第七話「強い奴ら」
ジャックのランプが、浸をいたぶり続ける。反撃しようにも、入れ代わり立ち代わりに前に出てくるジャネットに惑わされ、浸はうまく反撃出来ないでいた。
なりふり構ってはいられない。多少はジャネットを傷つけてでも、この場を切り抜けるべきだ。
そう判断してジャネットに掴みかかる浸だったが、それは素早く回避されてしまう。
「もしかしてあなた、ゴーストに戦わせるゴーストテイマーは生身では大したことないだなんて思っていませんこと?」
ジャネットは顎を下げ、右の拳で素早くパンチを放つ――――ボクシングの構えだ。
「かっ……!」
不意打ち気味に顔面を打たれた浸は、そのまま大きくのけぞる。だがそのまま倒れさせてはくれない。浸の身体に、ジャックのランプが打ち付けられた。
「浸さん!」
「ボクシングはセレブの嗜み……。もっとも、ダイエットついででしたけれど」
多少傷つけてでも、という考え自体が甘いのかも知れない。ジャネットは加減をしてどうにかなるような相手ではない。
それとは対象的に、ジャネットは浸に対して全く容赦がないのだ。勝敗は始まる前に、覚悟の時点で決している。
だが、生きた人間を傷つけるのは浸のポリシーに反する。浸はそう簡単に自分の生き方を曲げられない。鋼の女なのだ。
「くっ……!」
極刀鬼彩覇は霊体を切り裂く。恐らく鬼彩覇は肉体をすり抜けてジャネットの霊魂だけを切り裂くことが出来るだろう。だがそんなことをすれば間違いなくジャネットの霊魂は消滅する。肉体だけ残れば、それはただの死体だ。
せめてジャックだけでもどうにか出来れば話は変わってくるが、ジャックは強力な悪霊だ。
カレン砲でジャックを倒すことが出来れば、ジャネットとの一対一に持ち込める。だがカレンは今、精神的ショックでまともな判断が出来ない状態に見えた。
ジャネットにしてやられた悔しさでいっぱいになって、うずくまったまま涙している。和葉が何度も呼びかけているが、ほとんど反応していない。
「無駄ですわ! もうその女は使い物になりませんわよ!」
軽快なフットワークでヒットアンドアウェイを繰り返すジャネットと、宙を舞いながら浸を翻弄するジャックに、浸は成す術がない。
「トニー・ドーソンに二度と協力しないよう、各地の霊能者に圧力をかけて回ったんですのよ! あれは流石に骨が折れましたわねぇ」
「どうして……! どうしてそんなことを!」
「……目障りでしたのよ」
冷徹に言い放つジャネットの傍で、ジャックのランプが浸をなぶる。
「大して能力もない人間が出しゃばって……ゴーストバスターキャノンですって? 冗談じゃないわ! あんなものに、わたくし達の仕事を奪われてたまるものですか!」
ゴーストバスターキャノンが実用化されれば、霊と戦える霊能者のラインはグッと下がることになるだろう。そうなれば、ゴーストバスターは瞬く間に数を増やしていく。
だがジャネットも含めて、バッキンガム三姉妹は全員かなりの実力者だ。どれだけゴーストバスターが増えようと、強力な悪霊と戦うためには彼女達のような実力者が必要になる。
「ふ……そんなに怖いですか」
不意に、浸がそんなことを口にした。
「なんですって……? 怖い? わたくしが?」
「ええ。あなたは怖かったのでしょう。ドーソン父娘の発明が」
浸がそれを口にした瞬間、顔面にジャネットの拳が叩き込まれる。今まで以上に力のこめられたその拳からは、確かな憤りが感じられた。
「だからわざわざ潰すような真似をしたのでしょう! ですが何をしたって無駄ですよ……きっとカレン・ドーソンは、何度でも立ち上がります!」
浸の言葉に、カレンはハッとなる。
そうだ。こんなところで動揺している場合ではない。今カレンがなすべきことはそんなことではない。
証明するは今。父と自分の研究の成果を、自分で信じないでどうするというのか。
もう無理だ。かなわない。そう思い込んでいたカレンの心に、浸の言葉が僅かな火を灯した。
――――要は気合次第ってことね、カレン砲は。
カレンの脳裏に、自分自身の言葉が蘇る。
そう、要は気合なのだ。
闇雲に撃つカレン砲ではダメだ。
