ドワーフの湯
※本作品は『異世界銭湯♨ ~松の湯へようこそ~』というタイトルで
新しく書き直しております。
ダンジョンを抜けるとそこは銭湯だった。
ドワーフのボルケーノが仲間たちと、古城を探索している途中の事だ。
仲間のひとりであるエルフの娘っこが虎挟みの罠で足を傷めたので、背負おうと提案したところ、
「誰がドワーフなんかの背中を借りるもんですか」
と一蹴されてしまった。
「うむ。我々種族間には、未だ深い溝が横たわっているようだ」
「大体、あんた身体洗ったのいつよ?」
「思い出せんが恐らくは――」
「ドワーフは不潔。不潔は却下。以上」
議論の余地なしと、彼女はそっぽを向いてしまう。
まあこれが俗に言うツンデレという奴だな、と好意的に解釈する事にした。
ボルケーノは一般的なドワーフの例に漏れず職人気質で寡黙だったが、前向き思考な持ち主でもあったのだ。
一行はエルフの娘っこの治療が完了するまで、途中で見つけた広間で休息することになった。
どうやらそこはかつての城主で魔術師でもあった男の実験室のようだった。
床のあちこちに魔法陣を試し書きした痕跡があり、エルフの娘っこが丸眼鏡をかけ、辞書を片手にすごい発見だと興奮しながら床を這っている。澄まし顔と顰めっ面が得意な長寿族の癖に、学者肌で魔術に関連した小難しいことが大好物なのだ。
そして周りが見えなくなることがあるのが玉に瑕だ。
彼女は自分がうっかり踏んでしまっている円環が何やら妖しげな光を発している事に気付いていない様子だった。
「……」
一般的なドワーフの例に漏れず、呪い事にからっきしのボルケーノではあるが、それでも非常に拙い状況であることは理解していた。
故に、為すべき事を為す事にした。
つまりは猛然と走り出すと、
「どっせええええい」
エルフの娘っこを突き飛ばしたのだ。
代わりに自身が、円環の内側に踏み入れてしまったのは御愛敬だ。
瞬間、世界は光の洪水となった。
「ぬう……!」
逃げ切る前に魔術が発動したのだ。
未だに状況を分かっていないエルフの娘っこの罵声と、様子に気づいた仲間たちの声が上がり――途切れる。
遠くなる意識のなかで、ボルケーノは「ああそういえばあれは半年前だったなあ」と、今更ながらに思い出していた。
◆
気が付くとボルケーノは座り込んでいた。
そこは薄暗い通路だ。
背後は行き止まりで、だからひたすら前に進むしかないようだった。
果たしてこの路はどこまで続くのだろう、と不安に駆られながら歩いていると、すぐに出口らしき光が見えてきたのでほっとする。
何故か天井から垂れ下がった三枚の布のようなものを分け上げて、恐る恐る外に出た。
そこに広がっていたのは見知らぬ景色ーー古めかしい木造の建築物の内部だった。
屋内にもかかわらず天井から降り注ぐ灯りのおかげで昼にように明るい。
先程までいた古城はどこにいったのか。
「いらっしゃい」
いきなり声をかけられ、そちらを見る。
建物の奥に背の高い台があり、その上に見知らぬ人物がいた。
頬杖をついた子供だ。人間の娘だろう。
金髪で、やたらと眉毛が細く、目つきが非常に悪い。
飾り気のない赤一色の衣服を身につけており、起伏の少なそうな胸に縫い止められた白い布地に『三年ニ組 まつばらまつり』と文字がある。
名前だろうか。見慣れぬ文字なのでボルケーノには読むことができなかった。
「あんたはドワーフだね?」
「如何にも……ここはどこかね?」
「東京都葛飾区だよ」
「トキョシカク……。はて、知らん地名だな」
改めて辺りを見回りしてみる。
すぐ背後には、三枚の古びた紺色の暖簾が掛かっている。それぞれに『湯男』『人界世異』『湯女』とこれまた見慣れぬ文字。
その向こう側は明るく、喧騒が聞こえてくる。確か暗い通路を歩いてここに辿り着いたはずなのに、外界と通じているようにしか見えなかった。
ドワーフは髭をしごきながら考える。
非常に困ったことになった。
恐らくあの魔法陣によって『転移』させられたと考えるのが妥当だろう。一体どこまで移動してしまったのかは現状では分からない。だがここが名前も聞いたことのない遠い土地であるならば、一日や二日で元の場所に戻ることは不可能だろう。
だがボルケーノには何とかして仲間たちの元に戻る必要がある。
「お嬢さん、ここは何かの店かね?」
「松の湯って銭湯」
マツノユ? セントウ?
