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選ばれた臆病者 2


 昨日のナンパ失敗からずっとこんな感じである。

 あれだけ勇気を振り絞ったのに結果は散々となり、私はかなりの間を呆けてしまっていたことをジャスミンたちから聞かされた。

 一夜を越えたが、罰ゲームから解放された安堵感と失敗に終わってしまった空虚感で、今日の授業は完全に馬耳東風だった。どうやらナンパの失敗は私にとって尾を引くものであったようだ。

 あのあとは、ジャスミン達にナンパの失敗を悟られ、落ち込みながらも約束通り図書館のカフェでお茶を飲んだ。だが忘却させるには力不足で、結局次の日までずるずると引きずってしまったのである。

 私は相変わらずのローテンションで顔を沈ませながら鞄に自分の荷物を入れ、帰り支度をして帰路に発とうとしていた。

 その時に、

「プラヒュリー」

 誰かに自分のファミリーネームを呼ばれた。

 面を上げて周りを見回すと後ろから、私のクラスにいる、お洒落の「お」の字もないような眼鏡を掛けた男子がいた。

「外国語担当のロス先生が呼んでたよ」

 彼は用件である伝言を私に伝えた。

「あっ、そうなの? なんだろ…?」

「なんだろうね。今日一日中ボーっとしていたようだから、そのことかもね」

 彼は口の両端を上げて笑顔を見せた。

 私は正直彼のことは好きではない。だが完全に嫌いというわけでもなく、クラスメートからの知り合いという程度に済ませていた。

 一方、彼は噂によると私のことを敵対視しているらしい。これはジャスミン達から聞いた根拠のない噂だが、間違いなく自分より成績が良くて順位が上のソミアのことを僻み妬んでいて、テスト返却日には特にその様子が窺えるという。

 今回だって、私が腑抜けていた様子を指摘してきたし、私を観察している可能性は高かった。

 初めてその話を聞いた時は畏怖感を覚えたが、「いーじゃないの。そんなのメッタメタのギッタンギッタンに返り討てばいいのよ」と言われ、非常に物騒な物言いだが少しだけ安心したのを覚えている。

 珍しく声を掛けてきたのは私の様子を窺うためか、それとも委員長の役目から生じた親切心か。それは本人以外には分からない。

「ちょっと、調子が上がらなくて…。教えてくれてありがとう」

「どういたしまして。躓いて転ばないように」

 そう上辺は親切に言って、彼は教室を出ていった。

 私は彼が見えなくなると思わず溜め息を一つ吐いた。

「度胸試しはどうだった? ソミー」

 と肩に手を置かれながら声を掛けられ、若干心臓が跳ねた。

 この声の主は、ジャスミンだ。

 振り返ると、ジャスミンは勿論、ローレンスとアナリアもいる。

「…三人とも、見てたの?」

「そりゃあもう、バッチリと」

 ローレンスが答える。

「あいつがソミーに声をかけるなんて珍しいね」

 アナリアが一部始終の感想を述べる。

「それは私も思ったよ。正直、ちょっとびっくりしたもん」

「だとすると、気になるわねぇ」

 ジャスミンが右手を顎に当てて、『考える人』のようなポーズを作った。その台詞に「何が?」と疑問符を付けたのは私だけだった。

「アイツ、ソミーにホれてるんじゃなくて?」

「えっっ!!」

 と驚いたのも、やっぱり私だけだった。

 三人は嘲笑うかのような表情で私を見る。

「少女漫画によくあるでしょ? “互いに嫌い合っていた二人が、やがて両想いになる”っていうの。前からあのヤローはソミーのことを気にしてるのよ? そこから恋愛感情が生まれたっておかしくないって。ソミーは頭いいし、顔も悪くないと思うし、悪い所といえば、運動音痴で運が悪いってとこくらいよ」

 ジャスミンは自分の憶測を一気に喋った。

 それを聞いていると、なんだか恥ずかしくなり、赤面してしまった。否定したいのに、恥ずかしさが声帯を邪魔して声が出せない。

「いやー、世間はわかんないねー」

「ほんと。これからは二人の行く先をしっかりと見届けなきゃねー」

 とローレンスとアナリアが追い打ちをかける。

 言われるほど恥ずかしくなってはくるが、実際のところ私は彼とはあまり関わりたくないと思っている。成績は優秀だし信用性もあることに否定はしないが、なにかと見られているような気がして安心できる人には思えなかった。そばにいたいとも思ったことがない。

 あんまり言うと彼に失礼だけれど、少なくともこれから恋愛感情が生まれることはありえないと思う。

 私は一心不乱の全力否定を実行しようとしたが、先にジャスミンが話を切り出した。

「さてと。その話はここまでにして。さっきの会話を聞いたら、ソミー今日は急な用事ありなんだってね」

「う、うん…。だから、今日は一緒に帰れないみたい」

「待っててもいいわよ?」

「ありがとう。でも、ロス先生じゃ、いつ頃帰れるか分からないから」

「そっかぁ。ならしかたないね」

「じゃあ、今日はここでバイバイだね」

「うん」

 そう言葉を交わして、「じゃーねー」と手を振って別れた。

 私は一緒に帰れないことを寂しく思いながら、職員室へ向かった。


     *


「もしもし、俺だ」

 幾多の店が建ち並び、数多の人が行き交う、いつもの商店街で、少年が通信機の向こうの相手に話し掛けた。

「何か動きは? ・・・・・・・・。分かった。無いなら良い。・・・・・・・・。こっちも特に不審な事は無い。・・・・・・・・・・・・。ああ、分かっている。その為に俺はこの街に居るのだから。必ず食い止める。・・・・・・・・・・・・。相変わらず、と言われても返答に困る。そんな簡単に人は変わらないだろう。・・・・・・・・・・・・・・・・。ああ、分かった。では、何かあったら連絡してくれ。・・・・・・・・。これでも頼りにしているつもりだ。ではまた」

 少年は通信機との会話を切り、雑踏に消えていった。



 今日、教師に呼び出されなければ…

 今日、商店街に行かなければ…

 街に、あの建物が無ければ…

 昨日、あの少年に遇わなければ…

 運命は、変わっていたのかもしれない。



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