第二話「夏、海、キャノン、カボチャ」
照りつける太陽が海面に反射する。
海水浴客がまばらにくつろぐ砂浜に、和葉、露子、絆菜の三人は訪れていた。
「……流石は和葉先輩だ。水着姿もかわいらしい」
「絆菜さんだってスタイル良くて綺麗ですよ!」
パレオのついた薄桃色のビキニ姿の和葉と、シンプルな白いビキニ姿の絆菜。やや色白でかわいらしい和葉と小麦色で健康的な美しさを持つ絆菜の組み合わせは他の客の目を引く。その上人形のように整った露子まで加われば、最早この砂浜は彼女達のものだ。
黒とフリルが譲れないタンキニ姿の露子は、日差しと視線にうんざりしたような顔でポニーテールをかきあげる。
「……浸と一緒に調べ物するべきだったわ……」
「まあそう言うな。おそろいのポニーテールで一緒に泳ごうじゃないか」
絆菜がそう言うと、ポニーテールがおそろいだということにようやく気づいた露子が慌てて髪を結び直し始める。
「あ、つゆちゃんもお団子にします? 泳ぎやすいですよ」
「しない! ていうか泳がないわよ!」
お団子頭の和葉にそう怒鳴りつけ、露子は手際良くツインテールにしてから腕を組む。
「まったく、浸に頼まれてなきゃこんなとこまで来なかったわよ」
「つまり浸さんに頼まれれば来てくれるんですね! つゆちゃんも浸さん大好きなんですね!」
「うっさいおとぼけ!」
もう露子の怒声に慣れ切った和葉はニコニコしたまま受け流していた。
「それよりどう? 何か感じるものはある?」
「えっと……そうですね。……あの向こうになんとなく……」
そう言って和葉が指差したのは、砂浜から数キロ離れた先にある孤島だ。
「……あれが悪霊島か。試しに泳いで行ってみるか?」
「準備も不十分な状態で行くのはまずいわよ。とりあえず浸と合流してから考えましょ」
この三人は砂浜調査ということになってはいるが、実質的なただの自由時間だ。浸の計らいには三人共何となく気づいている。
「さて、ではたっぷり調査するとするか」
雨宮浸はそういう女だ。出来れば一緒に楽しみたい気持ちは三人共あったが、そういうのは事が全て終わってからで十分だろう。
金具巣資料館の館内は冷房で完璧に冷やされている。外とは正反対の、ひんやりとした空気を全身に浴びながら浸は資料館の中を歩いていく。
展示物は様々で、特に目を引いたのはこの地をかつて収めていたとされる武将の鎧や刀剣の類だ。普段武器を扱う浸にとって、その手の資料は少し興味深い。
一通り展示物を見て回った後は資料室へと向かう。この地に伝わる悪霊島の伝承は、恐らく古書の中に詳しいものがあるだろう。栄子に聞いても良かったが、彼女の仕事の邪魔をするのも悪い。
(ふふふ……今頃三人は夏を満喫していることでしょう……)
砂浜で楽しそうに遊ぶ三人を思い浮かべ、浸は思わず口角を上げる。
ここ数日激戦が続き、空気が張り詰めたままだった三人に、なんとか息抜きをしてほしかったのだ。勿論事が終われば浸自身も楽しむつもりだが、浸が留守にしていた間事務所を守ってくれた三人にはここで一度息抜きをしてもらいたかった。
「さて、と」
誰もいない資料室の中を歩き、目的の資料を探して本棚を見ていく。まずは金具巣村の歴史から辿っていくことに決め、めぼしい資料を手に取っていった。
順番に辿っていくと、展示品の中にあった鎧や刀剣の持ち主である上院天幻という武士の事件に辿り着く。
しかしそのまましばらく読んでいると、不意に後ろから声をかけられた。
「ハロー、あなたは海より歴史がお好き?」
「あなたは……」
そこにいたのは、栄子の孫娘であるカレン・ドーソンだった。
彼女は浸の隣に座ると、浸が積んでいる本を見て微笑を浮かべる。
「見ようと思った資料が粗方抜けてるから、何事かと思ったわよ」
「おっと、そうでしたか。これは失礼しました」
「良いのよ気にしないで。それに、確認しにきただけだから」
カレンはそう言ってから、浸の読んでいるページに気づいて目を向けた。
「上院天幻、この地をかつて治めていた侍の名前ね」
「ええ、そのようですね。展示品の鎧や刀は立派なものでしたね」
「そうね。日本の武具は無骨さの中に独特の美しさがあって好きよ。勿論西洋のものも好きだけど」
どこか高揚したトーンから、カレンが本当に日本の武具を気に入っていることが伺える。
「そして上院天幻と言えば、悪霊島」
カレンのその言葉に、浸はピクリと反応を示す。
「カレン・ドーソン、あなたは悪霊島のことを――――」
しかし浸が言い終わるよりも先に、資料館の外から悲鳴が聞こえてきた。
「……今のは!」
慌てて浸が立ち上がると、それと同時にカレンも立ち上がっていた。二人はそのまま言葉をかわさず、同時に資料館を飛び出していく。
悲鳴の方向を頼りに走っていると、二人は資料館のそばにある墓地へ辿り着く。そこには怯える子供と困惑する家族。そして悪霊化しつつある霊の姿があった。
すぐに駆け出そうとする浸だったが、カレンはそれを制止する。
「OK、あなた見える人なのね。でも少し待って、ここは私の出番よ」
