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選ばれた臆病者 7


(前ページより)


 とりあえず、あの場所からひたすら真っ直ぐ進み、商店街が終わるところまで行って捜したが、少年は見つからなかった。

 それから来た道を戻って、交差点があったところを見つけたら曲がって、その通りを捜した。だが四つ、五つ捜しても少年は見つからなかった。たぶん、ここで私自慢の運の悪さが発揮されてるんだと思う。

 残った通りは、あと一つ。その前に通りはもう無く、あの電化製品専門店のショーウィンドウに辿り着く。この通りに居なかったら、諦めて帰ろう。

 今、六時半過ぎ。

 いつもなら、急いで帰ろうとする時間だろう。帰りが遅くなると両親が心配する。「友だちと遊んでいる」と連絡しても、問答無用で「帰ってこい」と送られてくる。それだけ心配してもらえているのだから、何もない日はちゃんと帰宅する。それは、両親から自分へ送られる愛情への誠意の一つだと思っている。

 だから、できるだけ迅速に、自分が納得できる結果を出して、帰りたいと思う。

 歩き疲れている両足を動かし、あの少年に会えるよう、少しだけ期待しながら、最後の通りへ入っていった。


     ※   ※   ※


 高いビルの上で、

「あの娘、何故追跡してくる…?」

 少年が一人座って、街を見下ろしていた。




 結局見つからなかった。

 商店街が切れている場所まで探しに行ったが、少年はいなかった。あまり期待しなかったとはいえ、やっぱりショックだ。

 たぶん、道を入れ違いになったか、どこかの商店に入っていたのだろう。いつまでも路上にいるとは限らなかったのだ。そこまで頭が回らなかった自分に嫌気が走る。

 そして、こんな時にも発揮した自分の不運を呪った。

 気が重くなる。俯いた姿勢になる。溜め息も出た。

 上手く言えないけど、こんな時の自分はいつも独りで沈んでしまう。友達にその様子を見つけられてしまった時、かなり叱られてしまったことがある。クヨクヨしちゃダメ、そうならないほうがいいっていう神様の思し召しよ、と事あるごとに注意してくれていた。

 友達に言われてから、できるだけ自分で奮い立たせる努力をしてきた。

 今回もその努力が必要みたいだ。

 俯いてしまっている自分の顔を上げようと、空を眺めてみた。だいぶ色が染まっている。綺麗な茜色だ。所々に浮かんでいる雲にも色が映えている。逆に反対側の空の雲は影ができて、灰色になっている。

 地面に這う影も長くなってきた。他の影と重なったり、誰かに踏まれたりする。

 そろそろ帰らないと…。

 私は自分に拍車をかけて、帰路を急ぎ始めた。

 歩道を歩いている間、いつの間にか考え事をしていた。

 あの人、本当にどこにいるんだろう…。どういう人なのか、知りたかったなぁ…。

 はぁー…。

 こんな時間になっちゃったし、電車に間に合うかな…。お母さんに連絡取っておこうかな…。そういえば、あの三人にも逢わなかったな…。やっぱり私、本当に運悪いんだな…。

 考える量が増えるほど憂鬱な気分になる。

 また風景を楽しもうと周りを見回してみる。

 少し少なくなったような気もする人々や、位置や向きで不平等に陽光が当たっている建物。吹き抜ける風が涼しい。建物の間には、一メートルに満たない狭さだが隙間がある。覗いてみても暗くて奥まで見えないが、粗大ゴミとかが置かれているんだろうなー、とか非常に失礼な憶測を思った。

 と、ある隙間の前で立ち止まる。

 そこはさっきのような建物同士の間に生まれた隙間だった。だが、両側の店の都合が作用したのか、やけに広かった。目測だが、たぶん四メートル以上あると思う。陽はまだあるが、そこは陽光が上手く入らない場所らしく、更に奥行きも広いのでよく見えない。そのずっと奥に、何かが光ったような気がしたのだ。目を凝らして見てみると、また光った。

 そして、その光に照らされた人影を確認できた。

 暗いし遠いから誰かは分からないけど、自分の中に、消えた筈のある期待が甦りつつあった。

(もしかして、あの人かな?)

 ここら辺の店は人気がないのか、それともこの通りが人気がないのか、周りを見回しても人が少なかった(人が少なく見えたのはこのせいだと思う)。

 私はその路地に足を踏み入れた。

 一歩ずつ、音を立てないように進んだ。

 沸き上がる希望、何者なのか分かるかもしれない期待、高鳴る鼓動、自分の中に満ちて弾けそうなものを精一杯押さえ込みながら、歩を進めた。

 八歩ほど進んだところで、何をしているのか少し分かった。

 そこにいる人は、建物の側面に何かを施していた。背中をこっちに向けているから、顔や行動は分からない。だが、さっき見た光はこの作業によって漏れたものだと予想できた。

 けど、一体何をしているんだろう…。

 また近付こうとして足を前に出そうとした時、

(!?)

