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戦闘が終わり、格納庫へと戻ってきた俺は、ハンガーの中に機体を入れてジェネレーターを落とす。とたん、全身にどっと疲れが圧し掛かってきた。
「ふぅ、疲れた」
シートの背中にもたれかかり、ぐったりとしながら暗くなったモニターを眺める。
あの二人との戦い、何とか一矢報いることはできたが、自分の中では満足いく戦いが出来ていたとは思えなかった。
剣技は悉くリゼットに防がれ、ペルフィリーズィによる狙撃も阻止された。
魔法は完全に無効化されており、カンザスに対する有効な手段が一つもとれていなかった。
あんな戦いを続けていれば、近いうちに限界にぶつかる。
しかし、それを突破するための有効な手段が思い浮かばなかった。
「どうしたもんか」
手っ取り早く考えられるのは、新兵器の開発。しかしこれは俺としてはあまり推し進めたいものではなかった。
兵器の発達は、必然的に戦争の被害を拡大させる。
セフィアジェネレーターが一つ完成しただけで、これだけ戦場に変化が現れたのだ。それに加えて、俺が現代知識を使い次々と新兵器を提案すれば、戦争はより凄惨さを極めることになる。アヴィラボンブでさえあの被害なのだ。対処が後手に回れば、本当に国が滅びかねない。
だからこそ俺は、新兵器を作る際は慎重を期する。自分しか使えない物を作ったり、あらかじめ相手に使われた時の対処法を整備してから配備することにしているのだ。
ならばと考えるのは、俺自身のレベルアップである。レイラやリゼット、フォルツェの動きを見る限り、まだまだ自分には足りない物があると感じる。しかし、これは片手間にできるものではない。
技術的戦術的レベルアップはやはり実戦を繰り返し経験を積んでいくしかないような気もする。
そして最後に思い浮かぶのは、やはり仲間の存在。
今は一人で戦うことがほとんどだが、カンザスとリゼットが俺に対してチームを組んだように、俺も誰かと連携をして敵に当たれば、あの二人にも十分に勝つことができたはずだ。
今の俺の相棒として、まっさきに名前が上がるのは、やはりバティスとエレクシアの二人だろう。この二人ならば、俺の動きをよく知っているし、俺も二人の動きを知っている。連携を取ることも可能だろう。
だが、少ないアルミュナーレを纏めてしまっていいのだろうかと言う気持ちもある。
先ほどの戦いでも、アブノミューレ部隊の中に一機アルミュナーレがいるだけであそこまで圧倒できたのだ。あの制圧力は、戦場でも有利に働く。それを潰してまで、連携を取るべきなのだろうか。この辺りのバランスが難しい。
戦略として考えるならば、姫様やアブノミューレ部隊の担当指揮、基地司令官なんかも含めて相談しなければならない。
「早めに決めないとな」
またいつ向こうから攻めて来るともわからない。対応も含めて、一両日中に結論を出さなければ。
結論を纏めて、機体のシートから立ち上がると、レバーを引いていないにも関わらず、突然操縦席のハッチが開いた。
「エルド君!? 大丈夫!?」
「アンジュ?」
驚いてハッチの外を見れば、涙目になったアンジュが操縦席へと飛び込んできて、俺に抱き付いた。
「突然どうしたんだ?」
「良かった。エルド君、ハンガーに入ったのに全然降りてこないし、怪我でもして降りてこられなかったのかと思って」
「そうだったのか。悪かったな。俺は問題ないよ。怪我もないし」
「ならなんで降りてこなかったの?」
「少し考え事してた。今回の戦闘で色々と思うところがあってな」
「そっか。よかった……」
アンジュはホッと息を吐く。俺はそんなアンジュを抱きしめて、頭を優しく撫でる。
「エルド君に撫でてもらうの久しぶりかも。すっごく落ち着くよ」
「そうか」
アンジュが嬉しそうに顔を擦り付けてくるので、俺も嬉しくなって頭を撫で続ける。
そんな時、入口のハッチがカンカンと叩かれた。
「お熱いところ悪いんだけど、整備したいから降りてくれない?」
そこにいたのはカリーネさんだ。呆れた表情でタラップから見下ろしている。
「悪い。直ぐに降りる。アンジュ」
「はーい」
アンジュが俺の背中に回していた手を離し、操縦席から抜け出す。
俺もその後に続いてタラップに出た。
それと入れ替わるようにして、カリーネが操縦席内へと入っていく。
「物理演算器は問題なかったかしら?」
「ああ、滑らかなもんだ。不快感一つない」
「それはよかったわ。例の魔法を組み込んだ物理演算器も、半分ぐらいは完成してるわ。もし必要だったら早めに行ってね。一気に仕上げちゃうから」
「分かった」
カリーネさんは、それだけ言って物理演算器の調整に集中してしまった。
俺とアンジュがハンガーから降りると、今度はオレールさんが近づいてくる。
「おう、隊長。ずいぶん激しい戦闘だったみたいだな」
「さすがに二対一は大変でした」
「その割には、装備が減ってないみたいじゃが?」
オレールさんはそう言って首をかしげる。
そう、俺はトータリテ・イピリレーションによる全弾発射をしたのにも関わらず、アーティフィゴージュのスロットにはすべて剣が収められていた。
オレールさんが疑問に思っているのはそこだろう。
俺はフフフと笑みを浮かべる。
「アーティフィゴージュに入ってる剣って、王国の量産品じゃないですか」
「そうじゃな」
「だから気づいたんですよ。戦場で適当に回収してくれば、わざわざ補充依頼のために大量の書類を書く必要はないと!」
そう、そうなのだ。
俺の機体はただでさえ燃料消費も武装消費も交換パーツも大量に出るせいで、戦闘後は毎回大量の書類に埋もれるはめになる。そのせいで、戦闘に勝利してもその喜びはすぐさま苦痛に変わるのである。ならば、戦闘後からすぐに対策を取るべきだと考えたわけだ。
そして、一番簡単な方法は、そこら辺に落ちている剣を回収すればいいのだと!