「所謂、古き良き公衆浴場さね」
「……」
だがボルケーノには、彼女の説明では、ここがどういう店なのかさっぱり理解できなかった。
ただ店内を見回す限り、商品らしきものは陳列されていない。だから道具屋のように物を売るのではなく、宿屋のようにサービスを提供する類なのだと理解できた。
人間の娘っこはこちらの事情を知ってか知らずか、台の上からボルケーノをじろりと値踏みした後、掌を差し出してきた。もう片方の手は親指で背後を指している。
「もし入るならドワーフは七十ゲルンだけど、どうする?」
◆
素直に七十ゲルンを支払ったのは、客になればぞんざいに扱われる心配もなく、色々と相談に乗ってもらえるだろうという打算があったからだ。
だがその考えは早々に打ち砕かれてしまった。
「じゃあまず服を脱いで、話はそれからだ」
店の奥へと案内された途端、人間の娘っこにそう凄まれた。
店側が強盗に遭うのなら分かるのだが、店員が客を追い剥ぎするというのはとんでもない話だ。
ただ治安の悪い街では、旅人がそういう被害に遭うという話は耳にしたことがある。
つまりそういう事なのだろう。
反射的に腰元にある手斧『断頭大蛇』に手が伸びそうになるが、相手はまだ娘っこだと、思いと留まる。できれば手荒な真似はしたくはなかった。
だが、こちらの隙をついて彼女の手が伸びてきた。
そして兜が、胸当てが、籠手が、シャツが、ズボンが瞬く間に剥ぎ取られてしまう。それは本当に一瞬の出来事で、これまでに出遭ってきたどの掏摸よりも豪胆で、筋がいいと驚きを通り越して感心しまっていた。
「ちっ……未だ残ってんな」
「待てこれは――」
「四の五の言ってないで、さっさと全部だよ」
彼女が拳をごきごきと慣らしながら、更に迫ってくる。
それから飢えた獣のような獰猛な目つきで、ボルケーノを、いや正確には最後の砦である褌を睨みつけてくる。
「……!」
急にぶわと首筋に冷や汗が沸いてくるのを感じて、思わず後ずさる。
何という威圧感だろうか。
戦士としての長年の勘が、彼女はこれまでに渡り合ってきたどんな怪物よりも強く、恐ろしい存在である事を告げている。あの荒神の谷で死闘を繰り広げた卑竜や、あの火の山峠で出会った極東の眼帯をした刀の達人が可愛いと思える程の脅威。
目の前にいるこの小さな人間の娘っこには、決して逆らってはいけない。大人しく言うことに従い、機嫌を損なわないようにする事だけが、生き残る唯一の術だ。
「……わかった」
ボルケーノは両手を挙げ、降伏の意を告げた。
それからその手を慎重にゆっくりと下げて、腰に手を当てる。最後の砦を解き、折りたたむと、それを恐る恐る差し出す。
彼女は「わかりゃあいいんだ」と犬歯を見せて満足そうな笑みを浮かべた。それから何故か、引換とでも言うように、一枚の白い布切れを手渡してくる。
ボルケーノはよく分からないまま大人しく受け取る。
手拭いらしい。そこには『松の湯♨』という青い文字が染められており、例によって意味を読み取ることはできなかったが、取り敢えずその布で股間を隠すことにした。
◆
それから更に奥の部屋へと連れて行かれた。
床がひんやりと冷たく濡れていた。
青い床だ。よく見れば小さく四角い滑らかな板が隙間なく敷き詰められている。足の裏の感触から陶器製の瓦だと判別できたが、何故、濡れているのかまでは分からなかった。
「んじゃあそこに座って、目を瞑って」
座らされたのは、陶器のような滑らかさと木のような軽さを持った椅子だった。尻がひんやりと冷たい。
とんでもない場所にきてしまったようだ。
何が行われるのかは分からなかったが、嫌な予感しかしない。
「これから、ちょっとだけ痛い思いをしてもらう事になるから」
瞼を閉じたまま、ごくりと唾を飲み込む。
やはり。恐らくここは拷問部屋なのだろう。
