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京都四神事件巡り  作者: 雪仲 響
3/9

白虎との戦い

「それじゃあ取りあえず西京極に行ってみるか」

 京都駅から山陰線の電車に乗り一駅目の丹波口で降りて、そこからは九号線をずっと西に向かって歩いていく。

 今の時期目的もなしに普通に歩くだけなら気持ちが良かったのだが……。

 タクシーでも良かったのだが、真っ直ぐ歩くだけならとそのまま歩いて行く事にした。

 三十分も歩き続けていたら汗もかいてきて、一度汗が吹き出すとなかなか止まらず体が服にへばり付く感じが気持ち悪い。

 雲がかかってくれないかと見上げるが期待するだけ無駄に空は青く、今日一日はずっと快晴の予報だった。

 広い道路は行き交う車で見てるだけでも暑そうに感じてくる。

(この車とやらはせわしなく走っておるのぅ、昼も夜も途切れること無く走っておる、夜ぐらい寝ときゃいいのに騒がしくて落ち着きゃあせんわ)

「文明の利器ってやつだ、それが時の流れだからしようがない、昔だと牛車か籠になるのか?」

(ふん、あの頃は道も家もはっきりとしとった、人もこんなに多くも無かったからのぅ、のんびりとしとって良かったわい、それに比べていつの間にこれほど人が増えたんじゃ、せわしなく行ったり来たりと何かあるのかえ、建物は高く景色も見られぬし、こんな狭い道を歩かねばならぬとはな)

 多分、歩道の事を言ってるのだろうが今歩いてる歩道はまだ広い方だ、肩幅ほどの歩道のど真ん中に標識が立ってる所だってある、まぁ歩道があるだけましで、どう考えてもここに歩道が必要だろうという危険な場所だってある。

(それにやはり木の家が少なくなってきたのが寂しいのぅ、温もりが感じられぬ)

 その言葉には俺も同意だった、古都と言われていてもやはり近代化が進んでいるわけで、大きな屋敷や昔ながらの家の建ち並ぶ場所は今や一部を除いて開発の手が加えられ、近代的な鉄筋や白い洋風の綺麗な家が建てられてる。

 昔の人ならもう京都は京都でなくなったと言うほど見る影もなく、真新しい建物でいっぱいになっていて落胆しているだろう。

(俺も昔の人間になってきたのかな……)

 勿論俺だっていつまでも古い家がそのまま建ち続けている訳は無いと思っているが、それでもこの急激な変貌には失望を感じずにはいられなかった。

 俺も生まれが京都だからか、今だに京都駅にくると木造の時の駅を思い出す。

 何と言えば良いのかやはり温もりが無くなった感じは受けるが、今の子達には今の京都駅が懐かしい思い出になるのだと思えば複雑な気分だった。

 結局は昔の人間が幼少の頃の思い出が消えていくのが悲しいだけで、その人間が居なくなれば誰も何も思わずに時代は進んでいくだけで、資料だけが昔はこうだったと後世の人が見るだけなのだろう。

「この先京都はどういう風に変わっていくんだろうな」

(さてな、それは人の子がする事ではあるが、我らの守護する場所もいずれは無くなるであろう、その時が来るまで我らはこの京の町を守っていくだけじゃ)

「寂しく思うか? 人を憎いと思うか?」

(寂しいと思うのは今まで幾度思った事か、長い年月京の町を見てきたのじゃ、町が変わっていく度にそう思うぞ、そこに生きる人の子達の様変わりも見てきたからのぅ、しかし変わらぬものもある、毎年多くの人の子が正月に祇園神社に来よる、この時は妾も喜ばしくもあり忙しくもあるがの、ほほっ)

「それなりに楽しみもあるんだな」

(ふんっ)

 青龍と話しているといつの間にか西京極にかなり近付いて来ていて、もう目の前の交差点が五条天神川だった。

 携帯で調べた西京極だとこの辺りが大道の出入り口になるはずなので、青龍に白虎が居るかどうか聞いてみた。

「白虎はいるか?」

(気は感じるが小さいのぅ)