さすがに刃が欠けている場合は交換しないといけないから、書類の提出が必要になるが、それでも書類の数はグッと減る。小さな積み重ねが大切なのだよ。
俺がそれを自慢げに語れば、オレールさんはガシガシと頭を掻きながらため息を吐く。
「そうか。なら一通り調べたほうがよさそうだな」
「頼みます」
「分かった。お前ら、武装も全点検するぞ! 取り出し準備しておけ!」
『うーっす!』
「じゃあ自分は姫様に報告してきますので」
「おう、ここからは俺たちの戦いだからな。任せておけ」
「お願いします」
後をオレールさんに任せ、俺たちは司令部へと向かった。
司令部に到着した俺を待っていたのは、姫様に基地司令官、そして今回アブノミューレ部隊の指揮を執っていたジェード部隊長である。
アンジュは、お茶を入れるために途中で分かれたから、後から来るはずだ。
「お待たせしました」
「お疲れ様、我が騎士。報告はジェードから聞いてるけれど、エルドからも聞いておきたかったの。八将騎士が出てきたんですって?」
「ええ、カンザスと名乗っていました」
「八将騎士カンザス――八将騎士の序列六位ね。厄介な相手が出てきたものだわ」
どうやら姫様はカンザスに関しても少しは情報を持ってるらしい。
「エルドから見て、カンザスはどうだった?」
「一対一なら問題なく対処可能です。ただ享楽のリゼットがカンザスのサポートに入っているので、それを何とかしないと倒すのは厳しいかと」
そう言って、俺は操縦席の中で考えていたことを、ここにいる全員に説明する。
「なるほど、ジェードはどう考えますか?」
「確かに今回の様に、アルミュナーレが先頭に立ってくれるのならば、部隊として心強いもになりますが、相手のアルミュナーレをフリーにするのもマズいのは分かります。こちらはアブノミューレ同士の戦いになるのですから、やり方はいくらでもあります。ただ、相手にアルミュナーレが付いた場合は、こちらもいないと一方的に蹂躙されるかと」
「今日の戦闘と真逆になるわけね。今前線へ動かせるアルミュナーレは何機かしら?」
「周辺警備のこともありますから、エルド隊長を合わせて七機ですね」
「七機……基地を落とすとなると、少し厳しいかしら」
俺も七機と聞いて、次の戦闘で全機出した場合のシミュレーションをしてみる。
俺とバティスかエレクシアの二人でカンザスとリゼットを抑え、他の五機で周りの機体を担当する。いや、ジェード部隊長を守る機体が必要だから、実質四機になるのか。
相手の機体の数にもよるが、向うが全力でこちらを潰しに来た場合は厳しいだろう。向うのアルミュナーレの数が四機以下とは到底思えない。
となれば、戦術でどうにかするしかないがアブノミューレ部隊を使った戦術的な運用なんて誰も知らないしな。
俺も、機体の操縦に関しては前世でも色々と勉強してきたが、集団運用なんて全く知らない。
ジェード部隊長はどうだろうかと視線を向ければ、ジェード部隊長も難しい顔をしている。
「姫様、アルミュナーレの補充は可能でしょうか? いくらか手に入れたジェネレーターがあると思うのですが」
俺やバティス、エレクシアがクロイツルの奪還戦でいくつかのジェネレーターを手に入れている。それらの機体が投入できれば戦況も少しは変えられると思うのだが。
しかし姫様は眉をしかめながら首を横に振った。
「パーツの生産が間に合っていないそうよ。アブノミューレの量産に工場を割いちゃってるし、戦争続きで生産したパーツも修理する機体に使われちゃってるわ。人だって足りてないもの。部隊編成も簡単にはいかないし」
「そうでしたか」
となると、補充はあてにしない方がいいか。ならやはり――
「俺がカンザスを討てるかどうかですね」
八将騎士ほどのネームバリューを持った敵を討つことができれば、敵の戦線は確実に崩壊する。何より、俺ともう一機のアルミュナーレが別の戦線に突っ込めるのだから、そこは確実に押し込めるだろう。
つまり、俺が戦闘開始からいかに早くカンザスを討てるかに、戦争の勝利が決まってくることになる。
「ジェード」
「はい、イネス様」
「厳しい戦いになるかもしれませんが、エルドたちが相手を倒すまで、何とかして部隊を持たせてください」
「分かりました」
「エルド」
「はい、姫様」
「最速で八将騎士を討ちなさい。それが私の命令です」
「姫様の御心のままに」
基地へと戻ってきたカンザスの機体を見た整備士たちは一同に驚いていた。それも当然だろう。これまでの戦闘で傷一つ付いたことのなかった八将騎士の機体が、タンクを破壊されパージしているのだ。
