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京都四神事件巡り  作者: 雪仲 響


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9/9

四神五社巡り

 あれから半月、月が変わって梅雨に入る前に五社巡りを終わらせておこうと、今回はちゃんと二日間の有給とサイクル休日の三日を掛けて、ゆっくりと回ろうと思い京都にやって来た。

 次の日に会社に行くと、遊びだろ、やる気がない等と嫌味な口撃をされたが、あの日の京都に起こった出来事は平安京と云われた場所とその周辺だけで、山を越えた山科などは全くの平穏だったので、何が起こったかを説明をしても与太話で信じて貰えないだろうと、甘んじて上司の言葉を受け止めていたのである。

 あれから今日の為に真面目にいつもより残業も増やして、仕事に力を入れて二日の有給を獲得したのだ。

 最後の一日は私用で使うつもりだが……。

 気温も徐々に上がり始め、ちらほらと半袖を着ている人も見受けられる松尾大社の石畳を歩きながら、俺は手にワンカップの酒を握りしめていた。

 勿論俺が飲む訳じゃ無く白虎の為に買ってきたのだ。

 安物と怒鳴られるだろうと思ってはいるが、こちらには言い返せるだけの言葉は考えてはある。

 四神スタンプを押して貰ってから、白虎を探すと相変わらずの場所にいた。

 白虎は神輿庫の上で尻尾を揺らしながら眠っており、静かにしていると野良猫が屋根の上で昼寝をしているようにしか見えないなと思いながら、

「おおい白虎様、酒を持ってきたぞ」

 人が聞いていない事は確認済みだ、少しばかり大声を出しても問題ない。

「酒、いらないのか」

 白虎の反応はあからさまで、ゆらゆらしていた尻尾がぴくりと動きを止めて真っ直ぐ伸びた。

「起きたか」

 屋根から飛び降りてきた白虎が大きな欠伸をしてから俺を見た。

(なんじゃ小僧、酒は何処じゃ)

「ほら」

 手に乗せた小さな酒瓶を見て白虎の形相が変わった。

(なんじゃこれはぁ! こんな小さな酒で儂を起こしたのか)

 白虎が喉元からうなり声を出して威嚇してきた。

「まぁまぁ、前に青龍が言ってただろう飲み過ぎて守護を疎かにするなって、黄龍様も京を守るのが使命だって云ってるんだし、大きな酒じゃ酔っ払うと思ってね」

(ぐるる……貴様、黄龍様の名を出すとは汚いぞ)

 今にも襲ってきそうに大口を開けて吠えてくると、

「あとで平安神宮に行くつもりだから、悪さしたら言いつけるからな」

(ぬうう、やはり人の子は信用ならんわ)

 ふんっと顔を背けて地面に座った白虎に、

「まぁこれでも飲んで機嫌を直してくれよ白虎様」

 そっと酒を地面に置くと白虎は文句を言いながらも、ぺろぺろと舐めて喉を鳴らしていた。

(それで何しに来たんじゃ、酒を持ってきただけか、ならさっさと帰らんか)

 白虎はまんざらでもなさそうに酒を舐めながら聞いてくる。、なんだかんだと言いながら酒なら何でも好きなようだ。

「いやいや、五社巡りでここのスタンプを貰いに来たんだ、ついでに白虎様のご尊顔を伺いにね」

 俺は押してもらった五社巡りの色紙を見せたが、

(ふんっ)

 白虎はさも興味なさそうにそっぽを向いた。

「白虎様に何事も無くて良かった、元気そうだし来て良かったよ」

(青龍の所には行ったのか)

 唐突に白虎が聞いてくる。

「全部回ってから行こうかと思ってる」

 と俺が答えると、

(あやつも暫くは八坂で静かにしとるからのぅ、行ってやると良い)

「へぇ……なんだかん言ってても仲良いんだな」

 仲が悪そうにしていたのに思ったより心配しているんだなと言うと、白虎の顔が赤くなって怒り出した。

(たわけが……誰が青龍の事など心配しておるか、さっさと行かぬと喰ろうてしまうぞ)

 大きく吠えて威嚇してきたので俺は退散する事に決めた、これ以上いると本当に怒られそうだったので、

「じゃあ白虎様、お元気で」

 そう言って松尾大社を出ると、次は上賀茂神社に向かう。

 上賀茂神社は通称で、本当は賀茂別雷神社かもわけいかづちじんじゃという京都で最も古い神社の一つだ。

「これでやっと三つか」

 今日は上賀茂神社を回ったら一度帰るつもりだった。

 タクシーで取りあえず四条烏丸まで行って、そこから地下鉄で北大路に向かう。

 北大路ターミナルからバスで上賀茂御薗橋みそのばしまで乗り込み、御薗橋を降りたら眼前の橋を渡った所に神社の鳥居が見えてくるはずであり、ターミナルから所要時間三十分もあればお釣りがくるぐらいだ。