「もう少し歩いてみるか……」

 ここまで来て会えませんでしたじゃ無駄足もいいところだ、何としても白虎を探してさっさと家に帰りたい。

 九号線沿いを歩きながら青龍に白虎を探させ歩いていると桂川の長い橋を渡り上桂まで来てしまった。

 さすがに丹波口からここまで歩いて来てふくらはぎが痛い。

「ちょっと足が痛い、休憩しよう」

 近くの自販機横に座って飲み物を喉に流しこんだ。

 体重の掛からなくなった足は痺れて、どっと疲れが体中を駆け回る感じがして足がぶるぶると痙攣してくるようだった。

「さすがに汗だくだ」

 腋の下に風を送り込んで暑さを紛らわすと、

(だらしないのぅ)

「歩いてないのによく言う」

(妾はこの距離ぐらいなら一飛びじゃ)

「乗せてくれ」

(出来るならとうにやっとるわ)

 目の前の車の流れる道路を見ていると、西の方からクラクションを鳴らしながら猛スピードで前の車を追い越しながら走ってくる暴走車がいた。

 周りの歩いている人達が一斉に振り返り、俺もその車を見ていると目の前で車が他車と接触し横転する事故が起きた。

 ドカン、ガラガラと激しい音が巻き起こる。

「うわっ、なんだ?」

 目の前で空中に跳ね上がった車が、スローモーションのように右から左に流れていった。

 三台を巻き込んだ大事故により走っていた周りの車が急停車して渋滞が起こり、事故をした車から人を助け出そうと歩いていた人や車から降りてきて救助する人で道路はごった返しになっていく。

 俺も助けに加わろうと車に近付こうとした時、

(待ちやれ、響)

 青龍がいきなり呼び止め俺の視界が青く変わる。

(あれを見やれ)

 横転した車のトランク辺りに異様な物の怪が乗っかっていた。

「……物の怪か」

 それはとても大きく車と変わらないほどの巨体だった。

 首は短く大きな顔に、見開いた巨大な目と顔いっぱいに広がった口が印象的な物の怪だ。

 体は対照的にずんぐりとして手足は短く、二頭身しかないような物の怪がこちらを見て笑っているようであった。

(あんなのが京に入ってこようとしているのに白虎の奴、何をしておるんじゃ)

「あれ、こっちに気付いてないか」

(ふむ、妾の気配に気付いたかのぅ)

「おい、呑気に言うな、どうするんだよ」

 物の怪が大きな口をパクパクさせながら、車から離れてこちらに近づいてくる。

(仕方ないのぅ)

 すると俺の体からまたもや青い光が飛び出していく。

 しかし鴨川の時とは違い途端に俺の視界は正常に戻り、物の怪も見えなくなっていた。

「青龍何処に行ったんだ?」

 目前では運転手を助け出す人達と渋滞を流そうと交通整理する人達が道路に出て来ててんやわんやになっている。

 一人呆然としているわけにはいかなかったが、あの場所に物の怪がいると思うと足がすくんだ。

 青龍は何処に行ったのか視認は出来なかったが、時折上空でパシッパシッと乾いた音が聞こえてくる。

 俺が呆然と空を見ていると体の中に青い光が入ってきて、

(始末しておいたぞ)

 青龍の声が聞こえてきた。

「戦っていたのか? 何にも見えなかったな」

(じゃから石を飲めと言っとるんじゃ、惜しい事をしたのう折角妾の美しい姿を見る機会じゃったのに)

「むむぅ」

(さて、あの様な物が居ても姿を現さぬとは……白虎はここには居らぬという事かのう、他の場所に行くとしようか)

「事故はどうするんだ、手伝った方が良いだろ」

(あれだけ人が居るんじゃ、それに乗っ取った者も生きとるし問題無かろうて)

 事故をした四台の搭乗者は全員外に出ており、怪我をした人は近くに居た人達に介抱されて救急車を待っている状態であった。

 俺は救急車が来て怪我人を乗せられる所を見届けるまでその場に留まってから、

「ここに白虎が居ないとなると松尾大社まで行くのか……」

(そうじゃのう)