だが、特にけがもなく操縦席から降りてきたカンザスを見てホッと息を吐く。
「整備士たちには苦労を掛けるが、明日には元の状態に戻してくれ。敵はすぐに動いてくるはずだ」
「分かりました。我ら帝国整備士の力、とくとお見せしましょう!」
「頼んだぞ」
整備士の肩をポンとたたき、カンザスは格納庫を進んでいく。その先には、すでに操縦席から降りてきたリゼットがいた。その顔にははっきりとした怒りが浮いている。
「閣下、すまなかったね。最後まできっちり守ることができなかったよ」
「あれは私も悪かった。あの相手に対して、最後の最後で気を抜いてしまった」
「それでもあれはあたしのミスだよ。だから次は完璧にあいつを止めて見せる」
「ならば隻腕の動きを研究せねばならんな。付いてくると良い、あのものから収集したデータを纏める」
「ああ」
リゼットはカンザスに付いて一室へと入る。そこは、カンザス用に与えられた執務室だ。この基地に来たばかりのこともあり、部屋の中はまだ殺風景である。
「とりあえず、リゼットよ。お主はあの動き、どう見る?」
「異常でしょ。パワー、スピード、対応能力どれをとっても既存のアルミュナーレのそれじゃない」
「うむ、だがその理由はすでに判明している。この資料だ」
カンザスが取り出したのは、密偵から届けられたマニュアルコントロールの情報。
それを見たリゼットは、呆れたように乾いた笑いを上げる。
「ハハ、なんだいこりゃ。こんなこと出来る相手、とても人間とは思えないね」
「同感だ。だが相手は実際にそのコントロールを行い、私たちにその力を見せつけてきた。私たちはあれに対応する方法を見つけねばならん」
「閣下は何か気づいたのかい? 正直あたしはあれの相手をするので手一杯だったんだよ。パワーやスピードが上がってることは分かったけど、それだけだ」
「うむ、私も多くを気づけたわけではない。だが、カギになるものは見つけた」
「それは?」
「あの騎士の動き、よく見てみれば腕は片方しか動いていない」
カンザスの答えに、リゼットは首をかしげる。
フルマニュアルの情報を知っていれば、そんなことは当然の様に思えるからだ。
しかしカンザスはそこに注目した。
「よく思い出してみろ。あの機体、左腕は本当に動いていなかったか?」
言われて、リゼットは先ほどの戦闘を細かく思い出してみる。
そして気づいた。
「いや、動いてたね。あの鉄柱で殴られたよ。あの動きは確かに体を振っただけじゃできない動きだ」
「そうだ。つまり相手はフルマニュアルコントロールをしながら、左腕を動かすこともできるということだ」
「それは……マズいんじゃないのかい?」
片腕しか使えない。それがエルドの弱点だと考えていたリゼットにとって、それは致命的なことだった。
「まあ待て。ここで最初の問いになるのだ。相手が左腕を動かしたとき、右腕は一切動いていなかった。つまり、相手はあくまで片腕ずつしか動かない。これさえ知っていれば、相手の隙を突くことも可能なはずだ」
「相手が左腕を使った瞬間を狙うってことかい?」
「そうだ。その時だけは、右腕は無防備になる。さすがのあれも、鉄柱だけでは戦えまい」
エルドの動きでリゼットが一番苦戦していたのは、やはり右腕の動き。パワーや速度のある剣戟は、受け止めるのも一苦労だった。しかし、その腕が絶対に動かないタイミングがあるとすれば――
「なるほどねぇ」
リゼットは小さく舌なめずりする。その表情には凶悪な笑顔が浮いていた。
「私は彼に対して左足を重点的に狙おう。そうすれば、彼は左腕を使って防御する癖があることも分かっている」
「分かったよ。その隙をついて、あたしがあいつの右腕を刈り取る。隻腕から無腕にしてやるさ」
「期待しているぞ」
「任せておきな。けど、やっぱりここは連携の強化が必要になると思わないかい?」
「むっ? 確かにそうすれば私も魔法が撃ちやすいが。しかし、訓練をしている余裕などないぞ?」
「そこはあれさ、生身の触れ合いでお互いをもっと知り合わないかい?」
リゼットは、凶悪な笑みを浮かべたまま、ドレスの胸元に指をひっかけゆっくりと引っ張る。
今にも零れそうな胸に、カンザスの視線が思わず集中した。
「あんな戦闘したんだ。閣下も高ぶってるんだろう? あたしも濡れちゃっててね。大丈夫、これは連携を高めるための訓練さ」
「む、むぅ」
たじろぐカンザスの首へと手を伸ばし、リゼットはその唇を触れ合わせるのだった。




