交錯する生者 1
少年は何かを探しているかのように忙しなく視線を巡らせている。
少年は探している物がなかなか見つからないので、話しやすそうな人を捜し始めた。
(諺の“He who is afraid of asking is ahamed of learning.”に則るべきか…)
少年は自分の行動に自分で背中を押した。また一方では、こっちも見つからなかったら結構沈むだろうと思っていた。冷静に考えれば前者より後者の方が発見率が低いし、勘に任される方法でもあるので頼りない事この上ない。だが性格も影響するので人見知りする者には賢明ではないのも無論だ。
幸いな事に少年はその類に属する性格ではなかったため、バス停に設けられている長椅子に鎮座して時間を持て余している老婆に尋ねる事に成功した。
「済みません、ちょっとお尋ねしたい事が有るのですが」
表情と声色は無機質のまま、少年は日常では絶対使わないであろう慇懃な態度と口調で言った。
老婆は少年の方を向き、特に驚いた様子もなく、「はい?」と訊き返した。恐らく視力が低下しているのだろう、老婆は少年の変わった風貌を見ても特に驚いた様子を見せなかった。高齢者にはよくある事がここでは丁度良かった。
自分から話しかけると、通常他者は多少なりに驚いたりする。身形は全身真っ黒で、他国の人間がその国の標準言語を流暢且つ平淡に話すと、珍しい物を見たような反応を返される。個人的には余計な事柄はなるたけ回避したいので、この老人のような態度は有り難かった。
「この辺りで一番大きな図書館は何処に在るかご存じですか?」
そう、少年はさっきから図書館を探していたのだった。
訊かれた老婆は、
「この辺で一番大きいな救急連絡先かい?」
耳が遠いのを利用した呆けを披露して見せた。
「それなら私もよく使うから、確かどこかに電話番号が―」
「いえ、違います。lifelineではなく、libraryです」
「ああ、図書館かい? ないだい、最初からそう言ってくれりゃいいのに」
老婆は笑いながら少年の発言を指摘した。自分が悪いなどとは微塵も思わない。流石は老人。
少年はなんとか抑えた。
「それなら、ここからまっすぐ行って、三つ目の角を右に曲がればすぐさ。あそこは何でも揃ってるよ。私が欲しかった本がいつもすぐ見つかるからねぇ。それにあそこの店員さんときたら若くて可愛くてねぇ、何だか孫に似てるよう―――」
「私、急いでいるので。お話を拝聴し兼ねるのは残念ですが」
少年はこれ以上いると長話という名の脱出不可能な潜水艦に閉じ込められそうな予感がして、できるだけ丁寧に断った。
「道をお教えて下さり、感謝します」
「いえいえ、どういたしまして」
少年は御礼を言ってお辞儀をして立ち去ろうとした。
しかしすぐに、「お兄さん、ちょっと」と老婆に呼び止められた。
「その変わった眼鏡は、“今時のふぁっしょん”ってやつかい?」
少年は答えず、無表情で老婆の顔を見ているだけだった。
数秒後、少年は踵を返し、教えられたとおりの道順を歩き出した。
He who is afraid of asking is ahamed of learning.
「聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥」