10
「どうだい、直せそうかい?」
カンザスの命令により、後方に戻ってきていたリゼットは、部下の整備士に機体の様子を確認させていた。
整備士も当然女性であり、その服装は胸を大胆に肌蹴た作業着だ。先ほどから、周囲にいる男の整備士たちの視線を釘づけにしている。
「いったいどんな攻撃受けたらこんなになっちゃうんですかぁ」
整備士の女性は、機体の腹部に空いた穴から体を引っ張り出し、操縦席に向けて抗議の声を上げた。
「穴こそ小さいですけどぉ、中身がドロドロに溶けちゃってるんですけどぉ! しかもそれが固まってぇ、いろんなところにこびり付いちゃってるんですけどぉ!?」
エルドの魔法を受けたリゼットの機体は、攻撃を受けた部分の穴こそ非常に小さなものだが、そこから周囲へと広がった高熱により内部パーツの大半を溶かしてしまっていた。
その上、溶けた鉄や銅線、魔法回路の一部などが他のパーツへと付着してしまい、他のパーツまでも阻害してしまっている。
整備士の女性も、こんな状態の機体を見るのは初めてだった。
「火属性の魔法みたいなのを受けたんだよ。着弾までの時間も無くって、対処する余裕がなかったんだ」
「そんな魔法聞いたこともありませんよぉ」
「受けちまったもんは仕方がないだろう。んで、直せるのか直せないのかどっちなんだい!?」
「無理ですぅ!」
女性は断言する。
「整備道具が足りなさすぎますよぉ! ちゃんと格納庫で分解してパーツを交換しないと、まともに動かせませんよぉ!」
「ここまで歩いてこれたのにかい?」
「激しく動くたびにラグと戦いたいのならいいですけどぉ」
そういって女性は唇を尖らせる。
「クソッ、閣下を助けに行かなきゃいけないってのに!」
リゼットは、自分の不甲斐なさからくる苛立ちをぶつけるように、コンソールをドンッと叩く。と、叩かれた衝撃でカメラが前線に向けてズームされた。
その時――
モニターが一瞬にして光に包まれる。
「何が!?」
そして一瞬遅れて、機体を激しく揺らすほどの衝撃が襲い掛かってきた。
外にいた整備士たちは、軒並みその衝撃になぎ倒され地面を転がる。
機体の破損状態を調べていた女性整備士だけは、すぐそばにあったパイプを掴むことで機体からの落下を防ぐことができた。
「な、なんですかぁ!? 団長!?」
「あたしが知るわけないだろ!」
そう言いながらも、リゼットはモニターを操作して衝撃の発生源を探す。
それはすぐに見つかった。
「あれは」
モニターに映し出されたのは、空へと上る巨大なキノコ雲。
「見つけたよ。前線にキノコ雲だ。たぶん、ジェネレーターが爆発したんだろうね」
「うわぁ、あの規模だとアルミュナーレ用ですよね」
「それにしても威力が高すぎる気が……まさか!?」
リゼットの脳裏に、一瞬嫌な予感が浮かんだ。
「どうしたんですかぁ?」
「うるさい! 立ち上がるから、離れな!」
「ええ~、理不尽すぎますよぉ」
そう言いながらも、女性はリゼットの指示に従い機体から降りる。それを確認して、リゼットは機体を立ち上がらせた。
高くなった視界で、再びキノコ雲の上がる場所を確かめる。
そこは――
「間違いない、閣下が戦ってた場所だ。どっちが勝ったんだい」
モニターで周囲の状態を確認していく。土煙が立ち上り視界状況は非常に悪い。
そんな中で、リゼットは必死にカンザスの機体を探した。
「どこだ、どこにいるんだい、閣下」
そして、モニターに倒れているアルミュナーレの影を見つける。
「いた! いや、こいつは……」
その機体の特徴は、モニター越しでもよくわかった。
左腕の無い機体。間違いなく、隻腕の物だ。そして、その隣に倒れている機体も、王国の紋章が見える。
「そんな……それじゃ、あの爆発は…………」
リゼットは自分の手が震えているのに気づいた。
