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選ばれた臆病者 8

「ッ!?」

 長身の男が私の腕を掴もうとした寸前だった。私も含め、聞こえた四人全員が反応した。

 三人の声ではない男性の声は、茜色の夕陽が差し込むこの路地の出入り口のほうから聞こえた。

 男達は出入り口のほうへ振り返る。私も見ようとしたが、後ろの二人が私を力ずくで引っ込まされ、上手い具合に背中が壁になっているので見えない。

「貴様等が熱心に従事するのは感心するが、その娘は無関係だ。即座に解放しろ」

 姿は見えないけど、この声、聞き覚えがある。

「何だてめぇ? 生意気な小僧だな。ヒーローごっこか?」

 小僧っていうことは子供だ。子供の知人にこういう声をしていて…

「貴様等を放火の容疑で現行犯逮捕する。面倒臭いのは嫌だから、大人しく捕まれ。手間を掛けさせるな」

 あんなに怖い大人にこんな強気な態度を取れそうな人は…

 声の主による逮捕宣言に、長身の男は大笑いした。

「笑わせるじゃねぇか! 本当は警察ごっこかクソ餓鬼! ―――黙らせろ」

 いい加減頭に来たのか、長身の男が指を鳴らした。それを合図に、後ろで構えていた二人の男が同時に前に出た。

 二人の男はほとんど同じ俊敏さで懐から小銃を取り出した。

 二人が腕を上げ、銃を構える。その途中で、何かを叩いたような乾いた音が聞こえた。

 直後、

「うわっ!」「ぐあっ!」

 二人分の男の声が聞こえた。それは悲鳴にも似ていた。

 拘束から離れて見えるようになったので長身の男の脇からそろーっと覗いてみると、そこにいた人に歓喜し、そこの光景に驚愕した。

 いたのは、やはりあの少年だった。

 だが、人間とは思えない行動をしていた。

 少年が、男二人の顔面を鷲掴みにしている。

 問題はそこじゃない。

 少年の両腕が、異様に長いのだ。いや、“伸びている”と表現したほうが適当だろう。

 少年は狭い通路なのに勢いをつけて腕を両側面に振り、顔面を鷲掴みにされている男達はその勢いのまま頭を壁に叩きつけられた。加減のない暴力を受けて男達は全身の力を弛緩させ、少年が手を離すと何の抵抗もなく崩れ落ちた。

 その光景に、私は瞬きも忘れて見ていた。

 長身の男はすぐに危険だと判断し、反応した。咄嗟の事態に頭が回転し、懐から銃を取り出す。だが、相手の状態をよく観察していたのか、その腕がさらに伸長しながら手を叩いた。長身の男の銃に少年の左手が触れる。

「あぁっちい!!」

 長身の男が銃を放すと、当然地面に落ちる。しかし、跳ね返らない代わりに真っ赤な、水たまりならぬ鉄だまりに変わった。よくわからないが、長身の男の反応からして、銃が物凄く高温に熱せられたとしか思えない。

 余っていた少年の右腕が長身の男の頭へと伸びる。

「く…このぉ!」

 長身の男は袖の中からナイフを取り出して、力任せに腕を薙ぎ、その手を払った。少年の両腕は、その後は追撃せず、本来の長さへと収縮していった。

 少年がこっちへゆっくりと歩み寄ってくる。まるで、追いつめた獲物に余裕を見せる猛獣のようだった。

「て、てめぇ何者だ!?」

 長身の男が畏怖を含ませた声色で問いかけた。勢いはあるが、声は震えていた。

「貴様が知る必要は無い」

 少年は淡々と返す。

 そう言い終え、立ち止まった。そして、もう一言。

「残るは、貴様だけだ」

 実力、度胸、威厳、全てが男を凌駕している。

 人は自分が敵わないものに対峙した時に取る行動は、二つ。

 自分の弱さを認め、潔く敗北を味わう…または、誇りを捨てて命乞いをするか。

 敗北することを覚悟しながら、なおも自信の強運に頼って勝利を目指し、攻めるか。

 しばらくの、感覚的には長いが実際には短い時間が流れた。静寂がその場を支配しそうだった。

「…調子に乗んじゃねぇ!!」

 長身の男は逆上し、ナイフを無造作に投げ捨て、腰の後ろから何かを取り出した。

 それは三本に分かれた金属製の棒だった。男はそれらを、端にある連結口同士を繋ぎ、強力な磁力で固定させ、長さが三メートルほどある一本の長大な棍を組み上げた。横にすると、この路地にぎりぎり当たらないほどである。

