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京都四神事件巡り  作者: 雪仲 響
4/9

朱雀の暴走

 俺の事情の事など全く気にもしていない青龍と、昨日泊まったホテルに戻ってきた。

 会社に明日も有給を貰う為に電話を掛けて、上司と一悶着した後、何とか取る事が出来た。

「はぁ……会社に行ったらまた怒られるな、他の誰かに乗り移ってくれないかな」

 青龍からの返事はない。

 仕方なく風呂と晩ご飯を食べてベッドに潜り込むと、携帯で朱雀について調べてみた。

「南方に位置する場所、大海を守護とする朱雀の地域には巨大な大池があり、その池は今の地理でいうと北は六地蔵、南は伊勢田、東は宇治川と西は桂川までと、かなり大きいな……江戸までは大池と呼ばれ、巨椋池と言う名前は近代から呼ばれるようになったと……ふむふむ」

 湖沼の中では現在最大では琵琶湖になるが、池と言うのでは鳥取県の湖山池が最大である、その湖山池よりも大きかったというのが巨椋池という大池だった。

「豊臣秀吉が伏見城を建てたときに堤防を造って巨椋池の改修工事が行われる、その際、城下に宇治川を外濠の役目と大坂との水運を結ぶ工事が行われ、その後も工事は続いて、宇治堤、淀堤、太閤堤と堤防を造った事で北東部に木幡池、北部には横大路沼が出来た、その後交通の便から大池堤、中池堤を築いて巨椋池は大池、二の丸池、大内池、中内池と徐々に分割され小さくなっていったのか」

 俺が生まれるずっと前の京都に、こんな大きな池があったなんて知らなかった。

 巨椋と言えば今は農地が広がり、京滋バイパスや名神高速道路が通っている場所なのだ、そこの宇治川と桂川の間の土地が全て池だったなんて信じられなかった。

「昭和八年から十六年の国営干拓事業第一号の工事で埋め立てられたのか、生きてる人なら八十歳以上の人で無いと覚えてないだろうな、青龍達の中ではつい先日だろうが、人にとっては一生分の時間が掛かるほど前の出来事だしな」

 もっとよく調べてみると、巨椋池を埋め立てた理由はたびたび起こる洪水と幾度も改修工事をする内に、宇治川からの流れだけでは生活排水や農業排水の排出が悪く、水質悪化した事でそこに住む魚などの漁獲量の減少とマラリアの発生が原因だという事だった。

「結局巨椋池が無くなったのは人の所為ってことか、一度ぐらい見てみたかったものだ……なぁ青龍も見てみたかったよな?」

 青龍からの返事はなく休んでるのかと思っていたら、

(そのような人の出来事には興味は無いわ)

「起きてるのか、寝てるのかと思った」

(寝とらんわ、朱雀の事を考えておったのじゃ)

「松尾大社からずっと黙り込んでるから傷が酷いのかと思ってたが、もう大丈夫なのか?」

(こんなものどうというものでは無い、それより朱雀の居場所に見当がついたのかえ)

「まだ巨椋池の事を調べてるんだ、急かすなよ……知ってる事があるなら教えて欲しいもんだ」

(大池のことは朱雀から幾度となく聞かされたわ、人が船を浮かべて蓮を見に来とるや、大きな鯉が跳ねよったよ等と楽しそうに話しておったが、あやつの話はいつも最後は悲しそうで、人がまた土手を造って大池が小さくなってしまったと嘆いておった、無くなってからはもう一度蓮が見たい、子供達の水遊びする姿が恋しいと言っとったな)

「朱雀ってなんかこう燃え上がる熱い性格のように思ってたんだが、結構優しい性格なのか」

(朱雀は優しい子じゃ、あの者が怒った所は見た事が無いぐらい大人しく、何事にも真面目に取り組んでおる、じゃから京の大路にあやつの名が使われておるのが証拠、誰よりも信頼を厚く置かれ重要な南方を任せられておる)

「ふうん、朱雀って凄いんだな、誰かと違って」

(誰とは誰の事じゃ)

