俺の妹が不幸すぎる件
企画もので面白そうだったので、書いてみました。
短編ということなので、悪役令嬢が更生するところまでです。
後はテンプレ展開なので、希望する人がいれば書くかもしれません。
俺の名はウィズワルド。騎士の国と言われるラウンドにおいて侯爵位を賜るトリスタン家の嫡男だ。
武の家として質実剛健が求められるトリスタン侯の跡取りといて、恥じぬよう文武共に努力してきたつもりだ。その甲斐あってか、親父には正式に跡取りとして認められ、騎士叙勲も済ませた。美人の婚約者もできて結婚も間近、順風満帆と言えるだろう。
だが、そんな俺にも一つだけ頭を抱えたくなる大問題があった。
それは血を分けた我が実の妹、シャルロットのことだった。
あの愚妹、いや我が愛しい妹は、かつては目に入れても痛くない程可愛らしい妹だったのだが、今や見る影もない。極上の絹を思わせる美しい色艶の髪と透き通るような白い肌は、ボサボサで辛うじて不潔ではないというだけになり下がり、肌の白さはひきこもりからくる病的な白さにかわられた。可憐で美しい容姿は見る影もなく肥え太り、鈴の音のような声色は今や濁声だ。心優しい澄んだ目をした娘だったのに、すっかり荒み目はどんよりと濁ってしまっている。
本当にどうしてこうなったと言いたくなる惨状である。
しかも、始末が悪いのが、こうなったのはシャルロットだけの責任ではないということだ。次から次へと婚約者を替えた親父も悪ければ、そのストレスで食に逃げ、さらに他者に八つ当たりしてしまったシャルロットにも責はある。そして、その逃避を認めてしまった周囲の人間、つまり俺やお袋達も悪い。
無論、親父も悪気があって婚約者を替えたわけではない。シャルロットの幸せを願ってのことだ。
ただ、婚約者が早世してしまったり、侍女と駆け落ちやらかしたりなど、問題が発覚してしまっただけなのだ。見る目がないと言えばその通りだろうが、貴族の婚姻なんてものは基本的に家の関係で結ばれるものであり、個々の資質と言うのはそこまで重視されるものではないのだ。
まあ、それでも本来変更などありえないはずのそれを、三度も替えるのはやり過ぎと言わざるをえない。
婚約者が替えられる度、相手に合わせるべくしてきた努力をふいにされるシャルロットは、凄まじい徒労感を覚えたのではないだろうか?
むしろ、それでも耐えて四人目までの婚約者には合わせようと必死に努力してきた妹の健気さは、賞賛されるべきであったろう。
だが、それも四人目の婚約者がトドメをさしてしまった。自身の侍女に懸想した挙句、子を成してしまったそいつは、こともあろうか駆け落ちしやがったのだ。それも結婚式の前日に……。
ようやく幸せになれると思った矢先にこれである。三回の婚約者変更に堪えてきた流石のシャルロットも、これには耐えれらなかったらしい。
その日以来、シャルロットは人が変わったかのように身分に厳しくなり、使用人達を必要以上に叱責するようになった。時には難癖つけてまでである。
正直、痛々しすぎて見ていられなかった。
本来なら、ここで正すべきだったのだろうが、情けないことに親父やお袋は勿論、兄である俺でさえ、シャルロットになんと声をかけていいのかわからなかったのだ。
その結果がシャルロットの現状だ。
公私の区別はつけるが、身分関係なく分け隔てなく接し使用人達に慕われた優しい姫は、今や身分の下の者には毒を吐き難癖をつけて叱責する毒婦に成り果てた。かつて他家の令嬢達の羨望と憧憬を一身に受け、数多の貴公子達を虜にしたトリスタンの至宝は、今や夜会の招待も倦厭される木石以下の扱いだ。
どうにかしなければと誰もが思いながら、結局誰も正すことができなかった。
お袋はすでに諦め気味で、親父もそれは変わらない。申し訳程度に、例外的に婚姻の自由がある程度認められる高等貴族学院に高い金を出して入れただけだ。それで親の義務は果たしたと言いたいのだろう。
しかし、俺はそれを許容できない。俺はシャルロットの真の姿を知っている。あの聡明で美しい自慢の妹がこのまま腐れ落ち、絶望のまま死んでいくことなど絶対に許せない。そも、婚約者の変更自体には妹に責などなにもないのだ。責められるべきは選定した親父と相手側の家であるはずなのだから。
それに何より、俺は不幸のどん底にある妹を見捨てて、自分だけ幸せになるような男にはなりたくない。これ以上、シャルロットの兄として情けないところは見せられないのだから!
