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歴史ある跡無し者 3

 オルパニルはさっきより少し大人しくなった隣の少女が気にかかって見てみると、ソミアの様子が動転してはいるが、言葉を発さないのでこちらから切り出した。

「他に質問は?」

「へっ? ああ、いえ、んと………ないと思います。たぶん」

 訊きたいことはまだありそうなのに、興奮しているせいで頭が上手く働かず、曖昧な反応をしてしまった。

「自信が無さそうだが?」

 揚げ句に突っ込まれてるし。

「今はこの程度で良いだろう。知り過ぎると、却って悪い方へ傾く事もある。…注文を一つ聞いてもらいたいのだが」

 最後に出た申し出を断る理由は勿論無いので、私は首を傾げながらも頷いた。

「俺達のことは他言無用に願いたい。公になると厄介だから」

 つまり、誰にも言うな、とだけだった。予想より簡単な注文だったのもあり、私は快諾した。

 そう終えると、オルパニルが次の言葉を繋いだ。

「自宅まで送ろう」

「え…あの、ここからなら道は分かります。私の家はとても遠いんで、そこまで迷惑を掛けるわけには…」

「夜道を一人で歩くのは常識的に危険だ。しかもお前は女でもある。いくらこの国の治安が劣悪でないとは言っても、夜の方が犯罪発生率が高い。それに、送るくらいの時間はある。心配は不要だ」

「…じゃあ、すみません、お願いします…」

 私は了承して、しかし申し訳なく感じながら厚意を受け取った。

 オルパニルはゆっくりと立ち上がり、私も立ち上がろうとした。

 その時に、あることに気がついた。

「あれ? そういえば、鞄…」

 持っているはずの鞄がないのだ。

「オルパニル、私の鞄を知りませんか?」

「? いいや、知らない」

 私は周りを見回してみたが、見当たらない。そういえば、腕に装着していた端末もない。

「確か…あの男の人に…ッ!」

 そこまで思い出して、私は震えた。


 目をぎゅっと瞑り、握った手を固くした。僅かに震えてもいる。


 夕暮れ、暗闇、火、三人…。


 暗い場所で、乱暴に自分に向けて伸ばされた、手、手、手。


 脳裏に刻まれてしまった、恐怖の映像。

 自分のために言った自分の言葉で、薄ぼんやりとしていた記憶が、完全に甦ってしまった。

 体の震えが止まらない。忘れようとしても、執拗に頭の中を飛び回る。気分が悪くなり、顔色も悪くなっていく。夜風の強さは変わっていないはずなのに、とても冷たく感じる。冷えた体を、震える体を、両腕で抱く。それがさらに孤独感をも誘発させる。

 あの時から、ずっと前から、判っていた。なのに、友達ができたことで忘れていた。忘れることができた。

 だから、再び襲った独りのつらさが、余計に苦しい。

 自分の体が、様々な苦しみに耐えられなくなり、前に屈んでいく。

 このままなら倒れてもおかしくなかった。

 だが、私は倒れなかった。

 自分では体の力を完全に抜いている。なのに倒れない。目を開けてみると、自分の体の前に一本の腕があった。

 その腕が誰のかなんて、見なくてもわかった。

 オルパニルが、支えてくれていた。

 途端に喋らなくなったソミアを疑問に思って見たら、様子がおかしいことに気付き、倒れそうになったところを受け止めていたのだった。

 オルパニルは私を支えたまま、言った。

「失念していたが、奴等の身柄を教えていなかったから教える」

 まだ震えが止まらない私は、おずおずと彼の言葉に耳を傾けた。

「結果を先に報告すると、奴等は問題なく逮捕された。再度襲撃される事は無い」


 オルパニルは今度は事後の様子を話し始めた。

 三人の男性は少年が制圧したこと(言われてから、私も少しずつ思い出した)。あの火事はオルパニルが鎮火しておいたこと。建物内部にも火は回っていないから心配はいらないこと。あのあとは警察と消防隊が駆けつけて後始末をしてくれたこと。おそらく、上がっていた煙を発見して通報したのだろうということ。消防隊は、もちろん出火を確認できなかったが、現場には焼け跡に残る可燃物質が確認されたこと。さらに、現場には三人の男が意識不明で倒れていて、まだ三人の意識は戻っていないが、警察は放火と見て、男達を逮捕がてら警察病院へ搬送する首尾にしたこと。