「松尾さんからだと結構な距離だな」

 朝早く出たつもりだったが、上賀茂神社に来た時はもう昼過ぎだった。

「ここに来るのは初めてだな」

 一ノ鳥居から長い表参道を歩き神馬舎にいた白馬の写真を撮り、二ノ鳥居を潜っていくと細殿の前に立砂が二つ置かれている。

 上賀茂神社と言えば立砂なのだが、今となっては俺の興味は玄武だった。

 スタンプを貰うと奥の本殿まで見て回りながら玄武を探したが見つからず、

「あれ居ないのかな……あっそうか」

 一樹君の事を思い出した。

「船岡山で一樹君と会ってるのかもな」

 つい先日一樹君から電話があり、あの日から毎日船岡山で玄武とお話をしていると連絡があったのだ、多分今日も天気が良いから会ってるのだろうと思い、仕方ないので玄武に会わずに上賀茂神社を後にした。

(今日はこれで終わりっと)

 乗り換えの連続で遠い自宅に帰り一日を終える。

 翌日も朝から家を出て、平安神宮に行って最後のスタンプを押して貰い五社巡りが完成した。

「やっと終わったぁ」

 約半年掛けて京都を回る四神五社巡りは、スタンプを押して貰うだけの単純な物では無かったなと改めて思った。

 普通なら一日、二日あれば終わる所が、この一つ一つのスタンプには色々と思い入れが出来てしまった、他の人とは違う五社巡りの色紙の価値は俺にしか分からないものになっていた。

 平安神宮も大極殿や神苑などは見て回ったたものの、さすがに黄龍様には会おうとは思わなかった。

 あの貫禄ある姿は白虎や青竜達とは違う凄みがある、もし出会ったとしても何をどう話して良いのか分からなかったし、少し怖かった。

 そそくさと平安神宮を出て、やっぱり最後は八坂神社に向かう。

「んん……いい天気だ、この天気もあと少しか」

 天気には恵まれて暑くもなく寒くもない、絶好の散策日和だった。

 約束の十時に八坂神社前に着くと、階段の上から降りてくる人がいた。

「おはよう御座います」

「おはようって時間でも無いけどね」

 彩夏が笑って肩を叩いてきた。

 あの夜、彩夏を送っていく時に彼女が俺に言った事。

「分かった事を聞きたいですか?」

 この内容は俺に好意を持ってくれたという事だった。

 俺の何処が良かったのか聞いてみると、率直で子供に優しく接していた所や物事を自分本位でなく客観的に見る事が出来る所など、人として信用出来ると思ったらしい。

 俺はそれを意識はしていなかったから、そんなもんなんだ位にしか思わなかったが、それが彼女には惹き付けられたそうだ。

 かくいう俺も初めて会った時から可愛い子だなとは思ってはいたが、まさか彼女から告白されるとは思ってもみなかった。

 それからは何度か電話で話をする内に、今日一緒に青龍に会おうと八坂神社で待ち合わせていたのである。

「五社巡りは終わったよ、ほら」

 彩夏に出来たてほやほやの色紙を見せてあげた。

「へぇ綺麗に押してあるんですね」

「それとこれ、あげるよ」

 開運厄除け桃守を渡した。

 ピンクの桃というよりすもものような赤み掛かった桃のお守りだ。

「お守りじゃなくてお桃守なんですね、有り難う」

 彩夏が御守りを手提げ鞄に付けるのを見て、二人で八坂神社の西楼門を潜り本殿まで歩いて行く、平日でも人の多さはやはりと行った所か、お年寄りが多いが中には若いカップルもいて賑やかだ。

 本殿前の舞殿で踊っている人……一匹が、誰にも見向きもされていないのに本人は気持ち良く優雅に舞っていた。

 舞殿の前で、俺は彩夏に指輪を咥えてみてと言ってみた。

「……青龍ですね」

 俺達が目の前で見ているのを知ってか知らずか、舞いが終わるまでこちらに見向きもせず踊り続けた。

 優雅に袖を振り、扇子を広げながら踊っているのをじっと二人で眺める。

「ちゃんと踊れたんだな」

 舞いを終えた青龍が澄ました顔をこちらに向け口角を上げて笑うと、

(どうじゃ妾の舞いは?)