それで床が陶器製の瓦張りな理由も理解できる。濡れているのは、自分以外にもここを訪れた旅人によってついた「汚れ」を洗い落としたからだ。水を弾くこの床なら「掃除」はし易い。
人間の娘っこは、ここに移動するまでの間、何か道具を持っていた。
確か、鮮やかな青色の長い管と、先っぽに束子の付いた長い棍だ。
どのように使うのかは皆目想像もつかなかったが、それで『痛い思い』とやらをさせるつもりなのだろう。
目的が、金銭を絞れるだけ絞ろうというものであれば良いと思った。それならば生き長らえる十分に可能性はある。
最悪なのは嗜虐趣味の為、邪神崇拝の生け贄の為に、苦しむだけ苦しんだ挙句に殺される事だ。
「まあ心配しなくてもすぐに終わるし、それが終われば後は極楽だよ」
瞼を閉じていても、人間の娘っこが凄みのある笑みを浮かべているのが分かった。
その言葉の意味はつまり『用が済めば殺して楽にしてやる』ということで間違いないだろう。
終わった。
ボルケーノが己の無力さを噛みしめ、目を強く瞑る。
おもむろに何かを浴びせられ、びくっとなる。
よく分からないが、粉のようなものを頭から大量に振りまかれていた。
更に続けて熱い湯をかけられる。
「……」
ボルケーノはついに恐怖に耐えきれなくなり逃げようと試みる。
だがそれは未遂で終わった。
彼の背中を、少女の足が踏んでいた。どういうわけかその小さな足には、大鬼の如く膂力が込められており、立ち上がるどころか上体を僅かに反らすことすらできない。
「申し訳ないけどさ、異世界人は、衛生状態に問題があるんだよね」
彼女が何かを語りかけてきていた。
だがボルケーノの頭にはまるで入ってこなかった。
何故ならば堅いものを押しつけられていたからだ。
それは束子だ。束子のついた棍を物凄い力で、何度も何度も擦り付けてきた。それは異常な力強さだ。
どんどんと皮膚が削られていく恐怖で、頭が一杯になっていた。
幸いまだ痛みはない。
むしろ心地良いくらいだ。だがそれが余計に恐ろしかった。
このまま少しずつ少しずつ生皮を剥いで、肉を抉っていく、いくえげつない拷問の手口なのだろう。
「なかでもドワーフの男衆は別格。人間よりも分厚い皮膚と、頑強な身体つきのせいで滅多なことじゃ病気にならない。それは良いことだけどさ反面、清潔さを保つって習慣が根付かないだろ。おかげで垢まみれで埃まみれで蚤だらけ……っと」
いつの間にか椅子から転がされ、腹を踏まれていた。
押さえつけられた挙げ句、あちこちをくまなく擦られていく。
薄っすらと瞼を開けると、身体にまぶされていた白い粉が、何故か滑り気を帯び始め、泡立ち始めていた。
「でも、うちは来る者拒まずの方針でね。寧ろ汚ければ汚い連中ほど綺麗に身繕いしてあげるのが、じいちゃんの方針だから、出来立ての陶器みたいにしてやるよ」
この滑り気を利用して逃げようと試みるが、どれだけ抵抗しても、小さな片足を跳ね退ける事ができなかった。彼女は手慣れた作業でもするかのように、柄のついた束子を動かしながら、一方的に喋り続けている。
それからどれくらいの時間が経っただろうか。
気が付くとボルケーノは理不尽な足から解放された。
そして少女の向けてくる青色の細い管から噴き出したお湯によって、身体についた泡が落とされていく。
「……ほら一丁上がり」
ボルケーノのはこの時点になってようやく拷問をされていたわけではないと気づき始めたいた。
すっきりと泡の落ちた見回したが、どこにも傷などはない。ただ肌を被っていた垢や固くなった皮膚がこそげ落ち、見たこともないくらいに艶を帯びている。
殺されるわけでも、拷問されているわけでも、ましてや追い剥ぎをされたわけでもなかったのだ。すべてはただの勘違い。自分はただ身体を洗われていただけだったのだ。
◆
「後はごゆっくり」
赤い服の娘っこがにやりと笑って部屋の奥を指差してから、束子のついた棍を肩にかけて去っていく。