 突然、その人の手元が、燃えた。

 その火はみるみるうちに大きくなり、そして予め設置してあったらしいロープかガソリンを伝って、もう片方の建物の側面にも火を上げた。

 火は炎となり、その場所を明るく照らした。奥が見えるほどに。

「ッ!!」

 私は僅かに声を出してしまった。その声がその人に聞こえてしまい、私の方を振り返った。

 その人は、大人の男だった。背も高く、彫りもある。まず顔が違う。

 そして、男は二人いた。両側に一人ずつだ。

 男達と勢いを増していく炎を見て、一つの結論に達した。

(この人達、放火魔だっ!!)

 振り返った男二人組はいつの間にかそこにいるソミアを見て、驚愕した。そして、立ち上がってソミアのほうへ駆け出してきた。

「くそっ! 見られたっ!」

「こんな場所に入ってくんなよっ!」

 男達が悪態をつく。

 私はこちらに近付いている二人を見て、反射的に出口のほうへ向いて駆け出した。

 駆け出した途端、何かにぶつかった。真正面を見ると、上着に覆われた人の胴体が見えた。

 恐る恐る視線を上げてみると、別の男の人が無表情で聳え立っている。

 その男の人はかなり背が高かった。目測二〇〇センチの長身は、私から見れば山のようだ。

 偶然かもしれないけれど、きっと異変に気づいてくれて助けに来てくれたんだと思った。

 誰かは知らないけど、助かった。

 そう喜んだが、

「おい、てめえら! 簡単に見つかってんじゃねぇよっ! このドアホがっ!!」

 それは一瞬に消え失せた。

 その男は、放火魔の仲間らしかった。

「す、すいません…作業に集中しすぎてしまいまして…」

「周囲の警戒心を失念するほど複雑な作業じゃねぇだろが」

 長身の男は呆れた様子で、その証拠に溜め息を一つ吐いていた。

 観察してる場合じゃない。なんとかしなきゃ!

 私は抵抗とばかりに携帯端末から通報しようとした。助けを呼べれば、自分一人じゃなくてもなんとか逃げられるかもしれない。

「おっと」

 長身の男が、私が端末を操作するところに気づき、即座に端末を腕から無理矢理剥ぎ取り、さらに鞄も奪って、後ろ、つまり表通りのほうへ放った。

 放物線を描いて地面へ落下した鞄は、道路に出た。

 取っ手だけが。

 私の正面には一人、背後には二人いる。私みたいな普通の女子が逃げることは、ほぼ無理だ。

 自分に逃れる手段はもう無い。

 絶望だと確信した。

 男達はソミアを見ながら、相談し始めた。

「どうします? この娘」

「俺達の行動、完全に見られましたよ」

 後ろの二人が言った。

「口封じとはいえ、殺すわけにもいかねぇだろ。死人を出すのは計画には入っていねぇんだからな」

 正面の長身の男が言った。二人から慇懃な態度を取られ、やけに指揮的な態度を取る様子からして、二人より上の立場の人間なのだろう。

 そして、ソミアに一歩歩み寄り、見下ろす。

「誰にも言うなっつったって、聞かねぇだろうな」

 私は怯んだ。男の眼は、威圧感と威厳で満ちている。

 恐怖感もあるが、あの人とは違う。

 相手を完全に平伏させる、悪に染まった眼だ。

「仕方がねぇ、本部へ連れて行くしかねぇな。ここに残していくワケにもいかねぇし。最低、人質くらいには使えるだろ。ボスへの土産ってのもいいかもな」

 そう言って、男達は気味悪く笑った。

 自分の顔から血の気が引いていくのがわかった。これからの行く先が予想できなくて、恐怖の絶頂だった。手足が震え、歯も震えて「カチカチ」と音を立て続ける。

(やだ…やだ、やだ…! 私、これから何されるの…? いやだよ…誰か、助けて…誰か…)

 目から涙が浮かぶ。

 現実逃避か、目の前の光景を嘘だと自分に言い聞かせるため、力強く目を瞑って見えないようにした。男達の声が聞こえないように耳も塞ぐ。が、完全に遮断する事はできなかった。

「早く行きましょう! ぐずぐずしてると警察(サツ)が来ますよ!」

 やめて…。

「ここでバレたら、今までが水の泡になります!」

 もう、やめて…。

「こうなったのもお前らのせいだろーに、まったく。…おーし、小娘、俺達と一緒に来てもらおうか。なに、痛いことはしねぇよ。大人しくしててもらえれば、別に何もしねぇさ」

 やめてったらぁ!

「さあ、来いっ」



「断る」




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