「このまま山陰道を歩いて行ける訳もないし、もっと縁のある場所に行くのが得策なんだろうが……足が保たねえかもな」

 松尾大社の場所はここより北の四条通り西の突き当たりにある、それほど遠いというわけではないが歩きだと時間も掛かるし何より体力がもう保ちそうになく、タクシーを拾える所まで行こうと桂川に沿って歩き始めた。

 しかし歩けど歩けどタクシーを拾う場所から程遠い所を歩き続け、結局気が付けば目前に松尾大社が見えてきてしまい、ため息混じりに川沿いを歩き続けてしまい松尾大社駅まで来てしまった。

 歩いてる途中から雲行きが怪しくなり空に陰りが見え始めてきて、駅に着く頃にはポツポツと雨が落ちてきた。

「あれ……今日は晴れじゃなかったのかよ、さっきまで快晴だったのに……もう汗と雨でもう帰りたい気分だ」

 半泣き状態の俺に対して、

(暑い暑いと言っとったから涼しくなって良かったではないかえ、妾は雨は嫌いでは無いぞ)

 駅前まで来ると大きな鳥居が見えた、仕方なく雨がきつくなる前に松尾大社に入ろうと早足で鳥居を潜った。

 石畳の道の先には二つ目の鳥居があり、そこから覗く楼門を抜けると拝殿が見えてくる。

 雨が降って来たからか、急いで帰る人達とすれ違いながら境内に入り辺りを見回した。

 右手には綺麗に桜は咲いていたが、雨のせいで元気が無いように見える。

 拝殿の奥には本殿があるが俺達はお参りに来たわけじゃ無い、青龍と二人で境内を歩きながら白虎を探した。

(気配は感じるんじゃがのぅ……おおい白虎や、居るなら出てきや)

 青龍が叫んでみるが白虎からの応答は無い。

 右手奥に上古じょうこの庭と曲水きょくすいの庭園があり手前には蓬莱ほうらいの庭がある、三庭で松風苑しょうふうえん三庭という名庭らしいが、俺は庭の事はよく分からない、突き立った岩がそこかしこに置かれているんだぐらいしか思わなかった。

 三庭にも白虎は居なくて本殿横の通路を潜り、霊亀れいきの滝にも行ってみたがそこにも白虎は居なかった。

「おい、居ないぞ」

(いんや、この辺りに居るはずじゃ、何故出てこぬ)

 雨は相変わらず小降りであったが、このまま濡れ続けていると風邪を引いてしまいそうで、雨宿りをするため拝殿に戻ってきた。

「ずっとここに居るわけにも行かないぞ」

 体を拭く意味はあるのか、髪や服から水が滴り落ちてくる。

 境内に人の姿は消え、霧のような雨が視界を曇らせて真っ白な世界が広がっていた。

(おおい、白虎や何処じゃ何処に居るんじゃ)

「あとは本殿…………むっ、あれは?」

 と言葉にした視界の先に白虎が居た。

 白虎は本殿ではなく拝殿左側にある神輿庫しんよこの屋根の上で寝ていた。

(むっ、あんな所で……あやつ寝とるのか)

 神輿庫には何十個という酒樽が積まれてあり、松尾大社はお酒の神様で有名だそうだ。

 白虎の体が屋根で半分隠れていて、ここからだと大きな腹が上下しているのが見えていた。

 尻尾はこちら側から見える屋根にだらりと垂れている。

 縞々の尻尾を時折揺らしているが、青龍の呼び声には反応が無かった。

(これ白虎、何度も呼んどるではないか起きぬか)

「うわ、こんな雨の中でよく寝ていられるな」

(面倒くさい奴じゃ、ちと起こしてやるかのぅ)

 青龍が俺の体からまたもや出て行く。

 何も見えなくなった俺は青龍石を見つめると、意を決して一気に口に放り込んでみた、飲み込んではいないが口の中でも体内と言えるだろうと思った。

 頬を膨らませながら神輿庫を見ると、そこには青い着物に長い黒髪をなびかせて優雅に動く女性が、軽やかに屋根に飛び乗っていた。

「あれが青龍か」

 後ろ姿で顔はよく見えなかったが頭頂で括られた髪の隙間から、細い滑らかな首筋が艶めかしくてどきりとした。

 屋根に上がった青龍が白虎のお尻を蹴飛ばす。

(ぐおおおっ)

