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狂乱者と阻格者 4


 数分歩いたところで、

「済まない、通信だ」

 オルパニルがそう言って足を止めた。オルパニルは自由に動かせる右手で通信機の回線を開いて、機器越しに相手の話を聞いている。

 そして、

「……………。分かった、直ぐ対処する」

 突如前触れもなく緊張感を孕んだ声を出し、通信を終えて電源を切った。

「ど、どうしたん、ですか…?」

「緊急事態だ。『レイジャー』が発射された。それがこの街に向かっている」

「れ、れいじゃあ?」

「ミサイルの一つで、弾頭は純水爆。予定通り目標に着弾すれば、半径二十キロが薙ぎ払われる」

 いきなりの破滅的な情報に、私も緊張が湧き上がった。

「えっ!? そんなっ…! だ、だって、そんなものが飛んで来ているなら、防衛システムが感知して警報が鳴るはず―――」

 私が言い終わる前に、けたたましい警報が街中に鳴り響いた。

非常事態発生(エマージェンシー)! 非常事態発生(エマージェンシー)! この街は攻撃されようとしています! ただちにこの街から避難してください! 繰り返します、ただちにこの街から避難してください!』

 街中に避難を促すアナウンスが流れた。

 私はそれを聞いて身を強ばらせる。周りの人々も同じ反応をしている。

 人は大抵、たとえ真実であっても、常識の範疇から逸脱している情報を聞いたとしても、それをすぐ真に受けることはない。誤報か、いたずらか、何かの手違いだと思い、真実を捉えるタイミングを遅らせる。

 しかし、町全体に響いている警報と避難勧告はいつまで経っても鳴りやむことはなかった。滅多に聞くことはない緊急警報を聴覚より受けるたびに、それの正確性を人々に与えていった。

 一体何が起こったのか。

 自分たちの知らない場所で何が起きているのか。

 人々にそれを確認する術はなく、姿見えぬ厄災に怯えるだけだった。

 そして、誰からもなく悲鳴が上がり、賑やかで楽しい夜の街が一瞬で阿鼻叫喚に満たされた。

「細かい説明は一切無しだ。それより、この町に目立つような巨大な建物はないか?」

「…」

「ソミア?」

「…やだ」

 小さな声で呟く。

「やだ…やだよ…私、死んじゃうの…? そんなの、やだ…やだ、やだ」

 首を小さく左右に振りながら、ぶつぶつとひとりごちる。知らぬうちにオルパニルの腕を掴む手にも力が入っていた。

 オルパニルは、やれやれといった意味なのか小さな溜め息をつき、少し屈んで目の高さを合わせた。

「ソミア、今から俺の話を聞けるか?」

 彼は冷静だった。その様子に影響されたのか、私も錯乱せずに済み、小さく頷いた。

「良し」

 私は言われた通りにするため、じっとオルパニルの眼を見る。

「ミサイルに恐怖するのは受容できる。事実、それは恐ろしい殺戮兵器だ。だが、このまま何も対処しなかった場合、本当にこの街にミサイルが着弾してしまう。この町の全員が爆死しまうだろう」

「…」

「しかし、現在この街には、ミサイルに対抗できる力を持っている者が存在する。それは誰だ?」

 私は目の前にいる人を見つめて、答えた。

「………オルパニル?」

「そう、この俺だ。俺にはミサイルを阻止する力がある。ソミアだけでなく、この街の人達を救うことが出来る。だが、それだけでは駄目だ。今回の場合、阻止するには、俺以外の何者かに情報提供の協力を要請する必要がある。そこで、だ。ソミアに協力してほしい」