「以上が事後要約だ。もう奴らは居ない。心配しなくて良い」

「は、はい…ありがとうございます………よかった、火も大きな火事にならなくて、放火犯も捕まって」

 私は胸を撫で下ろした。

 が、

「余談だが、通報された時は四人の人物が居たと証言されていた。暗くて明瞭に目視した訳ではないらしいが、四人は確かだそうだ。だが、警察が現場に駆けつけた時には三人しか居なかった。あと一人も仲間で逃走していると見て、捜査を続けているそうだ」

 新事実を聞かされて、落ち着きかけた心臓がまた激しく高鳴り始めた。この人、わざと言ってるんじゃないよね。

「うそっ? 四人って、私達違うのに…って、あれ? 人数が合わないような…」

 あの時あの場所にいたのは、放火犯の男三人とオルパニルと自分の、合計五人のはずだ。これでは計算が合わない。

 私が困った顔でオルパニルを見ると、

「確かにあの時居合わせたのは合計五人だが、暗所だった。それに、ソミアはあの時男達の背後に居た。只でさえ外からでは目視し辛い場所だった。ソミアが数に入っていなくても不思議ではない」

 彼は正解を答えてくれた。

 だが、説明されても納得いかなかった。

「それじゃだめですよっ! オルパニルは犯人の仲間じゃないのに、このままじゃ捕まっちゃいますよ!」

「心配してくれるのは感謝するが、それはいずれ杞憂に変わる」

「どうしてですか?」

「何故なら俺は逮捕されるような常人ではないから。追求されたとしても、正面から反抗できる力も持っている。万が一逮捕されても即座に脱獄できるし、俺は元から警察とは干渉しない質だ。俺はあの時一番出入り口に近い場所に位置していたが、証言者が目撃したのは薄暗闇に見えた後ろ影だろうから、証拠不十分だ。逮捕には力不足だろう」

 どこまでも冷静に考えるオルパニルに感心してしまう。自分が決して良い立場に置かれているわけじゃないのに、焦るどころか表情一つ変えない…というか、初めて会った時から無表情なのだが。

 そして、オルパニルがどれほど強くて、それゆえに他人と過剰な干渉をしていないことを悟った。


 私がようやく落ち着きを取り戻してきてから、オルパニルは再び告げた。

「残念だが、」

 オルパニルが話し始めた。

「盗難された物は、諦めるしかない。一応盗難届を出しておこう。何か大事な物は入っていなかったか? パースカードや、身分証明証など」

 そうだ。鞄をなくしてしまっていたんだった。

 どうしよう、何が入っていたんだっけ。

 私は思い出しながら中身を言い並べていった。

「あ、住民証明証が入ってました。携帯端末もありませんし…。あと、ノートとか、教科書チップとか、ペンケースとか、櫛とか鏡とか香水とか、それから―――」

 私は思いつく限りの物を並べていく。一方、オルパニルはさっきから微動だにしなくてちゃんと聞いているかどうか怪しい顔をしているが、決して表情には出さないためわからないので気にしないでおく。それよりも中身だ。

「―――あと、せっかく買ったイヤリングが」

「色々入ってたのは承知したから、もうその辺で止まってくれ」

 オルパニルがとうとう停止するよう懇願してきた。

「パースカードは所持しているのか?」

「はい。それはいつも上着のポケットに入れているので」

「なら良い。文房具は買えば用意できるが、パースカードは(まず)い。中のポイントを使用されていただろうから。携帯端末は、気の毒だが、これは新規で購入するしかない」

「そう…ですよね…」

 仕方がない、そう自分に言い聞かせたが、溜め息が出てしまう。

 オルパニルは大したことないように見ているようだが、自分からしてみればとても大きなショックだった。あの文房具は今まで自分が使ってきたのだ。今のような他人から羨まれるくらいの学力を身につけられたのも、あの文房具があったからだ。とても愛着があるし、中には長年使っているお気に入りだってある。

