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覇道を進むは愚者の栄光  作者: 赤の虜
一章 千年王国脱出編
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ボロ小屋にて英雄に遭う2

「まあ、私はそれほど有名な英雄ではないので、気軽に相手をお願いします」


 あくまでも丁寧な口調の男、クワイエットさん。ただし、彼は英雄諸国という大陸で最も殺伐とした、血に塗れた戦場。そこで生き抜いてきた猛者である。穏やかな雰囲気に騙されていたら、悪鬼のような形相で切りかかってきてもおかしくはない。注意しておくことは無駄にはならないはずだ。


 どうしようもない状況ではあったが、こっちには頼みの綱のエピーモナス様がいる。特性『しぶとさ』があれば英雄だろうと大丈夫なはず。

 期待を込めて隣を伺ってみると、そこにエピーモナス様の姿はない。一般的な成人男性の三倍近くある巨体なので、隠れているならばすぐに発見できるはず。そんな彼が見当たらないとなると、勝手気ままにどこかに移動したのだろう。


 エピーモナス様は本当……必要なときにいなくなるのがうまいなあ。くそったれ。

 半ば自棄になっていると、ボロ小屋の方向から、


「外観は悪いが内装はしっかりしているではないか!」


 と、聞き覚えのある声。

 どうもエピーモナス様はクワイエットさんという、見るからに不審な男を無視して、ボロ小屋に向かったようだ。

 ……自由過ぎやしないか。あと、英雄! しっかり引き止めておいてくれ!


 そんなこんなで、不覚にも意識を相手から離してしまった私。その油断を見過ごしてくれるほど、英雄は甘くなかった。

 傭兵でもない私でも目で追うことできる、滑らかで、無駄のない動きで、流れるように切りかかってくる。


 私は咄嗟に剣でその攻撃を防御したけれど、その衝撃は手にまったく伝わってこず、私が思っていた英雄の破壊力とは程遠かった。

 なんだ、今の? 剣を防いだはずなのに衝撃が全然ない?


「驚きましたか? あなたにとって、英雄がどんな存在なのかは知りかねますが、私の剣に力強さはありませんよ」


 そう言って、次の攻撃の移るクワイエットさん。

 その動きは攻撃を防がれたというわりに、想定内といった様子で私はますます混乱した。

 今度は胴を薙いでくる。

 彼はさっき言ったはずだ。自分は『剛剣』の傘下だと。


 ――「『剛剣』は嵐のような激しい剣を使う」。

 この話は大陸中で、それこそ四天の勇者に並ぶくらいには有名なことだ。

 となると、さきほどの攻撃はブラフだと考えるべき。

 そう結論づけて、私はまた大袈裟に剣で攻撃に備える。

 しかし――。またも、衝撃はない。

 まさか、クワイエットさんの言っていることは本当なのだろうか?


