第四話「嘘つきドーソン」
上院天幻。それはかつてこの地域を収めていた武将の名前だ。
彼の収めていたこの地は納税が厳しく、民はとても苦しんでいた。
しかしそんな中、部下の一人が天幻に謀反を起こす。
恨まれていた天幻は捕らえられ、目の前で家族を殺され、その上で首を落とされて死亡した。
そしてその後、天幻は悪霊となって蘇る。
その恨みの強さから、怨霊となった天幻は村中の人々を見境なく殺して回ったが、最終的には当時の霊能者によってある水晶玉に封じられた。
それは生前、天幻が家宝として大切にしていた宝物だった。
天幻を封じた水晶玉は村から少し離れた孤島に祀られたが、漏れ出す負の霊力が周囲の霊を引き寄せて悪霊化させてしまう。
「それで、ついた名前が悪霊島よ」
一通り伝承を語り終え、カレンは一息つく。
場所はバッキンガム三姉妹の部屋から変わり、浸達の部屋だ。一応浸達と三姉妹は各自で打ち合わせを行い、その後浸とジャネットが話し合って最終的な決断をする、という形になった。
ジャネットには必要ないと突っぱねられたが、カレンは浸と同行することになっている。
「その、天幻さんの封印が解けかけているんですか?」
「恐らくそうでしょう。元々呼び寄せていたみたいですが、最近になって目撃が相次いでいるということは以前より強くなっているということでしょうし」
元々孤島とその周囲だけで収まっていた悪霊が、近頃になって海岸にまで現れるようになっている。恐らく年月を経て、天幻の封印が緩んだせいで霊が更に集まりやすくなっているのだろう。
「出来ればまともに戦わずに再封印したいところね」
「ええ、朝宮露子の言う通りです。再封印して、被害を最小限に抑えるのがベストでしょう」
あの見るからに自信家なバッキンガム三姉妹が素直に協力を求めるくらいだ。恐らく想定よりも遥かに強大な悪霊なのだろう。
「……しかし、急に出てきて金を取られるのは癪だな……。なんなんだあいつらは」
わざとらしく深いため息をつく絆菜に、カレンはそうね、と頷く。
「あの三姉妹、こっちの界隈でも有名なのよ。金にがめつくて」
「……まあ、今回は一応感謝しておきましょう。もし天幻が復活した場合、人数が多い方が勝率は上がりますからね」
なるべく関わり合いになりたくない相手ではあったが、こうなった以上は仕方がない。
元々浸は事件が解決出来ればそれで良いというスタンスなので、安全に解決出来るのなら金を取られるくらいは些末な事だとさえ考えている。。
「朝宮露子への依頼料を減額するつもりはないのでそこは心配いりませんよ」
「いやそれはして良いわよ! アンタがもらう範囲内で良いってば!」
「……良い人達ね、あなた達って」
そんなやり取りをする浸達を見て、カレンは笑みをこぼす。
「カレン・ドーソン、一つ聞きたいのですが、あなたとジャネット・バッキンガムの間には一体何があったのですか?」
浸の問いに、カレンは一度言葉に詰まる。
それから少しだけ言い淀むような表情を見せたものの、やがて意を決したかのように口を開く。
「……少し長くなるけど良い?」
カレンに全員がうなずくと、カレンはゆっくりと話し始めた。
「私のパパ……トニー・ドーソンは昔少し有名だったの。ゴーストバスターキャノンを開発して、霊と戦っていくつもの事件を解決してた。だけど……」
カレンの表情に、僅かに影が差す。
「ある時パパは霊に負けて大怪我をしたわ。それも依頼者と一緒にね」
トニーのその事件は、アメリカの霊能者界隈で強く非難された。
霊能者は基本的に表舞台には立たないようにしているが、トニーは自分の発明で世界を変えようと考えていた。そのため、トニーはTVにも出ていたし、そのおかげでトニーの発明はアメリカでは一大ムーブメントと化していた。
しかしそれが災いし、トニーの発明は事件以降はインチキだとTVでも批判され、ドーソン家は嫌がらせを受けるようになったのだ。
「依頼者は一命を取り留めたわ。その時に霊を代わりに倒したのが……ジャネット・バッキンガム」
「……そうだったんですか……」
特にジャネットは、トニーの発明を強く批判した。
当時ジャネットは十代だったが既にゴーストテイマーとして頭角を現しており、界隈では強い発言力を持っていたのである。
