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覇道を進むは愚者の栄光  作者: 赤の虜
一章 千年王国脱出編
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ボロ小屋にて英雄に遭う1

3分割しました。

 それにしても、と私は思う。

 そもそも、どうして『業火』なんて大物がビクトリア公爵の領地に現れたのか。

 どこかの敵対勢力が千年王国の国境警備を突破したのだろうか。


 確かにそれならば、ビクトリア公爵領は国境付近に位置しているので、防衛力の強化のため、『業火』という勇者を援軍として駆けつけさせるのは、何もおかしくはないように思える。


 しかし、その考えはあり得ないとまでは言わないまでも、現実的な可能性として検討するには役不足だろう。

 前提として考えられる国境警備隊が抜かれた、ということ。問題はこの一文に尽きる。

 なぜなら、国境警備には『業火』のような新米の四天……などではない、本物の、というと語弊があるかもしれないが、そう表現するに相応しい実力を伴った勇者が配置されている。


 ――『怪力』の勇者。

 言葉だけ聞くと、ただの力自慢に聞こえるかもしれないが、彼の勇者はそんな生易しい存在では――断じてない。


「『怪力』の勇者の怪力は大陸すら砕く」


 などと、冗談のような噂が広がるくらいには強く、その名を千年王国中に周知されている勇者。それこそ、『怪力』と並べるのならば、同格の先代勇者、『常勝』・『災禍』・『闘争』の三人の勇者くらいしかいないのではないか。


 それが十数年もの間、千年王国に文字通り、入り浸ってきた私の考えだ。

 他の国ならば、その土地の最強の戦士の名を挙げただろうが、慣れとは恐ろしいもので、私はもう最強とは勇者である――という固定概念を長年の生活で、植えつけられていた。そして、その勇者の中でも別格とされる先代勇者はもはや怪獣だと思ってる。同じ人族だなんて思っていないのだ。踏まれただけで死んでしまうと本気で信じている。


 ……だからこそ、敵対勢力が万が一にも、千年王国の土を跨ぐなんてことは想像できなかったし、『業火』が現れる理由などないはず。

 もしかすると、私が見逃していることがあるのかもしれないが、残念ながら浅学の私にはまったく思いつかなかった。

 なので、わからないことをいつまでも考えていても仕方がないと、自信だけは世界一の我が主、エピーモナス様に訊いてみた。


「ところで、エピーモナス様、『業火』がビクトリア公爵領に現れた件について、どう考えますか?」

「どう、とは?」


 言いながら、エピーモナス様は私に背中を支えられるようにして運ばれている。そして、横向きなのを感じさせないスムーズさで、胡坐をかいた。

 ……器用すぎる。


「いえ、私も今日初めて、『業火』の勇者と会って、確かにあの情緒不安定さには驚きました。自分の持つ常識を疑いもしました。……しかし、アレでも勇者です。こんな国境周辺の、英雄諸国の近くに現れるのは普通ではないと思うんです」


 それこそ王様に命令でもされない限り、四天が直々に足を運ぶようなことはないのではないか。


「ふむ。……だがあの堪え性のない勇者のことだ。誰かに命令されて動いたという可能性よりも、気の向くままに勝手に来てしまった……とは考えられないか?」


 勝手に来た? 