故に、俺は婚礼の半年前、覚悟を決めて妹の部屋の前に立った。
シャルロットと本音で話し合うために、人払いはすでに済ませてある。
軽くノックをし、来訪を告げるが何時ものごとく反応はないかと思えば、なんと反応があった。
「……お兄様ですか。どうぞ」
しかも、入室許可まででたではないか。おかしい、妹は今の姿で他者と会うことを忌避していたはずなのだが……。その為に、今回は強行突破も辞さない覚悟で来たというのに。
まあ、強行突破しなくて済んだのは幸いだ。実の兄妹といえど、妹の部屋に無理やり侵入する兄など外聞が悪いなどというレベルではないのだから。
「お久しぶりです、お兄様。こうして対面するのはいつ以来でしょうか。……本当に長いこと無様を晒してしまいました」
俺の顔を見るなり、そう言ったのは憑物がとれたようなシャルロットだった。容姿・体型は酷いものだし、髪もボサボサで病的に白い肌なのも変わっていない。
だが、目と声が違っていた。その目は澄んでおり濁りがない。声も以前の鈴の音まではいかないにしても、けして濁声ではなかった。
間違いない、かつてのシャルロットだ!
「シャルロット、おまえ……」
「お兄様、聞いて下さる?自分だけが不幸だと思い込み、周囲を巻き込んで絶望する馬鹿で愚かな一人の女の物語を」
妹は、私の言葉を遮り、恐ろしい物語を語った。自身の破滅に周囲を巻き込み、多くの人を不幸にしながら最終的に絶望して死んでいく不幸な女の物語。想像力が豊かだと一笑に付すべきであるはずなのに、俺には妙に生々しく聞こえ、そうすることができなかった。兄嫁を病死と見せかけて毒殺するというくだりなどでは、真剣に怖気が走った程だ。
「やけにリアルな話だな。まさか、本当にあった話じゃないだろうな?」
なんでもないように言おうとして、その実俺の声は震えていた。そして、心の底からシャルロットが否定してくれることを祈った。
「いいえ、違います。正確にはこれから私が引き起こそうとしていたことです」
「なっ!?」
妹の答は確かに否定ではあったが、ある意味それ以上の劇薬だった。
「お兄様、落ち着いて下さい。もうやるつもりはありませんから、現実になることはありませんわ。こうしてお話しているのがその証左です」
「……それもそうか」
そうだ、言われるまでもなく分かる事だ。シャルロットがそれを実現させるつもりならば、ここで俺に話す意味など皆無なのだから。
「お兄様、信じられますか?
私がある毒の精製に成功した瞬間、今語った物語が私の脳裏を過ぎったのです。義理の姉となられるイゾルテ様にお兄様をとられたと逆恨みして毒殺することから始まり、私の死で終わる絶望の未来までの道筋が」
「―――」
愛しい妹の言葉とはいえ、流石にすぐには肯定できない。
だが、荒唐無稽な話だと切り捨てることもできない。話の内容の生々しさが、語る声にこめられた感情が俺にそうすることを許さなかった。
「お兄様、ほんの少し前まで私は嫉妬に狂った醜い魔女だったのです。ですから、お兄様が私を放逐されると言うならば、受け入れます」
「馬鹿なことを言うな!お前は俺の妹だ。ありもしない危険の為に放逐などするはずがないだろう」
シャルロットは淡々と自身の処分について言い出したが、俺は思わず声を荒げた。
大体、放逐など俺はもとより親父達が絶対に納得すまい。特に妹に負い目がある親父は、親として以上に侯爵家の当主としてその判断を絶対にしないだろう。
「お兄様は本当にお優しいですね。
ですが、だからこそ改めて確信しました。私が見た白昼夢は間違いなく現実にありえた未来なのだと」
そう断言するシャルロットの迫力に思わず押される。
しかし、言われてみればその通りなのかもしれない。今しがた聞かされた恐怖劇も、初期の段階で俺や親父達が真剣に叱るか諌めるかしていれば違ったのではないだろうか。少なくとも、あのどこまでも救いがない絶望的な最期は避けられたはずだ。
シャルロットの言うとおりだ。今日こうして勇気をだして、多少強引にでも妹と向き合うことをしなかったら、妹の語った恐怖劇は現実のものになったに違いない。そう思うと、今の今までただ甘いだけで、真剣に妹と向き合おうとしなかった己が、酷く情けない男に思えて俺は言葉を失った。
「お兄様、そんなに御自分をおせめにならないで下さい。全てはお兄様達に甘え、堕落し続けた私に責があるのですから。それにお兄様は、こうして私と真剣に向き合ってくれたではないですか」
自嘲するように目を伏せ、同時に俺を弁護する妹の姿が胸を刺す。
ああ、俺は何と愚かだったのだろう。なぜ、今まで放って置いてしまったのだ!
