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魔導機人アルミュナーレ  作者: 凜乃 初
カメントリア奪還戦
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12

「システムチェック完了。各部リンクオールグリーン。ジェネレーター異常なし、バランサー正常稼働。OKです。立ちますので、退避してください」

「お前ら! 退避しろ!」


 俺の言葉に合わせて、オレールさんが手を振って整備員たちに退避を促す。

 整備士たちが機体から離れたのをモニターで確認し、俺はジェネレーターの出力を上げ、機体を操作する。

 ゆっくりとキャリアーから足を下ろした機体が、その上体を起こしていく。

 モニターの視界が徐々に高くなり、見慣れた景色が戻ってきた。


「どうじゃ! 異常はあるか!」

「今のところ問題なしです」


 太陽は草原へと近づき、全体を赤く染める時間。そこに一機のアルミュナーレが立ち上がった。

 ボディーは王国製の物をそのまま使っているが、左腕は丸々帝国の物を流用している。

 右脚部の装甲も外側の一部が帝国の物に変えられており、深緑の上から塗装した白の塗料は、少しだけ下地の色を透かせていた。

 歪な機体だ。

 見た目だけならば、前の俺の機体の方が歪だったかもしれないが、敵国の部品を使っている今の機体は、以前の機体よりも精神的な歪性を孕んでいた。


「なんかやな感じね」


 それを感じ取っているのか、カリーネさんは機体を見上げながら眉をしかめている。

 それにうんうんと頷いているのはオーレルさんだ。


「やはり帝国の部品は好かんのう。微妙に規格も違いよるから、調整が面倒じゃったし」

「いや、そういう事じゃなくてね……ってそれを言うなら私の方が苦労したわよ! 何よあの操縦席! 配線滅茶苦茶だし、物理演算器(センスボード)のコード全部書き直す羽目になったんだけど!?」

「仕方なかろう。もともと一本しかなかったレバーを増設したんじゃ。あんなカツカツに埋まった操縦席にのう」


 外から二人の声が聞こえてくる。

 俺は操縦席の中で、二人の口論を聞きながら己の手元に視線を移す。

 握られているのは二本の操縦レバー。その先がつながっているのは、いつもの座席横ではなく、上だ。

 天井側から二本の棒が伸びており、それが操縦レバーにつながっている。要は、宙吊り状態になっているのだ。

 レバーは、棒に着けられた関節により稼働が可能になっており、その可動域を読み取って機体に反映させるシステムらしい。よくこんなものを一日で作ったなと、二人に感心する。

 ちなみに、今までレバーが付いていた右側には、新しくモニターやボタンが追加されていた。

 おかげで、モニターの総数は増え、今までよりも細かく足元や後部をチェックできるようになっているのはありがたい。フルマニュアルは無理でも、ハーフマニュアルなら十分に効率よく使えそうだ。この操縦システムなら、次の機体にもそのまま移植してしまってもいいかもしれないとすら思える。まあ、その場合は、また職人たちに注文しないといけなくなるが。


「じゃあ、そろそろ試験運動始めますね」


 二人の口論をそこそこに、俺はある程度ボタンやレバー、ペダルの感触をチェックし終え周囲に通達する。


「分かった! まずは歩行からじゃ! 急ぎじゃから問題ないようなら一気に行くぞ!」

「異常があるならすぐに言いなさいよ!」

「分かってます」


 俺はレバーを操り、一歩目を踏み出した。


         ☆


 ダンッとテーブルを叩く音が室内に響く。

 椅子に座った男は、その音に肩をビクリと跳ねさせるも、平静を装って対応する。


「なんだね、ずいぶん苛立っているようだが」

「なんだねだって? 苛立たない理由があると思ってるのかい」


 男を睨み付けたのは、テーブルを挟んだ位置に立つリゼットだ。

 ドレスは所々が破け、髪は乱れている。いつものリゼットならば、絶対に人前に出ないような姿で、いらだたし気にテーブルを叩いた拳を強く握りしめる。

 周囲にいた警備の兵士たちは、いつでも動けるように腰を少しだけ落とした。


「返答次第じゃ、次はあんたをぶん殴るよ」

「ふむ、質問を聞こう」

「撤退ってのはどういう了見だい。ここまでやられておいて、反撃もせずにすごすご逃げ帰るとか言うつもりじゃないよね?」

「……現状、そうせざるを得ない」


 瞬間、リゼットが男の胸倉を掴み上げ、拳を振るう。しかしその拳は周りの兵士たちによって止められ、その場に引き倒され拘束される。


「離しな! この腑抜け、一発ぶん殴らないと気が済まないよ!」

「リゼット団長、君は少し落ち着くべきだな。今ここで、感情のままに反撃を仕掛ければ、多くの部下を失うことになるだろう。そして待っているのは部下の全滅と基地を奪還されたという事実だけだ。そんな結末、選択肢に入る訳がないだろう。それとも、君は部下に死ねと命令できるのかね? 君も団長なのだろう? 部下を率いてここまで来たのだろう。彼ら、彼女らに死ねと、そう言えるのかね?」