 ふむ。

 言われてみると、私は覚えていないけれど、『業火』とは、四天の一角を担っているわりに、少しエピーモナス様に煽られたくらいで癇癪をおこす、という短気が過ぎる勇者。

 仮にも四天の一角だから、当然のように国の意向に従って行動しているものとばかり思っていたが、むしろ『業火』が勝手に来たという方が納得できる。


「そうですね。……ともあれ、一応そういった場合を想定しておいても損はないのでは?」


 何か論破させたみたいで、素直に引き下がる気にならなかった。

 そんな私の意見に思う所があったのか、エピーモナス様は誰に言うでもなく、「まあ、せっかくの旅の始め。それも一興か」と呟いた。


 その後、いきなり彼を運ぶ私の手から重さがなくなった。その直後。エピーモナス様はその巨体に見合わず、華麗に空中を数回、回転したあとで、私の隣に着地した。

 しかも着地のときにまったく音がしなかった。

 どうやったらできるんだろう。私もやってみたい。くそっ。


 無駄に格好いい着地を決められたことが悔しくて、そんな身のこなしができるのなら、最初から自分で歩けよと内心で呟く。

 まあ、どうせ私が文句を言おうと、「我のことは我が決める」と言って、強情に歩こうとしないのだろうが。


「……フィデリタスの言うように、千年王国の誰かがあの短気を寄越したのだとしても、何の理由もなく『業火』という戦力を送り込むとは思えない」


 エピーモナス様の体重がなくなり、異常に軽くなった片側の違和感を拭えずにいる私に構うことなく、エピーモナス様は自由気ままに先を歩く。

 協調性が微塵もない。エピーモナス様ほど他人との旅に向いていない人間もいないだろう。


「ならば、四天を送り込む理由があると見るべきであろう。そうだな……たとえば、日和見を貫いて戦おうとしない穏和派を力づくで、滅ぼすというのはどうだろう? 聞くところによると、王は政よりも戦に関心があるそうだ。『三度の食事よりも俺は戦を求めている、今すぐに持って来い』と言って臣下を困らせたことさえあるらしい」


 何だ、その戦闘狂は。王なら普通に優雅な食事を楽しんでくれればいいのに。何だって、戦おうとするのか。

 何の罪もない善良な市民を巻き込むなー! 戦がしたいなら自分一人で行けー!

 そして、エピーモナス様はさも公然の噂のように言っているが、私はそんな噂を聞いたことがない。どこでその話を聞いたのですかね。

 ……というか、


「千年王国の穏健派って、クラウン様じゃないですか!」


 エピーモナス様の父親じゃないか。他人事だと思ったら、以前の職場だった。


「うむ」

「うむじゃないですよ! もっと危機感を持ってください!」


 やれやれ。まさか出発して早々で、元の職場がなくなる危機に遭うなんて。


「千年王国ってそんなヤバイ人が支配している国だったんですか? もしそれが本当なら、私は一刻も早くこの国の支配地域から逃げ出したいです」


 安住の地だと思っていたところが、そんな危険思想の王の下で運営されていたなんて、知りたくなかった……。早く逃げなくては。


「まあ、流石に言葉が過ぎるかもしれないが、王が戦を求めているという情報は真実だ。一度、父上が自室で頭を抱えて、そのことを嘆いたところを見たことがある。あの光景は子どもながらに堪えたものよ」

「…………」


 頼むからそれ以上、言わないでくれ。このままだと、エピーモナス様の付き添いではなく、私が自ら率先して、千年王国から亡命したくなる。

 ああ、私の安住の地は幻だったのか……。

 逃げ出したくなるような現実に打ちひしがれていると、唐突に森の中で、木々がすっぽりとない、空間を見つけた。


 そこには、これまた不自然な存在感を放つボロ小屋が一つ、建っている。

 小屋を組み立てるのに使われている木材はサイズがちぐはぐで、小動物くらいならどこからでも侵入できそうなほど急ごしらえで、隙間は至るところにあった。


 ここが国境に近いという理由を除いても、怪しさしか感じられないボロ小屋である。

 ここはすぐに離れるべきだろう。

 私がそんなことを思っていると、珍しく自分の足で歩いていたエピーモナス様が言った。


「フィデリタス。いい加減歩くのも疲れた。あの小屋で休むとしよう」


 千年王国の国境付近で、どうしてあんな怪しさ溢れるボロ小屋で休憩しようと思えるのか、ボロ小屋よりも主の思考の方が不思議で仕方ない。


 歩くのが疲れた? もう少し運動した方がいいのでは? 鏡を持ってないんですか? ……そう言えば持ってなかったな。

 不満を抑えて、エピーモナス様の言葉に従うことにする。どうせ何を言っても意見を変えないのだ。言い争いしても、疲れるだけ。私は同じ失敗を繰り返すような愚かな真似はしない。


「そうですね。私も精神的に疲れたので、少し――

「おや、こんなところで人に出会うとは思わなかった」


 同意を示すために発そうしていた私の言葉は、不意に後方から投げかけられた言葉で遮られた。

 まったく気配に気づけなかった。反射的に振り返って見ると、そこには美女と見紛うほど、美しい顔をした、男性がいた。線の細い体からは、さっきの『業火』のような恐ろしさは感じられず、安堵してしまいそうになる雰囲気を持ち合わせている。二枚目というやつだ。


 しかし、男の腰には厚みのない、白銀に輝く装飾過多で薄く脆そうな鞘。そこに収められた細い剣がぶら下がっている。


「えっ……」


 だが、それがむしろ、より一層違和感がある。

 私はこれでも、十数年前までは傭兵をやっていたのだ。そんな私がまったく気配を察知することなく、こんな至近距離まで近づかれるなんて。

 まあ、ついさっき『業火』に奇襲されたけれど、あれを戦士の基準として考えてはほとんどの者が戦士にすらカウントされないだろう。あれは稀なことなのだ。稀にいるヤバくて、強いやつなのだ。

 では今、私の目の前にいるこの男は何だ?