「容易に敵の言葉を信用しない。戦士として正しい行為と言えます。まあ、見るからにメイドですが……。しかし、私を相手するときにその心配は無用です」


 気が付けば、剣の届かない距離にいるクワイエットさんは爽やかに言った。一々格好いいので戦意が無駄に削がれてしまう。


「そのような小細工を弄しなくとも、私があなたに負けることはありませんので」


 丁寧な口調とは反対に、言っていることは尊大だ。だが、私はそんな底が見えない彼の態度が不気味で、不用意に反撃することを躊躇った。


「随分と自信があるようですね」


 まあ、メイド相手に余裕がない英雄など名折れいいところだろうが。

 恐怖で冷や汗が止まらなかったが、せめてボロ小屋の散策をするエピーモナス様が戻るまでは粘っておこうと、会話を繋げる努力をしてみる。

 どうもクワイエットさんは会話が好きなようで、返答してくれた。


「これでも静かな剣と書いて『静剣』と名乗る英雄ですので、ただのメイドに負けてしまっては英雄の名折れです」


 そう言ったと同時、クワイエットさんはゆったりと、しかし、実際は一瞬にして距離を詰めてきた。

 会話で集中力が乱れてくれれば良かったのだが、英雄はそんな間抜けなことはしないらしい。


「あなたは勘違いをしている」


 言いながら、クワイエットさんは剣を振るう。あまりの静かで、滑らかな動きは振るっているというよりも、なぞっているという印象がある。


「命のやり取りに相手を圧倒する力だけが有効なのではない。たとえ力がなくとも、剣を敵の急所に置いておけば……」


『静剣』。その言葉がしっくりくる。

 それほどに静かに――気が付けば、私の喉元には剣の切っ先が添えられていた。


「後は相手が勝手に自滅するのです」


 死ぬ。

 自然とそう思ってしまうくらいには、クワイエットさんの攻撃は完璧だった。

 しかし、そこで私が死ぬことはなかった。

 ――というのも。

 ちょうど、クワイエットさんが私に切っ先を向けるそのとき。


 エピーモナス様がボロ小屋から出てきていたようだ。

『静剣』に相応しい華麗かつ静かな攻撃は私の喉を貫く軌道から不自然な方向転換をした上で、逸れてしまった。

 そんな非現実的な出来事を私は安堵しながら、眺めていた。


 ああ、ようやくボロ小屋から出てきてくれた。

 クワイエットさんの攻撃が外れたことを理解して、私はエピーモナス様の姿を自分の目で確認したわけではないが、主がこの戦いに参戦したことを確信した。


「なんだってっ!」


 実際これをやられた側からすれば信じ難いことだろう。

 何せ、当たるはずの攻撃が誰かに妨げられるわけでもなく、唐突に、逸れるのだ。

 強者であれば強者であるほど、自分の力量に自信を持つ者が多いけれど、その全員にとって、エピーモナス様の『特性』の効力は認めがたいものがあるにちがいない。

 過去にエピーモナス様と戦闘訓練をして、悔しさのあまり泣いてしまった私が言うのだから間違いない。


「純粋な技術だけで、そこまで華麗な戦い方ができることには素直に称賛しよう。どこぞの勇者とは大違いだ」


 拍手して『静剣』を称賛しながら、鬱陶しいくらい機嫌の良い笑顔で姿を見せるエピーモナス様に、私は『静剣』と手を組んで、倒してやろうかと本気で検討したくなった。

 まあ、流石にこの状況でそんな行動をとったりはしないが……。


「あなたは何者です? どうやら私の剣が外れたのはあなたが原因のようですが?」


 相変わらず爽やかに、ただし、目が据わった状態でそう言うクワイエットさんは、私と話していたときと違って、エピーモナス様の力量を測ろうとしているのだろう。『静剣』の目はエピーモナス様の一挙手一投足すら見逃さないといった具合だ。


 自慢の攻撃を訳のわからない何かで阻害されたのだ。警戒して当然だと思う。

 そんな相手の様子に気を良くしたのか、エピーモナス様はサラサラの金髪を右へと流してから、自己紹介を始めた。


「我の名はエピーモナス・ビクトリア。特性『しぶとさ』を持ち、大陸に覇を唱え、千年王国を超える国家をつくる男だ。しっかりと記憶しておけ」


 生き生きと、不遜なことを恥ずかし気もなく言う。


「なるほど……これが勇者の力の源泉、特性ですか。どうりで攻撃が外れるわけだ。――となると、エピーモナスさん。あなたは勇者候補ということでしょうか?」


 エピーモナス様の国家をつくるという宣言は無視することにしたのか、クワイエットさんは改めて質問をした。

 あー、それは言っちゃダメなのに。

 クワイエットにとっては、ただの興味本位を質問であったのだろう。

 しかしながら、その言葉の中にエピーモナス様にとっては看過できない言葉があった。


「あのような千年王国の飼い犬と一緒にするな! ……我は勇者候補などではない。全ての強者が自分の知る知識の中だけで完結していると考えるとは、貴様は思考が浅い。浅すぎる。まるでなっていない。……無知ゆえの言葉とはいえ、我を勇者候補などと同一視したことは許さんぞ!」


 勇者候補という、四天にも届かず、世界からは勇者の予備とだけ認識される者達。

 仮にも『大陸統一』と『千年王国を超える国』という壮大な夢を持つエピーモナス様にとって、その言葉は侮辱そのものなのだ。勇者のことも嫌いらしいからな、エピーモナス様。

 普通は無名の者が勇者候補と間違われたならば、少し舞い上がってもいいだろうに。そこのところ、やはり偏屈で頑固者なだけはある。まあ、エピーモナス様を千年王国では悪名高いのだが、今はそれは置いておこう。


「勇者の予備としか考えられていないとはいえ、勇者候補に対して、そのような物言いができる人間がこの国にいるなんて……素直に驚きですね」


「国家に育てられたのではないからな。我は己で経験し、己で全てを得るように生きてきた。……まあ、不満があるとすれば、幼少の頃はどうしても親の世話にならなければならなかったことであろうな」


 エピーモナス様は、クワイエットさんを挟んで立つ、私の隣まで一切の警戒せず、無防備な歩みで向かってきた。

 不意を突くまでもなく、隙だらけな相手に、しかしながら、クワイエットさんはただ見送るだけだった。

 それはエピーモナス様を警戒したゆえの行為かもしれないし、ズルなどしなくとも勝つ自信があるのかもしれなかった。


「フィデリタス。あの線の細い男の名は?」


 これまで仕えてきた中でも、見たことのない、冷徹な目でそう問われる。


「あ………、く、クワイエットです。静かな剣と書いて『静剣』の!」


 あまりの迫力に私は挙動不審な受け答えをしてしまった。

 こっわ! この人、こんな目もできたのか。


「我は二つ名ではなく、名だけを聞いたのだが……まあよい。どうせ今から殺す人族のことだ。一々気にしてもしようがない」


 言うと同時、エピーモナス様は腰に身に着けていた剣を引き抜いた。

 あの剣はずっと飾りとばかり思っていた私だけれど、あの様子を見ると、どうやら戦闘用みたいだ。まあ、飾りにしてはその剣はあまりに無骨で、戦闘以外の用途は元からなかったのだろうが。


「フィデリタスは見ておればよい。お前には今後も我の無茶に付き合ってもらう。ならば、早い内に我が戦う姿を見せておいた方がよいだろう」

「はい」


 言われなくても、英雄と率先して戦うなんて考えたこともない。戦うにしてもエピーモナス様を盾にする気満々です。

 観戦をすることを強制された私ではあったが、そうは言っても相手は英雄である。呑気に観戦だけしていたら、人質にされかねない。

 だから、あくまで臨戦態勢は解かないままでいる。

 まあ、エピーモナス様の特性『しぶとさ』があれば負けはしないでしょうけど。勝つかどうかはわからない。


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