思わず自分の腕を抑えるが、震えが止まる様子はない。
「団長ぅ! なんだか帝国側の部隊が下がってるように見えるんですけどぉ! どうするんですかぁ!?」
「クッ……、荷物を纏めるように指示出しな。部隊に合わせて下がるよ」
「はいはーい」
女性は、駆け足で他の団員の下へと駆けていく。
それを見ながら、リゼットは自分の中にこみ上げる怒りを大きな息と共に吐き出す。
今ここで怒りを爆発させるのは簡単だ。だが、ここで怒りに任せて突っ込めば、他の王国の機体に叩かれるのは目に見えている。相手は王国のエースなのだ。誰かが救助に駆け付けるに決まっている。
なら自分は何をすればいいか。リゼットは、必死に自分の心を落ち着けて頭を動かす。
自分は団長なのだ。たとえ享楽とはいえ、簡単に部下を捨てる選択などできない。
「ふぅ――必ず、必ず仇を」
リゼットは、モニターに映る隻腕の機体をもう一度睨み付け、ゆっくりと機体を後退させていった。
◇
パチパチと頬を叩かれる痛みに俺は目を覚ます。
「クッ、俺は」
「大丈夫か? 自分が誰だか分かるか? ここはどこだ?」
「俺はエルド、ここは操縦席の中か」
「大丈夫みたいだな」
俺の顔をのぞき込んでいたバティスが、少し安心した表情で息を吐く。
「俺は気絶してたのか」
先ほどまでの戦闘を思い出しながら、俺は自分の状態を確かめる。
ベルトのおかげか、体に傷は少ないが、節々が痛む。鞭打ち状態になっているかもしれないが、すぐにどうこうということは無いだろう。
「戦況はどうなってる?」
モニターを付けようとしても、機体の損傷が激しいためかカメラが映らない。外部カメラが全てやられている可能性があるな。
バティスに尋ねれば、彼は操縦席から身を乗り出して周囲を確認し始めた。
「部隊的にはこっちがだいぶ押し込んでるな。相手が下がってるのも見える。このままなら撤退するはずだ」
「そうか」
「カンザスを討てたのが、だいぶ士気に影響してるみたいだ」
「頑張った甲斐があったな」
俺とカンザスの戦闘は、前線からさほど離れていない位置で行われていた。だから後方部隊ならいざ知らず、前線部隊の連中はカンザスが爆発する瞬間を目撃することになったのだろう。それで士気が低下した瞬間に、王国の部隊が総攻撃をかけたようだ。
今は、前線もかなり帝国側まで押し込んでおり、戦場はここからはかなり離れている。戦闘に巻き込まれる心配はなさそうだ。
「とりあえず俺たちの戦闘はここまでだ。回収部隊が動いているはずだから、それを待とうぜ」
「そうだな。しかし派手に壊しちまった。修理にいったいどれだけ掛かることか……」
アーティフィゴージュ全壊、装甲はボロボロで内部もかなり傷んでいる。おそらくフレームから交換になるだろう。
これ乗り換えたほうが速そうだな。今回の戦闘で回収した機体と交換するのもありか。普通の機体でも、カリーネさんが物理演算器を弄ってくれれば多少は戦えるはずだ。
「とりあえず俺たちは待機だな」
「ああ、悪いけど少し寝るから、迎えが来たら起こしてくれ」
極限状態での戦闘で、精神的にも肉体的にもヘトヘトだ。正直今にも瞼が閉じてしまいそうである。
「あいよ」
「頼んだ」
後をバティスに任せ、俺は再び眠りへと落ちていった。
次に目を覚ましたのは、体に小さな揺れを感じた時だった。
顔を上へと向ければ、操縦席の入り口にバティスの姿がある。どうやら、入り口に乗った衝撃で機体が小さく揺れたのだろう。
「お、起きたか」
「ああ、どれぐらい寝てた?」
「二十分ぐらいだな。ほとんど寝てねぇよ。それより迎えが来たぜ」
「そうか」
シートベルトを外し、座席から立ち上がり操縦席を出る。
冷たい空気が頬を撫で、眠気を覚ましてくれた。
戦闘はほぼ終結し、帝国側の部隊は基地へと撤退しているようだ。前線側からは勝鬨が聞こえてくる。