 神輿庫の裏側に落ちていった白虎から苦悶の声が響き渡ると、蹴飛ばした青龍は腰に手を当て空中で仁王立ちしていた。

(誰じゃ、俺を蹴飛ばした奴はあぁ)

 瞬間、神輿庫から飛び上がってきた白虎が大声で叫んだ。

 空中に上がると鬼の形相で睨み付けながら辺りを見渡した白虎は、開いた口から長く太い牙を見せつけて唸っていた。

 身の丈は象ぐらいはあるだろうか、体は細かったが手足と顔は強調されているかのように大きく迫力があった。

 さすがは白虎というだけのことはある、縦縞の白黒は鮮やかで絵に描いたようにはっきりしていて綺麗だった。

(この馬鹿者、守護するのを忘れて寝とるとはどういう事じゃ)

 青龍が白虎の上空から怒鳴った。

(ちっ……なんじゃ青龍か、人の姿などとって何しに来た、お主こそ自分の守護する東の地を守っておらんとは何事)

 白虎が逆に聞き返し口から酒臭い息を吐いた。

(妾は最近の京の町の地脈の乱れの原因を探りに来たのじゃ、それなのにお主は大道を守らず物の怪の侵入を許そうとしておったのじゃぞ)

 青龍は袖で口元を隠しながら怒るが、

(ふん、何百年もあの道を守っとったら一匹や二匹、京に物の怪も入ろうぞ、儂ゃ疲れたんじゃ、なんじゃあの鉄車は年々増えて今じゃひっきりなしでは無いか、その点お前さんとこや玄武爺の所は気楽でええのう)

(何を言うとる、それが我ら四神の務めではないか、妾とて川を荒らしに来よる物の怪退治をして大変なんじゃぞ)

 白虎は大きな欠伸をすると、

(忙しいのであればさっさと帰れ)

 白虎が青龍に向けて息を吐く。

(地脈の乱れを……うっ、おおぅ臭う臭う)

 青龍の顔が歪ませながら白虎を睨んだ。

(ここを何処だと思うておる、人間共が良い酒を作れるようにと毎年この神社に奉納しに来よるんじゃ、色んな酒があって上手いぞ、がはは)

(酒を飲んで昼寝とは何たる無様、一度その性根をたたき直してやるわ)

(ふん、儂とやろうと言うのか、がはは)

(酔いどれ猫に負ける訳無かろうて)

(よう言うた、儂が勝ったらさっさと尻尾を振って出て行け)

(負けた事を先に考えぬか痴れ者)

 白虎が姿勢を低くして身構えるのを待たずに青龍が飛び込んでいく。

 その手にはいつ出したのか刀が握られていて白虎めがけて斬りつけると、白虎は長い爪で振り払いもう片方の爪で青龍に反撃した。

 二人……二匹なのか、空中であってもそこに地面があるかのような動きで、青龍が空を蹴っては斬り込み、白虎は飛びすさんでは避けていく。

 空中で繰り広げられる青と白の異形の格闘。

 演舞を見ているかのように軽やかで優雅な戦いをその場で見る事が出来た唯一の観客人の俺は、食い入るように静観していた。

「青龍と白虎の戦いか……よく見る龍虎の絵図を思い出すな」

 正に二人の戦いは龍虎図のようで、風と雨が二人の戦いを盛り上げてるように拍車をかけ、風雨は強く雲は厚くなり夜のように暗くなってきていた。

 もし、青龍の石を口に入れていなければどのように見えるのか、好奇心が湧いてきた俺は石を一度吐き出してみた。

「……おぉ」

 暗い境内の上空で青と白の閃光が雷のようにスパークして見える。

 もう一度口に石を含もうとした時、目の前に落雷したように目の前でバシッと音が鳴った、慌てて石を口に放り込むと地面には青龍が片膝をついて息を切らしていた。

 上空では白虎が青龍を見下ろし咆哮していた。

(どうした青龍、他愛もない……よくそれで東を守れてきたな、いやその程度で守れる位の処だと云うことか、がははっ)

