせても、まだ撃ってくる。
八秒後、砲身は動きを止めた。
発射されたレーザー数、実に五万一千四百発。
砲撃が止んだのは、標的である自分が五百メートル以上離れた場所にある建物の地下に逃げ込んだからだ。
今居る場所は、地下室。
建物の底面積を地下に延長した広さで、高さは四メートルほど。地面には等間隔に区切り線が引かれており、その空間に自動車が二台駐車していた。地上からは四,五メートルくらいの深さで、どうやらシェルター兼駐車場のようだ。だが岩盤に砲弾が流れたために、この地下室に瓦礫が降り注ぎ、辺り一面が廃墟のようになっていた。自動車二台は奇遇にもおしゃかになった。
「はぁ、はぁ、はぁ…。情報と実物は、合致しないか…」
異能の力をもってしても、あの弾幕には耐える自信がなかった為、仕方なく一度身を隠すことにした。入り口が設置されてあったため、好機と思いながらもそこから不法侵入させてもらった。その際にこの地下室の持ち主である地上の建物が犠牲になってしまったが、所有者には申し訳ないが、申し訳ないとしか言えない。
流石に、あの主力防衛要塞、通称『阻格者』と呼ばれている兵器を知らなければ、対応も遅れていたかもしれない。
光線兵器を主力としている情報は得ていたが、一度にあれ程の量を浴びさせるという情報は無かった。管制系統には過熱を防止する為の制御プログラムも組み入れられている筈で、一度に照準を合わせる上限を設定されている。しかしそれは過去の記録だったようで、先刻受けた攻撃の一点集中化のように、一つの対象物に対する照準数の上限を解除されていると分析した。
俺は荒れた息を調節して、通信機の電源を入れる。
「パトラズ、あと…九分くらいか?」
『ご名答。正確にはあと九分二十二秒だけどな』
「屁理屈は無駄だ。…済まない、通信を切る。以上」
そう告げて、俺は通信機の電源を切り、仕舞った。もう確認することもないから、邪魔なだけだった。
俺は右腰に納められていた日本刀を鞘から抜いた。
双手打の柄の柄巻きが手に程良く吸い付き、腕と同化するような心地よさを感じさせる。黒漆の鞘から見せた片刃の刀身は、細身ながらもか細さは微塵も感じさせない。極限まで鍛錬され、研磨され、使いこなされた乱刃は何者にも屈しない強さを醸し出す。一切無駄のない白い鋼は喜んでオルパニルの力になろうと言わんばかりに強く美しく輝いている。
現代刀、最上大業物、打刀『漣哭』。
共に生きてきた絆。
共に力を貸し合った信頼。
共に母国の魂を伝えてきた戦友。
オルパニルにとって『漣哭』は何よりも信じられるものだった。
それは、長年使用しているからだとか、数々の戦歴を刻んできた業物だからだとか、感情や過去による理由ではない。
酷く曖昧で酷く無茶苦茶だが、きちんとした実用的な理由があるからだ。
『阻格者』に組み込まれた|自立起動回路(AI)は、敵が急に動かなくなったことに気付いた。
熱・音感知機によって生物を正確に区別し、大きさ・場所などの情報から敵を把握し、識別する。
伸長一六四センチ、体温三六,七度、直立二足歩行型、心拍間隔一〇〇分の六〇秒…分析の結果、相手は“人間”。
戦術回路は、敵に自由な時間を与えることは危険を招くと判断した。戦術基礎プログラムには、人間は優先的に排除せよと命令されている。ただでさえ人間は知能指数が高い生物の中で殺人兵器を扱う種類なのだ。野放しにすると何をしてくるか予測しがたい。まだ行動を起こしていないうちに対処法を取ることを指示した。
指揮系統からの指令が下されると、最上部の尖塔部分が開き始めた。
覗いたのは、表面の砲台よりも何回りも巨大な、主砲。表面と同じくらい白銀に光る砲身は輝かしくも邪な威光を放っている。
砲身は、ゆっくりと標的がいるであろう場所に照準を合わせた。
砂埃がぱらぱらと降りかかり始めた地下室の壁際に、俺は身を潜めていた。
壁に寄り掛かって、考え事をしている。
題名は『阻格者』の破壊方法だ。
(どう攻めれば破壊できる…?)
