第三話「バッキンガム三姉妹」
場所は戻って金具巣資料館の資料室。浸とカレンは向かい合って座っていた。
「ゴーストバスターですか……。なるほど、海外ではそう呼ばれるのですね」
カレン・ドーソンは、自分のことをアメリカで戦うゴーストバスターだと紹介した。カレン砲はカレン自身が開発したもので、使い手の霊力を増幅させて光線として放つことで悪霊化した霊魂を祓うことの出来る装備なのだという。
「日本のゴーストバスターは……なんて言うの?」
「ゴーストハンターです。公的な霊能者は霊滅師と呼ばれています」
「レイメツシ……なんだか言いにくいわね。ゴーストハンターの方が良いわ」
「かも知れませんね」
そう言ってお互いに笑い、二人は話を本題に戻す。
「しかし驚きました。まさかカレン・ドーソンが霊能者だったとは……。会った時は霊力を感じませんでしたから、相当うまくコントロールしているのですね」
旅館で会った時も、ここで会った時もカレン・ドーソンから霊能者としての霊力は感じ取れなかった。だが浸の霊感応力は高くない。うまくコントロールして隠されれば、浸が気づけない可能性は十分にあった。
「いいえ、私には霊能力なんてほとんどないわよ」
「……はい?」
あっけらかんと答えるカレンに、浸は思わず首をかしげる。
「ついでに言うと、視力も良いわ」
言いつつ、カレンはメガネを外して見せる。
「これはパパが開発したゴーストヴィジュアライゼーション。霊力の少ない人でもしっかり霊視が出来るようになる眼鏡なの。日本語だと……霊視鏡って言うとかっこいいかしら?」
「な、なんと……」
「あのカレン砲も元はパパの開発したゴーストバスターキャノンよ。私は研究を引き継いで改良しただけ……あ、霊視鏡を完全に実用化したのは私の実績よ! パパのは開発途中でまだまだ不安定だったんだから!」
ややはしゃいだ様子で語るカレンだったが、浸は完全に面食らってしまってうまく言葉を返せない。
霊視鏡もカレン砲も、浸からすれば異次元のようなアイテムだ。
「……あ、ごめんなさい。ちょっと私はしゃぎすぎちゃったかしら。向こうだとインチキだって言われてて、あまり話を聞いてもらえないから……」
そう言って少しだけ表情を曇らせるカレンだったが、その両手は突如浸によって強く握りしめられる。
「へ……?」
「素晴らしい発明です! あなた達父娘のような方々を天才と呼ぶのではないでしょうか!」
なんと今度は、浸の方が興奮してカレンへ迫る。椅子から立ち上がり、身を乗り出してカレンへ顔を近づけていた。
「霊視鏡はどの程度まで霊視が出来るのですか!? カレン砲は一度に何発まで撃てるんでしょう!? 今後は霊触をサポートするグローブ等も開発したりしませんか!?」
「わ、わ、わっ……」
先程までとは完全に逆の状態になってしまい、カレンは面食らう。
「ど、どうしたのよ急に! う、嬉しいけど……」
「はっ……! すいません、つい……」
ようやく我に返った浸が椅子に座り直す。
「失礼いたしました」
「あ、はぁ……」
ひとまず落ち着いてはいるが、浸の興奮はまだまだ冷めない。
浸にとってカレン父娘の発明は、かつての自分が欲しかったものばかりだ。正直そんな発明品があるだなんて考えもしなかったが、もし知っていれば単身アメリカに渡ってでも手に入れようとしたかも知れない。
そしてそれは同時に、浸と同じ才能のない霊能者を救い得る発明だ。
もしカレン達の発明が実用化され、日本でも手に入るようになれば、浸のような思いをする霊能者はいなくなるのかも知れない。そう考えると、嬉しくて仕方がないのだ。
「私はあまり才能のない霊能者なんです。ですから、そう言った人達をサポート出来るアイテムと聞くと興奮を抑えきれず……」
「まさかそんなに喜んでもらえるとは思わなかったわ……。すごく嬉しいんだけど、ちょっと慣れないわ、こういう反応……初めてだし」
「意外ですね。もっと喜ばれるものだと思っていましたが……」
「厭な話だけど、他のゴーストバスターが嫌がるのよ。仕事が減るから」
「……なるほど」
