日常の終焉
未だシステムが分からず混乱しています。今後、複数回編集して直していきます。(やっぱ機械って難しい)
「解雇……ですか」
勇者を有する千年王国。
私はその公爵家のメイドとして十数年もの間働き続けてきた。
雇用主のビクトリア公爵であるクラウン・ビクトリア様。彼に拾ってもらって以来、私はクラウン様の第二子エピーモナス・ビクトリア様の専属メイドとして誠心誠意、粉骨砕身の思いで仕えてきた。
エピーモナス様は型に当てはまらない性格で、そんな彼と接するのは当初は苦痛以外の何物でもなかったが、今では軽口を言い合えるくらいの良好な関係を築けていたのだ。
それなのに……だ。
今、私の目の前で高級そうな椅子に腰かけるクラウン様はあっさりと、それこそお使いでも頼むかのような気安さで、解雇を通達してきた。
一体全体、私の何がいけなかったのだろうか。……まさか、エピーモナス様と関係が良好であることが生意気だと受け取られ、クラウン様に嫌われたのだろうか。
もしそうなのだとすれば、あんな自己中心的な主には早急に見切りをつけて、クラウン様の誤解を解かなくては。
いや、その誤解を解いたとして、自分の息子と折り合いが悪く、既に解雇が決まっているメイドに価値を見出してもらえない、ということもありうる。
私がクラウン様に色仕掛けできるくらい美女であったなら、そのような一見、無謀にしか思えないような行動にもやってみる価値はあるのかもしれない。
しかし、私はお世辞にも美女とは言えない。顔は……まあ、良くて中の上といったところだろう。いや、上かな。まあ、客観的な意見ではないから、実際は下の下ということもありうるが。
そんなこんなで、私が必死に起死回生の一手を模索していると、クラウン様が慌てて言い直す。
「おい、何か勘違いしていないか。別に私はエピーモナスの専属メイドをクビにするとは言ってない。ただあの頑固者の夢、『自分の国をつくって大陸統一』に付き合って旅をしてくれないかとお願いしているだけだ」
聞き分けのない子どもを諭すように、優しい声色でそう言うクラウン様。
はい? 上からのお願いって命令みたいなものでは?
それに大陸統一が夢とか言う、人間と旅をしろ? 冗談じゃない。せっかく公爵家のメイドなんていう当たりを引いたのだ。どうしてそんな私が、自分からそんな無謀な挑戦に同行しなければならないのか。
エピーモナス様には悪いが、一人で行かせればいいのでは?
「おおかた君はエピーモナスを一人で行かせばいいとでも考えているのだろう?」
よくわかりましたね。
「もう一度、しっかりと考えてみたまえ。エピーモナスのあの特性で、一人で行かせても生きていくことはできん」
さも当然とばかりに、自分の息子が生きていけないと言い切るクラウン様に、私は反論する気もおきなかった。考え直すべきはどう考えてもあんただ。
「…………」
これまで十数年。ずっと仕えてきた主を散々に言われているが、私としては納得さえしていた。
エピーモナス様を一人で放り出したら、数日で餓死する。いくら『しぶとく』ても攻撃の手段が壊滅的にない状態ならば、生き抜くことは厳しい。
「だから、お前にあの愚息のお守りを頼みたいのだ」
メイドでしかない私に頭を下げるクラウン様。雇い主のその行動に、私は抵抗を諦めた。
……はあ。仮にも雇い主にここまで言わせて断ったら、解雇どころか暗殺されかねない。
仕方ない。引き受けるか。
「……わかりました。引き受けましょう。……それで、『国をつくって大陸統一』なんて壮大な夢を持った私の主は、夢を叶えるためにどこに向かうのでしょうか?」
王都で勇者にでもなって、領地をもらい、そのまま独立でも考えているのか。もしくは、大陸全土で悲惨な扱いを受けている獣人を懐柔して、配下を増やすのだろうか。
どちらにせよ、実現可能な方法はあまり多くない。可不可を問わないならば、血みどろの戦乱の渦の中心地、英雄諸国にでも行き、片っ端から戦争で武力を示し、食料を奪い、配下を増やす。なんて方法もあるが、これに関しては考えるまでもない。全てで勝つことを前提にしているので、現実的ではない。今時、夢見がちな少年でももっとマシな夢を語るだろう。
「英雄諸国だ。……しかも、寄り道なく一直線に向かうらしい」
むむっ、おかしいな。今日はどうも耳の調子が悪い。
心の内で考えて最もあり得ない方法を選択しただなんて幻聴が聞こえたようだ。
まあ、冗談だとは思うが、ここはクラウン様に付き合ってあげよう。
「訂正します。クラウン様の命令は解雇ではなかった。エピーモナス様に同行して死んで来い、そういうことだったのですね!」
駄目でした。
自然と怒りを吐き出していた。
どうやら私は身近な危険を前に、冗談に付き合うほど器が大きくなかったらしい。
「もちろん、生きて帰って欲しいとは思う。ただし、あのエピーモナスと一緒に行くのだ。心配するな」
聖人のような微笑みで、私を送り出そうするクラウン様に、退路はないのだと私は悟る。
――とは言っても。
このまま従順に従ってやるのも癪である。これでも、十数年前までは傭兵業をやっていたのだ。最後に一言だけ言わせてもらうとしよう。
「そうですね。なら、クラウン様がご一緒されてはいかがでしょうか?」
どうせ了承などしてくれないだろうが、それでも一応、一縷の望みの込めて言ってみた。
すると、待っていましたと言わんばかりに、クラウン様は残念そうな顔をする。
「残念だが私には公爵としての仕事があるのでな」
前もって言い訳を用意していたのだろう。まったく残念そうに聞こえない。むしろ、満足そうな顔をしている。殴ってやりたい。
「それは本当に残念です。それでは、次期当主であるグラヴィス様も同様でしょうね。……つまり、私が引き受けるしかない」
「そうだ。引き受けてくれるな?」
クラウン様の目が眩しいくらい輝いている。太陽よりもよっぽど眩しい。……すごく腹が立つ。
「はい。………ああ、そうだ、クラウン様。今日がこの屋敷で働く最後の機会かもしれないのです。一つだけ……望みを叶えてもらってもいいでしょうか?」
「なんだね? なんでも言ってくれたまえ。私と君の仲じゃないか」
よし。言質はとった。
後は、この底知れぬ怒りをぶちまけるだけだ!
「戻ってきたらその皺だらけの顔が変形するくらいぶん殴ってやるから、覚悟しとけよっ、クソ爺!」
殴ってやった。それも加減なく思いっきり。
――かくして。
私、フィデリタスは、一時の怒りを我慢できずに、死刑になってもおかしくない無礼を働いた。
たとえエピーモナス様の夢が成就しようと、これで私が再び公爵家のメイドの地位に就くことは永遠になくなったわけだ。
でも…………後悔はしていない。
これは後になって考えれば、悶絶ものの黒歴史となりそうだ。
ただ……今だけは――すごく……気分が良い。
まだストックあるので、とりあえず全部吐き出します。