「……悪いけど、そのトニーって人も普通に悪いわよ」
不意に、黙って聞いていた露子が口を挟む。
「発明を使ってたってことは、霊能者じゃなかったか、或いは力不足だったんでしょ? 自分の実力を理解しないまま依頼を安請け合いして返り討ちに遭ってちゃ非難されても仕方ないわよ」
露子の言い方は少し厳しかったが、正論であることに違いはない。
「……ええ、そうよ。だからパパはいつもは必ず強い霊能者のバックアップを受けていた。時には報酬金よりも高いお金をかけて依頼して」
「では、その霊能者ごと敗北したというのですか?」
浸の問いに、カレンは首を左右に振る。
「私にもわからないのだけど、どうしてかあの日パパは一人で依頼を受けていたのよ」
「……妙だな」
「妙よね。事件の後、パパはほとんど誰とも口を聞きたがらなかったから、結局理由は聞けずじまいだった。パパは事件の後、世間の声に耐えきれずに死を選んでしまったから……」
絆菜にそう答え、カレンは拳を握りしめる。
「理由はどうあれ、パパが間違っていたことは否定出来ない。だけど、発明がインチキだったわけじゃない。私は、パパの発明まで否定されるのが悔しいの!」
確かにトニーは大きな失敗をしてしまったし、依頼者に大怪我をさせてしまったのは大きな過ちだ。だがカレンにとっては尊敬する父親であることに変わりはない。
それにトニーの発明自体は決してインチキではないのだ。それまで否定されてしまうのが、カレンはどうしても嫌だった。
「パパは事件の後、世間の声に耐え切れずに死を選んでしまった……私はそれが悔しい。これじゃまるで、パパが負けたみたいじゃない」
だから、と付け足して、カレンはそのまま語を継ぐ。
「私は負けたくない。絶対に完成させて、パパがインチキじゃないって証明して見せる!」
「……そのためにもまずは、あの三姉妹を見返してやりましょう。あなたのカレン砲で」
「……ええ!」
決意を新たにして、浸とカレンは互いに微笑み合う。
悪霊島へ行けば、天幻が復活していようがいまいが悪霊との戦闘になるだろう。その戦いの中で、カレンの発明を活かせる機会はいくらでもある。
そう考えて、カレンは改めて気合を入れた。何が何でも、あの三姉妹にカレン砲の力を思い知らせてやるのだ。
「そういえばずっと気になってたんですけど……ゴーストテイマーってなんですか?」
タイミングを見計らいつつ、和葉はおずおずとそんなことをカレンに聞く。
「えーっと、その名の通りよ。ゴーストバスターは自分の力で戦うでしょ? ゴーストテイマーは霊を操って霊と戦うのよ」
「霊を操る……ですか?」
「ええ。専用の霊具に霊を封じ込めて手なづけて、必要な時にだけ封印を解いて使役するってわけ」
絆菜が海で見たカボチャ男は、ジャネットの使役する霊なのだろう。悪霊化していたが、絆菜に襲いかかることはなく、ジャネットの指示にだけ従っていた。
「かなり霊力を持った上でコントロール出来ていないと出来ない芸当よ。悔しいけど、あの三姉妹の才能はずば抜けてる」
「でしょーね。あいつら、霊力だけはやたらと高かったわ」
それは浸達も薄々感じていたことだ。
バッキンガム三姉妹から感じられる霊力は並ではない。大口を叩くだけのことはある、と言ったところだろうか。
「……でもそれって、人の霊魂を操ってるってこと……ですよね?」
恐る恐る問う和葉に、カレンはうなずく。
「ええ。あいつらは悪霊を操って、現世に縛り付けて利用している」
「……許されることなんでしょうか? それは」
和葉の語気には、強い憤りが込められていた。
霊感応が高く、誰より霊を理解出来るからこそ、ゴーストテイマーの行いは和葉にとって許せないことだ。祓えば解放されるハズの霊魂をわざと現世に縛り付けることは、霊能者としてあってはならないことだと言える。
「……正直そこも含めて好かんな」
「そうね……本来なら許されることではないと思う」
倫理的な問題と技術的な難易度の高さもあいまって、ゴーストテイマーは非常に数が少ない。界隈で表立って活躍しているのは、精々あの三姉妹くらいだろう。
「……やっぱムカつくわね」