誰もが浸のような志を持つわけではない。霊と戦うことを商売にしている以上、儲けを重視する霊能者はいくらでもいる。
「……それにパパは、こっちじゃ”嘘つきドーソン”だから」
「嘘つきドーソン?」
問い返す浸だったが、それを遮るように浸の携帯が鳴り響く。
「おっと、すいません」
「どうぞ、気にしないで」
電話の主は、和葉だった。彼女の話を聞き、浸は目の色を変える。
「……わかりました。今すぐ行きます」
和葉の電話を受け、浸はカレンと共にすぐに旅館へ戻った。
旅館のロビーでは、既に着替えた和葉達と、見知らぬ三人の女性が座って待っていた。
「あ、浸さん!」
「お待たせしました。そちらの方々は?」
浸が問うと、和葉が答えるよりも先に三人の内一人が立ち上がる。
「初めまして。三姉妹を代表して自己紹介させていただきますわ。わたくしの名はジャネット・バッキンガム。あなた方ゴーストバスター……失礼、ゴーストハンターでしたわね。その同業者ですわ」
ジャネットはうやうやしく一礼して見せた後、そばに座る次女と三女を紹介する。
「次女はヴァレリー、三女はダリアと申します」
それぞれ髪型や背格好は違うものの、顔立ちはよく似ていた。
「そうでしたか。私は雨宮浸です」
「ええ、カズハさん達から聞きましたわ。中々腕の立つゴーストハンターだとか……よろしくお願いしますわ」
そう言ってジャネットが手を差し出すと、浸はその手を丁寧に握る。
「赤羽絆菜があなたに助けられたそうですね。感謝します」
「気にすることはありませんわ。霊能者として当然のことをしたまでです」
赤羽絆菜が海水浴中に悪霊に襲われ、そこをジャネットが助けたという話は浸も既に聞いている。どうやら彼女もかなりの実力者らしい。
ジャネットは口では丁寧に対応しているが、言葉の端々からどこか勝ち誇ったような雰囲気が漂っている。やや鼻につくものの、絆菜が助けられたことに変わりはない。
浸が穏やかにやり取りをする一方で、カレンはジャネットを見てなんとも言えない表情を浮かべていた。
「……カレン・ドーソン?」
不思議に思って浸がカレンへ視線を向けると、その名前を聞いたジャネットがピクリと反応を示す。
「あらあら、誰かと思えば”嘘つきドーソン”の娘さんじゃありませんこと?」
ジャネットが嘲笑すると、続いてヴァレリー、ダリアもカレンを見てクスクスと笑みをこぼす。
今までのある程度気品のある振る舞いからは一変し、人を小馬鹿にしたような表情だ。どちらが本性かは、この活き活きとした姿を見る限り、あまり考える必要もないだろう。
「……パパは嘘つきじゃない」
「どうかしら? だったら何故、あの時トニーは失敗したのかしらねぇ。わたくしがいなければどうなっていたことやら」
「そ、それは……っ!」
カレンとジャネットの間には何か因縁があるようだったが、それを知っているのは当人達だけだ。
剣呑な空気は出来れば避けたかったが、どう割って入るべきか浸は決めあぐねていた。
そんな中、見るに見かねた和葉が慌てて両手を叩く。
「と、とりあえず部屋に行きませんか!? ここだと迷惑になりますし!」
「そうだな。しかし私達の部屋にこの人数は入らんだろう」
絆菜がそう言うと、ジャネットはすぐにカレンから絆菜へ視線を切り替える。
「……でしたら、わたくし達の部屋へどうぞ。大きめの部屋をとってありますので」
「あら、良いじゃない。お邪魔させてもらいましょうよ」
言いつつ、露子は立ち上がる。
「そうですね……。では、お言葉に甘えさせていただきましょうか」
「ああ、そうさせてもらおうか」
絆菜が立ち上がったところで、和葉はどうにか空気が落ち着いたことに安堵する。あのままだと、カレンとジャネットが喧嘩してしまいそうで不安だったのだ。
「では案内させていただきますわ。ヴァレリー、ダリア、行きますわよ」
そう言って部屋へと向かうジャネット達の後を、浸達もすぐに追いかけた。
バッキンガム三姉妹の部屋は、浸達の泊まっている部屋よりも広い部屋だった。