本来ならば謝辞を述べる場面であったが、ボルケーノはそれまでの恐怖によってすっかり身も心も疲れ果ててしまい、何も言うことができなかった。
「わしは、何をしているのだろう……」
彼にできたのはただ与えられた手拭いで前を隠すことのみだった。
それから自分でもよく分からないまま吸い寄せられるように、ふらふらとそちらへと向かっている。
それは部屋の奥にある白い蒸気が立ち上っているただっ広い桶だ。
縁からはまるで泉のように懇々とお湯が湧き出しこぼれ出ていた。
覗き込むと顔にほんわり温かい蒸気が当たる。
目の前の湯には驚くほど透明感があった。
人里離れた湖のように濁りのない水。これだけのものを調達し、これだけの量を熱するのに、一体どれだけの手間と費用がかかっているのだろう、と思った。
「……」
ボルケーノにとって湯というものは茶葉を入れ飲むものであり、料理に使う為だけのものだ。百近いドワーフ人生のなかで湯に浸かるという経験など一度もなかったし、そんな想像すらしたこともない。
だが今、ボルケーノはどうしてもそのなかに入ってみたいという欲望に駆られていた。
そして気が付くと湯に片足を突っ込んでいる。
探るように視線をさまよわせていると、自分以外にも客がいる事に気づいた。枯れ木のように細く皺だらけの人間の老人だ。
彼ははすでに桶のなかにいた。手拭いを頭頂部に置き、湯のなかへとっぷりと浸かって気持ちよさそうに鼻歌を唄っている。
老人と目が合った。
彼に助けを求めるように視線で訴えると、こちらを見つめ返し、厳めしい顔つきで頷き返してくる。
ボルケーノは意を決すると、彼のように手拭いを四隅を揃え折り畳み頭に乗せた。それからゆっくりと慎重にひざを曲げていく。腿を湯に沈ませていき、尻までが湯に入ったあたりで――
「ほう」
溜息が零れた。
それは決して嘆きの感情に起因するものではない。安堵と、喜び、そして感嘆からくるものだ。
気づくと肩まで湯に浸かっている。とても温かい。まるで凍り付いていた身体が解凍されていくような感覚だった。
それから何故か昔の事を思い出していた。
まだ故郷があった頃の事だ。
炭鉱街には洞窟浴というものがあった。それは蒸気の発生する坑道を利用した、身体の汗を流す為の施設だ。
そこは当時の彼にとって憩いの場所だった。一日の仕事の終りに、そこで仕事仲間たちと身体の汚れを落とし、疲れを癒やす事が何よりの楽しみだったのだ。
だがそれも何十年も昔の話だ。あの日以来、その習慣は故郷とともに失った。
だがこれはあれと似ていると思った。
「……」
そしてゆっくりと目を閉じると洪水が起きた。
記憶の奔流だ。これまでの人生の出来事が一気に押し寄せ、通り過ぎていくような感覚に襲われたのだ。
苦労してここまできた――。
大変な道のりだった――。
ボルケーノは元々しがない炭坑師だった。
生まれてから五十年、土竜の国の炭坑街から出たことがなかった。それがある日、人生が一変した。黒死の霧によって街が占領され、親も、幼なじみも、仕事仲間も、街中の人々が死に絶え、骸骨にされてしまったのだ。
そしてすべてを失った。
ただ一人、自分だけが旧坑道を辿り生き延びることができた。
だから誓ったのだ。残りの人生を賭け、霧への復讐と街の解放に挑むのだと。
それからは苦難の連続だった。
同志を集めてまわりながら、怨霊の王を封じる術を求め、各地を旅した。そしてついに黒死の霧を払う為の大きな手がかりとなる古文書の在処がわかり、さ迷える古城の攻略に乗り出したのである。
そう。自分には果たすべき使命があった。
まだ旅路の途中だ。今すぐにでも情報収集したのち、手はずを整え、飼い葉の国に帰還しなくてはいけない。仲間のいるあの場所に戻らねばならない。すぐに立ち上がり、一刻も早くこの湯から出ていかねばならないのだ。
