外伝ルート 朱乃宮武術大会3
姉さんの叫びを聞き流して私は朱乃宮の屋敷を出る。
武術大会が執り行われる場所は朱乃宮神社の分社にあるためここからだと少し遠い。
歩いて行くのは遠いので馬車を手配しているのだが。
「此方様! こちらです! こちら!」
私を見つけてくれた朱乃宮の巫女が手を振ってくれる。
「遅くなってすまない」
「いえ。まだ間に合います。ささ。早く馬車へ」
馬車に乗せてもらい、いざ会場へ。
「私の装備は?」
「すでに運ばせております。此方様の大事な鎧ですから」
同席してくれている巫女が微笑む。
「今日は頑張ってくださいね。私も応援していますから」
「ああ、ありがとうございます」
正面から応援されると照れてしまう。
「ふふっ」
「……どうしましたか?」
「いえ。此方様もこうして見ると、年相応の女性なんだなって」
「そうですか?」
「ええ。私より年下なのに、朱乃宮のために尽力してくださった姿は格好良かったですよ? でもやっぱり、今みたいにわくわくとドキドキが溢れ出ている姿は可愛らしいです」
「あ、溢れ出てますか?」
「とってもです。武術大会が楽しみなんですよね?」
「……まあ、そうですね」
去年はただただ朱乃宮の人間の能力を測るため、そして力を示して姉さんに近付くためだった。
だけど今年は違う。
姉さんに、母さんに、そして相島たち後輩に見てもらいたくて頑張るのだ。
まあ、昨日まで武術大会のことは忘れていたが……。
「…………」
窓から外を見る。
朱乃宮の正月を楽しみにした人々が馬車の横を通り過ぎて行く。
クロハとの戦争、百足童子との戦争、そして朱乃宮の揉め事を終わらせたことで得られた景色。
「私は朱乃宮が嫌いでした」
朱乃宮の巫女がそばに居るが、私は口を開く。
「幼い頃に私を追い出した母を、私から姉さんを奪った朱乃宮を、私は嫌いでした。だけど今は、私の故郷はここだと自慢出来そうです」
「それは良かったです」
巫女に顔を向けると、私に優しく微笑んでくれていた。
「私も朱乃宮に仕えて十年以上になります。此方様が船渡家に送られた日も、朱乃宮に居ました」
「……あっ」
私はそこで気付いた。
幼い頃、私と姉さんの世話役として年上のお姉さんが居た。
確か七つぐらい離れていたと思う。
私と同じく歳をとっていたとしたら、二十代前半。
目の前の巫女と幼い頃のお姉さんの面影が一致していく。
「優香、か?」
巫女がーー優香が頷く。
「そ、そっか。綺麗になったな。あ、いや。お綺麗になられました」
「ふふっ。昔のようにタメ口で構いませんのに」
「それは、なんか変な気分なんです。というか、私はタメ口だったんですか?」
「はい。『優香、腹減った』。『優香、おんぶしろ』。『優香、遊べ』。此方様は昔から大物でした」
「あー。そうだったかもしれません」
幼い頃は姉さんに守羽や守羽の妹の薫は居たが、あとは大人ばかり。
朱乃宮 春陽の娘だった私は大人たちにとっては平伏すべき存在。
だから年が近く、一緒に遊んでくれる優香は貴重だった。
「今日は私が介添人としてお世話させていただきます」
「優香さんが?」
「優香で構いませんよ?」
「ううっ。では優香。どうして私の介添人に?」
武術大会は正月の儀礼でもあるが、興行のような一面もある。
色々とやることがあるため、介添人というサポーターが必要なのだが。
「昨日の時点で此方様が介添人を選んでいらっしゃらなかったので、私が立候補しちゃいました」
「ああ、なるほど」
介添人は事前に依頼しておくものだった。
だけど昨日、思い出した私はそんな手続きを踏んでいない。
現場でどうにかしようと思っていたので、正直助かった。
「じゃあよろしく頼む、優香」
「はい! お任せください、此方様!」
私たちは軽く握手を交わした。




