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歴史ある跡無し者 1

 第三章 歴史ある跡無し者



 いつから眠ってしまっていたのだろうか。私はゆっくりと目を覚ました。

 まだ微睡みながらも後頭部の圧迫から、どこかに横たわっていることがなんとなく分かった。空気は冷えていて、顔や足が少し寒い。けど、何故か首から下だけは暖かい。

 頭を横に向けて、今いる場所を眺めてみた。

 辺りはすでに真っ暗で、目の前には開け放たれた広い空間が広がっている。地面には隙間なく芝が敷かれて、人工的に一定の長さに刈り揃えられている。

 この付近を照らす青色の街灯も目に入る。それが照らしているのは、おそらく道路だ。車両道士の衝突を避けるためだけではなく、路上の痴漢やひったくりなどに始まる犯罪類を防止するためでもある。そもそも青い色は人を冷静にさせる効果があるから、橙色の光より犯罪が比較的減少するんだそうだ。

 防犯の設備はこれだけではなく、一昔前に街灯には監視カメラが設置されており、犯行は丸見えになってしまうと聞いたことがある。設置開始の二十世紀末当初はカメラの精度が低すぎたことや厳選された職員による秘匿主義が管理されていたため、民衆への認知が低いことを利用して大きな問題は起きなかった。しかし、精度の上がったカメラによる徹底しすぎた監視体制がプライバシーの侵害を引き起こし、多くの反対意見によって廃止されたらしい。

 他にも街から発せられる色とりどりの街灯や建物のイルミネーションが闇に染まる風景を輝かせている。昼間は若者達が闊歩しているが、夜になると代わりに仕事帰りの大人達が増えてくる。宴会や記念パーティをして楽しんだりするんだろう。

 夜の風景を力無く眺めていると、

「気が付いたか?」

 上から声が聞こえた。

 私は声のしたほう、自分からだと、上へ顔を向けた。すると、街の光で少し見えにくくなった星空を背景に、見覚えのあるサングラスをかけた顔があった。

 どうやら自分と少年は、どこかのベンチにいるみたいだった。

「ここは…?」

 私が現在地を訊くと、

「商店街の近郊に設備されてある公園だ」

 少年が素っ気なく返事をした。

 いつまでも寝ていては失礼なので、私が体を起こそうとしたら、

「無理はしなくて良い。自分の感覚よりも疲労が残っている筈だ」

 と少年がやはり愛想がないけど気遣ってくれた。

 確かに体が少し気怠い。それでも、いつまでも寝ていては失礼だと思い「いえ、大丈夫です」と言って、体を起こそうとした。

 だが、上半身を起こすだけなのに、全身に力が思うように入らなかった。普段のようにベッドで眠るのとは違っていたので、体の脱力感が凄く残っている。ベンチの背もたれに手を掛けて起きようともするが、少し浮いたところで限界だった。

 諦めて力を抜きかける前に、背中に温かさを感じた。彼が手伝ってくれるようだった。私は申し訳ない気持ちになりながら、やっと体を起こすに至った。

 すると、身体から何かが滑り落ちた。自分の上着か。いや、今は夏服だから脱げる物はサマーカーディガンくらいだ。今日は三枚着ていたが、脱ぎたくない。脱がされていたのなら問答無用で悲鳴を上げようと思う。

 じゃあ誰のだろうか。街灯からのわずかな光を頼りに、それが何かを確かめる。

 それは、漆黒のジャケットだった。

 これって、確か…。

 私は少年を振り返った。少年はあの時着ていたはずの上着を、着ていなかった。

「あ、あの、これ…」

 少年に上着を返そうとしたら、

「まだ着ていろ。その格好では冷える」

 簡単に断られた。

 少年は半袖Tシャツに長ズボン。それに対して私は薄手の半袖Tシャツとカーディガンと膝丈のスカートという春期相応の格好だ。しかも、昼間はそれでも支障はないが、今は夜である。ただでさえこの国は気温が上がりにくいのに、日没近くになれば気温はさらに下がる。二人の服装を比較したら、どちらかというと少年の言う通りにするべきだろう。

 ソミアは手元にあるジャケットを、少し抵抗しながらも羽織った。袖に手を通すのは遠慮しておいた。

 二人はベンチに座って肩を並べ、少年は空を眺めながら、ソミアはジャケットの暖かさを感じながら、しばらくじっとしていた。

 私は何を話したらいいか思いつかず、ただ時間が過ぎていく。

 というか、いつからここにいるのかとかどうやってここまで来たのかとか気になることはたくさんあるし、なんだかんだいってついさっきまでよく知らない他人に寝顔を見られていたことを自覚して一気に羞恥心が湧き上がってきたし、こんな気持ちで一体何を話せばいいのかとかっていうか少しは彼から話を始めてもいいんじゃないかとかそういうふうに物事を運んでくれるのが彼の立場なんじゃないのかとか、でもそれはちょっと自分勝手なのかなとか、ああもうさっきから調子が狂っちゃっている。

