京都平安
青龍達の星宿の一部が各地に残った物の怪の退治に向かい散らばっていく。
朱雀の宿星達は、朱雀の暴走を止めようとして怪我をしたり消されてしまったのでかなり数が減っており、南に入り込んでくる物の怪の対応にも追われてこの場には来ていなかった。
青龍の星宿達が代わりに朱雀を城南宮まで連れていく事を青龍に伝えると、七人がかりで朱雀を持ち上げて連れていった。
残された青龍達と俺達四人は、その場に佇み誰かが口を開くのを待っていた。
(響よ、済まぬ事をしたな)
やはり初めに口を開いたのは青龍だった。
「いや構わないさ、俺も不思議な体験をさせて貰ったし、昔の事にも関心が持てるようになった」
「私も初めは何だか怖くて響さんに襲われるんじゃ無いかって、でも私も響さんと同じでこんな不思議な体験をさせて貰って良かったと思います」
彩夏も賛同して言ってくれた。
(坊よ、時間が掛かってしもうて済まなかったな、早う家に帰らんと親御さんが心配するぞ)
「……うん、もう亀さんと会えなくなるの?」
(ほほほっ、儂を気に入ってくれたか、これはこれは……じゃがな人には人の生き方があるし儂らには儂らの生き方があるからのぅ、心配せんでも儂は船岡山にいつでもおるからまた遊びに来るが良い、待っとるでな)
俺の後ろで玄武が一樹君と話しているのが聞こえてきた。
(小娘、儂のとこに来ると時は酒を持ってくるんじゃぞ、とびっきり上物をな)
「私は彩夏よ、名前で呼ばない人には持って行きませんよ、あっ、人じゃなかったんだ、猫ちゃんかな」
(ぬう……小娘ぇ)
白虎が渋い顔をするのを見て彩夏が笑う。
(響よ、お主の手助けには感謝しておる、これで京も守られたし地脈も元通りになるじゃろう、お主には礼をいっても言い尽くせぬな)
「何だかしおらしい青龍は似合わないな」
(何を! 妾がこうして頭を下げるなど金輪際ない事じゃぞ、何たる忌々しい人の子じゃ)
言うなりふわりと青龍が跳ねたと思ったら、俺に抱きついて来て口づけをしてきた。
「ば……何を」
とは云っても相手は霊体だったので触れる事は出来なかったが、その仕草だけでも俺は胸が高鳴るのを感じた。
(ほほほっ、主の驚いた顔は面白いのぅ)
「ああっ……」
横で彩夏が顔を赤らめて膨れっ面になっていた。
「何するんだ、いきなり」
顔が熱くなるのが自分でも分かった。
(何と? 何をとは何じゃ、妾の寵愛を受けられるのはお主らでいうご加護というものじゃぞ、心して受けるが良い、ほほほ)
あの艶やかな唇でキスされた事が今になって緊張を高めて、俺が口をパクパクさせて動揺しているのを見て、青龍は面白がって笑っていた。
(ほほほっ、響も人の子よのぅ、澄ましているように見えて内心は激しい性格なのかえ)
「いきなりされれば誰でも驚くだろ」
(妾はこれでもお主の事は好いて居るんじゃ、短い付き合いじゃったがお主と会うて良かったと思うぞ、人との付き合いも悪うないもんじゃな)
「……お爺さんはどうするんだ?」
俺は話を変えようとお爺さんの処遇を聞いてみた。
(もう帰らせれば良い、黄龍様も仰ったであろう罪は問わぬと、朱雀も居らぬしその者には何も出来まい、余生を静かに暮らせば良いのではないか)
「……そうかお爺さん、最後に名前だけでも教えて下さい、俺は雪仲響です」
膝をついて肩を落としているお爺さんに声を掛けた。
「…………大岩秋治郎じゃ」
「じゃあ秋治郎さん、もう憎しみは忘れて幸せに生きていく事を考えて下さい、人は誰でも思い出を壊したくないと思っているのは同じで、秋治郎さんの思い出は貴方が大事にしないといけないと思います、自分で思い出を壊す事はせずに子供達に教えてあげられるようになって下さい」
「儂が餓鬼どもに説教されるとはな……」
立ち上がった秋治郎は、とぼとぼと足取り重く俺達の元から遠ざかって行く。
(青龍よ、儂らも自分の地に帰るとしようかのぅ)
玄武がのっそりと言ってきた、それに白虎と青龍も頷いて答えた。
(響よ、その石は暫く気は残っておる故、また祇園に遊びに来るが良い、では達者での人の子達よ)
「……ああ」
青龍達が飛び上がり各々の地へと帰っていく、ついに梅小路には俺と彩夏と一樹だけが残ってしまった。
「一樹君を家まで送らないといけないな」
時計を見ると既に十九時を過ぎていた。
「もう電車ぐらいは動いてるだろう、行こうか」
「じゃあ私も一緒にいきます、これも縁ですからね」
三人で梅小路を出て、一樹の指定した場所まで送り届けた時は二十時を過ぎていた。
地下鉄の方は何とか動いてはいたが時刻とは大幅にズレが生じていた、それが幸いしてか、乗り場に着いた時に丁度出発する所だった。
船岡山の公園近くまで来た時に一樹がここで良いと言うので、別れの挨拶を交わした。
「僕ね、亀さんと約束したの、これからは良い事を一杯するって、あとね上賀茂神社にお正月に行くって約束したの」
「そうか、玄武様は優しいからな、ちゃんとお参りしてれば良い事があるかも知れないよ」
「私も玄武様が良かったな」
「それは白虎には聞かせられない発言だな」
顔を見合わせて三人で笑った。
「お兄ちゃんお姉ちゃん、ばいばい」
「一樹君も元気でな」
「元気でね」
「うん」
別れ際に電話番号の交換をしてから、手を振り走り去っていく一樹を見送った。
「じゃあ次は私ですね、勿論送ってくれるんでしょう」
何故か彩夏が誇らしげに言ってきた。
「参ったな」
「えぇ、イヤナンデスカ?」
かたことな日本語で聞いてきた。
「分かったよ」
二人で元来た道を戻り、歩いていると彩夏が唐突に話をしてきた。
「私ね、今回の事で分かった事があるんですよ」
「どんなこと?」
「ふふっ、聞きたいですか?」
「そりゃあ気になるよ」
「ふふっそうですよね」
彩夏は笑いながらなかなか言おうとしなかったが、俺は無理に聞き出そうとせずに彩夏が話し出すのを待ちながら歩み続けた。
それから彩夏を送るために桂まで付き合い、桂駅前で別れた。
彩夏が分かったという内容を聞いた時は驚いたが、俺も同じ事を考えていたので二人して笑いあった。
滋賀の自宅に帰ってきたのは零時を回り、疲れ果てて倒れるようにベッドで眠りに落ちていく、落ちる間際、脳裏によぎったのは会社にどういう言い訳をしようかという事だった。