(黙れ小童、これで勝ったと思うておるのか、たわけが)

 青龍が再び跳躍する。

 青い閃光と共に青龍の姿が消えたかと思えば、上空で白虎の爪と刀を交わらせて青白い火花を散らしていた。

 何合、何十合と刀と爪が打ち合わされ、その度に空が鳴く。

 二人の戦いは天候を悪化させ、激しさを増した雨は大粒へと変わっていく。

 風は横殴りになり、青龍と白虎が交差するたびに雷が鳴り響いて、俺の方はもう雨宿りの意味が無いぐらいに風雨にさらされずぶ濡れになっていた。

「おい、いつまでやってんだ、もういいだろ」

 空に向かって叫んだ俺の声は、風と雷の音にかき消されて届かない。

 青龍の青い着物が徐々に赤く染まっていき、白虎も白い体に血が滲み出て赤と黒に染まっていた。

 一進一退の戦いはずっと続くかと思われたが、最後は青龍の一振りが勝敗を決した。

 白虎が境内に叩きつけられ苦悶の表情を浮かべると、深く切られた脇腹から流れ出た鮮血が血だまりを作っていく。

(どうじゃ、その深手ではもう動けまい、妾の勝ちじゃ)

 青龍は勝利宣言をしたが白虎はそれでもまだ諦めてはいないようで、牙を剥いて青龍に喉を鳴らしている。

(ぐるる)

(どうじゃ、酔って妾に勝とうなどとたわけた事を抜かすからこうなるんじゃ、妾を誰じゃと思うておる、青山東王青龍なるぞ)

(ふん、何度も同じような事を言うな聞き飽きたわ)

 俺には戦いが終わったかどうか判断がつかなかったが、地面に叩きつけられた白虎の側に行き声を掛けてみた。

「白虎様、俺達は戦いに来たわけじゃない話をしに来ただけなんだが、聞いて貰えないだろうか」

(…………)

 こちらに顔を向けた白虎はいきなり俺が話しかけたせいか、無表情でじっと俺を見ている。

(な、何じゃ……こやつは、何故俺が見える)

 白虎は人が近くにいた事すらも知らなかったみたいで、大きな口をポカンと開けて呆けていた。

 しかも人から声を掛けられる事すら想像していなかったのだろう、状況が飲み込めずにどう返事して良いか分からず、固まったまま俺を見続けている。

「あ、いや俺は青龍に頼まれてここまで連れてきた雪仲響っていうんだ」

(一体何を……言っとるのだ)

 白虎はなおも俺を見続けていると青龍が俺の側へ降りてきた。

 初めて見た青龍の顔は凜として美しい目鼻立ちをしていて、薄く小さな口がにやりと口角を上げて俺に向けられていた。

 髪は長く艶やかで、身体を包み込むように胸と背中に流れている。

(その者はただの人の子じゃ、妾がお主を探すのに手伝ってもろうとるんじゃ、ここに来たのもお主らと話が出来なくなったので西の地で何か変わった事が無いか調べに来たのじゃが、この体たらくでは地脈の乱れはお主ではないであろうな)

 青龍の着物は所々破れていて露わになった肌は血に染まっていたが、気にしてる様子も無く淡々と白虎に説明していた。

(地脈の乱れなんぞ儂は知らぬ、儂はたまにここで酒を飲んどるだけじゃ)

(それが原因では無いかと言っとるんじゃ、馬鹿たれ)

 青龍が腕を組みながら怒っていた。

(酒を飲み始めたのは最近ではないぞ、昔からちょくちょく飲んどるわい、たまにはこうして休養をせんとやっとれんからのぅ)

(何故そんなに威張る必要があるんじゃ……この後もっとこの辺りは忙しくなるやも知れぬのに、酔っ払っておるのでは力ある物の怪に負けてしまうぞ)

(馬鹿を言え、例え酔っておっても物の怪どもに後れは取らぬわ)

 白虎は体を横たえながらも頭だけは上げて青龍に言い返してくる、こうして間近で見ると本当にホワイトタイガーが会話をしているみたいだった。

(それも威勢だけにならぬと良いな、ほほっ)

