学校へ
「お、お姉ちゃん。本当に大丈夫? 教室までついていこうか?」
「大丈夫だから。麻衣は自分の教室に行ってこい」
「でも……」
現在位置は学校の昇降口。
不安げな煉瓦色ポニテの美少女ーー名前は麻衣で本当に俺(今俺がなっている美少女)の妹だったらしい。
彼女に付き添われて俺は登校している。
結局は病院へ行って一日中検査を受けて診断は心因性の記憶喪失だと言われた。
なんてヤブ医者だろうか。
こっちは知らない世界に来て性別まで変わったというのに。
「二年一組の教室だろ? もう覚えたよ。俺、じゃなかった。私が記憶喪失だってことは学校にも話がいってるんだから心配するな」
俺は麻衣の頭を優しく撫でてやる。
艶があり、パサつくことなく少ししっとりとしている麻衣の髪は温かく、元の世界で飼っていた犬の毛並みのようで、いつまでも撫でていたくなる。
本当なら親しくもない女子高生の頭を撫でるなど警察を呼ばれるのではないかとヒヤヒヤものだが、今は血の繋がった姉妹である。
堪能しても問題はないだろう。
言っておくが、やましい気持ちなど一切なく、これはセクハラでもない。
姉妹に大切なスキンシップである。
「お、お姉ちゃん……皆が見てる」
頬を赤く染めた麻衣の言葉に俺は周りを見ると、確かに登校してくる生徒たちに遠巻きから微笑まれている。
「悪い。嫌だったか?」
「え? あ、ううん!? ちょっと恥ずかしかっただけで! 家でなら全然……」
最後の方は口ごもって聞こえなかったが嫌われたわけじゃなければ何よりだ。
「じゃあまた後でね。今日は部活休んで迎えにいくから。先に帰っちゃダメだよ?」
「分かった。じゃ、放課後で」
俺は麻衣と別れると、この身体の美少女ーー相島 立花の教室である二年一組へと向かう。
「え~と。二階へ上がって右奥の教室だよな」
麻衣に言われた道順を思い出して目的地に着く。
「おはようございまーす」
教室の前側のスライド扉を開く。
まだ少し早い時間なのか数名の女子生徒だけが駄弁ったりしていた。
その瞳が一斉に俺を向いた。
とても驚いた瞳で。
「どうしたの?」
俺が首を傾げると女子生徒たちは戸惑った表情で互いを見合う。
「な、何でもないよ!? お、おはよう。元気、相島さん?」
「ああ。大丈夫、よ」
慣れない女性言葉で返しながら自分の席にーー
「ごめん。私の席どこ?」
「え? えッ!?」
一人の女子生徒に聴くと驚愕される。
当たり前だろう。
二年生になって一ヶ月以上も経つのに自分の席を知らないなんておかしいことだ。
まあ、俺は元々知らないが。
「窓際の一番後ろの席だよ」
驚きながらも親切に教えてくれる女子生徒。
俺は短く礼を述べると自分の席に着く。
ヒソヒソと女子生徒たちは何かを話していたが俺は気にせずにリュックから一冊の本とペットボトルを取り出す。
「うん。やっぱり朝はミルクティーとラノベだな」
俺が本当に高校生のときは朝早く来て自販機で買ったミルクティーを飲みながらラノベを読むという優雅な日々を過ごしていた。
働き出してからは忙しくて出来なくなっていたが、せっかく高校生に戻ったのだからエンジョイしなければ。
ん? 元の世界に戻る方法を探さないのかって?
まあ、少しゆっくりしてから考えるとするよ。
だって働きたくないし。
青春したいし。
二十年間DTだし……
今は過去を忘れよう。
泣きそうになってくるから。
俺はラノベの世界へと没頭することにした。