 俺は青龍の問いには答えずに話を続けた。

「それにしても巨椋池みたいな大きな池を良く埋め立てたもんだ、まぁ八年も工事が掛かったんだし、大きな工事だったみたいだな」

(妾は昔に聞いた事があったぞ、誰に聞いたかのぅ……この京の町自体が大昔は湖だったそうじゃ、それは人が居らぬずっと昔、この地も昔は湖の底だったそうじゃて、長い年月を掛けて水は消え盆地になり、最後に残ったのが土地の一番低い位置にあった大池だそうじゃ)

「へえ、なんだ歴史に興味なさそうだったのに意外と物知りじゃないか」

(知りたい知りたくないの問題ではないわ、長く生きておれば自ずと知識は入ってくるだけじゃ)

「それなら今日白虎に云っていた務めという事については朱雀はどうなるんだ、巨椋池という守護する土地が無くなったわけじゃないか」

(妾はその事を考えておった、玄武爺じゃないが、妾達は特定の場所を守っておる訳じゃないが、長い月日を重ねておればその土地に愛着が湧くものじゃ、あの白虎の言葉はその事を言いたかったのではないかと思案しとった、あやつが何を云いたかったのか、多分じゃが務めを果たす土地で心休める場所を失った朱雀が、その後も変わらずに守っていけるのかとな、責任感と淋しさの狭間に心病んでおらぬのではないかと、何処まで己を制し南方の地を守っていけるのかと言いたかったのでは無いか、守るものがあるから妾達はそこで崇められ存在しておる、鴨川然り、船岡山然り、山陰道然り、形は変わってしまったが未だあるわけなんじゃ、だが朱雀にとっては長年守ってきた心休める大池はもうない、今はもう任された信頼という細い糸で繋がっておるだけじゃろうて)

「巨椋池が無くなってからもう七十年以上は経ってる、場所が無くなってしまったらお前達はどうなってしまうんだ?」

(我らの存在は人の思いじゃ、守るべき場所が無くなり人の思いが薄れてくれば我らの存在もいずれ消えて無くなる、それは人の子であれば死と言うものじゃ、人は妾達の為に神社を置いてくれておるがそれだけではのぅ……)

「一生の違いはあれどお前達にも死があるんだな」

(存在すれば必ず死もあるんじゃ)

 何となくそれ以上言葉が出てこなかった。

 青龍達にとっては永遠とも思える生は、人の思いで左右されてしまう死でもあった、もしかしたら今日明日にでも消えてしまう可能性だってあるという事だ。

 その後も俺は携帯で今現在の巨椋池について調べていたが、気が付くといつの間にか寝てしまっていた。

 朝の光で目覚めた時には既に九時を過ぎていた。

 結局、今の巨椋池で僅かに残っている池を数カ所見つける事は出来た、今日はそこを廻ってみようと思って朝早く起きるつもりだったのだが……。

「やばいな寝過ごしちまった、もうすぐチェックアウトの時間か」

 急いで身支度を整えてホテルを出たのが十時前だった。

「さてどうするか、巨椋池の残ってる場所に行くつもりだったが時間がな……まずは電車でいける所から行ってみるか」

 京都駅から近鉄線で丹波橋まで行き、京阪線に乗り換えて淀駅まで向かった。

 京都競馬場の本馬場に大きな池がある、その池が巨椋池の残った池なのではないかと注目されていて、調査された事があるというので行ってみようと思った。

 調査結果は載ってなかったが、現存する巨椋池の関係してそうな池ならば行くしか無いだろう。

 淀駅までは約四十分ぐらいで着いた。

「淀駅も高架になって綺麗になったな」

 昔なら小さい駅から何万人という人が競馬場に向かって十分ぐらいの距離をぞろぞろと行列を作っていたが、今じゃ降りて目の前に競馬場があるのだ。

 今日は平日だし人は少ない、来てるのは子供連れの家族が公園に遊びに来てるぐらいだった。

 開催日以外は無料で入れるが、建物は一階までしか入れない。

 別に競馬をしに来たわけでも馬を見に来たわけでもない、俺達は池を見に来たのである。

「朱雀がいてくれれば良いが……」

 競馬場に向かって歩きながら呟いていると、

(何も感じぬな、ここにはおらぬみたいだ)

