選ばれた臆病者 3
(前ページより)
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彼の予想通り(なんかちょっと悔しい)、授業に集中していなかったことを注意されてしまった。
幸い、今までの授業態度から今日は調子が悪そうだと憶測されていたので、大きな叱責を受けることはなかった。それでもロス先生は話が長く、さらに好機と言わんばかりに過去の不愉快な点まで掘り下げてきた。話が長い、過去のことまで引っ張り出す、という人から嫌われる六つの叱り方のうち二つを取る人だったので、下校時刻が予想以上に遅くなってしまった。
そのまま帰宅してもよかったが、独りはやはり寂しい気もしたし、あの三人もきっとあそこにいるんだろうと根拠もなく確信していたので、暇潰しに商店街に行くことにした。
西日になりかかって橙の色を付けつつある太陽が、立ち並ぶ数々の建物やこの一瞬一瞬を楽しんでいる人々を照らしている。家族や友人とくだらない話や身近にあった面白い話で盛り上がり、その平和で微笑ましい光景を佇む建物達が見守っているように見えた。
当てもなく商店街を闊歩して、ある区画でアクセサリーショップを見つけた。見つけた所に入る、という暇人達の習性に従って、私はそこに入店してみた。店内は店頭以外にライトなどで明るさを強調させ、落ち着く雰囲気を出させる壁紙やカーテンで飾り付けされた、シンプルながらもおしゃれな店だった。
売品には指輪、ブレスレット、ネックレス、イヤリング、ペンダントの他、キャラクターがプリントされている指輪の玩具、型に色付きのプラスティックをはめ込んで加熱し鮮やかな色に仕上がったものに鎖やホルダーを付けてアクセサリーにした物など、子供が購入するには高級すぎる物や誰でも購入可能な安物まである。中には、ビーズを使って自分で作れる創作セットや前述した型と色付きプラスティックの創作セットまである。
私はとりあえず店内を一周し、途中で「ゆっくりご覧になって下さいね。試着される際にはお申し付けください」と店員に言われて一応礼を言い、回り終えたあとは安物が揃うイヤリングが置かれていた区画へ向かった(流石に高価な物を買う度胸がないし、まずお金が無い)。
そこには様々なイヤリングがガラスケースの中に掛けられていた。商品の輝かしさを強調させたいためか、ガラスの中に上下左右からいくつもの光を通して明るく照らされている。こうすると電球が見えないため、見栄えが良くなるのだそうだ。
かけられている商品には、ハートや星、菱形に水晶型、そして秋桜、向日葵などの花形に、何故か今の季節には縁遠いクリスマスツリーの形まである。少しは考えて、店員さん。
店の意図が理解できないことに呆れながらも、なんだかそのようなことがおかしく思えてしまい、少しだけ顔を綻ばせた。
私は店員に頼んで、その中の、花の形を枠で模し、花弁の中心に橙色の石が填め込んである小さなイヤリングを取ってもらい、購入することにした。
レジに持っていき、代金を払うために服の胸ポケットから『パースカード』を取り出した。
パースカードというのはこの時代の財布のことで、先進国のほぼ全員(実質、世界の約六割)がこのパースカードを所持している。義務づけられている、といっても過言ではない。
一世紀程前、全世界の貨幣に加えて、史上初の世界通貨が生まれ、このパースカードを使用することが国際首脳会議で正式に認証された。これはカードに振り込まれた分の金額をポイント化し、デジタル表示した物である。クレジットカードとは違い、後から請求される使用料を払うのではなく、会計の時に所持しているポイントから代金分のポイントを引く仕組みだ。要するに、貨幣での支払いと同じである。
さらに、カードにはレジのセンサーに通すためのコードの他に、ボタンとディスプレイと赤外線通信用センサーが搭載されており、ボタンを押すと今所持しているポイントをディスプレイに表示することもできるので、使いすぎるという事態を極力避けられるのだ。赤外線通信センサーのほうは、相手にポイントを譲渡する時に、例えば、親が子に与える小遣いなどに、使うものだ。
立案時は文化放棄を招き兼ねないことや専用機器の設置などの問題が挙がったり、銀行側の発行権利による利益を含んだ反対意見が主張されたり、新貨幣の価格基準をどの国の貨幣にするかについて長年の猛烈な議論が繰り返された。しかし、いちいち財布から貨幣を取り出す手間や関税にかける不便さが省けたり軽くて持ち運びやすかったり、また世界を一体化するような印象もあり、現在では一般化した技術になった。
ちなみに、使用していない約四割の人口というのは、南アジアやサハラ以南のアフリカなどの貧国に住む人達のことを指す。今に時代になっても貧富の問題は解決していない。
店員がイヤリングの値段をレジに入力して価格を画面に表示する。そして、商品に貼られていた細くて小さな黒いテープのような物を取り外した。これは、いわゆる万引き防止に使われる物だ。このテープのような物が超微弱で特殊な電波を発していて、これを付けたままの商品を持ちながら出入り口を出ようとすると、出入り口付近に設置されたセンサーが電波に反応してブザーを鳴らし、御用となる。懐に隠しても電波を押さえ込むことにはならないから、無駄な抵抗である。店員はイヤリングがバラバラにならないよう専用のケースに入れて、ソミアはパースカードを店員に渡して代金を払い、袋詰めは断ってパースカードと商品を渡され、商品を鞄の中に入れ、店を出た。