 扇子で口元を隠しながら聞いてくる。

「ああ、良かったよ」

「すごく綺麗でした」

(何じゃ、もう少し気に利いた事は言えんのかえ、そんな事ではそこの小娘に逃げられてしまうぞ、ほほほっ)

 俺はどきりと顔を赤らめた。

「なんで知ってるんだよ」

(お前達が楼門の前で睦まじくしとるのを見とったからのぅ、もしやと思っとったが……良かったではないかえ、これもあのお守りの所為かのぅ)

「何です? お守りって」

 彩夏が何の事だろうと俺に聞いてくると、

「いや……何でも無いよ、ははっ……そ、それより黄龍様からの処罰はなんだったんだ?」

 慌てた俺は話題を変えたが、隣の彩夏はムスッとした顔で俺を見ていた。

(ふむ、朱雀の奴が自分の星宿を消してしもうたから代わりの者が来るまでの間、妾の星宿達を南で守らせる事となったのじゃ、じゃからそれまでは此処の守りは妾一人でするようにとの事じゃ)

「へぇ、そりゃまぁ軽い処罰で良かったな、朱雀は城南宮で謹慎って事か」

(落ち着いて己のすべき事を受け入れられる様になるまではな、時間は掛かるじゃろうが殺されずに済んだだけでも善哉と言うべきかのぅ)

「それまではここで一人で守るのか、どのくらい時間が掛かるんだろうな」

(さてな、百年か二百年か、朱雀の傷は深い、立ち直るには相応の時間がいるじゃろうてな、その間、妾がまたこの地を放って何処かに行かぬように一人で守れと云われたんじゃろうて)

 青龍が手に持った扇子を仰ぎながら、やれやれといった感じで話してくる。

「自業自得だな」

(何を言うか、そのお陰で妾の貴重な寵愛を受けられたのは何処の誰じゃ)

「俺が望んだ事では無いぞ」

 俺は即答した。

(ほほほっ、これからはその小娘から寵愛を受けるから良いと言う事じゃな、さてと妾は見廻りに行くとしようかの、これでも忙しい身じゃてな、響よお主らには心底感謝しとる幸せに暮らせよ、短き人の生をその小娘と全うするが良いわ)

 隣で静かに聞いていた彩夏を見ると顔が赤くなっていた。

 くるりと身を翻した青龍は、一瞬で龍の姿に変わると舞殿から飛び出していく。

 天高く京都の空を昇っていく青い龍はこちらに振り向きもせず、今日も災厄が起こらぬように人知れず京都を守りにいく、その姿は広い東の地の隅々まで確認をしに徐々に薄らいで次第に見えなくなってしまった。

「青龍の気が無くなったか、もう見えないや」

 俺は口から青龍石を取り出した。

 見えなくなったのは、青龍が送り込んでくれた気が失くなり効力の失った石の所為だったようだ、しかし彩夏の目にはまだ青龍が飛んでいる様子が窺え、

「私にはまだ見えてますよ、綺麗な体を揺らしながら気持ち良さそうに飛んでる青龍が……」

「そう……なんだ」

 俺は少し寂しく思った、もうあの気高い物言いに、高飛車な振る舞いが見られなくなる事が今になって愛おしく感じていた。

「もう会えないのかな……」

 俺はあの不思議な数日間を忘れる事は無いだろう、また何かの拍子で出会えれば良いなと心の何処かで願っていた。

 一瞬の縁の交わりで出会ったこの上無い体験は、俺の人生の思い出に強く残っていくだろう、俺の一生が終わるまでは忘れようにも忘れられない出来事だ、そしてこれからは彩夏と共に忘れられない思い出を作っていこうと誓った。

「行こうか、昼飯は何処が良い?」

「何でもいですよ、二人っきりのちゃんとしたデートは明日なんですよ」

「そうか、じゃあ今日はデートの予行練習って事だな」

 彩夏が腕を組んでくるのを新鮮に感じながら境内を歩き始めた。

 俺達がこの先どうなるかは分からないが、青龍達四神はこれからも変わらず京都の町を飛び回っているのだろう。

 今の京都がいつ迄この風景を保っていけるのか、どのように変わっていくのかと想像をしながら、俺と彩夏は四条の人混みの中に消えていった。

                                  了

ご愛読ありがとうございました。

宜しければ評価をお願いします。

今後は銀の魔導の続きに戻りますので、そちらの方もよろしくお願いします。

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