外伝ルート 朱乃宮武術大会 照美10
息を吸う。
「ごほっ、ごほっ」
凪のおかげで肺はまだ機能している。
だけどやっぱり船渡先輩に受けた傷は小さくない。
私に残された時間は多くない。
だったら出し惜しみはなしだ!
地面を蹴る。
「はああああああっ!」
右の大振り。
船渡先輩なら容易く躱せるだろう。
ドスっ!
だけど船渡先輩は腕で防御した。
「ふん!」
「ぐっ!?」
船渡先輩のカウンター。
拳が私の胴に突き刺さる。
だがそれを無視して左手で船渡先輩の喉を狙う。
距離を取る船渡先輩。
全身が強固に覆われていても、大鎧は喉ががら空きだ。
それを分かっている船渡先輩もそこは警戒する。
だから逃がさない。
船渡先輩が退がるなら、私は追う!
踏み出して前へ!
「だあああああっ…………!」
またただの大振り。
容易に防がれる。
だとしても!
「く!」
船渡先輩の防御を打ち破るほどの一撃。
「ふふっ。あははは!」
船渡先輩が笑う。
左腕をぶらりと肩から垂れ下げながら。
「今のは効きましたよね?」
私は笑ってやる。
拳のじんじんとした痛みと共に、笑ってやる。
確実な手応えがあったからだ。
「ああ。ああ」
左腕を持ちあげる船渡先輩。
ぶるぶると震え、再び垂れ下がる。
「ああ。痛いな。とても痛いよ、矢沢」
痛い痛いと言いながらも船渡先輩から笑みが消えない。
それが恐ろしいんですよ、船渡先輩。
「すーふー」
船渡先輩の呼吸音。
「行くよ」
姿勢を落とした船渡先輩。
一気に距離が詰められる!
右足を引き、蹴りあげる!
胴丸は大鎧よりも遥かに動きやすい。
だから牽制の意味も込めて船渡先輩の顔を狙う!
「なっ!?」
左腕が動かないから、がら空きの左を狙った。
それを船渡先輩は防ぐこともせずに兜で受けた。
私の足が兜の吹き返しごと首にめり込む。
「ふはっ!」
眼前に迫る船渡先輩の笑み。
それは恐怖に値した。
兜の性能を信じてか、それともただの狂気か。
ただ分かったのはーー
やられる!?
右足はあげてしまった。
左足で後ろに逃げようとしても、感覚で右足が船渡先輩の兜と鎧の間に挟まっていることが分かった。
振り下ろされる拳。
私は腕を交差することしかできなかった。
バギンっ!
金属が砕ける音。
身体が吹き飛ばされる感覚。
薄く目を開けて見えたのはーー振りかぶった体勢から崩れ落ちる船渡先輩。
ドスン! と地面に叩きつけられる痛み。
「あ、あ、くっ」
遅れて腕に激痛が奔る。
強張る顔で見たのは、破れ、中の金属が砕け散って地面に零れ落ちたもの。
矢沢家特注の左籠手が船渡先輩の拳に負けたんだ。
だけど!
「っ、しょ」
私が負けたわけじゃない。
立ち上がる。
船渡先輩もちょうど立ち上がっていた。
「っう」
左腕が、動かない。
あはは。
お互いに左腕を封じられた。
もう出来ることは限られる。
「照ちゃん!」
背後の声に右腕を掲げて応える。
「まったく。頑丈だね、君は」
未だに笑みを崩さない船渡先輩。
「褒め言葉として受け取っておきますよ」
痛みに耐えながら、私も笑ってやる。
お互いに満身創痍。
これで決める!
「船渡せんぱあああああああああいっ!」
「矢沢ああああああああああああっ!」
お互いに右腕の大振り。
避けなどしない。
相手の拳を耐えた方が勝者だ!
ガツン! とした衝撃が私の世界を真っ白にした。