そして、二機のアブノミューレと一機のアルミュナーレがこちらに向かって走ってくるのが見えた。
機体の特徴からしてアルミュナーレはエレクシアの機体だろう。
「エルド隊長、ご無事で?」
「ああ、かなり酷くやられたが、俺自身は問題ない。悪いけど、機体の回収を頼む」
「分かりました。お前たち、作業を始めてくれ」
『了解!』
アブノミューレたちがエレクシアの指示に従い、周辺に散乱しているパーツの回収を始める。
俺は再び機体へと乗り込み、ジェネレーターを始動させた。
モニターは点灯するが、真っ暗なままだ。やはりカメラがやられてしまっているのだろう。
「隊長、立てますか?」
「無理だな。悪いけど、キャリアーを持ってきてもらってくれ」
「それなら大丈夫だ。俺が手配してある」
キャリー用の魔導車を頼もうと思ったのだが、すでに手配してくれていたらしい。
「そうか、ならエレクシアも悪いがパーツの回収を頼む。特にアーティフィゴージュに入っていた物理演算器は最優先だ。文字の欠片一つも残さないつもりで頼む」
「分かりました」
「俺も何とか動けるし、手伝うぜ」
俺の機体ほどダメージが酷くなかったのか、バティスは自力で立ち上がることができた。
そして、エレクシアと共にパーツを探してくれる。しかし、カンザスの機体の爆発によって周辺へと吹き飛ばされてしまっており、かなり大変な作業になりそうだ。
と、王国側の陣地から一代の魔導車が近づいてきた。バティスが手配したキャリアーだ。
「こりゃまたずいぶん派手にやられたな」
キャリアーの窓から顔を出しているのは、リッツさんだ。
「ええ、まあ」
俺は苦笑しつつ彼らを迎えた。
キャリアーは機体のすぐ隣に止まり、ドアが開くとそこからぞろぞろと見知った顔が出てくる。
リッツさんにブノワさん、オレールさんにカリーネさん、パミラやカトレアも。
そして、最後に降りてきたのはアンジュだった。
「エルド君!」
アンジュは素早くフレアブースタを発動させると、一直線に俺に向かって飛んできた。
俺はそれを抱きとめる。
「おう、アンジュも来たのか」
「もちろんだよ! 隊員のサポートが私の仕事だからね! エルド君は、すぐにキャリアーに移動して。怪我とか調べるから」
「あいよ。んじゃ、後はお任せしていいですか!?」
「おう、儂らに任せとけ。隊長はそっちでくつろいどればええ」
「分かりました。お任せします」
後のことを隊の皆に任せ、俺はアンジュと共に機体から降りてキャリアーの中へと入る。
そこは、ワンボックス程度の広さのある空間だ。シートは運転席と助手席以外は無く、全てフラットになっている。
アンジュは早速俺を寝かせると、脈などを測り始めた。
「痛むところとかある?」
「右足が少し痛む。ただ、骨折ほどの痛みじゃないから、たぶん内出血だな」
「ちょっと見せてね」
ズボンをまくり上げ、アンジュが俺の脚を触診していく。
「うん、骨は折れてない。出血もないし、たぶん打撲かな。一応軟膏塗っておくね」
「ああ」
アンジュは救急キットから必要な物を取り出すと、手早く俺の脚に軟膏を塗り包帯を巻いた。
軟膏は、塗られた最初こそひんやりとしたが、次第に熱をもって皮膚にしみこんでくる感じがする。
「これ痛み止めも入ってるから、直に痛みも引くと思うよ。けど、打撲自体が治ってるわけじゃないから注意してね」
「あいよ」
その後、全身の診察を終えて俺が服を着直すと、アンジュがホウッと大きく息を吐いた。そして、俺に抱き付く。
「良かったよ。エルド君が今日も無事に帰ってきてくれた」
「当然だ。アンジュを置いて死ぬつもりはねぇよ」
戦争で死なない。死ぬときはベッドの上で。そう決めたからこそ、俺はアンジュと結婚したのだ。アンジュを一人で残すことは絶対にない。
俺は抱きしめたアンジュの頭を優しく撫でる。