だがしかしどういうわけか四肢の力が入らない。
指一本まともに動かすことができなかった。
瞼すら開かない。
身体からありとあらゆる力が抜け出ていく。いやそれどころか、身体そのものが溶けだし、このまま湯そのものとして拡散していくような錯覚すら覚えていた。
ボルケーノはすべてを忘れ桶の壁に背を預けると、「ああ極楽だ」と独りごちた。
◆
元の場所に戻るのは案外簡単だった。
先程の少女――バントウさんというらしい――に尋ねると、出入り口の暖簾をくぐって出ていけば『帰還』できると教えてくれた。他にも色々と説明を受けたのだが細かい事はどうでもいい。ただ元の場所に帰ることができればそれでいいのだ。
「いい湯だった。いつかまた遊びにきたいものだ」
「じゃあ入浴券を持って行くといいよ。機会があれば来れるから」
そう言ってバントウさんが手渡してきたものを受け取る。
焼き印の入った木札だ。
「世話になった」
「あいよ、またのお越しを」
暖簾をくぐり外に出ると、いつの間にか先程の暗い通路に戻っていた。
振り向くと石壁。そこにバントウさんはいない。
そのまま真っ直ぐに歩いていくと、突き当たりの床に魔法陣があったので、言われた通りに黄金に輝くそれを思い切って踏み込んでみる。
するとすぐに周囲が薄ぼんやりと暗くなり『転移』し始めたのが分かった。
◆
辿り着いたのは見覚えのある大部屋だ。
床には石膏で引いたらしい白い線で魔法陣がいくつも描かれており、ごちゃごちゃと書物やら薬瓶などが散らかった棚が並んでいる。
目の前には見知った顔がいた。
エルフの娘っこだ。
彼女は目元や頬を濡らしながら、亡霊にでも出くわしたような顔でこちらを凝視している。
他の仲間たちもぽかんとして呆けていた。
「やれやれ、どうやら元の場所に戻ってこれたようだ」
その後、仲間たちが、どこにいて、どうやって戻ってきたのか説明を求めてきたが、ボルケーノは適当に誤魔化した。うまく説明できる自信も、説明したところで信じてもらえそうもなかったからだ。
ともあれボルケーノたちは探索を再開すべく部屋を後にする事にした。
「さっきは御免なさい……」
エルフの娘っこは、今回の件を痛く反省しているらしく、始終浮かない顔つきだった。治癒薬を塗ったおかげで歩けるようにはなったらしいが、杖をつき足を引きずりながら歩く姿は痛々しい。
見ていられないので、ボルケーノは再び背負おうと提案してみる事にした。
「ドワーフの背中に用はないかの?」
「……」
彼女は顰めっ面になると、恐る恐るこちらに近づいてきた。
そして犬のように鼻をひくつかせてくる。エルフは病的なまでに潔癖症なのは仕方がないことだ。かつて起きた種族間のいざこざの原因も、衛生問題をめぐる価値観の違いが一端にあったと言い伝えられているくらいなのだ。
だが彼女は驚いた顔になりまじまじとこちらを見てくる。
「あんたドワーフの癖にあんまり臭くないわね?」
「セントウに入ったからの」
「何それ。まあいいわ仕方がないから背負われてあげるわよ」
やれやれとその場にしゃがむと、エルフの娘っこが負ぶさってくる。彼女はエルフの例に漏れず、普段から木の根とか豆しか食べないので驚くほど軽かった。
程なくして耳元で早速、「のろま」だの「乗り心地が悪い」だなどと文句や悪態が聞こえてくる。まあ照れているのだろう。
やはり彼女はツンデレなのだろうな、とボルケーノは持ち前の前向きさを発揮しながら、仲間たちと部屋を後にする事にした。
松の湯豆知識その①
番頭さんの名前は松原祭さんといいます。松の湯ではお古のジャージで仕事をしています。身長は百四十五センチです。好きな食べ物は焼き鳥とビールです。
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