しっかりと気持ちを落ち着けて、渾身の力で放たなければならない。
「カレンさん!」
ゆっくりと、カレンは立ち上がる。そしてカレン砲をジャック目掛けて構えた。
「お願いパパ……力を貸して!」
引き金を引いた瞬間、隣で微笑む父の姿を見た気がした。
そしてカレン砲からは、今まで見たこともない程に輝く光線が放たれた。それはジャックの身体に直撃すると、瞬く間にジャックの霊魂を破壊していく。
「なんですって!?」
驚くジャネットに、浸が迫る。
慌ててジャネットはカウンターブローを放ったが、浸はそれを片手で受け止める。
地に足をしっかりとつけ、相手の正中線目掛けて真っ直ぐに放つ拳――――空手の構えだ。
「かはっ……!」
渾身の一撃を受けて吹き飛び、祭壇へと背中から激突するジャネットを見やりつつ、浸は両腕を引いて”押忍”の構えを取る。
「マーシャルアーツはゴーストハンターの嗜みです。もっとも、私が学んだのは基礎だけでしたがね」
そう言って不敵に笑い、浸はカレンの方を振り向く。
「ありがとうございます」
「お礼を言うのは私の方よ、浸!」
仇を討った……その達成感が、カレンに満面の笑みを浮かべさせた。
気がつくと、朝宮露子は四年一組の教室にいた。
「あれ……?」
ぐるりと辺りを見回すと、自分より背の高い女子小学生がぐるりと露子を囲んでいた。
「なに……これ……?」
「朝宮さん言ったよね。なんで金髪のままなの?」
露子の金髪は地毛だ。ハーフの露子は、生まれた時から顔立ちが少し西洋風で、髪の色も金髪なのだ。
だから小学生の時は……いや、今でも露子は学校で浮いている。
(うっさいわね! 地毛だっつってんでしょうが!)
そう、強気に言い返したつもりだったのに、言葉が出てこない。
「こ、これ……地毛で……」
「一番チビのくせに生意気なんですけど」
露子を取り囲むどの女子よりも、露子は小さい。
もう四年生だというのに、背格好は一年生や二年生と大差がない。
小さな手が、足が、震える。ああ、こんなに自分は小さかったのかと思い知る。
「ていうか朝宮さんってたまに変なとこジッと見てるよね。変なものでも見えてるんじゃない?」
「えぇ~キモくない?」
跳ね返せるハズの嘲笑が、何故か今は耐え難い。まるで心まで昔に戻ってしまったみたいだ。
怖くなって両手で耳を塞いでも意味はない。嘲笑する声がどこまでも聞こえてくる。止まない。
「やめて……やめて……」
怖くなって目を塞いでいたら、誰かに蹴られたような気がした。
這いずって逃げようとしたけど、取り囲まれているせいでどこからでも足が伸びてくる。
「いやああああ!」
耐え切れずに悲鳴を上げて、露子は女子達を突き飛ばして教室を飛び出す。
なんだか妙に薄暗い廊下を脇目も振らずに走り出すと、何か大きなものにぶつかった。
恐る恐る見上げると、そこにいたのは担任の教師だった。
「朝宮さん、みんなと仲良くしないとダメよ?」
まるで機械みたいな声だ。
聞きたくないのにまるで反響するみたいに鼓膜を揺らす。
また逃げ出そうとすると、教師は露子を追いかける。
そのままずっとずっと走っているのに、廊下が終わらない。非常口にたどり着けない。薄暗い、昼でも夜でもない廊下がずっと続いてく。
気がつくと、露子を追いかけているのは細長い真っ白な男だった。
「やだっ……やだぁ……!」
幼い子供のように泣きじゃくって、露子は男から逃げ続ける。終わらない廊下をひたすら走り続けた。
やがて足をもつれさせて転んで、床に思い切り顔をぶつけてしまう。
痛くて泣いていたら、露子の身体はそっと細長い男に抱え込まれた。
「放して! 放して!」
悲鳴を上げても、男は露子を放さない。そのまま歩いて連れて行く。どこだかわからない真っ暗な場所へ。
前にもこんなことがあったような気がする。
すごく怖くて、真っ暗な場所に落ちていくようで。
パパもママも家にいない。
二人共忙しかったから。
だから誰にも相談出来なくて、ずっと怖いだけで。
それで、どうしたんだっけ。
うまく思い出せなくて考えていると、遠くに夕焼け空が見えた。
「あ……」
