さくらルート39
「ふうー」
落ち着いた麻衣は隣の個室に行った。
俺も用を足し終わる。
個室を出ると先に出ていた麻衣が鏡の前で身支度を整えていた。
鏡に写った彼女の目は少し赤い。でも表情は何処かスッキリしている。
「ねえ、お姉ちゃん」
「ん、何?」
センサーに手をかざして流れた水で俺は手を洗う。
「私もキスマークつけて良い?」
「はあッ!? ぶほッ!」
思わず声をあげてしまった。
ついでに手の水が跳ねて顔にかかる。
「ちょっと何やってるの!?」
「麻衣が変なことを言うからでしょ!」
「だって……」
麻衣が顔を逸らす。
「私のお姉ちゃんが盗られたみたいで、やなんだもん。だってキスマークって独占するって意味でしょ?」
独占。
あー。
可愛い嫉妬か。
俺はハンカチで顔を拭くときに服の襟を捲る。
未だに首筋にはさくらちゃんにつけられたキスマークが残っている。
二、三日じゃ消えなかったみたいだ。
「へ?」
腕がぐいっと引っ張られる。
「まだ痕残ってる。最悪」
首筋のキスマークを見て嫌悪感を示す麻衣。
思った以上に麻衣の力が強い。
襟まで掴まれて顔を向かされる。
「ま、麻衣。怖いよ?」
目付きも変わった。
いつもの円らな瞳じゃなく剣呑なものになる。
「お姉ちゃんは私のお姉ちゃん。今までも、これからも」
麻衣の鼻が俺の喉に寄せられる。
自分の獲物を確認するかのように。
「お姉ちゃんの幸せを邪魔なんてしない。だけどお姉ちゃんを裏切ったアイツも、お姉ちゃんをいじめてた奴らも赦さない。絶対に……!」
「うッ!」
喉に鋭い痛み。
噛まれたと分かったのは数瞬遅れて。
反射的に麻衣を突き飛ばそうとしたが、麻衣の方が力が上だ。
何とか逃れるためにもがく俺。
だが麻衣が解放してくれるまで俺は為す術がなかった。
手で喉に触れる。
幸い血は出ていなかった。
だけどキスマークどころの騒ぎじゃない。
鏡に写ったのはくっきりと残る歯形。
俺は服の襟で隠す。ボタンも完全に閉めて歯形が見えないように。
「麻衣……どうして?」
「お姉ちゃんを守るためだよ。悪い虫がつかないように」
さも当たり前かのように微笑む麻衣。
その狂気染みた表情に背筋が凍る。
さくらちゃんだけに注目していたが、麻衣も相島 立花に深く関わっている。
そして目の前で姉が死にかけたのだ。
それが麻衣を追い詰めてる。
「大丈夫。安心して? お姉ちゃんを独り占めなんかしない。私がお姉ちゃんが幸せになるまで守ってあげるから」
「麻衣は、優しい子でしょ?」
「優しくないよ。お姉ちゃんが忘れているだけで私は良い子じゃない。だって私がーー」
そこで麻衣の言葉が止まる。
トイレに他の客が入ってきたからだ。
「行こっか」