カレンはそう言って不敵に笑うと、バッグから銃と思しき謎の機器を取り出してみせた。
「……!?」
驚く浸を尻目に、カレンはソレを構えて悪霊へ向ける。
「喰らいなさい! カレン砲っ!」
カレン砲、と呼ばれたソレから謎の怪光線が放たれる。怪光線が霊へ直撃すると、霊は苦しみながらその場からかき消えていく。
「……祓った……のですか?」
「ええ。パパの作ったゴーストバスターキャノンの改良版、名付けてカレン砲よ」
カレンが何を言っているのか、浸にはよくわからなかったがとりあえず危機は脱したらしかった。
浸が資料館でカレンと出会っている頃、露子と絆菜はどちらがより早く泳げるかを競っていた。
一度露子と絆菜は砂浜からかなり離れた場所まで泳いでいき、そこから砂浜に辿り着くまでのスピードを競う勝負である。
露子と絆菜には体格差があるため、少し開始位置にハンデがあるのだがすぐに追いつく自信が絆菜にはあった。
一方露子にはあまり余裕はない。絆菜の身体能力の高さはわかりきっているため、ハンデを少しでも長くキープする必要がある。追いつかれれば終わりだ。
しかし勝負の最中、異変は突然起こる。
露子に追いつかんとして全速力でクロールを始めた絆菜だったが、突如その足を海底から掴む者があった。
「――――っ!?」
突然のことに驚くと同時に、海底から霊の気配を感じる。
引きずられるままに沈んでいくと、海底から腕を伸ばす水死体と目があった。
砂浜付近に霊の気配がないせいで油断していた。砂浜から離れるということは悪霊島へ近づくということだ。霊能力のない一般客ならまだしも、霊能者どころか半分霊化している絆菜が近づけば、霊が反応を示すのは至極当然のことだった。
(水中はまずいな……)
絆菜はほとんど不死身に近い再生能力を持っているが、酸素の供給が完全に絶たれた場合どうなるかはわからない。傷の再生は出来ても、窒息からの復活が出来る気はあまりしなかった。
足を掴む力は強かったが、絆菜は霊の顔面に蹴りを叩き込んで強引に引き剥がす。
(……よし、追ってきているな)
このままこの霊を放置しておくべきではないと判断した絆菜は、なるべく霊を誘い込みながら浮上していく。海面から上空へ叩き上げ、落下を狙って仕留めたい。
だが海面直前まで浮上したところで、絆菜は海上から別の霊の気配を感じて顔をしかめる。それも海底の霊よりも遥かに強力な霊だ。
(挟み撃ちか……上等だ!)
非常に危険な状態だったが、それで怯む絆菜ではない。呼吸さえ出来れば大抵のダメージから復帰出来る。
追ってくる霊を警戒しつつ、絆菜は海面に顔を出す。すると真っ先にランプを持った巨大なカボチャ頭の男が視界に入ってきた。
「何だ……こいつはっ……!?」
カボチャには顔が刻まれており、絆菜はすぐにそれがハロウィンで飾られるジャック・オ・ランタンと似ていることに気づく。
カボチャ男は宙に浮いていたが、絆菜を無視して海中へ飛び込むと、追いかけてきていた霊を引きずり上げる。
「カカカカカカッ」
カボチャ男はカボチャの皮で出来た歯と歯を何度も噛み合わせて、笑っているような音を立てる。すると、カボチャ男の持つランプ周りに青白い炎がいくつも現れた。
そしてその火は霊へ飛来し、その霊魂を焼き尽くす。
そんな霊同士の戦いから絆菜が目を離せないでいると、慌てて戻ってきた露子が絆菜のすぐそばまで辿り着く。
「無事!? 一体何が起こってんのよ!」
「私にもわからん。何だアレは」
やがて絆菜に襲いかかった霊は完全に祓われ、カボチャ男だけが残る。しかしカボチャ男は絆菜達には襲いかからず、そのまま砂浜の方へと飛び去って行く。
一般客にはカボチャ男は見えていない。黒いマントを羽織った空飛ぶ奇妙なカボチャ男を、誰も気に留める様子はなかった。
二人はとにかくカボチャ男を追うため、すぐに砂浜へと戻っていく。
「つゆちゃん! 絆菜さん!」
慌てて駆け寄ってきた和葉の隣には、見慣れない女が立っていた。
背の高い女は、見るからに日本人ではない。白いワンピースに白い鍔広帽という出で立ちで、女は縦にロールしたロングヘアを潮風に舞わせながら青い瞳で二人を見ている。
そしてその背後には、先程のカボチャ男が浮遊していた。
「間一髪でしたわね。日本のゴーストバスターさん方」
どこか勝ち誇ったような顔でそう言う女に、露子も絆菜もムッとした表情を見せる。しかし女はそれを気に留める様子もなく、口元に手をあてて笑って見せた。
「おいで、ジャック」
女は背後のカボチャ男にそう言いつつ、バッグの中から小さなランプを取り出す。すると、カボチャ男はランプの中に吸い込まれるようにして消えていく。
「……助けてもらった礼だけは言わせてもらおう」
「あら、良いんですのよ。気になさらないで。だってかわいそうだったんですもの」
女はクスクスと笑いながらそう言って、鍔広帽を少しだけ上げた。
「申し遅れましたわ。わたくしはジャネット。ゴーストテイマー、ジャネット・バッキンガムですわ」
ジャネットと名乗ったその女は、ワンピースの裾をつまみながらわざとらしいくらいゆっくりと一礼して見せた。