 他にも、あの鞄の中にはジャスミン達から貰った物だってある。仲良くなり始めて、彼女らは私の自分自身への無頓着さを叱った。その頃は、櫛や鏡とかは持ってはいたが、香水やマニキュアなんて代物は持っていなかった。持とうとも、持たなくてもいいとさえも思っていた。

 年頃の女の子がそんなんじゃダメと、彼女たちは身嗜みの仕方を教えてくれた。口紅の艶に驚いたり、マニキュアや睫伸ばしによって自分が変わってしまった恥ずかしさを感じた。それらは自分にとって刺激が強すぎたため、いつもバッチリと化粧するのは断った。でも、「せっかくだから」とジャスミンは香水をくれた。「使い回しだけれど」と冗談を言いながら手渡されたそれは、香水の中でも微香といえる香りが醸す種類で、匂いの強い種類に弱い私にうってつけだと言ってくれたのだ。

 だから…思い出せば思い出すほど、悲しくなる。

 俯いた自分の目には、すでに涙が浮かんでいる。あと少し経てば零れて頬を伝うだろう。

 そんな私を知ってか知らずか、あるいは始めからそうするつもりだったのか、オルパニルは立ち上がった。

「行くぞ」

「はい…。私は電車通学なので、駅へ―――」

 俯く私の目は、悲しみでいっぱいだった。表情も声も曇っていたが、その半分くらいが疑問の色に変わった。

「違う」

 オルパニルが否定した。

「商店街だ。これから必要物品を購入しに行く。文房具屋、日常生活品店、携帯通信端末取扱店、家電商品店、その他考え得る必要品の関連店へ時間が許す限り立ち寄っていく。何か意見は?」

 私はしばらく呆然としていた。そして頬を撫でていた冷たい風が一瞬止まったと同時に、はっと我に返った。

「そ、そんな、お世話になるわけには…」

「今更言うな。この事態も俺の責任でもある」

「でも…もうこんな遅い時間ですし、家に帰らないと親が心配します」

「今回は帰宅してから報告しろ。きっと、友人と何処かに出掛けていると推測するだろう」

「でも、予想通りにいかないかもしれませんし…。私の両親なら心配すると思います」

「ならば、俺の通信機から連絡を入れておけ。買い物は今日中に終わらせるつもりだから、明日に朝帰りする訳ではない。それに明日の学校で必ず困る」

「でも…全部を再購入するとなると、高価な買い物になってしまいますよ?」

「案じるな。いつも不便に思わない程度なら持ち合わせている」

 そう言って、オルパニルは自分のパースカードを取り出した。そして、カードに搭載されているボタンを押して、現在の所持ポイントをディスプレイに表示させた。

「ッッ!?」

 私はそこに表示された数字を見て、驚愕した。それはもう飛び上がるくらいに。

 表示された数字は、一般人が持つわけがない桁だった。というより、一般の家庭の全財産を含めてもここまで行かない金額だ。それをオルパニルは常に平然と持っているのだという…。

 私は呆気に取られるだけだった。

「二言は無い」

 オルパニルは私を納得させるため、そう付け加えた。

 だが、私はまだ承諾しなかった。所持金の有無もそうだが、他の理由があった。

 オルパニルとはまだ他人に等しい関係なのだ。出会ってからほんの二日。通算時間に直すと、二時間が経つか経たないかである。いくら命の恩人だからといっても、こっちは助けられた側なのだから謙虚になるのは普通だし、責任があると言われても助けてもらっただけで充分なのに、まだ恩を重ねてしまうのは気が引けた。

 私は正直に、そのことを言おうとした。

「でも…」

「“でも”じゃない。送る時間は有ると言っても潤沢ではない。それに、長引くと風邪を引くから手早く済ませるべきだ」

 それをオルパニルは簡単に打破した。

 もう言い訳すら聞いてくれそうもなかった。

 オルパニルは商店街のほうへ歩き出してしまったので、私もその後を渋々とついて行った。




 顔には出していないが、オルパニルは嘘をついていた。

 放火魔の三人組は、ただの放火魔ではないことを。

 証拠はないが、あの手口に思い当たる事件があることを。

 そして、それらが繋がった後にこれから起こりうることも、予想できていることを。




今のうちに白状します。

作者の私は、伏線が大好きです。

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