選ばれた臆病者 6
どうして。
それしか思えなかった。
考えるのは、少年のさっきの言動だ。
どうして分かったのだろう。勘が鋭いのだろうか。
いや違う。さっきのは正確すぎる。
友達からは「ソミーってすぐ顔に出るからわかりやすいわよね」と言われたことがある。あの少年も人並みの観察力を持っているのなら、おそらく同じ感想を持ったんじゃないかと思う。だから、ある程度なら私がどんな気持ちになっているのかがわかったのかもしれない。
しかし、「怖い」や「どうしよう」ならまだ予想できそうだが、「相手が悪い」は偶然で当てられるような心理じゃない。考え方が単一じゃないし、誰もが湧き出る心理にはならない。それに、部分的とはいえ、私がまさに考えていたことを三種類も言い当てた。「不安に思っていた」のような状態を指す表現じゃなくて、私の心の台詞自体を言い当てたのだ。
常人の域では言い当てることなんかできるはずのないことを、あの少年は易々とやって見せたのだ。
どうして、そんなことができたのだろう。
もっと別の、何かこう、非科学的で信じられないような能力を持っていて、それを使った? 超能力とか、読心術とか、そういう類だろうか…。
もしそうなら、喋っていない時や普通に会話している時でも相手の心が読めることになる。
つまり、私の心境も筒抜けだったということになる。
困っていた私を目の前に、あの少年は私の心の中を無断で入ったことになる。
考えれば考えるほど怖くなってくる。
自分が思っていた気持ちを、あんなにもはっきり言われてしまったのだ。今度遇った時でもまた気持ちを読まれていると意識したら、とても会話なんてできそうもない。
もう遇うことなんてないだろうけど、できれば遇いたくない。
もう、こんな怖い思いをするなんて、嫌だ。
今回は向こうから立ち去ってくれたので、自分の努力を必要とせずに境遇から離れることができた。
少年は怒るでもなく、なにも感じていないみたいに余計に言わず、すぐに私から離れてくれた。
これは幸いと呼ぶべきだろうか。
待って。
ふと、論点を変えてみた。
あの少年は、何も表情を変えずに、ただ私の心理を言い当ててきた。
怒りすら見せず、責めるわけでもなく、むしろ何もなかったように接する人だった。
そんな人が、どうしてわざわざ私が恐怖するようなことを言ったのだろうか。
あと、私の顔を思い出すのにも時間がかかっていたみたいだけど、どうして私の台詞を覚えていたのだろうか。他人の顔を覚えない人が、他人の台詞だけを都合よく記憶しているなんてことがあるのだろうか。
何か、変な気がする。
確かな道理は立てられないけど、あの少年の言動はどこかおかしい。
顔を覚えていないのに、台詞を覚えている。
その台詞を、わざわざ目の前にいた私に対して言う。
言動の運び方の自然さが妙なら、どれも意図的だと筋が通りやすい。
顔を覚えていなかったんじゃなくて、忘れたふりをしていた。
目の前の私に言ったのは、私に恐怖を与えるため。
恐怖した私は、実際に固まってしまい、少年を立ち去るのを安堵して見送っていた。
これがあの少年の狙いだったら?
私は少年に畏怖を覚えて、これ以上関わりたくないと思っていた。
そうなるように予想した上での言動だったら?
図書館で見た時から、他人との接触を避けるために、あんなにも怖い雰囲気を出しているようにも思える。
それを望んでいたから故意にあんな振る舞いをしていたとしたら?
他人との接触を避けるための仕方のない挙動だったんじゃないだろうか。
あの少年には、他人との接触を避ける理由がある?
あの少年には、他人に知られてはならない秘密がある?
だとしたら、知りたい。
自分の中にある知的好奇心が働いた。
いや、それだけじゃないと思う。
他人と距離を置く必要があるものを、あの少年は背負っている。
独りで抱え込んでいるのなら、理解してあげたい。
私は不思議と、あの少年のことを知りたいと思った。そして、母性本能が刺激されたのか、少年を憐れむようになった。
(あの人に、もう一度会って、確かめたい)
ソミアは意を決して、少年が去っていったほうへ進んでいった。