「“The fly that bites tortoise breaks its brak.”。…七面倒臭い」

 長身の男は棍を構え、少年は両手を叩いた。

 緊迫する空気。ついさっきとは違う静寂が空間を包む。

 どんどん大きくなっていく炎。

 外から僅かに差し込む茜色。

 倒れている二人の男。

 私は巻き込まれないように数歩下がった。炎に近付いたので少し熱い。

 互いに睨み合い、そして、

「―――はぁぁぁあああああ!!」

 長身の男が少年に飛びかかった。少年は動かない。

 長身の男は棍を振りかぶり、思い切り振り下ろす。

 がんっ!!

(っ?)

 太くて長大な棍棒から繰り出された攻撃を、少年は左腕だけで防御していた。その際、金属同士がぶつかったような、異質な音がした。

 長身の男はそこで止まらず、次々と攻撃を続ける。右から、左から、上から。ただ闇雲に振り回すのではなく、攻撃の仕方によって持つ場所や持ち方を変える。そして突きも混ぜる。身体全体を使い、舞い踊るかのように棍を使いこす。回転や遠心力を利用した、止まることのない攻撃が続く。

 あの見るからに重そうな棍を、身体の一部のように自由自在に操るのにどれだけの時間と鍛錬と精神力を必要としたか、誰にも想像などできないだろう。

 金属同士がぶつかり合う音が、断続的に路地に響く。

 私にとっては、この世のものとは思えない光景の連続でしかなかった。

 長身の男の武闘技術は、確かに凄いと思う。あんな長い物をあんな風に使いこなすことなんて自分にはできない。

 それよりも注目してしまうのは、少年のほうだ。

 棍を防御していることは凄いが、この場合“おかしい”のだ。

 あの棍の攻撃を両腕で防御しているのだ。服を隔てただけの、生身の腕二本だけで。普通なら、あの棒ほどの質量からの衝撃を受け続ければ、骨折、良くても骨に亀裂が入っているはずなのだ。それをなんでもないように受け続けていること自体異常な光景なのである。

 さらに補足すると、この場所は薄暗い路地だ。最奥では光も届かぬこの場所で闇とほぼ同色の棍の軌道を完璧に見極めている。常人と判断することはほとんど愚考に近かった。

 長身の男と少年は甲高い打撃音を出した一撃を機に、一度間合いを取った。

「はあ、はあ、はあ、はあ…」

 長身の男は過激な動きを続けたためか、肩で息をしている。それに対して、少年には疲れが見られず、息も乱していない。

「はあ、はあ、はあ…。くそっ! 何なんだてめぇは!? 化け物かっ!?」

 長身の男の声には、気にくわない態度への怒り、自分の極限まで研磨された武術が通用しない苛立ち、先程からどうしても人間とは思えないような現象の連続からの困惑などが混じっている。

