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京都四神事件巡り  作者: 雪仲 響
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青龍との出会い

第60回群像新人文学賞出品作を改稿したものです。

 俺は雪仲響ゆきなかひびき、今日は会社の合間の休みを利用して四神五社巡りで祇園さんに来ている。

 春うららなこの時期だからこそ祇園さんに来る意味があった。

 祇園さんとは地元の人が使う名前で一般的には八坂神社で知られているのだが、元々は祇園神社だったことから今だに祇園さんと呼ぶ人がいる。

 四神五社巡りの一つ、城南宮は昨年末に行っていたため今回の休みでは八坂神社と平安神宮を巡りに来たのだ。

 時間があれば上賀茂神社にも行っておこうかなと思っているわけだが……。

 色紙にはまだ一つしかスタンプが押していないので今日中には三つにはしたかった。

 天気の良い日を狙って仕事の有給をとり滋賀から京都に来たのだが、相変わらずの人混みに少し辟易しだして昼までに一通り祇園さんを見て回り、お土産に青龍石とお守りを購入した。

 本日のメインイベントのスタンプを押して貰ってから丸山公園に行き、枝垂れ桜の一重白彼岸枝垂桜ひとえしろひがんしだれざくらの木を見に行ってみた。

 大きく垂れ下がった桜を前に携帯で満足するまで写真を撮りまくると、近くの茶屋で休憩をしながら買ったものを確認してみる。

 買って来た青龍石は青い透き通るような石で、楕円形の形の良い物を探して選んでいたので、家に帰ってから針金で固定して首飾りにでもしてみようかと思っている。

 赤いお守りは縁結びで何となく青龍石だけだと物足りないかなと思ったから買っただけで、藁にもすがる思いで買ったわけではないとだけ言っておこう。

 祇園さんを出てから四条通りを西に鴨川まで歩いて来ると、四条大橋から望む河川敷には多くのカップルが座っているのが見えてきた。

 この時間からいちゃつくなんてと軽く嫉妬にかられながら四条大橋を渡った。

 渡ってすぐに鴨川河川敷に降りる階段を下り北へ向かって歩いて行く。

 河原町から北上するのでも良かったが、人混みの中ではゆっくり歩くことも出来ないので鴨川を見ながらのんびりと行こうと思った。

 カップルが視界に入るたびに場違いだったかと思ったが大きな川幅のある鴨川の景色は目の保養にはなるし、卑屈になってよそよそしくするのも癪だから堂々と歩いて行く。

 この川も数年前には大雨で氾濫しそうになるぐらい水嵩が上がったこともある、なんせ京都は盆地だから雨が溜まらないようにするには川に流すしか無い。

 京都の川の治水工事は何度も行われ、ダムを建てたり幅を広げたり川の方向を変えたりしてきた歴史があるほどの水の都である。

 思いを巡らせながら三条大橋までの間を歩いているときだった。

 鴨川の流れが一瞬止まった感じがして目をやると、中央に小さな渦が出来始めて大きくなった渦の中心から青い光の玉が飛び出してきたのだ。

 中空に浮かんだ光は一直線に立っていた俺に向かって飛んできて体の中に入り込んだ。

「うっ」

 一瞬驚いたが胸に痛みも無く、気づいたときには水面は静まりかえって渦も消えていた。

「何だ今のは……」

 回りを見渡しても誰も気にした様子も無く、何事も無かったように河川敷に座っていたカップルは話に講じている。

 日の光が水面に反射して目に入っただけで見間違いかなと歩き出そうとした時、頭の中に声が聞こえてきた。

(我の声が聞こえるか、お主の中から呼んでおる、返事をしておくれ)

 周囲からでも上からでもなく、どこから声が聞こえてくるのか分からないが女性の声が明瞭に聞こえてくる。

 こんな所で独り言を言うのは躊躇いがあったが、小声で問いかけてみた。

「誰だ」

 と、答えてみると、

(おおっ、我の問いによう答えてくれた、其方の名は何という)

 と、声が返ってくる。

 改めて周りを確認するがやはり誰もいない。

「どこにいるんだ、出てこい」

 少し苛立った俺は声を荒げてしまった。

(出てこいと言われてもな、姿を出すのは吝かでないがお主には見えぬから困った事よのぅ)