そこには、空き地で悪霊と戦う一人の少女の姿があった。
後ろには銀髪の女の人がいて、その少女の戦いを見守っている。
霊感のある露子には、その少女がどの程度の霊力を持っているのかなんとなくわかる。露子にすら遠く及ばない、一般人に毛が生えた程度の霊力の少女だ。
やめとけば良いのにと、心から思った。
頑張ったって勝てっこない。怖いものは怖いんだと。
でもその少女は、決して諦めなかった。
泥だらけになりながらも、血を吐きながらも戦うその少女を見て、なんだか胸が熱くなるのを感じた。
「あたしも……負けてらんないなって……」
その少女があんなに頑張っているのに、自分はどうだろうと顧みた。
怖くて大きい人達から逃げ回って、自分の意思を主張さえしない。あの少女とは真逆だ。
勝てっこない相手に真っ向から挑んでいく折れない心、鋼の心。自分もそれが欲しいと思った。折れない、負けない、強い心が。
だからまず言い聞かせることにした。
きっと彼女も自分にいつも言い聞かせているのだろう。
「あたしは、強い……」
最初は難しかったけど、段々そんな気がしてきた。堂々と歩ける気がしてきた。辛い時は鋼の少女を思い出して。
怖かった霊とも戦うことにした。
そんな露子が、ゴーストハンターを志すのは時間の問題だった。
「あたしは……強い!」
気がつけば、その手には拳銃が握られていた。
スレンダーマンは、相手の心の弱さにつけこむ。
人の精神に入り込み、トラウマを想起させて蝕んでしまうのだ。
これは悪霊に対してもある程度有効で、スレンダーマンを見た悪霊は精神を蝕まれてしまう。
「あ……あ……」
完全に術中にハマり、うわ言をつぶやく露子を見てヴァレリーは微笑む。もう、朝宮露子は終わりだ。
「誰の心にも、弱さやトラウマはあるもの。あぁ……この瞬間が本当に心地良い……強い人間の破滅の瞬間が!」
恍惚とした表情で露子を見つめつつ、ヴァレリーは軽く身悶える。
ヴァレリーにとって、露子のように精神的に強い人間程、破壊される姿を見るのが心地良い。人が一生懸命に組み立てた積み木を崩してしまうような心地良さだった。
だがその快感は、一発の銃声でかき消された。
「……は?」
気がつけば、スレンダーマンは何発か銃で撃たれてよろけていた。
そしてスレンダーマンの目の前には、真っ直ぐに立って銃を構える朝宮露子の姿があった。
「ま、待って……あり得ないわ! あなた、完全にスレンダーマンの術中に……」
「あー……確かに危なかったわね。危うくぶっ壊れるところだったわよ!」
言いつつ、露子は銃をその場に放り、彼女の持つもう一つの銃を取り出す。
「どうして戻って来られるのよ!」
ヒステリックに叫ぶヴァレリーに、露子は不敵な笑みを見せる。
答えはとてもシンプルで、たった一つだ。
「それはね……あたしが最初から強いからよ! 弱みなんてあるもんか!」
例えただの強がりだったとしても。
強がり続けて極めれば、それは本物の強さにだってなり得る。それが露子の強さだ。
露子はいつだって、いつまでだって強がり続ける。
身体が小さくても、どんなにピンチでも。
あの鋼の少女のように。
「霊銃――――薤露蒿里っ!」
露子の持つ霊銃、薤露蒿里は特殊な霊具だ。
予めある程度霊力の込められた弾丸を撃つための銃で、形状はデザートイーグルに近い。そしてその弾丸は更に特殊だ。着弾と同時に破裂し、霊の内部で霊力を爆散させる。
その弾丸が今、スレンダーマンに着弾する。破裂した弾丸から露子の霊力が弾き出され、スレンダーマンの内部で滅茶苦茶に暴れ回る。
耐えられるハズもない。
スレンダーマンの霊魂は爆散し、その場でかき消えた。
「あっ……あ……!」
予想もしてなかった展開に驚き、ヴァレリーは困惑する。そしてその隙を、露子は見逃さない。
「こんっ……のぉ!」
ヴァレリーの頭を思い切り銃で殴りつけ、そのまま昏倒させる。倒れ伏すヴァレリーを見下ろして、露子は小さく息をついた。
「ったく……厭なこと思い出させてんじゃねーわよ」
これ以上ここに留まる必要はない。
すぐに露子は浸達の後を追った。