まず考慮しなければならないのは、奴の構造だ。情報は頭の中にあっても、盗難されてから長い年月が経っている。当てには出来なかった。
表面はチタン合金。硬度を上げつつ、長期的に地中に埋没しておくには、錆びにくいチタンを含有させ、他の金属と融合させて硬度を上げるのが得策だろう。そう配慮すれば、『漣哭』の刃も通らないかもしれないし、通っても決定的なダメージは望めそうにない。
また、奴の兵器も警戒しなくてはならない。重層弾を使用した砲台が、一面にびっしりと顔を出していた。ならば、全四面が同じ数の砲台を持つと推測出来る。それらが一斉に砲撃してくるのだから堪ったものではない。
形状からして、長所と短所が導き出せる。
長所は三六〇度全方向射撃が可能であるということだ。砲身はある程度(真下や真横以外)なら調整が利くのだろうから、地中に潜伏でもしない限り接近することも儘にならない。
短所は、敵一体に対して最高二面でしか相手に出来ないということだ。例えば底辺の頂点に位置した場合、その反対側の面は死角になって砲撃できない。
頓に強力なレーザー砲を使用していたようだが、幾つか疑問がある。普通、レーザー砲は一発撃つだけでも大量のエネルギーが必要になる。人間が扱う軽量・重量タイプの両方とも弾倉に充電バッテリーが兼備されているため、弾を装填すると同時に充電されるのだ。奴の場合は、明らかに装填も充電もしている素振りはなく、内蔵含蓄エネルギー量を無視したように乱射してくる。奴の中身に充電や補充をする場所は…ありそうだが、殆どを配給ケーブルや冷却装置などの銃器の機関で満たされていると仮定すると(そうでもなければあれだけ馬鹿みたく一斉に連射することに説明がつかない。あれだけ撃っても故障する気配が全くと言っていいほどない)、設置する隙間などあるとは思えない。
なら、どう説明する?
無から有は生み出せない。必ず何処かから引っ張り出すしかない。
考えられるのは、二つ。
一つは、奴の中にエネルギー供給装置があるということ。
もう一つは、電線か人工衛星のいずれかからエネルギーを供給されているということ。
遙か昔に居た、ある書道家が言った。“大事なものは表に出ない”と。その言葉が本当なら、見えないところに必ず仕掛けがある筈。
そこを断てば、撃破できる筈だ。
(…ん?)
今気付いたが、外がやけに静かになった気がする。ここに逃げ込んでから二分以上は経っているだろうが、標的がいなくなって大人しくしているのだろうか。
俺は『漣哭』の柄を両手で握り、瓦礫の山を登って、僅かに解放された亀裂からそっと外界を垣間見た。
視線は位置関係により、上から下へと動いていく。
最初に見えたのは、光。
「…?」
次に見えたのは、砲身。
「なっ?」
オルパニルが驚愕の声を洩らした瞬間、光が膨れ上がった。
『阻格者』の頂点に換装されていた主砲―――集束粒子砲が、オルパニルのいる地下室を吹き飛ばそうとしていた。いや、今まさに、している。
巨大なエネルギー状の砲弾がオルパニルに向かっていた。
威力は半端なものではない筈だ。なら、たとえ回避できたとしても、その後の爆炎に襲われる。生存率は無いに等しい。
轟音を響かせ、放電を迸らせながら、迫ってくる。
両手を叩く猶予は、無い。
高速で発射された悪の鉄槌が、着弾した。
莫大なエネルギーが解放され、灼熱の炎が巻き上がった。炎がドーム状に燃え広がり、圧力に耐えきれなくなった地面が捲れあがり、砂塵を舞い上がらせる。
何ジュールもの熱が拡散する。
空が、大地が、夜が、赤く染められた。
マッハ三十四…
時速で表すと1万1560㎞毎時。
最高速度で飛べば、たった1秒で3㎞も進む。
東京~大阪間をカップラーメンが出来上がる前に移動できる。
とにかく超速い。