「それは……」


 反論は出来なかった。当然だ。同じ釜の飯を食い、共に笑い合い、時に男を取り合って喧嘩し、時に複数人で楽しんだこともあった。

 そんなメンバーに、死んで来いなどと口が裂けても言えるわけがなかった。


「無理だろう。当然だ。私もそうだ。ここにいる部下たちに、無意味に死んで来いなどとは言えるわけがない。だが、今ならまだ彼らが生き残る道も残されている。それを選択することに、何のためらいがあるか」


 司令官は椅子から立ち上がり、リゼットに向けて再び宣言する。


「我々はカメントリア基地を放棄、明朝と共に東門より全戦力をもって脱出を行う。全部隊は直ちに出撃準備、そして工作部隊は指示通りに行動せよ。これが私の出した決断だ」


 リゼットを抑え込んでいた兵士たちがその手を離し、帝国式の敬礼を行う。


「リゼット君」

「……了解」


 リゼットは、カーペットにうつ伏せたまま、グッと拳を握りしめた。


 リゼットも、頭の中ではここは撤退するべきだと分かっていた。実際、戦場ではちゃんと感情的に突っ走ることなく撤退することができたのだ。

 だが、司令官からカメントリア基地の放棄と全軍の撤退を聞かされたとき、一瞬で頭に血が上り、沸騰しそうなほど熱い感情がこみ上げてきたのだ。そして気が付けば司令官の胸倉を掴んでいた。

 こんな暴挙を行ったのは、傭兵団として旗を上げてから初めてだった。

 なぜ自分でもこんなことをしたのか理解できない。もやもやとした気持を抱えたまま、リゼットは自分の機体がある格納庫へと向かう。

 中へと入れば、機体の修理を行っていた部下たちが一斉に駆け寄ってくる。


「団長! 化粧水切れたんで貸してください!」

「団長、突然走り出してどこに行ってたんですか? トイレですか?」

「団長、忙しすぎます! 遊ぶ時間が欲しいです!」

「私の子宮が男を欲しています!」

「あんたらねぇ……」


 戦場でしかも周囲を敵に囲まれているとは思えないほど軽い部下たちの声に、リゼットはため息を零す。しかし、その軽さが今は嬉しかった。


「司令官からの命令聞いてたんだろう! 遊ぶ時間が欲しいなら、夜までにちゃっちゃと仕上げな! あと化粧水は後で貸してやる!」

「やったぁ! 団長愛してる!」

「夜までにって、もう夜なんですけど!? しかも明日の日の出で撤退開始じゃん! 遊んでる時間ないじゃん!」

「私いざとなればヤリながらでも直せますよ!」

「いいから仕事しな!」


 ワイワイと騒ぎ続ける彼女たちに、リゼットは一喝を飛ばす。

 すると彼女たちは蜘蛛の子を散らすのようにピューっと解散し、それぞれの仕事へと戻っていく。

 それを見送ったリゼットが、明日に備えて少し眠ろうかと格納庫を出たところで、一人の女性に呼び止められた。


「団長、ちょっといいかい?」

「テレセナか、どうしたんだい?」

「ここじゃ少し話しにくい。付いて来て」

「?」


 リゼットは首をかしげながら、前を進むテレセナの後を続く。

 少し歩いてやってきたのは、基地の中でも隅の方にある馬小屋だ。

 すでに馬たちは眠りについており、辺りは静けさに包まれている。


「団長、いえリゼット。あなた今何をしたいの?」

「テレセナに名前で呼ばれたのは久しぶりの気がするねぇ」


 二人は幼馴染だった。同じ村で育ち、口減らしのために村を出て、紆余曲折を経てようやく今の傭兵団を立ち上げたのだ。

 リゼットはアルミュナーレに乗り敵と戦い、テレセナは傭兵団の金を管理する。

 どちらも欠けてはならない存在であり、もはや運命共同体と呼べるレベルでお互いを信頼していた。


「ごまかさないで」

「……はぁ、やっぱり誤魔化せないかい」


 真っ直ぐに視線を向けられ、リゼットはため息を吐く。


「確かにあたしらしくないよね。死んだ男のことなんかにムキになるなんて」


 これまでも、戦場で抱かれた男が次の戦いで死ぬことなんて腐るほどあった。

 しかし、今回のように悲しむこともなければ、憤ることだって一度もなかった。

 なんだ、死んだのか程度の気持ちでさっさと切り替え、次の男を探したり、目の前の戦闘を楽しんできたのが享楽のリゼットだ。


「そうだね、さっさと気持ちを切り替えて……」


 明日の脱出作戦を頑張ろう。もう大丈夫だと笑みを浮かべ、そう言おうとしたとき、パンっと乾いた音が周囲に響く。

 そして痺れるような痛みがリゼットの頬に広がった。


「リゼット、あなたは誰? あなたは何のためにこの傭兵団を立ち上げたの? 私を誘ったときのあの言葉はどこに行ったの?」

「言葉……」


 叩かれた頬に手を当てたまま、リゼットはその言葉を思い出す。

『楽しみたい。素直に生きていたい。あたしはこんなところで我慢したまま生きていたくない。だから、そんな場所をあたしが作る! ねぇ、テレセナも一緒に来てみない? 女として楽しめる人生、最高に楽しみましょう!』


