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僕の住む星は美しい。
北では夜毎に白雨が降り、
南では灼熱の愛撫が生物の体温を上昇させている。
中央の大地には長い長い亀裂が走り、
山や谷が不揃いに並んでいる。
そこでは数え切れほどたくさんの「唄」が作られているらしい。
星の形は球。
ボールのことだ。
その球体の星の真ん中に一本の串が刺さっていて、
それを軸にして全体がくるくる廻っている。
(なんだそれ。だんごかよ。)
生物の資料集をばたりと閉じて、教室を見わたした。
退屈な授業。
退屈な時間。
まわりのみんなだって僕と同じ。
熱心に授業をきいているってわけじゃぁ、ないんだ。
メール、睡眠。
はやめの食事。
みんなそれぞれに、やることが山積みなのだ。
僕の視界にちょうど入る、あの子だってそう。
さっきからゆらゆら、ゆらゆら…
机の下で組まれた彼女の細い足を眺めながら、ぼんやり思った。
一定のリズムで揺れ続けているもんだから、
どうしても意識がそっちへいってしまう。
何度も彼女の足から目を逸らして
窓の外を眺めてみてはいるんだが…
ダメだ。
どうしたって目の端に貧乏ゆすりが入ってくる。
もう一度横目で、腰、スカート、ふくらはぎ、と舐めるように見る。
思わず顔がニヤける。
(揺れてる足って、やらしい。)
「トカゲ!」
突然、われるほどの怒鳴り声が教室にひびいた。
とっさに黒板へ顔を向ける。
「女子ばっかり眺めてないで、ノート取れノートぉ!」
反射的にニヤけた顔が元に戻る。
教室の空気が凍りつき、シンと静まり返った。
「……えっと、僕?」
指で自分を指し、首を傾げた。
それまでチョークで黒板を打ちつけていた教師が、振り返って僕をにらんでいたからだ。
「当たり前だ、お前以外に誰がいる?」
斜め前の女の子がけげんな目つきで僕を振り返る。
「えっと…とってますよ、ノートなら」
やれやれとノートを頭上にあげて淡白に答えると、
どこからともなくクスクスっと笑い声が聞こえてきた。
「嘘を言うな! 女子をみてたろぅが! 反吐が出るわ、気色の悪い。」
そう、先生が吐き捨てる。
(気色悪い? 反吐が出る? 僕が?)
教室にじわじわと「いつものこと」という空気が漂っていくのがわかる。
僕がこんなふうに馬鹿にされるのは「いつものこと」なのだ。だけど…
「すいません、ボク、彼女の貧乏ゆすりが気になっちゃって」
悪びれたように装って「てへ」と笑った。
直後、ひそやかな笑い声だけが浮かんでいた教室に、
どっと揺れるほどの笑い声がおこった。
斜め前の彼女が真っ赤になって「信じられない」という顔で僕をにらむ。
(嘘じゃない。気になったっていうのは「いい意味で」だし)
僕はとっさに彼女に微笑んでみせた。
だけど彼女はさっと前をむいて、さっきまで組んでいた足をかたく閉じてしまった。
残念。
これで彼女の貧乏ゆすりをしばらく見れない。
そう思って、ふっと頭を垂れた。
(「おいトカゲ、そいつの貧乏ゆすりエロいだろ?」)
がやがやという教室の雑音に混じって、
(「ホモ野郎には刺激が強すぎたかぁ?」)
聞こえてくるのは、悪意に満ちた声たち。
(「トカゲ、俺に掘られてみるか?」)
それは自然に連鎖していくもので
(「バカ、トカゲは、掘り専だろ」)
どれも、僕を侮辱する言葉なのだ。
(「ははは、そいつはダメだ。俺、痛ぇのはカンベン」)
≪構うもんか…≫
首を折り曲げたまま、僕は心は麻痺させる。
(「何がカンベンだよ、ドMのクセして」)
(「笑うなよ、トカゲに掘られるのはカンベンなんだよ」)
(「それはそうだな、ははは」)
どれもこれも、あからさまな僕への侮蔑の言葉。
聞く価値もない言葉だ。
「ぉぃそこ、全部聞こえてるぞ」
教師が溜息交じりに話声を揶揄する。
僕に怒鳴る声とは全然違う、怒りのない声だ。
「さーせん、せんせ」
「えへへ、つい」
適当に謝って黙る彼らに
「静かにな」
とだけ言って、教師はまた黒板にチョークを打ちつけはじめる。
がりがり、がりがり。
チョークと黒板の表面が擦れる不快な音が響きはじめる。
(…僕以外、お咎めなし、か。)
慣れている。
こんなこと、慣れてるはずだ。
そう思えば、どうってことはない。
僕の名前は「サラ」という。
でも、この名前で僕を呼ぶ人はほとんどいない。
学校の人はだいたいが「トカゲ」って呼ぶ。
僕のことを馬鹿にするやつらは、そう呼ぶんだ。
さっきも先生が僕をそう呼んで怒鳴った。
あんなにひどく叱られるのは学校中でも僕くらいで、
ほかのやつらはだいたい可愛がられている。
なんたってこの学校じゃ、生徒は「生徒様」。
お客様扱いされてるんだ。