立花ルート24
二階へ上がり、そのまま屋上へ。
扉はすでに開け放たれていて、冷たい空気が私を出迎える。
身体が一気に冷える。
ブランケットを持って来て良かった。
「……ん?」
何かが聞こえる。
これは……歌?
子守唄が聞こえる。
夜闇の中で立っている影が歌っているようだった。
「咲良、ちゃん?」
恐る恐る近付く。
闇に慣れた目が咲良ちゃんを捉える。
咲良ちゃんは屋上に設置されたベンチで子守唄を歌っていた。
「何しに来たんだ?」
「うひゃあ!?」
唐突にかけられた声に飛びあがる。
そして口を塞がれる。
「うるさい。大声をあげるな、馬鹿」
暗闇の中、声の正体が相島さんだと分かると、私は胸を撫で下ろす。
「どうして屋上に来たんだ。風呂に入ったんじゃ?」
「それはーー」
「やっぱり来ちゃうよね」
瀬名さんも私の隣に立っていた。
「羽澄さんってお人好しそうだもん。何かあったら首を突っ込むと思ってた」
「ううっ。だって瀬名さんが意味深な言い方するから」
「ふふっ。ごめんね。っ」
瀬名さんが身体を抱える。
私はブランケットを瀬名さんの肩にかける。
「……羽澄さんってモテるでしょ?」
「え、急に何ですか?」
「何でもなーい。じゃあ私はもう寝るね。羽澄さん、着替えは脱衣所に置いておくから。おやすみなさい」
「あ、はい。おやすみなさい」
瀬名さんが居なくなってしまうと、屋上には咲良ちゃんの子守唄だけになる。
「…………」
相島さんとだとメッチャ気不味い。
それになんか不機嫌そうだし。
私も戻ろうかな。
寒いからお風呂入りたいし。
「…………咲良ちゃんの声、綺麗ですね」
歌っている歌は子守唄だけど、それでも咲良ちゃんの歌唱力が凄いのが分かる。
歌手にでも慣れそうだ。
「咲良は地下アイドルっていうやつだったらしい。だから上手いんだろ」
「へえ〜」
アイドルか。
確かに咲良ちゃんがマイクを片手にピンクのひらひらドレスを着たら様になるな。
「ん?」
目が闇に完全に慣れると、咲良ちゃんが何かを胸に抱っこしてるのが分かった。
何だろう、あれ?
「お前はもう戻れ」
「え、でも。いっ!?」
いきなり脛を蹴られたんですけど!?
「お人好しなのは結構。だけどな、知らないからって他人のことにズカズカ踏み込んでくるのはイラつく。いいから風呂に入って来い」
「蹴ることはないでしょうに」
流石の私も少しムッとした。
だけど相島さんは私を無視して咲良ちゃんの元へ。
そして黙って座る。
なんなんだ、あの人。
相島さんに従うのは癪だったので、私も咲良ちゃんの隣に座る。
相島さんに睨まれたので顔を逸らす。
舌打ちが聞こえたけど無視無視。
「…………」
咲良ちゃんの歌声が終わる。
「…………」
咲良ちゃんの方を見ると、咲良ちゃんも私を見ていた。
「咲良ちゃん?」
ボーッと私を見る咲良ちゃん。
瞳は虚ろで、生気を感じられない。
「呼びかけるな。咲良がパニックを起こす」
「えっ?」
困惑。
咲良ちゃんの様子が明らかにおかしい。
呼びかけるなってどういうこと?
「今の咲良は半覚醒状態。いわゆる夢遊病だ。刺激を与えるな。咲良を傷つけたくないならな」
「意味分からないんですけど……っ!?」
咲良ちゃんが抱きしめている物と“目が合った”。
赤ちゃん。
いや、小さい女の子がおままごとで遊ぶような赤ちゃんのお人形だった。
「咲良は数日に一回、その人形のために子守唄を歌う。自分の赤ん坊をあやすためにな」
水蒸気タバコを吸う相島さん。
相島さんの言っていることが頭に入って来ない。
「あっ」
咲良ちゃんが立ち上がって歩いて行ってしまう。
「私は咲良を寝かせる。いい加減風呂に入って来い」
「待ってください! 聞きたいことがーー」
「他人の」
相島さんの冷たい瞳が私を射抜く。
「他人の人生に責任が負えないなら二度と関わるな。お前とこの子は赤の他人なんだからな」
そしてまた私だけ置いていかれる。
「…………」
『羽澄様、このままだと風邪をひいちゃいます。お風呂に行きましょう』
「……うん」
私は守護者に、そう答えることしか出来なかった。