「それに関しては同感ですが、ひとまず天幻をなんとかするまでは手を組むしかないでしょう。あちらに害意がない以上、こちらから突っかかるわけにもいきませんし」
浸としても出来れば三姉妹とは手を組みたくないのだが、万が一ということもある。彼女達の実力が本物であり、かつこちらに害意がない以上、申し出を断る理由はない。
「……話を戻します。出来れば悪霊島へは今夜の内に向かいたいので、今日は早めに休んで深夜に起床して悪霊島へ向かいましょう」
「それは良いけど、どうやって行くのよ?」
「田宮栄子からボートを借ります。運転は私に任せてください」
「……出来るんだ……」
思いも寄らない特技に少し驚く露子だったが、浸ならあり得ると妙な納得の仕方をしてしまう。
「ふふふ……一時期は沖に出て釣っていたこともありましたからね……」
「おい浸、それははやく教えてくれても良かったんじゃないか? 私も行きたいぞ」
「ええ、ではその内行きましょうか」
それからしばらく話し合い、作戦の決行は午前三時となった。夕食の後はなるべくはやく休み、ある程度休息を取ってから悪霊島へ向かう作戦だ。
そこで封印用の札を使って再び天幻を封印する。
バッキンガム三姉妹も、その作戦で納得してくれた。
少し早めの夕食を終えた午後六時過ぎ、寝付いた三人を残して浸は窓から海を眺めていた。
海を一望出来るこの部屋からは、僅かに悪霊島も見ることが出来る。
出来れば早めに休みたかったのだが、どうにもまだ寝付けそうにない。普段なら景色を肴に酒でも飲みたいところだったが、万が一に備えて飲酒は控えておくべきだろう。
そんなことを考えていると、部屋のドアが開く。中に入ってきたのはカレンだった。
「おや、カレン・ドーソンではないですか」
「あ、ごめんなさい。みんなもう休んでいたのね」
「ふふ、三人共海水浴の後でしたからね」
三人を起こさないようゆっくりと、カレンは浸の隣まで歩いてくる。
「ちょっと言い忘れてたことがあって、それを言いに来たの」
「なんでしょう」
「カレン砲の弾数と、霊視鏡についてと、あと今後の研究」
「ああ……そういえばそうでしたね……」
あの時勢いで問い詰めてしまった浸の質問を、カレンは全て覚えておいてくれたのだ。
「まずカレン砲。実はこれ、正確な弾数がわからないのよね。基本的に使用者の霊力を吸い上げて増幅させて撃ってるから、完全に使用者依存。弾数も威力もね。ここは改善点だわ。出来れば誰が使ってもちゃんと威力を発揮してくれないといけないし」
画期的な発明品には違いないが、まだまだ発展途上なのだろう。誰もが平等に扱えるようになってこそ、完成と言える。
「要は気合次第ってことね、カレン砲は」
「なるほど……。では霊視鏡の方は? どの程度見えるのですか?」
「アレは完全にサポートアイテムなのよ。元々少しだけ霊感があったり、黒いモヤみたいなものだけ見える人が使うとハッキリ霊視出来るようになるわ。だからまだ、霊視が出来ない人が見えるようになったりはしないわね」
そこまで説明してから一息つき、カレンはまた口を開く。
「で、今後の研究ね。正直なところ、そこまでは手が回ってないわ。霊触をサポートするグローブも案はあるけど、まずは霊視鏡とカレン砲を完成させないと」
カレンの話によると、霊視鏡もカレン砲も実用化に至ったのは今カレンが持っている二つだけらしいのだ。カレン砲自体は父の代で一つは完成していたが、量産するには至っておれず、父の使っていたものを改良して使用しているらしい。
「だから実はまだ、誇れる程のものじゃないの。全部発展途上って感じ」
そう言って、カレンは肩をすくめて自嘲気味に笑って見せる。
「いいえ、誇るべき発明ですよ。今の話を聞いているだけで、どれだけ真剣に取り組んでいるのかがわかります。何より、楽しそうでしたからね」
自分と父の発明について語るカレンの目は輝いていた。まるで夢を語るかのように。
実際、彼女にとっては夢なのだろう。
父の発明を完成させることが、きっとカレン・ドーソンの夢だった。
「……あなたとは、こんな景色を肴に一度飲んでみたいわね。飲める?」
「もちろん飲めますよ。そうですね……この件が解決したら、是非」
「約束よ」
きっと二人ならうまい酒が飲める。お互いにそう確信出来た。




