#006「時は流れて」
@中庭
タイラ「まったく。どうでもいい話はペラペラ喋るくせに、大事な話は直前までしないんだな、橘」
サクラ「ごめんね、タイラくん。なかなか言い出せなくて。でも、こんなに急に引っ越すことになるとは思わなかったんだ」
タイラ「まぁ、いやに部屋が綺麗に片付いてたり、修学旅行に乗り気じゃなかったり、その時は気に留めなかったが、思い返せば、不可解な点は多かったな」
サクラ「あと一年くらい、どうにかならないのかと思ったんだけど、どうしようもなくて」
タイラ「気に病むなよ。誰にだって家庭の事情はあるさ。俺だって、そういうのが理解できない歳じゃない」
サクラ「大人だね」
タイラ「ただし、頭で理解していても、それに感情が伴うかどうかは別だ」
タイラ、サクラの両肩に手を置く。
タイラ「俺は絶対、橘のことを忘れない」
サクラ「ありがとう。僕も覚えておくよ」
タイラ「行くな、とは言わない。だけど、必ず戻って来い。俺は、ずっとこの街で待ってるから」
サクラ「うん」
タイラ「約束だからな?」
サクラ「うん。約束するよ」
タイラ、腕を戻し、サクラから目線をそらす。
サクラ「タイラくん?」
タイラ、顔を覗き込もうとするサクラを押し返す。
タイラ「こっちを見るな。最後ぐらい、カッコつけさせてくれ」
サクラ「もしかして、泣いてるの?」
タイラ「俺が泣くわけないだろう。花粉が目に入っただけだ」
サクラ「まだ、シーズンじゃないよ。誤魔化すにしても、無理があるんじゃないかな?」
タイラ「コイツゥ」
タイラ、サクラの首に腕を回し、髪を引っ張る。
サクラ「イタタ。乱暴だな、タイラくんは。嫌いになりそう」
タイラ、サクラの拘束を緩める。
タイラ「それ、本気で言ってるのか?」
サクラ、タイラの腕をすり抜ける。
サクラ「本気で言うと思った? 冗談に決まってるのに。ハハッ」
サクラ、駆け足で立ち去る。
タイラ「おのれ。人の気持ちを玩ぶんじゃない」
タイラ、サクラを追いかける。
*
@源家
ナルミ「お兄ちゃん、お客さんよ」
タイラ「俺に? カットに来た訳じゃないのか?」
ナルミ「違うわ。それなら、お兄ちゃんを呼んだってしょうがないじゃない」
タイラ「それも、そうだな。それで誰なんだよ、その客は?」
ナルミ「会えば解るわ。フフッ。きっと、懐かしいと感じるはずよ」
タイラ「まさか、鳩貝や烏丸じゃないだろうな?」
ナルミ「大ハズレ。――どうぞ、お入りください」
サクラ「お邪魔します」
サクラ、部屋に入る。タイラ、サクラを呆然と見る。
タイラ「橘、なのか?」
サクラ「久し振りだね、タイラくん。十年前の約束を果たしに来たよ」
ナルミ「感動の再会ね。それじゃあ、あたしは店に戻るから。あ、そうだ。ハンカチを持って来たほうが良い、お兄ちゃん?」
タイラ「いらない気遣いをするな、ナルミ」
サクラ「ティッシュも必要なんじゃないかな? 花粉症だろうし」
タイラ「二人とも、そこになおれ。手打ちにしてくれるわ」
ナルミ、サクラに耳打ち。
ナルミ「逃げますか?」
サクラ「その必要はないよ。きっと、ただの照れ隠しだから」