 呑気に答える声の主にもう一度誰かと尋ねてみた。

(妾か……妾は青龍、東の地を守る者じゃ、そういうお主は名を何と言う)

 やはり近くから声が聞こえてくるが一体何処から話しているのか皆目分からず不気味な感じがした。

「ゆ、雪仲響だ」

 戸惑いながら名前を告げてみる。

(ふむ響か、よい名じゃ)

「青龍っていうと白虎、朱雀、玄武のあれか?」

(おお、よう分かっておるではないか話が早くて良いわ、ほほほっ、知っておる人の子で良かったわい)

 それもそうである、ついさっきまで祇園さんに行って青龍石を買ってきたばかりだ、青龍と聞いて真っ先に思いつくのはその事だった。

(早速じゃがお主に頼みたいことがあるのじゃ)

 青龍が言ってきたことに何か嫌な予感がした。

「頼む奴を間違ってないか、何で俺なんだ?」

(妾との縁は大事にしやれ、お主にとっても良い出会いになると思うぞ、なにせ妾は青山竜王青龍じゃからな、ほほほ)

「その青龍は何の神様なんだ、御利益は何なんだ?」

(ほほっそれはお主の行動次第じゃ、何もせんと願いが叶うと思うたか)

「何か怪しいな、他当たってくれ」

 こういう曖昧な言葉の裏には何かあるという俺の防衛本能がそう告げる。

(何じゃお主には願いはないのかえ、人の子ならば願いの一つや二つあるじゃろうて)

「無いことはないが、それに見合うもの相談なのか、俺だって貴重な休日を使って来てるんだだぞ、ややこしいことに巻き込まないでくれよ」

(疑り深いやつじゃのぅ、妾は人を騙すようなことはせぬぞ、そのような不埒な者では無いわ)

「いきなり人の体の中に入ってくるような奴が不埒じゃないとでも」

(そうしなければ話も出来ぬでは無いか)

「そこで何故俺に……」

(煩い煩い、人の子め妾の話を聞かぬか!)

 青龍は俺との問答に耐えられずに何故かいきなり怒り出した。

「なんで逆切れなんだ、こっちは被害者なんだぞ」

(お主が妾の話を聞くまで離れぬからな)

「うわぁ、とうとう脅迫になってしまってんじゃないか」

(どうするのじゃ、聞くのか聞かぬのか)

「どっちって選択肢が一つしか無いじゃないか」

(では話を聞くでよいのじゃな)

「わかったよ、その代わり面倒な事じゃないだろうな、俺だって時間がないんだからな」

(悪いようにはせぬ、お主が驚く事になるかも知れぬがな)

「…………」

 仕方なく河川敷の涼床を左手に見ながら青龍の話に耳を傾けた。

(この京の町には地脈があっての町全体に流れておるんじゃが、最近京の地脈が乱れてきておる、それに呼応するかのように龍脈にも変化が出始めてきてのぅ、魑魅魍魎の類いの輩が頻繁に出入りしてきよるのじゃ、妾もこの鴨川を守ってもう千二百年ほどおるんじゃが今までにも多くの物の怪どもを蹴散らしては来たが、これまでとは違う感じの物の怪がやって来おる、これも地脈の乱れが原因かと思うてな、いやこれといった確信は無いんじゃが調べたくても生身の無い状態じゃとこの地からは離れることも出来ぬでな、血肉を持った者に取り憑いて調べようと思っておったのじゃ、たまたまそれがお主だったという事にはなったがのぅ)

「たまたまで取り憑かれたのか……」

(まぁそういうな、お主とは気があったのじゃろう、中々心地よいぞ、ほほほっ)

「こっちは勝手に取り憑かれて気持ちが悪い」

(少しの辛抱じゃ、別段呪い殺そうと思っておらぬ故、暫く我に付き合ってくれ給え、悪いようにはせんぞ)

 これがあの青龍かと思うと少しがっかりするイメージがしたがそれを口にするのは憚られた、何分こちらは取り憑かれているのだ、迂闊なことを言うと何をされるか分かったものでない。