 と青龍が言ってきた。

「競馬場に入る前にいないと言われるとなんかがっかりするな」

 その場で立ち止まり、回れ右をして淀駅に戻っていく。

「じゃあ次は……木幡こわたに行ってみるか」

 淀駅から中書島駅まで行き、京阪宇治線に変わって東に向かう、桃山と宇治の間にある場所で北側には六地蔵がある木幡駅に着いた。

 豊臣秀吉が堤防を作る前の大池があった今現在残る最北の場所だ、堤防を造り宇治川の流れを伏見まで引いてきた事で大池から分断されてしまった小さな池が木幡駅前の土地に僅かに残っていた。

 駅から降りて西に歩けば直ぐに見えてくる。

 僅かといっても俺から見れば大きい池で、縦長の綺麗なコンクリートで整備されており、二つの橋が架けられ北池、中池、南池と分かれている。

「ここが巨椋池の最北だった場所だ、ここだけでも結構大きい池だよな、ここからずっと池が広がっていたと思うと最早湖って言っても過言じゃないよな」

(…………)

「今は周辺には結構大きなマンションが立ち並んでいて住宅街の中にあるんだな」

 駅から西へ歩くと中池と南池の橋に着いた。

 年々水質が悪くなってきているらしく、ここに棲む鳥達も減少傾向だという。

(……ふうむ)

「どうした? いたのか」

(いや、ここにも居らぬようじゃが……何か変じゃ、ほれ)

「ん?」

 じわりと視界が変わると池の周囲や水の中に物の怪達が沢山見えた。

「なんだこれ、凄い一杯いるじゃないか」

(そうなのじゃ、特に強い物の怪は居らぬが数が多く感じるのぅ、ここに来るまでの乗り物からも外を眺めておったが、そこいら中に小さな物の怪共がわんさかおったのじゃ)

「何で早く言わないんだ」

(まぁそう慌てるでないわ、小物ばかりじゃから心配は無いと思っておったのじゃが、こう多いのはおかしいのぅ)

「それは朱雀がこいつらを退治してないからって事なのか」

(うむ、これだけの物の怪共をのさばらしておく朱雀ではないのじゃが……)

「なら早く見つけ出さないとな、ここにいないなら他へ行くか、といっても後は池じゃなく神社ぐらいだけどな」

(朱雀……何をしておるのじゃ)

 青龍はかなり朱雀の事が気になってるみたいだった。

 一旦駅に戻るとそこからタクシーで大池神社に向かう。

 そこは巨椋池が無くなった後に、池に棲んでいた生き物の霊を鎮めるために建てられた神社だった。

 神社に朱雀がいなければまた調べ直しになってしまうなと考えながら、タクシーがバイパス沿いを走っている時、青龍が叫び声を上げた。

(響、あれを見よ)

 車の窓から見える景色は一面の田畑だ、高い建物が少ないこの場所では遠くまで見渡せる事が出来た。

 青龍が言ったのは田畑ではなく空だった。

 遠く上空に光輝く赤い光が一つ、ゆらゆらと飛んでいた。

(朱雀じゃ、あれは朱雀じゃ)

 珍しく青龍が興奮している。

 俺には遠くて赤く光ってる点にしか見えなかったが、徐々に近づいてくると赤い羽根を羽ばたかせた怪鳥が後ろに小さな物の怪を従えて俺達の上を通り過ぎていった。

(響、早う追わぬか)

 と言われても、こんな所でUターンは出来ない、仕方なく運転手さんに、

「済みません、ここで降ろして下さい」

「……え、こんな所でですか?」

 運転手が驚いていた。

「構いません」

 二十四号線の巨椋を過ぎた辺りで降りた俺は、すぐに走り出すと遊歩道のトンネルをくぐってバイパスの北側に出た。

(妾は先に行くぞ)

