うん、死なないと物語が進まないからね。
目を開けるとそこは、見知らぬ病室だった。
いやそもそも、入院、ましてや病室になんて入ったことがないから、そりゃ見知らぬ病室なんだけど。
よくある病室の片隅で、よくあるベッドに横になり、よくある展開の一つとして、現状を把握しようと試みる。
えっと、なんでここにいるんだっけ?what's?
なんて必死にそれまでのいきさつを思い出そうとしていたら、ふいに病室のドアが開いた。
助かった、なんとかイベントが起きてくれたっぽい。
「おや、ようやく起きたようだね。幸い命に別状はなかったけど、それだって奇跡みたいなもんなんだ。
それに、ここでこうして生きていられるのも彼……いや、うん、彼のおかげと言ってもいい。
あぁ、君よりも状態がひどかったとはいえ、彼も奇跡的に助かったんだ。後できちんとお礼を言うといい」
そう言って、波平ヘアーのいかにもな高齢な医者は、しばらくこちらを観察した後、記憶障害の有無を確かめるべく、こちらに簡単な質問を投げかけてきた。
「まず、そうだねぇ、とりあえず一番大事な質問だ。自分の名前は、わかるかい?」
俺の名前……。大丈夫、ゆっくりでいい、思い出せ、思い出すんだ。
忘れてはいない、そんなはずはない。実際、もうここまで出かかっている。
そうだ、俺の名前は、
「……薫。早乙女薫だ」
「そうです。良かった。とりあえず自分のことはわかっているようだねぇ」
そうだ。俺の名前は早乙女薫。
よしよし、始めはどうなることかと思ったが、この調子ならなんとか、全て思い出すのはそう難しくはない……。
おい。なんなんだ今の違和感。
俺が喋ってるのに、別の誰かが喋ってるような感覚。
まるで俺と先生以外の第三者が発言したかのような。
うーん、違和感の正体がわからなかったが、現状悩んでいても仕方がなかったので、とりあえず先生に逆に質問することを優先した。
今は少しでも多く情報がほしい。
「ところで先生、俺は何でここに……」
ここまで喋ってようやく、違和感の正体に気づいた。
別の誰かが喋っているように聞こえたのは、その声を俺は誰よりも知っていたから。
そんでもって、その声が俺の喋りたいことと一文一句同じだったから。
……オーケー、オーケー、まだ慌てるような時間じゃない。
落ち着け、俺。
「そうだねぇ、出来ればなぜここにいるかも、君自身で思い出してほしかったけれど、今はそんなに悠長なことを言ってられないようだからねぇ」
先生は俺の質問に答えてくれようとしていた。
だけど、すでに俺の疑問は別のものに上書きされている。
親切に答えようとしている先生には申し訳ないが、今は何でここにいるか、とか、正直それどころじゃない。
「先生、質問の答えを遮るようで悪いんだけど、どっかに鏡とかってないかな?ちょっと確認したいことがあるんだけど。」
「ん?鏡かい? 手鏡で良いなら、僕のを貸すけれど。はい、これ」
そう言って先生は白衣からお手頃サイズの手鏡を取り出した。
いや、うん。俺の予想が正しければ、十中八九、間違いではないだろう。
だって現にほら、鏡を受け取ろうとしている俺の手、なんか凄いスベスベだし。めっちゃ白いし。細いし。
俺はそれを受け取り、今一度覚悟を決め、ゆっくりと鏡を覗き込んだ。
「わーお」
気付けば自然とそんな声が出ていた。
先生が怪訝な顔をして、こちらの顔を覗いてくる。
けれど不思議とパニックにはならなかった。まるで、そうであることが正しいかのような、そんな気持ち。
でも、一つ。一つだけ言わせて欲しい。
言うって言っても、心の中で叫ぶだけだが。
入れ替わってるぅーーーー!?