「うん、信じてた。でもやっぱり怖いよ。あの爆発、後方からでもよく見えたんだから」
そう言ったアンジュの腕に力が籠る。俺の存在を確かめるように、体を密着させてきた。
「心配かけたな」
俺はそれに答えるように抱きしめる力を強くする。
自然とお互いの視線がぶつかった。そしてアンジュがゆっくりと瞳を閉じる。
俺はゆっくりと顔を近づけ、コンコンと鳴らされたノックの音で心臓を飛び跳ねさせた。
「おわ!?」
「きゃっ!」
アンジュもその音に驚き、俺を突き飛ばすようにして体を離す。
「お二人とも、戦闘後でいきり立ってるのは分かるけど、時と場所ぐらい選んでくれない? 報告に来た私が、凄い気まずいんだけど」
呆れた視線を向けてくるカリーネさんに、アンジュは頭から湯気が出そうなほど顔を真っ赤に染める。
俺は乾いた笑みを浮かべつつ、おほんとわざとらしく咳をして気持ちを切り替える。
「それで報告ってなんですか?」
「一通りの積み込みは終了したわ。それと、王国軍はこのままカメントリアへ進軍するそうよ」
「姫様からは何か?」
「カメントリアの前まで着いたら、自分も出るって」
「無茶苦茶な」
近衛騎士である俺の機体は、今回の戦闘でボロボロになってしまった。すぐに直せるものでもないし、今の姫様は近衛騎士がいないも同じだ。そんな状態で前線に出ようなんて馬鹿げている。
「姫様には俺から報告して出るのは遠慮してもらいます」
「お願いね。イネス様に意見できるのなんて、ここじゃ隊長ぐらいなんだから」
きっと今日の勝利で姫様もノリノリになってるだろうし、そんな状態の姫様の首根っこを掴んで引き留めることができるのは俺ぐらいだろうしな。
さすがに基地の司令官にそれを頼むのは酷だ。
「分かりました。他には?」
「あなたの機体のことよ。応急修理でどうにかできるレベルじゃないから、カメントリアの奪還戦自体に参加するのは無理ね」
「まあ、それは分かっていたことです。さすがに仕方がないですね」
「そうね。一応策が無い訳じゃないけど」
そう言ってカリーネさんは少し視線を逸らす。
まあ、言いたいことが分かるだけに、確かに目を逸らしたくなるのは分かるけどね。
「寄せ集めのパーツで組むんでしょ?」
「あら、気づいてたの?」
「まあ、あれだけパーツが落ちてるんですからね」
基本的に、回収したパーツは、味方の物ならば基地で点検を行い、問題が無ければ他の機体の予備パーツへと流用される。敵の物ならば一度溶かされ改めて王国の機体用の装甲として打ち直される。
カリーネさんが言っているのは、この点検や打ち直しをすっ飛ばして、パーツの寄せ集めで機体を組んでしまおうというものだ。
これ、やろうと思えば簡単にできるのだが、実際にやると結構危険な行為だ。
何せ、敵国のパーツをそのまま使うということは、味方にも敵だと認識される可能性があるからだ。
「判断は隊長に任せるわ。一応準備はしておくけど」
「もう答えは出ているようなものですけどね。とりあえずその辺りも姫様と相談してみます」
「とりあえずはそれぐらいかしら。あ、そうそう物理演算器の回収は完了したそうよ」
「最後にいい話が聞けてホッとしました」
全部回収できたということは、相手に情報が渡ることは無いということだ。
あの爆発の中で、全て回収できたのは、奇跡と言えるレベルだろう。
「残念、最後じゃないのよねぇ」
「え?」
「イネス様、もう基地を飛び出しちゃってるらしいから、頑張ってここで待ち構えてね」
「あの野郎!」
「んじゃ、私は物理演算器の調整に戻るから」
爆弾発言を言い残し、カリーネさんは作業へと戻っていってしまった。
残されたのは、顔を真っ赤にしたまま動かなくなっているアンジュと、じゃじゃ馬をどうやって止めるか、必死に考え頭を抱える俺という奇妙な光景だった。




