ヒロイン登場
一時間目が始まった。
先ほど担任の森が言った通りクラスメイト一人一人が簡単な自己紹介をしてくれる。
だが自己紹介をしてくれたところで覚えられるわけがない。
俺は人の顔と名前を覚えるのが大の苦手だ。
皆には悪いがゆっくりと覚えていこう。
「神崎 さくらです。このクラスの学級委員なので困ったら言ってください!」
と、思っていたが柔らかい、だがハッキリとした声音の少女に俺は目を奪われた。
というよりも信じられないものを見て唖然としてしまう。
「『さつかそ』のさくらちゃん」
俺からは自然と彼女の名前が出ていた。
「おッ。さすが委員長」
「相島さんに名前を覚えてもらえてるのは、神崎さんぐらいね」
「幼馴染みだしね」
記憶喪失の俺が彼女のことだけ覚えていたみたいになっているが、それは違う。
彼女は、神崎 さくらは俺がやっていたギャルゲー『桜咲く月夜の彼方の宇宙へ』ーー通称『さつかそ』のヒロインだからだ。
そういえば黒や茶髪のクラスメイトたちの中で彼女だけ桃色の髪で現実ではあり得ないほど長い。
腰まで伸びる桃色の髪なのにクラスメイトたちは気にも留めていない。
二次元あるあるである。
つまり俺は『さつかそ』の世界に来てしまったのか?
「相島さん、私のこと覚えてるかな?」
「え?」
さくらちゃん本人から訊かれてしまった。
「え~と。ごめんなさい。名前以外は覚えてない」
「……そう、か」
しまった。
初っぱなからヒロインを落ち込ませてしまった。
これ、好感度とか設定されてたらマイナスポイントでバッドエンドに向かっちまうな。
…………?
でも、何処か安心しているのは何故だろうか?
「神崎、悪いが後で相島に色々教えてやってくれ。お前なら相島も安心するだろう」
「分かりました!」
森先生にさくらちゃんは元気良く答える。
その後も自己紹介が続いたが全く頭に入らなかった。
目の前に何度も挑戦して攻略したギャルゲーのヒロインが居るのだ。
オタクとしては夢のような時間。
現実では年齢イコール彼女居ない歴の俺だったがさくらちゃんと居るときだけ彼氏になれたのだ。
そのときの俺は歴としたリア充だった。
……今、誰か退いただろう。
別に良いさ。
他人にどう思われようが、さくらちゃんが隣で微笑んでくれるなら。
そうか!
理由不明でこの世界に来た俺だが、神様がきっと日頃の行いの良い俺のために超絶美少女のさくらちゃんとのハッピーエンドを用意してくれたんだ!
サンキューゴット!
俺はさくらちゃんの幼馴染みらしいし、すぐに仲良くなって恋人になって、その後はーー
「ん? 今の俺じゃダメじゃね?」
心は俺だが身体は女子校生である。
別に百合百合しても良いが、ここはギャルゲーの世界である。
つまり、さくらちゃんの心を射止めるのは俺以外の男子なわけで……
「ぬおおおおおおん!」
「どうした、相島!? 頭が痛いのか!?」
「へ?」
どうやら俺は恥ずかしいほど絶叫したらしい。
森先生だけではなくクラスメイトたちまで目を丸くして俺に注目していた。
「い、いえ。何でもないです」
オホホホ、と俺はわざとらしく笑って場を流す。
「調子が悪かったら言えよな」
安心したのか、森先生は胸を撫で下ろす。
「自己紹介も終わったし、授業始めるぞ~。前の奴らプリントを後ろに回せ~」
いつの間にかに自己紹介は終わっていたようだ。
やべー。
さくらちゃん以外の聞いてなかった。