「えっ、待て……」

 青龍が身体から出て朱雀の元へと飛んでいった。

 俺は青龍石を口に含むと、青龍の姿を追って田園の道をひた走る。

 上空では二つの光が交わり、火花を散らし合って戦っているように見える。

「はぁはぁ、上空だとどの辺りが真下になるか分かりにくいな」

 俺はというと日頃の運動不足で直ぐに息が上がって、二人を見上げながら歩いていた。

「もう少しの距離が遠く感じる」

 二つの光を取り巻くように無数の黒い点が取り囲んでいる。

「なんであんなにいっぱいの物の怪を引き連れているんだ、四神は物の怪を京都に入れないように守ってるんじゃないのか」

 黒い点に見える物の怪を目を凝らしてよく見てみると、翼のある人型や四本足の動物が飛び回っているのが見えた。

 一体朱雀に何があったのか、二人の間で何が交わされているのか、上空で行われている出来事が確認できずにただ歩を進めて近付こうと息を切らす。

 物の怪の数は減る気配がなく、南方から黒い塊となって引っ切り無しに押し寄せてきて空が少しずつ暗く黒く染まってくる。

 二人が見える所までくると、朱雀と青龍の光が点滅を繰り返し八の字を描くように空で飛び回っていた。

 朱と青の光がぶつかるとその周囲に居た物の怪が消し飛び、そこから一瞬青い空がぽっかりと顔を覗かせるが、すぐに物の怪達で空が埋め尽くされてしまう。

「いつの間にこんなに……」

 この状況を素で見るとどうなのか青龍石をはき出して空を見ると、明るかった空は黒い暗雲が空を包み、怪しげなどんよりと重そうな空気が地上に迫ってくる感じがした。

 厚い雲になった空は今にも降りそうで、空気がねっとりと湿り気を帯びてくる。

「人の目にはこういう風に見えるのか」

 再度、口に青龍石を含むともっと青龍の近くに行こうと急いで走りだす。

 巨椋の田園地帯が魑魅魍魎の群れで埋め尽くされていくと、俺の足元にも小さなネズミや蛇に似た物の怪達が通り過ぎ、朱雀の方へと急ぎ足で通り過ぎていく。

「朱雀が呼び寄せているのか……」

 すると、空で戦っていた朱雀と青龍がお互いはじけ飛んだかと思ったら、青い光が俺の近くに落ちてきて人の姿の青龍がふわりと地面に降り立つ。

 赤い光の朱雀はそのまま市内の方へと物の怪を従え飛んでいってしまった。

 地面に落ちてきた青龍に駈け寄ると、汗をかき憔悴した表情を浮かべた顔がそこにはあった。

「おい大丈夫か、負けちまったのか」

(負けてなどおらぬわ)

 青龍の言葉には怒気は孕んでおらず、ただ力なく答えてきた。

(響や頼みがある、直ぐに白虎の所に行って奴を呼んできてくれぬか、妾は一度祇園に戻って玄武爺に会いに行く、もう地脈がどうという問題ではなくなったぞ、京が……京の町が無くなってしまう)

「は? 一体何があったんだよ」

(問答をしてる暇は無い、白虎を……白虎を連れてきてくれぬか、その石があれば見えるじゃろうて)

「何処に……何処に連れて行けばいいんだ」

 いきなりの事で二人に何が起こってどうなったのか知りたい気持ちを抑えて、なにをすべきか端的に聞いた。

(朱雀は……やつは京へ向かった、京を潰すつもりじゃ、よいな必ず連れてくるのじゃ、鬼の集まる場所……羅城門へ来るのじゃ)

「……羅城門」

 青龍はそう言うと空高く宇治の空へと飛んでいった。

 残された俺も一番近くの向島駅へと走り出す。

 暗雲高まる空はより一層の暗さをもって、京都全体を覆い尽くそうとしていた。

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