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salamander  作者: 柳岸カモ
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あれはそう、桜舞うあたたかな春の日のこと。


――かしこき、かしこき、「生徒様」に「保護者様」。

本日は本校へ足をお運びいただきまして、誠に、誠にありがとうございます。

えー、早速ではございますが、

本校の経営理念は「来るもの拒まず、出るもの追わず」でございます。

えぇ、仰る通り。

これは同時に、本校の教育理念でございます。

えぇ、コレをいただければ何でもござれ(と腹のあたりで親指と人指し指で丸を作る)でして。

はい、保護者様の御同意を頂戴いたしますれば、大事な生徒様を保護させていただきます。

さしずめ、保護者代行といったところでございますよ。

えぇ、はい。

もちろん、環境は整えてございます。

心配ございません。


はい、それはもう、ご入学頂ければ満足いただけること間違いございませんから。

えぇ。

はい。

は…在学期間でございますか?

そうですねぇ、極端な話…ございませ、ん。

え、それはもう、保護者の方のお気に召すままに、ということでございます。

極端な話ではございます、あくまで。

えぇ。

現在本校の最高学年は三十一年生となっておりますので、えぇ。

まぁ、極端な話、ですけどね――





僕の記憶の断片。


入学説明会での教頭の演説だ。

熱心に聞き入っていたのは保護者だけで、

僕はといえば教頭のタコ頭に夢中だった。

ぴかりと光ったその皮膚に指を触れたら、どんな具合だろうか、と。


ただ一つ耳に残った

「かしこき生徒様」

という言葉。


意味は入学してすぐにわかった。


それは名ばかりの「僕ら」という物品のこと。

持ち主は「保護者様」。

そして学校は、それを保管しておく金庫。

こうして学校のシステムは、単純明快というわけになる。

だからこの学校は、生徒を「生徒様」と呼んであがめ奉っているのだ。





入学式。


僕も含めた新入生たちはむやみやたらと誉められ、おだてられた。


「かしこき生徒様」

「うるわしき生徒様」

「本日より」

「御身お預かりいたします」

「証明書へのサインと印を」

「保護者様とのお別れを」

「保護者様がご退場なさいます」

「さて生徒様」

「これからの生活につきましては」

「書面にて説明させていただいておりますので」

「後ほど御一読をいただきたく」

「では本日は入寮の日となっておりますので」

「では生徒様もご退場いただきまして」

「私ども教師陣に従っていただきたく」

「なにとぞよろしくお願いいたします」


気を悪くするはずはなかった。

むしろ気味が悪いというのが皆の本音だったと思う。


学校の丁寧な態度は一貫したものだった。

そして、それに乗じて僕らはおかしくなっていったんだ。


それは言わば、モラルが欠如した世界の縮図。 


とにかく教師せんせいは、怒らなかった。


この学校に教師せんせいの役目は「生徒様」の機嫌をとって、お守りをすること。

ほほえんで世話をすれば、それで事足りるというわけだ。 



僕らはといえば

授業中は沈黙を守ればそれでよしとされ、

学問的知識の習得などハナから期待されていなかった。

学習の評価は2種評価。

「C」、もしくは「限りなくFに近いC」。

Cは合格を意味し、Fは落第を意味する。

つまり、どんなに努力してもCまでの評価しか与えられない。

逆を言えば、まったく頑張らず限りなく落第であっても

確実に「C」は与えられる。


この評価法は、学校が考案した「学習意欲削ぎ取りプログラム」の一つ。


この評価のおかげで、僕ら「生徒様」は学習する目的を失った。


それまで僕らは評価されるためだけに学習してきていただけに、

痛手といえば痛手だった。


「誉められるような行いをしなさい」

「世間で評価されるようになりなさい」

「そのために良い成績をとりなさい」

「家族のために、立派な大人になりなさい」


この学校に預けられて、僕らにはそれらの必要がなくなったのだ。

もはや僕らが学習をすることに何ら意味はなくなった。


僕らは学校に預けられている保管物。

二重ロックで守られた校舎の中で、

決められた栄養を補給しながら生きながらえている。


まるで温室の植物。


そんな生活の中での堕落は、ほとんど快楽に近かった。


何をしても許される。

何もかも手に入る。

何もかもが自由。

毎日が休日。

終わりのない長期休暇。

金によって保証される空間・時間。



しかしそんな生活に突如、一点の曇りが宿った。



「フラストレーション」



とめどなく与え続けられる自由への恐れ。


不可解な焦燥感。


もてあます時間との戦い。


やがて自己矛盾をきたした僕らは、みな一様に壊れていった。





最初は本当にささいなことだったんだ。

誰かが言い出した一言。


「トカゲをはずそう」





そんなわけで僕は例外になっていった。


いつだって馬鹿にされて

それが当たり前になったんだ。


僕がはずされた理由はわかっている。

僕に右腕がないからだ。


僕は左腕しか持って生まれてこなかった。

右肩からすっぱり何もない。

それでも僕は、わりとうまくやってると思う。

これまでも、これからも。






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