「傷はその……治療はしなくて良いのか?」

 俺は青龍と白虎の血の具合から聞いてみた。

(大丈夫じゃ、我らには肉体がないからのぅ、血に見えるのは気の乱れじゃ、気が散らばると動けなくなるだけじゃから、時間が経てば元通りになるから心配はいらぬ)

「それならいいんだが、すぐに治るのか?」

(妾の傷は直ぐ治るから良いが、白虎のは数日は掛かるじゃろうな)

(ふん誰の所為だと思っておるんじゃ)

(務めを果たさず酒を飲んでおったお主が悪いのじゃ)

 青龍は悪びれた様子も無く冷淡に言い放った。

「それで……あっいや、なんていうか、それでここでは地脈が乱れるほどの出来事は無いということですか」

(当たり前じゃ小僧、仮にも白虎を名乗っておる儂が地脈を乱す原因であるわけなかろう、喰ろうてやろうか)

 白虎が俺に向かって一声吠えてきて、俺は一歩後ずさった。

「それじゃあとは朱雀だけか……」

 唸る白虎を前に、残るは南の朱雀だけかと伝える。

(朱雀とも話を随分としとらんのぅ……のぅ白虎よ、お主は朱雀とは最近話とらんのか?)

(儂は自分からは話し掛けんから知らん、最後に話したのは何十年前かのぅ)

 白虎が立ち上がる。

 脇腹の傷も既に血が止まっており、雨水を振り払うような仕草で身震いさせると地面に座り直した。

 知らぬ間に雨も風も止んでいて、空はどんよりとした雲がゆっくり流れている。

(朱雀の奴と最後に話した時には、かなり気落ちしとったのは覚えとるがのぅ)

 白虎は切られた足の傷をなめながら言ってきた。

「何かあったという事ですか」

(さぁな、大池がどうとか言っとったが儂も忙しかったから特に聞き返しもせなんだわ)

 俺は青龍と目が合った。

 切れ長の大きな目がパチリと瞬きした、それだけなのになんというか青龍の仕草、振る舞いはいちいち妙に色っぽい感じがする。

 どきりとさせる切れ長の眼差しから目を背けると、

(白虎よ妾達はもう行くぞ、ここの守りはしっかりするんじゃぞ)

(青龍、お主朱雀をどう思うとる)

 立ち去ろうとした俺達に白虎が聞いてきた。

(どういう意味じゃ、朱雀に何かあったというのかえ、妾と朱雀は古今より親しくしておる、同じ空駆ける者同士じゃから話も合うからのぅ)

(朱雀は大人しい、あやつは儂らほど気性が荒くないでの、それなのに儂らの中で一番の広大な土地の守護を任されておる、文句一つ言わずにな)

(それがどうしたというのじゃ、それが我らに与えられた使命というものじゃ、仕方あるまい)

(お主と玄武爺の地とは事情が異なる、儂と朱雀の地、西と南は人によって昔の姿からは想像もつかぬほど手を加えられてしまっているのじゃ、儂とても一人でここを守るにはもう限界が近い、言い訳ではないが酒でも飲んどらんと正気が保てん程にな、それもここ百年前から急激に町が造り替えられてきたからじゃ、これが朱雀ならどうじゃ、あやつの性分からして文句も言わずに頑張るじゃろうが、何処まで己を保てる事が出来るのやら……)

(一体何が言いたいのじゃ、要領を得ぬ話し方じゃのぅ)

 青龍が苛立ちながら言った。

(まぁええ、朱雀に会えば分かるじゃろうて、もしあやつが元気ならあまり気張るなよとでも言っといてくれ、儂は疲れた……少し寝るぞ)

 そう云って白虎は飛び上がると本殿の中に消えてしまった。

「おい行ってしまったぞ放って置いていいのか」

(…………)

 青龍が何か考え込んでいた。

 青龍が何と答えるのか暫く待っていると、

(我も少し疲れた今日の所は休むとしよう、地脈も少しは流れが良くなった様に感じるしのぅ)

「今日はって……俺は明日から仕事があるんだぞ、どうすんだよ」

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