「今のあなたはあの時の言葉通りに生きているの? 自分の気持ちに嘘をついて、そうやって笑っているのがあなたの楽しい生き方?」

「でも……あたしは団長で、だからあたしは部下を」

「私たちがあなたに付いてきたのは、あなたが私たちを守ってくれるからじゃないわ! 皆あなたの生き方に憧れて入ってきたの! 死ぬのが怖いなんて当たり前、死にたくないのは当然! だけどね、それ以上にあなたと一緒に楽しみたいの! それなのに、そのあなたが我慢してどうするのよ!」

「じゃあどうすればよかったっていうのさ! あたしがあのまま突っ込んでおけばよかったのかい! それとも、司令官をぶん殴って基地から勝手に出撃すればよかったのかい!」

「違う! 私が言っているのはそういう事じゃない! あなたの気持ちを聞いてるのよ! カンザス閣下が殺されて、享楽のリゼットはどうしたいの!」

「そんなの――」


 そんなの決まっている。


「あいつをぶっ殺してやりたいよ! 憎いんだよ! 仕方ないだろ、閣下のことが本気で好きになっちまったんだから! 切り替えられる訳なんてない! あいつを殺さないと、あたしの怒りは収まらない!」


 気が付けば、リゼットの瞳からは大粒の涙が流れていた。

 初めてだった。本気で人を好きになったのは。今まで遊びで恋人も作ったし、多くの男と寝てきた。しかし、これほどまでに本気で好きになったことは無かった。

 傭兵団の中には、恋人と結婚するために退団していった者たちもいた。その者たちをリゼットは笑顔で見送ってきた。

 しかし内心は理解できなかった。一人の男に固執することが本当に幸せなのかと。

 だが、カンザスと出会い、共に戦い、そして一夜を共にしたことでリゼットは初めて、本当の意味での恋をしたのだった。

 彼の側にいたい。彼の名を呼びたい。彼の声を聴きたい。

 しかしその思いは、もう叶うことはない。


「ならそのためにはどうすればいいのか。それがあなたの考えるべきことでしょう? 大丈夫、みんなちゃんと付いて来てくれるわ。そうでしょ?」


 テレセナが徐に後方を振り返る。すると、建物の影からぞろぞろと人影が出てきた。


「あんたたち」


 傭兵団の仲間たち。格納庫で修理をしているはずの彼女たちは、みんなが目に涙を浮かべ、鼻を啜っていた。


「グスッ、大丈夫です! 団長の思うようにしちゃってください!」

「私、私全力で修理しましゅからぁぁ!」

「私も今晩だけは我慢します! みんなで仇を取りましょう!」

「そうよ! 団長の初恋を潰した相手を許すな!」


 口々に決意を表明しながら、彼女たちはエイエイオーと腕を掲げる。

 そんな姿を見て、リゼットは自分がやろうとしていたことは間違っていたのだと気づいた。

 そして気付かせてくれた彼女たちに向けて、お礼を述べようとし、それを止める。

 そんなの自分らしくないと感じ、今言うべき言葉を紡ぐことにした。


「あんたら! サボって覗き見してんじゃないよ! 明日までに機体が修理できてなきゃ、今月の給料減らすからね!」

『それはイヤー!』


 彼女たちはいっせいに駆け出し、それを見送る。残ったのは、リゼットとテレセナだけだ。


「あんがと。やっと気付けたわ」

「ちゃんとした恋をしてこないからよ。こんなの私の領分じゃないのに。面倒な仕事増やさないでくれる?」

「悪かったよ。んじゃ、私らしく生きるために少しだけ計画変更だ」


 リゼットは、自分の感情を優先させるため、少しだけ撤退計画を変更するのだった。


         ◇


「なんとか間に合ったな」


 歪な機体と共に、俺はカメントリアへと到着した。もう日が昇る時間だ。

 この日の出と共に、カメントリアへと一斉攻撃が開始させる。

 俺より先に機体の修理を終えたバティスが、一足先に姫様の指示を本体へと伝えたのだ。

『明朝、日の出とともにカメントリアへの攻撃を開始。全戦力をもって基地を奪還せよ』

 この指令に間に合うために、オーレルさんたち整備部隊が頑張ってくれたのだ。その恩は、成果として返さないとな。

 出撃準備が完了し俄かに活気立つ自軍と、どうやら向こうの基地でもなにやら動きがあるようだ。基地の中が騒がしい感じがする。

 そして、地平線に太陽が見えた。


「全軍、突撃開始!」


 ジェード部隊長の指示に合わせ、全部隊が進軍を開始する。と共に、基地の門が開かれ、敵のアブノミューレ部隊が一斉に出撃してきた。

 しかし、基地の規模や、あの戦闘から撤退した部隊の数を考えると少ない気がする。

 けどまあいい。出てきたなら、叩くだけだ。

 俺もフットペダルを踏み込み、機体をカメントリアへと走らせる。

 直後、明るくなり始めた空の色を埋め尽くすほどの、巨大な光がカメントリアから空へと上るのだった。


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