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salamander  作者: 柳岸カモ
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6

小さなイスに両足を乗せて、天井にくっついている扉に手を伸ばす。

イスの上で、つま先立ち。

めいっぱいに体を伸ばすけど、あとちょっとのところで指先が届かない。

さっきからイスがカタカタ。

気になってしようがない。

選んだイスが悪かったなぁ。

まさかこんなにもバランスの悪いイスだったなんて。


家のイスの中で、一番高いのを取ってきた。

欲張りだったな。

完全にそれが裏目に出た。

でも、「高さ」は必要だった。

ピアノのイスじゃ足りない気がしたし、

かといってあのでっかい脚立をここまで運べるほど、

僕は力持ちじゃあない。

だから、猫脚になってる花台の椅子をちょっと拝借したわけだけど……

脚が、細すぎたなぁ…

うん、細すぎた。

僕がのぼると、細い脚が弓みたいにしなって、

「ぎぎっ」って折れそうな音がする。

今も僕が少しでも動けば、もれなく音が出て

「みしっ」て鳴ると、かなり恐い。


(…倒れるかな。

 倒れるかもしれないけど、でも、たぶん大丈夫だろ、うん大丈夫。)


さっきからそう言い聞かせてみてはいる。


なんたって、この扉をあけるまで絶対に倒れるわけにはいかないんだから。


この扉をあけて、トカゲ男からママを助けなくっちゃならない。

それが僕の使命。




ことのはじまりは、ほんの少し前の出来事にさかのぼる。


「シーラ」

あいつがママの名前を気安く呼びながら近付いた。

それが僕の戦いの始まりの合図だった。


それまでママと僕は、二人だけの時間を過ごしていた。

ママが僕の傍にいて、僕の頭を撫でてくれていた。


それなのに、あのトカゲ男がのこのこやってきやがって!


「シーラ、さぁ、その手を」

あいつはいつもの通り、グレーの燕尾に山高帽子を被って、

ママの前へ手を差し出した。うやうやしくママの足許に膝をついて。


ちっ。

いけすかない男。

気取ってやがる。

思い出すだけで、腹が立つ。


あれは、あいつがママを誘うやりかたなんだ。


黄金色の髪に、エメラルドの瞳。

細い首。

しなるような長い指に、キメ細やかな肌の手。

長い脚。

トカゲだからか知らないけど、全身に妙な光沢がある。


髪がかたくて肌もごわごわな僕には、似ても似つかない男。


ママはあいつに手を差し伸べられると、うっとり微笑んで、

その手にそっと自分の手を乗せちゃうんだ。

そう、あれは、トカゲ男が使う魔法の一つだから。


魔法には叶わない。

僕がいくらママのそばに駆け寄って

「ダメだよ、ママ!」

って叫んでみたって、

ママはあいつに手を引かれていっちゃうんだ。


ママは昔、あいつにたぶらかされたにちがいない。

それからあいつの建てたこの城に軟禁されて、

最悪なことに僕を産んでしまった。

だからママは、とってもかわいそうなんだ。


湿っぽい話はおいといて。


トカゲ男の魔法その2。

天井を這って動けること。


ママの手を取った瞬間あいつは空中にとびあがって、

そのまま天井にぴたりと体をはりつける。

トカゲ男だから、どんなところでも張りついて動く。

重力なんておかまいなし。


あいつは体からネバネバする液体を出して、

それでどこにでも張り付いて動けるらしい。


どこぞの蜘蛛男ではないけれど、

トカゲは粘膜を使って自由自在に這い回る生き物だ。

粘膜はてらてら光って気色悪いし、

トカゲは毒を持っているから、人間には嫌われる存在。

でも実際、あいつは嫌味なくらい華麗に天井にくっついている。

葉巻をくわえていたり、魚の骨をくわえていたりもする。


僕は、そいつの息子だ。

胡散臭ぇガキなんだ、僕は。

そういう自分が時々、たまらなくいやになる。


あいつはママを抱いて天井に張りついて僕のほうへ微笑んで

「坊や、ママをお借りするよ?」

とやさしく言う。まるで歌うように。

「離せ、このトカゲ野郎!」

僕が叫ぶのを見届けるがはやいか、

天井についた扉をそっと開けて、やつは我が家の最上・一三階へいってしまう。

とまぁ、こんな具合に、ヤツはいつだってママをさらってしまうんだ。


そして厄介なのが、僕の家の事情。

円筒状の我が家は、十三階建ての高い作りになっている。


一階から十二階までは梯子や階段がついているんだけど、

十二階から十三階の間には、それがない。

なぜか。

理由1。

十三階はあいつとママの特別な部屋だから。

「坊やは入っちゃダメなんだ」と、憎たらしい笑顔で何度もあいつに教え込まされた。

こんな理由にならない理由はおいといて。

我が家が十三階立てな理由2。

やつが所構わず這いずり回るから。

低いところから高いところへ這いずり回るのがあいつの趣味なんだ。

悪趣味にもほどがあるだろ。

暇さえあれば家の中を下から上へざらざら這い回っているんだから、一緒に生活するほうはたまったもんじゃない。

おまけに、ママに添い寝してもらう時以外は必ずと言っていいほど天井に張り付いて眠っている。寝室の無駄だ。

さて、本命の理由3。

僕が梯子や階段から落ちてとっとと死んでしまうように、

意図的に作られているから。

もちろん作ったのはあいつ。

僕はずっとこの家で生活しているから慣れているけれど、

たぶんはじめてこの家に足を踏み入れる人は、必ず階段や梯子から落ちるだろう。

それもこれも全部、あいつのせい。

あいつの粘膜がところどころ剥がれて、階段や梯子についているせい。

あいつの撒き散らす粘膜は、昼間は見えにくくって危ないんだ。

踏めば間違いなく足を滑らせる。

少なくとも、僕は何度もそうなりかけた。

しかも夜になると光りだす。

不気味でとても眠れたものではない。

特に寒い夜は格別に良く光って、見ていると眩暈を起こしそうになる。


でも、僕はそれらの‘嫌がらせ’は、軽やかにかわしてきた。

どうやら僕には天武の反射神経のようなものが備わっているらしいし、

恐いものへの耐久力もあるらしい。


それがあの“トカゲ男”の遺伝子のおかげだとは、思いたくないところだけど…。




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