 しかも、相手はどう見ても子供。長身の男にとっては、舐められているようで許さない反面、ただ者ではないことを確信しつつあり、気味が悪く感じた。

「You have guessed nearly right.」

 少年は曖昧な返事をする。そして、凝った肩をほぐすように軽く回しながら、挑発のような宣告をした。

「いい加減に飽きた。もう遊戯は止めて、終決させてもらう」

 偽りのない完全なる相手の愚弄。不気味な相手にもかかわらず勇敢に立ち向かおうとしている人で、こんなことを言われて我慢できる者はいない。

 長身の男は血液が逆流するくらい頭に血が上り、完全に激昂した。

「こぉんの、クソッタレがぁあああああ!!」

 長身の男は棍を振りかぶり、左上―少年から見ると左上から全力で振り下ろす。少年はまた両手を叩き、左手を開いて棍の軌道上に合わせる。

 再び金属音がした時には、少年の左手は棍を握りしめていた。

 そして、余っていた右手を、高速で振り上げる。

 次の瞬間、甲高い金属音が響いた時には、長身の男の棍は棍ではなくなっていた。

 棍は少年の繰り出した手刀によって斜めに切断されていた。切り口は滑らかな平らになっている。長身の男の棍の長さは本来の三分の一になってしまっていた。

 長身の男が自分の棍の有様と切り口を見て呆然している間に、少年は跳躍しつつ両手を叩き、自分の高度を男の身長よりも高くした。

「餞別だ。受け取れ」

 少年は右手の掌底を男の下顎に全力で見舞う。衝撃によって脳震盪を起こした長身の男は大きく仰け反って、そのまま仰向きに倒れた。

 空を仰ぐ顔の顎は外れて、だらしなく開いていた。

 悪夢は終わった。

 ソミアを拉致しようとしていた男達は倒れ、起きる気配を見せない。

 その場所に立っているのは、私と、あの少年だけ。

 もう、怖がる必要はなくなった。

 そう思った直後、私は大きな安堵感に襲われた。

 緊張が解かれ、意識が薄れていった。


 少年は膝から崩れた少女を素早く抱いて支えた。そして、少女の額に手を当てる。

(・・・・・・・・・・・・極度の精神的疲労による気絶、か…。少し休憩させれば大丈夫だろう)

 左腕で少女を支えて、周囲を見回した。

 路地の最奥。そこには大きな炎が燃え上がっていた。静まる気配は全くない。幸いにも外壁にはどちらも耐熱素材が使われているらしく、炎上する速度を停滞させているようだ。予想よりも炎上の速度が遅延して善哉だった。

 少年は炎を一瞥してから両手を叩いて、右手を地面に当てた。

 すると、目の前で燃え立つ大火が収まっていった。緩やかではあるが、確実にその勢いが小さくなっていく。

 どんな炎でも、可燃物の温度が下がれば可燃ガスの発生が止み、燃焼することはできない。水で鎮火しなかったのは、放火するのに使用した可燃物が明確でなかったからだ。化学物質の中には水を含むと炎上または爆発する危険物もある。軽挙は謹慎すべきだと判断した。また、消化剤の使用を取らなかったのは、余計な証拠を残さないためだ。消火機材が近隣にあるかどうかも不明なこの状況では、道理に合致しない証拠が残っていてはならない。したがって、可燃物の温度を下げる方法で炎を消した。

 少年は炎が消えたことを確認して、地面から右手を離した。

 少年は、少女の背中と膝の後ろに腕を回して、迅速かつ丁寧に抱え上げた。そして少年は出口へ向かわず、手を叩いてその場で垂直に跳躍し、建物を挟んだ向こう側の路地へと着地した。あのまま出口から出れば、住民や警察の詰問に遭遇する虞があった。この状況を目撃した人間は、間違いなく俺を犯人だと疑う。腕に抱える少女のこともあるし、今は面倒ごとを起こして目立つ行動はしたくはない。したがって、危険度が少ない反対側の路地へ移動してから脱出することにした。

 少女を抱えたまま、すっかり陽が低くなって暗くなり始めている表の世界へと、生還した。

 白目を剥いて気絶している顎の外れた男と頭から出血している二人の男がいる路地の出口に転がっているはずの携帯端末と鞄は、見当たらなかった。


     *


「こちらアルミ缶。ペットボトル、応答せよ。…おい、どうした? …おい。ぺットボトル応答せよ。繰り返す、ペットボトル応答せよ」

「何だ? 繋がらねぇのか」

「………駄目です、繋がりません。恐らく何者かに阻止されたんでしょう」

「そうか。まあ、いい。供養する花が一本欠けただけだ。まだ花は他にもあるしな。今更手を打っても遅ぇよ」

「今、中央警察署の通報履歴を見ているんですが、四時間ほど前、市民から火事の通報が入ってます。目標付近の商店街の一角に火事らしき煙を目撃したと」

「ほう? あいつら、火は起こしたみてぇだな。そっから何があったかは知らねぇが」

「米軍のメインコンピュータに侵入完了。目的の制御システム占領完了。ボス、準備完了いたしました。いつでもやれます」

「よぉし。そんじゃあ、世にも笑える暗黒舞台を開幕しようか。…さぁ人間共、恐怖の祭に発狂しやがれ!」




The fly that bites tortoise breaks its brak.

蟷螂とうろうの斧」


You have guessed nearly right.

「当たらずといえども遠からず」

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