 オルパニルの話は、最後まで淀みがない。迷いなくミサイルに立ち向かう意志を出しているし、私に協力してほしいと頼んできてもいる。

「どうして…?」

 どうしてそんなにも、力強くいられるのか。

「俺だけでは力不足であるため、ソミアの助力が必要だ。協力してほしい。この街を救ってほしい」

 オルパニルは真剣な眼差しで自分を見てくる。

 どうしてこんなにも疑うことなく私を信用できるのだろう。

 どうしてこんなにも勇気ある姿勢で立ち向かえるのだろう。

 こんな状況の時って、誰だって逃げ出したくなるんじゃないのだろうか。

「止めることが、できるんですか…? 止めて、くれるんですか…?」 

 私は、これからの彼の行動に対する猜疑を言葉に変換した。信頼と期待を含ませながら、対して不安を無くそうと、訊きたかった。

「止められる。止めてやる。この街を救うために、止めてみせる」

 オルパニルは自信に満ちた答えを返した。自分にしかできないことであり、自分なら必ず遂げられると、確信しているようでもあった。

 彼の言う通り、このままでは現実に悲劇が起こる。沢山の人が死んでしまう。

 だから、誰かが止めなくてはならない。その“誰か”に、彼がなると言ってくれた。

 その彼が、自分の助けを求めている。何もない、何かを守れるようなものなんか持っていない自分が役に立てるのなら。

「…うん、わかりました。協力します」

「助かる」

 そう言って、オルパニルは屈んでいた体勢を直した。その時の顔が、無表情なのは変わらないが、少しだけ嬉しそうだった気がした。


「早速だ。この街で目立つ建物は知っているか?」

「えっ? どうして?」

「そのミサイルは発射してから着弾するまで、外部からの妨害手段が皆無だ。その代わり、目標が巨大でなければ照準が合わせられないという特徴を持つ。故に『狂乱者(レイジャー)』と命名された」

 それ、ミサイルとしてちゃんと役に立つの?

 変な疑問が浮かんだけど、今こうして驚異となっているんだから、その欠点については置いておくことにした。

「あ、はい…。大きな…目立つ…うーん、ビルだったら至る所にあるんですけど…」

「酷似しているビル群の中の一つを特定することは出来ない。周囲から浮いているくらい明白でなければならない」

「周囲から、浮いている…。じゃあ、ドームやスタジアムはどうでしょうか? この町にはありませんけど、隣の町になら…」

 一番ありそうなものを挙げてみた。

「いや、違う。補足し忘れたが、目標はこの街以内に存在するそうだ。飽くまで概算らしいが、仲間の計算は信用できる」

 思い当たるものを出しても簡単に誤答にされてしまった。

 あと、彼が言った“信用”という言葉は、大きな重さが感じられた。途方もない年月を生きてきた仲間の人達とは、言葉では語りきれないほどの経験を交わしてきたんだと悟った。

「数日前から巡回しているのに、思いつかないとは不覚だ…」

 オルパニルは明らかに自己嫌悪していた。

 彼の仕事の一つは治安管理だと言っていた。彼の仕事は生きている証拠にほとんど等しいと思う。それが滞ることは、何より苦痛なのだろう。

 今は私に情報を手に入れようとしているけど、もし私と出会っていなかったら、多分彼一人で対処しようとしていたんじゃないだろうか。

 一人で抱え込むなんて、しちゃいけないんだと切に思う。

 それに、これはオルパニルだけの問題じゃない。ソミアやこの町の住民みんなの問題だ。彼一人に委ねるのは失礼だと思う。

 そもそも、自分はオルパニルよりこの町に詳しいはずだ。

 あの日から、友人と何度も町中を歩き回った。みんな、国内とはいえ、生まれ育った町から少し遠離した場所にある学校に通学している。互いによく知らない場所だからこそ、冒険心に駆り立てられて色々な場所へ行った。

 美味しい飲食店にも行った。

 ゲームセンターという所にも初めて行った。

 時には自分一人だけでは決して入らないだろう場所や店にも行った。

 彼より持っている情報は豊富で鮮明なはずだ。

 安直に、愚直に、与えられた条件を満たす建物を特定する。

 巨大で、目立っていて、周囲から浮いている…。

 思い当たったのは、中でも自分が気に入っている、最近行ったばかりの建物だった。

「あれ…かな」

「どこだ?」

「あの、私とオルパニルが初めて会った、あの図書館です。大きいし、目立つし、周りに何もないから凄く浮いてるし…」

「…そうか、あれなら」

 オルパニルが納得した。

「恐らくそれだ。この町の中心から少し離れているが、有効範囲を考えれば或いは」

「あ、でも、自信がないんで、あまり当てにしないほうが…」

「いや、可能性は高い。―――ソミアの御陰だ、感謝する。そして、待機していてくれ。奴を阻止したら必ず帰還する」

 忠告された私は、断る理由など到底なく、頷いた。それを確かめたオルパニルはすぐに踵を返して目標に走り去っていった。

「…」

 私は、今さっき起きたことがいまだに信じられないでいた。

 オルパニルが、自分に、お礼を言ったのだ。

 力のない、何かを守れるような大きな力も持っていない自分が、彼の役に立つことができた。

 それが、何よりも、凄く嬉しい。

 完璧な人間なんていない。誰だって苦手なことや嫌なこと、怖いこと、知らないことがある。完全無欠のような能力を持つ彼でさえ、独りでは全てに対応できるわけではないんだ。弱みがあるからこそ、欠点を持っているからこそ、それぞれ違うものを持っている人達が互いに支えあっていく。独りでは困難なことも、他に誰かがいるだけで違ってしまうほど、人間の結束の力というのは凄いんだと思う。

 小さくなっていく彼の背中を見つめながら、

「オルパニル…頑張って…」

 小さく応援した。



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