「で、地脈が乱れるとどうなるんだ?」

(それは様々な形で現れるでな、此というものはない、人から見れば戦が起こったり災厄が起きたりと色々じゃ、じゃがこれまでは白虎や玄武、朱雀と連絡を取り合って共に京を何とか守ってきたのじゃが最近他の者達の声が聞こえなくなってきておってのぅ、これも地脈の乱れによるものか知らぬが声が聞こえぬでは何が起こっておるのか分からんでな)

「で、俺にそれを調べろと?」

(おお、話が早くて良いわ、そうじゃそうじゃ、だからお主に取り憑いたという事じゃ、妾自身では他の地に赴くことができぬからな、誰かにそれを調べて貰おうと気のあったものはおらぬかと探してた次第じゃ)

「一方的に気が合うと言われてもな」

(まぁ、堅いことを言うでない、お主には我の力を使って京の町の本当の景色を見せてやるでな、それを見れば気も変わるであろう)

 言うなり視界が青い景色に変わっていく。

「これは……」

(どうじゃそれがこの街の本当の姿じゃ)

 右目の視界が青くなり元の景色に薄く青い張り紙を貼ったように見える、何が変わったのか辺りを見渡すと、川の流れの中に何かしら見覚えの無い生き物が見えた。

 魚かそれともサンショウウオのような両生類か定かではなかったが、見たことの無いような生き物が川の中を泳ぎ回っている。

(ほほ、あれは魑魅魍魎の一つじゃ、お主が見ている物は京に棲む物の怪達じゃ)

 そういうと俺の体からいくつもの青い炎のようなものが飛び出し、物の怪を燃やした。

 ギギギッという鳴き声とともに跡形もなく消え去っていく物の怪。

(こんな小者などどうという事ではないが数が多くてな、原因を突き止めなくてはいつまで経っても物の怪の流入が止まらぬからな、他の地はどうなっておるのか調べたいが故にお主のような人の子を探しておったのだ。

「……こんなのが京都に居たのか」

 他にも遠く山の上空に羽根の大きな鳥が飛んでいたり、着物を着た小人が傘持って道路を歩いていたりと見知らぬ物が沢山うろついている。

 視界が元に戻ると、目の前には川幅のある清流の鴨川が静かに流れていて、どこにもおかしな生き物を見ることは出来ない。

(まぁあんな雑魚はどうでもよいが、大雨や地震等の時はもっとでかい物の怪が暴れとるでな、地脈が乱れるとそういう物が余所から京にやって来よる)

「なら地脈が乱れている今、何かがやってくるかも知れないと言うことか」

(そうじゃのう……物の怪が来るだけなら追っ払えば良いが、地脈の乱れを元通りにせんことにはいつまでも物の怪が押し寄せてくるでなそれは困る、何かが京で起こっておるはずなんじゃが他の者達との声が聞き取りにくくなっとるのじゃ)

「俺はどうしたら良い?」

(やってくれるか、有り難や、有り難や)

 青龍は喜んでいるようであった、というか頼んでも出て行ってくれそうにないから俺としても困る。

「俺の中に入り込まれたままじゃ嫌だからな」

 溜息交じりに答えた。

(お主はあれじゃな、あまり驚かんのじゃのぅ、こんな不可解な事でも落ち着いて受け入れておるように見える)

「そうでもない、驚いてはいるが成るように成ったのならしようがないだろう、ただそれだけだ、それより先のことをどうするべきかと切り替えるだけだ」

(善哉、善哉、お主に良きご縁がありますように)

 軽々しく言われてご利益があるのかどうか信じられなかったが、相手は青龍なのでこちらも軽く受け止めておくのが吉だろうと、

「ま、まぁそれはそれで有り難く受け取っておくよ」

(ふむ、ではさっさと事を終わらせようぞ、まずは玄武に会いに行こうかえ、あれは北の船岡山におるでな)

「船岡山……そこに行けば良いんだな」

(妾も少し気持ちが高ぶってきておるわ、他の者に話は聞いておったが何せ千二百年で初めての外の世界じゃからな)

 まあ明日一日休みがあるから時間に余裕はある、さっさと終わらせて家でゆっくりしようという甘い考えは直ぐにひっくり返ることになった。

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