大望
特性。
それは千年王国を代表する力だと言える。
たとえば、千年王国なら先代勇者が良い例だろう。
勝負事には絶対に勝つ。『常勝』。
人間の限界を超えた怪力であらゆるものを粉砕する。『怪力』。
闘争の申し子。『闘争』。
災いを操る人間災害。『災禍』。
彼らはその呼び名と同様の特性を持っている。
特性が強力だと言われる理由。それは、その力が影響を及ぼすのが世界を対象としているから。
剣で他人を切りつければ、敵の肉体は切り裂かれるだろう。気温が高ければ熱いし、低ければ寒い。それら現象は至って普通で、自然的なものだ。
……しかし、特性とは世界にある結果を強制することで、超常の力を行使することを可能にする。
現在の四天の一人、『業火』を参考にすればわかりやすい。彼は生まれ持って発火能力を持っていないにもかかわらず、炎を生み出し、操ることができる。
このように、本来は人ができないことまで可能にするのが、特性なのだ。
加えて、この特性は人によって能力や性質がまったく違う。
だから、稀に四天の勇者という規格外の強者が生まれることもある。
――そして、エピーモナス様も『しぶとさ』という特性を持っている。
『しぶとさ』は生き残ることが目的であれば、それこそ四天に匹敵するほどの力を発揮する。
何せ――たとえ敵が誰であろうと、とにかく『しぶとく』生き残るのだから。
ちなみに、私の経験だと、三王のような圧倒的な力もない、特性もない、英雄ほど技量もない、ないないづくしのただの人間が彼ら特性持ちに挑むと――戦いにすらならない。
実際私がエピーモナス様と訓練をしたとき、いつまでも攻撃が届かないことに飽きた彼が、お菓子を食べ始めたことがある。
そして、そんな彼にすら一太刀を浴びせることができなかった私……。
あのときばかりは本気で泣いた。
――なので、特性はその趣旨により合う内容が優先されるものなのだ。
英雄諸国へと向かう少し前。エピーモナス様の自室にて、私と彼は今後に向けて、意見の統一を図っていた。
「フィデリタスよ。大望である『千年王国を超える国家をつくり大陸統一』という目的のために英雄諸国へと向かう。お前には専属メイドとして我について来てもらう」
エピーモナス様は続ける。
「今も戦争が多発している英雄諸国だ。勝利を続けていけば、自然と部下も増えることになるだろう。……しかし、そこに至るために、まずやるべきことがある。――千年王国からの脱出だ」
真剣な顔で何か言っているけれど、私の頭にはさっぱり内容が入ってこなかった。
……さきほどクラウン様を殴ってしまったことで、帰る職場を失ってしまったという事実が、私を追い詰めていた。
やっちゃったなあ。
「この国は入国することも困難ではあるが、それ以上に無断で出国しようとする人間を嫌う。まして祝福して送り出してくれるような親切な国でもない」
私がもう少し冷静ならば、少しは状況も好転したのではないか。
「『裏切り者には死を』。まず間違いなく国境で殺される。だからこそ、英雄諸国へと向かう最大の難関だと認識してくれ」
今後、私はどうやって生活していけばいいのだろうか……。
私は顔を俯かせて、顎に手を当てて考え込む。
「一応、納得はしてくれたようだな。ならば、復習という意味でこの国がどれほど閉鎖的な国なのかだけは説明しておくぞ」
千年王国に残ってやっていくにしても、この国は勇者と勇者候補の選民意識が酷すぎる。たとえ雇ってもらえたとしても、それこそ奴隷のような扱いを受けても不思議ではないのだ。
それは嫌だな。
「この国はその盤石な基盤を失わないために全力を尽くす。諸外国が国に侵入する可能性を完全になくすため、国境に勇者まで配置した。それだけではない。民が良からぬことを企て、国を悪戯に混乱させないよう、治安も徹底している」
「その証拠に街では昼夜を問わず、警備隊がウロウロと徘徊しているだろう? ……そして、重要なことは、この国では国民が敵国に寝返ることを許さないことだ。言葉だけ聞けば、戦乱の世では当然のように聞こえるかもしれないが、正確には寝返る素振りを見せただけで処分される。だから、民が国境に近づけば、一方的に『裏切り』だと断定されてしまう。そんな国なのだ」
はあ。となると、どうせエピーモナス様と一緒に行くしかないのでは? 嫌だなあ、行きたくないなあ。平和に生きたいなあ。
「よし。説明は以上だ。では、早速行くとするか。……そうだ。フィデリタスには英雄諸国までついて来てくれる最初の従者として、道中我を運ぶ権利をやろう!」
ふと、現実に意識を向けてみると、エピーモナス様が機嫌よく何かを言っている。こういうときは下手に刺激しない方がいいんだよなあ。過去に上機嫌の彼に皮肉を言ったら、その月の月給が半減していた。直接的な攻撃ではなく、間接的な嫌がらせをしてきたことには腹が立ったものだ。
経験からそう結論づけた私は適当に返事をすることにした。
「わかりました。是非させていただきます!」
「えっ!」
そのときのエピーモナス様の驚愕の表情はすごかった。まるで冗談を言ったら、本当に真に受けられたときのような……そんな顔である。
一体、私は何を了承したのだろうか?