彼方ルート142
俺は守羽さんの腕から逃れる。
「守羽さん! 今、お医者さんたちが駆け込んでましたけど、薫さんは!?」
「ど、どうしたのよ。少し落ち着いて」
詰め寄る俺は肩を押される。
「薫はなんともないわよ」
「で、でもお医者さんたちが!」
「ああ、大丈夫よ」
守羽さんがおかしそうに俺に微笑む。
「薫が起きたから連絡しただけ。目覚めてからは医者の出番だからね」
「え? じゃ、じゃあ」
ポンポンと俺は両肩を優しく叩かれる。
「薫はなんともないわ。でもね、一年間も目を覚さなかったから酷く衰弱してる。だから医者に健康状態を見てもらうだけ。分かった?」
「は、はい。なんだ〜」
俺は脱力して床に座り込む。
良かった〜。
救える命を取りこぼさずに済んだんだ。
「本当にありがとう」
守羽さんもしゃがみ込んで俺と視線を合わせる。
「全部、相島のおかげよ。朱乃宮と妖怪の戦が終わったのも、彼方様の結婚のことに、私たち姉妹のことまで」
守羽さんが俺に両手を伸ばし、抱き締めてくれる。
「本当にありがとう。何度言っても足りないわ」
「良かったです」
俺も彼女の抱擁に身を委ねる。
これで本当の本当に救えたんだ。
俺は皆を救えたんだ。
「あ、あの」
背後からの声。
守羽さんが顔をあげる。
「あなたは……」
「西織です。朱乃宮家に仕えていました」
入院着の少女は西織さんという名前だった。
そういえば俺は彼女の名前を知らなかったんだな。
「ええ、知っているわ。守衛の一人として一緒に戦ってくれていたでしょ? それにーー」
守羽さんはそこで首を振る。
「いえ、今は止めましょう。あれは咎められることじゃないしね」
「で、ですが」
西織さんの固く震えた声。
「私は紫織様たちに刃を向けました。気が動転していたとはいえ、決して許されることじゃないと」
「なら、私が許すわよ」
守羽さんが深く溜め息を吐いて答える。
「死にかけたんですもの。ああなることは仕方ないのよ」
「ですがーー」
「はいはい。おしまいおしまい」
俺を腕に抱きながら守羽さんは器用に掌を打つ。
「もう戦争は終わったの。なのにいつまでも引っ張ってどうするのよ。今は自分が生きてることを喜びなさい。良いわね?」
「わ、分かりました」
呆ける西織さん。
守羽さんは彼女に満足げに笑う。
「あなたの多大なる献身に守羽家次期当主、守羽 紫織は称賛を与えましょう。だから安心しなさい。もう命を賭して戦う必要はないわ。あとのことは、私たちに任せなさい」
「〜〜〜〜はいッ! はい、ありがとうございます」
そこで西織さんの頬に涙が伝った。