窓から見える景観も良く、広々としたスペースでゆっくりと海が眺められるだろう。人数分敷かれた座布団の上にそれぞれが座り、長テーブルを囲んで話し合うことになった。
和葉はすぐにテーブルの上のお菓子に目をやりかけたが、人の部屋のお菓子だ。図々しく手をつけるような真似はしたくない。
「お菓子、食べてくださいな。着いた時に三人で一つずついただいたのですけど、とてもおいしいお菓子でしたわ」
「ああいえ、お構いなく!」
当然、和葉も部屋に着いてすぐ食べている。
何だか恥ずかしくなって、和葉はすぐに遠慮して見せてしまった。
「……海岸では助けられたな。改めて礼を言わせてくれ」
「いえいえお気になさらず。それよりも本題に入りましょうか」
絆菜に対して穏やかに微笑んで見せた後、ジャネットはすぐに真剣な表情で話を切り出す。
「わたくし達が日本に来たのは、あるゴーストを倒すためですわ」
「……それは悪霊島の?」
浸が問うと、ジャネットは頷いて見せる。
「話が早くて助かるわ。もしかしてあなた方もそうなんですの?」
「ええ、我々も同じ理由です。田宮栄子から依頼を受けましたからね」
「私は依頼を受けたわけじゃないけど、おばあちゃんから話を聞いて心配になったから戻ってきたのよ」
浸に続いて、カレンがそう答える。
「ならいっそのこと手を組みましょうか。数は多いほうが有利ですわ」
「姉様!?」
そこで真っ先に反応を示したのは、三女であるダリアだ。
「私達だけでも十分では?」
「……それはどうかしらね」
不満そうなダリアだったが、ジャネットは眉をひそめる。
「テンゲンはかなり強力なゴーストですわ。いくらわたくし達と言えども簡単に祓えるとは思えませんわ。ねえヴァレリー」
ジャネットの言葉に、次女ヴァレリーは大きくうなずく。
「ですが、私達は依頼で来ているわけではありませんので……。協力する以上はいくらかいただくつもりです」
澄ました表情でヴァレリーがそう告げると、露子がムッとした表情でヴァレリーへ視線を向ける。
「は? 勝手に出てきて金までふんだくろうだなんてとんだ悪徳商売ね」
「働きにはそれなりの対価を要求する。プロとして当然のことよ」
「……ヴァレリー」
静かに、ジャネットがヴァレリーを諌める。すると、すぐにヴァレリーは咳払いして座り直すとそのまま大人しく黙り込んだ。
「ごめんなさいね。ですが、ただで、というわけにはいきませんわ。ほんの少しいただけないかしら?」
「ええ、その辺の話も後で詰めましょう。構いませんよ」
働きに見合った対価を要求することはプロとしては間違っていない。むしろ格安で受けがちな浸の方こそ、ゴーストハンター業界では少し良くない立ち位置にいる。
「それはそうと、テンゲン、というのは上院天幻のことですか?」
「ええ。確かそんな名前でしたわね」
「……天幻はそれ程強大なのですか」
「あまり認めたくありませんが、わたくし達だけでは勝てるかどうかわかりませんわ。だからこそ、少しでも人数が欲しい」
三姉妹の霊力は極めて高い。ジャネット一人だけでも、自分の数倍の霊力を持っていると浸は見積もっている。そんな三人が警戒する程の相手だ。一筋縄ではいかないのだろう。
「ですが」
そう言いつつ、ジャネットはカレンへ鋭い視線を向ける。
「あなたのようなインチキ霊能者はいりませんわ」
「なんですって!?」
「……霊能者ですらありませんでしたわね。ただのインチキさん」
「……っ!」
ジャネットの鼻持ちならない物言いに、拳を握りしめるカレンだったが、その脳裏に浸の言葉が蘇る。
――――あなた方父娘の発明は誇るべきものです。
今ここで怒ることよりも、もっと大事なことがある。
この誇るべき発明品の力を、実証してみせれば良いのだ。
今はカレンだけじゃない、浸が信じてくれている。少しだけ勇気が湧いてくる気がして、カレンはその場で啖呵を切ってみせることにした。
「だったら証明してあげるわ! 私とパパの発明が、インチキなんかじゃないって! パパは嘘つきじゃないって!」
力強く啖呵を切るカレンを、ジャネットは冷ややかな目で見ていた。