 私は気晴らしに、周囲の景色を眺めた。空は曇りがちの天気になって、星空は断片的にしか見えなかった。降水量は少ないけど雨が多い地域だから、これも仕方がない。地上には微風(そよかぜ)が流れて、混雑した思考を冷やしてくれる。草も風に踊っていた。

 夜に目が慣れてくると、一つ細かい物を発見した。この公園にもベンチが十数脚設置してあった。名前は『マイベンチ』だっただろうか、公園の管理局に寄付金としてお金を支払うと名前を貼られたベンチを作ることができる。管理局に予約をしておくと、その日は貸し切りにできる。プレゼントとして贈られることもあるそうだ。

 私は気分が落ち着いてくると、まず言わなければいけない言葉が見つかった。自分から話を始めるのは慣れていないけれど、頑張って口を開いた。

「あの、先ほどは助けていただいて、ありがとうございました」

 私がまず礼を言うと、少年は空を眺めるのをやめて、私と向き直った。

「礼を言う前に、自分の軽挙妄動を反省する事を推奨する。それと、そのような上級敬語など使用しなくて良いと忠告した筈だ」

 私はいきなり自分の立場に気まずくなった。

 反論はできないけど、とりあえず後者のほうは意見しておくことにした。

「いえ、やはり敬語で話させてください。あなたは私の恩人ですし、私自身も気が楽ですので」

「ならば、せめて最低限まで砕いた言葉遣いにしろ。お前は気が楽でも、俺は気が重い」

 少年は溜め息を吐きながら訂正を求めた。どうやら少年は自分の意見を一方的に押しつける勝手さがあるようだった。

「分かりました。それで、あの、いろいろ訊きたいことがあるんですが…」

 私は本題に入れるように切り出した。本題というのは、目の前の少年をはじめとして、わからないこと全部だ。

「了解だ。巻き込んだからには教える義理もある」

 これから、少し話が長くなるだろう。まだ素性も知らないし、あの不思議な光景も気になる。

「まず、自己紹介からですね。私はソミアです。ソミア・プラヒュリー。十四歳。高校一年生です」

 私が名乗り、次は少年の番になったが、

「俺の本名は、立場上、誰にも教える事は出来ない。素性が知られる事になるからだ」

 少年は名乗らなかった。

「え? じゃあ、普段はどうしてるんですか?」

 名前を名乗れないって、かなり不便なんじゃないのか。

「名前を教える機会は殆ど無い。有ったとしても、その時は偽名を名乗る」

「…友達や、知り合いの時も、ですか?」

「当然だ。その以前に、必要以上の人間関係は築かない」

 自分にとっては謎が増えていった。

 なぜ身分や素性を隠さなければならないのだろう。

 そして、知人にも偽名で関わっている理由も気持ちも分からない。というより、偽名だけを使い続けていて自分の本当の名前を忘れたりしないかと心配になったり、嘘を吐き続けるということにも何も抵抗がないのかと疑ったりしていた。

 それに、私にも名前を教えてくれないということは、これ以上親しくするつもりもないということだろうか。まだ知り合えて間もないし、私は人見知りが激しいから、正直に言えばちょっと怖い。でも、せっかく知り合えて、しかも窮地を助けてもらった恩人なのだ。せめて大事な人の名前は知りたいと思うのに、そんな願いも叶わないのだろうか。

 私は他の疑問へ移ることができず、結果として尋問が一時中断されてしまった。

 お互いに黙り合う。

 そんな少女の困った様子を見て観念したのか、少年はまた空を仰いだ。

「…俺には信頼出来る仲間が存在するが、その者達にも本名を教えていないし、俺もその者達の本名を知らない。だが、流石に不都合が起きる。従って、不便にならない様に其々に偽名を付けて呼び合っている」

 私は思わず顔を上げた。

 少年の目をじっと見る。誰がどう見ても子供のように、教えてと訴えていた。

 だがその顔をしたのはほんの数秒の間で、また俯き始めた。

 偽名とはいえ、かなり極秘にしている情報だと思うと遠慮せざるを得なくなってしまう。普段から違う名前を使うほど隠匿しなければならないことを訊こうというのも無謀だと思えた。

 ほとんど赤の他人の自分が秘密を訊いてしまうのはとても図々しく思えたが、相手から教えてくれるのならそれは不可抗力になるんじゃないかと自己防衛規制が働いた。自分が考えた自分勝手な弁解をして、自責の念に駆られた。

 私が訊こうか訊くまいか低迷していると、少年から口を開いた。

 秘密事項を漏らすのは普通問題になるものだが、それでも少年は教えてくれた。

「暗号名『オルパニル・コランダム』。それが俺を存在させている名だ」

 極秘でも何でもないように教えてくれた。




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