 少なくとも一般人という線はないだろう。そもそも一般人はこんな森の中にいない。となると戦士と考えるのが順当だろうか。

 千年王国には勇者とその候補がいるので、傭兵はいない。というか、勇者がいるので必要ないのだ。

 ふむ……。


「そんなに慌てなくともとって食ったりはしないので、安心してください」


 こんな場違いな場所にいる美形が危険人物ではないと? 世界中の女の宝がこんな危険地帯にいていいはずがない。本当に彼は味方なのか?


「安心と言われても……。どうしてこんなボロ小屋の近くにいるんですか?」


 とにかく、安心材料の欲しい私は美形に質問してみる。敵であって欲しくない。私の欲望的に。


「ああ、仕事の延長でね。この国に用があって、ここで小屋をつくって休んでいました」


 世間話でもするかのように気安く話す男に対して、非常に残念ながら私はますます警戒を強めた。

 どう考えても、怪しい。


 第一に、彼は仕事と言ったが、こんな国境付近でするような仕事など千年王国にはない。そんな者は働く前に勇者に殺されている。


 第二に、彼は千年王国のことを『この国』という言い方で表現した。仮にも自分が住んでいる国ならば、そんな言い回しをする必要があるだろうか。あるかもしれないが、そういう言い回しをするのは自国を好いていない者ではないだろうか。


 そんなわけで、彼は他国の人間と考えるべきなのだが、この国は他国の者の単独行動を許さない。必ず勇者候補の人間が監視につく。そして、監視付きとはいえ千年王国に入国できることすら珍しいのだ。

 となると……他国の、千年王国に敵対する勢力の人間だろうなあ。はあ、やっぱりイケメンがこんなところにいるのはおかしかったのだ。

 内心で、溜め息を吐きながら私は対応する。


「仕事でこの国に……ですか。どうもあなたは他国の人間のようですが、千年王国にはどういった御用で?」


 私がその美形フェイスに魅了されず、疑惑の目で見ていることに気が付いたのだろう。言った瞬間、男のにこやかな表情がなくなり、無表情となる。

 向けられる視線には、傭兵時代に私が必死になって逃げ回り、恐れていた奴らと同等かそれ以上の威圧感があった。


 つまりは私などでは到底敵わない強者の同類さんである。

 やばい……、美形で線の細い体躯だから油断した。知らないうちに魅了されていたかもしれない。この人は『業火』と同レベルではないにせよ、同じ側にいる奴だ。

 今日は『業火』に遭遇してしまったのに、まだこんな奴と出会ってしまうとは……。

 すぐに剣に手をかけて、戦闘態勢を整える。

 それを見て、男は驚いたようだった。


「ほう。あなたのようなメイドでも戦闘の心得があるのですか。どうやら千年王国とは勇者以外は平和ボケしているという噂は嘘だったようだ」


 そう言って、男は抜剣する。

 言われてみれば、私は公爵家から貸し出されていたメイド服のままだった。

 仕方ないだろう。なんだかんだ言っても、一番丈夫な服がこれだったのだから。クラウン様がメイドとして仕える初日に、


「エピーモナスのお守りは大変だからな」


 という同情的な態度で渡してきた特別製なのだ。悔しいが傭兵時代の私の装いよりも頑丈なのだ。

 どこに行こうと何をしでかすかわからない主との二人旅。少しでも生存できる可能性は高めておいた方がいい。だから……断じてメイド服が気に入っているとはそんなことではない。むしろ、スカートのヒラヒラは大嫌いだ。クラウン様め、恨むからな。


「私の名は、クワイエット。英雄諸国『剛剣』傘下の英雄です」

「今度は英雄か……」


 たった一日で、こうも次々と大物と出会うなんて運のない。きっと、私の運はエピーモナス様という面倒を抱えていることで、相殺されているにちがいない。

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