「だが、俺はお前の兄として……!」
あまりに強く拳を握ったせいか、流血が見られたが気にも留めない。そんなこと以上に自身に対する憤怒が胸中を席巻していたのだ。
「……お兄様、そこまで私のことを。いえ、だからこそ―――お願いがございます」
「願い?なんなりと言ってみるがいい。俺のできうる限り叶えてやる」
傷つけ傷つくことを恐れ自分のことだけしか見ていなかったこの不肖の兄である俺に、まだお前の為にできることがあったのか。
「私に剣の稽古をつけてください」
「はあっ!?」
妹の願いは斜め上だった。なにをどうしたら、侯爵家令嬢たるシャルロットが剣の稽古をしなければならないのか。いくらトリスタン家が武門の家とはいえ、ありえない申し出であった。
「お兄様、誤解なさらないで下さい。流石に本格的に鍛えるつもりはありませんわ。手習い程度、 賊に襲われても少なくとも多少時間を稼げる程度になりたいというだけです。それにう本当の目的は別にあります」
いや、賊相手に貴族令嬢が時間稼ぎできるレベルって、十分過ぎるほどに過分だと思うのだが……。
まさか、近々身の危険があるのだろうか?いや、待て。本当の目的?
「その本当の目的とはなんだ?」
「はい、お兄様だからお教えします。私―――痩せたいのです!」
そう力強く宣言したシャルロットだが、俺はずっこけた。
これ以上なく真剣な表情で、覚悟決まった目で、流石にそれはないだろう。
「シャルロット、お、お前なあ」
俺が思わず呆れた様な声を出したのも、無理のない話だろう。
どこの世界に、痩せる為に剣の稽古をする貴族令嬢がいるのだ!
「お兄様、おっしゃりたいことは理解できます。私もありえないことを言っている自覚はあります。ですが、私は本気です。それくらいしなければ、この肥え太った体を長期休暇が終わるまでに元の状態に戻すことなどかないませんから」
全寮制の高等貴族学院には夏季と冬季に長期の休みが存在する。これは避暑と各家の教育&領地事情などを慮ったもので、それなりの長さがある。夏季休暇が始まるまで一月前ある(休暇でもないのに妹が家にいるのは表向き家の都合で休学ということになっているが、実際には勝手に帰ってきてしまったからだ)。つまり、夏季休暇もあわせれば三ヶ月ほどの時間がシャルロットにはある。その三ヶ月で、シャルロットはかつての輝きを取り戻そうとしているのだ。
「なるほど。夏季休暇が終わると共に復学し、やり直したいと言うのだな。剣の稽古といったのは、そのレベルで厳しくして欲しいと言う事か?」
「はい、生半可なことでは難しいと思いましたので」
そういうことならば、一応の納得はできる。
シャルロットのここ二年程の堕落ぶりは凄まじく、今の体型から元の体型に戻すのは至難の業である。確かに生半可なことでは不可能であろう。
「だが、分かっているか?家の剣の稽古というのは、半端な覚悟できるようなものではないぞ」
トリスタン家が代々得意とするのは弓だが、武門であり騎士である以上、剣も疎かにはできない。少なくとも、そんじょそこらの騎士には負けない程度には鍛えるのだ。俺自身、幼少の頃から厳しい鍛錬を課せられたのだから。
「分かっています。お兄様こそ、お忘れですか?お兄様の鍛錬を横で眺めていた時間は、イゾルテ様より私の方が長いんですよ」
そう言って、シャルロットは悪戯っぽく笑う。
それは本来の愛しい妹の笑みで、幼い頃の御転婆で悪戯好きだった面影をうかがわせた。
「いいだろう。では、覚悟しておけ。鍛錬は明日の朝から始める。一切手は抜かないので、そのつもりでいろ」
「分かりました、お兄様」
「では、今日は早く休め。明日からは泣き言はきかないからな」
「はい、お兄様」
シャルロットの打てば響くような返事に頷き、部屋を出ようとすると、背中に声がかかった。
「お兄様!今まで本当に申し訳ありませんでした。
―――私を見捨てないでくれてありがとう、おにいちゃん」
震えが混じった涙声で、懐かしい幼い頃の呼び方。俺の涙腺を直撃し、涙が零れるのを抑制できない。
故に、俺は背を向けたまま返した。
「謝罪も感謝も必要ない。こんなのは当然だ。俺はお前の兄貴なんだからな。
一つだけ言える事があれば、もと早く俺を頼れよ。―――今まですまなかったな」
「はい、次からはそうしますって、お兄様も謝っているじゃないですか!」
「なんのことだ?空耳だろう」
俺はすっとぼけて部屋を後にする。
ぶーぶー言う声が少し聞こえたが、もうシャルロットは大丈夫だと、俺は確信していた。
悪役令嬢もそうなってしまったのは理由があるのではというのが、主題です。貴族家なら、普通体面の為に口出ししますからね。それが言えない事情があるというわけです。